27話 ゲーム少女は女警官を治す
デカ警官ゾンビの攻撃はナナを狙っていた。筋肉でパンパンに膨れ上がった大岩のごとき大きさの右拳が唸りナナを殴りつける。
ドカッという音がして、ナナは凄い角度に体を畳みながら吹き飛びアスファルトの上をドチャッドチャッと肉をうつ嫌な響きが聞こえてきて、反対側の壁に叩きつけられた。ゴシャンととどめに店の窓ガラスが砕ける音と共に。吹き飛んだ後にパラパラとガラスの破片が綺麗に散らばるのが酷く現実感のない感じであった。
そのままデカ警官ゾンビは、左拳に血管が見えるほど力を込めてゲーム少女も倒そうと風切り音が聞こえる速度で殴りつけてきた。
頭が真っ白になった遥である。
しかしこの体はチートなゲーム少女でもあった。
スッと右手のひらを敵の拳の前に掲げる。バシンという音がして、レキの足がアスファルトにかすかに沈み込む。ぴしりぴしりとひび割れるアスファルト。
だが、それだけであった。受け止めた手のひらは微動だにせず、ゲーム少女はその体を揺らしもしなかった。いかにデカ警官ゾンビが力を込めようとも後ろに引きさがることはしなかった。
「邪魔ですね」
ゲーム少女はぼそりと呟くと、そのままぐるりと敵の左拳を支点に体を回転させて懐に入り込む。残像が見えるかというほどの速さでまわし蹴りを放った。
デカ警官ゾンビの体に小柄なレキの蹴りが食い込む。その小柄な体からはありえない筋力からのまわし蹴りである。ミシリと体に右足首まで食い込んでいく。痛覚を感じないデカ警官ゾンビといえど、蹴りが食い込み体がくのじになるのを抑えることはできなかった。
ずずんと膝をアスファルトにつけ、デカ警官ゾンビの動きが止まる。
『エンチャントサイキック』
遥は瞬時に超技の準備をする。目に見えぬ歪みがレキの体を覆い、次なる一手の準備が完了した。
『超技サイキックブロー』
以前に使った最初の超技を右手に力を込めてデカ警官ゾンビを撃ち貫く。右手の空間は目に見えて歪み、遥の周辺はまるで重力が重くなったような威圧感を生み出した。
そのまま撃ちだした右手の先は大きな歪みが発生した。ビシビシとアスファルトがその歪みに巻き込まれひび割れ崩れていく。
直接受けたデカ警官ゾンビは、その巨体を歪ませて崩壊していく。ミチミチという音がして強風をうけたように顔を体を歪ませてデカ警官ゾンビは粉々に砕けるのだった。
「大丈夫ですか!」
遥は焦ってナナに近づいて様子を見てみる。
壁に打ちつけられたナナは血だらけになり骨が肉を飛び出し、頬はえぐれて、手足はありえない方向に曲がりもはや原型がわからないほどであった。
「こほっ」
ナナのかすかな血が混じった咳が聞こえて、遥は生きていることがわかった。
『ヒール』
初めて使う治癒の超能力を発動する。ナナの体が癒されるイメージをしてレベル2の治癒を発動させる。
優しい光がナナを包み、体がシュワシュワと治っていく。えぐれた頬は光に包まれて綺麗になり、突き出た骨は引っ込み、曲がった手足は元に戻っていく。治っていくナナを見て遥は驚いた。理性では、いつもどおりこれで完治すると理解していた。だが、実際に見ると驚愕の一言である。
もう完全に人外な治り方である。ナナが気絶していることを祈った。
「大丈夫になったみたい」
ナナから返答があったので、遥の祈りは通らなかったことを理解した。
ゲーム少女では詐欺でしょ、お断りと神様が願いを聞いてくれなかったのだろう。
「あぁ~。良かったです。怪我がないみたいで良かったです」
ニコリと微笑み棒読みに返答し無駄なあがきをするゲーム少女である。
「なんか光が私を包んだら治ったんだけど?」
ナナもニコリと微笑んで、こちらを見てきた。
「たぶん気のせいですよ。強い力で殴られた反動で反対にダメージを受けなかったんですよ」
まだまだあがくゲーム少女は、血だらけで制服もぼろぼろのナナに、奇跡ですねという感じで言ってみる。
勿論、そんなに都合の良い勘違いをしてくれる人間などいない。
「いやいや、どんな人間よ。というか、この力はなぁに? レキちゃん」
と、尋問をしてくる女警官である。
もはや、これまでかと遥は思う。
もはや、あなたの秘められた力が覚醒されたみたいですね、と謎の少女のふりをするしかないと。
知力のステータスは全く上がる気配のないおっさん脳である。
遥にしては頑張った方ではあると思う。
そんな努力はもちろん無駄である。それで通るのは厨二病患者だけであろう。
ゲーム少女はナナに長く尋問されることになったのであった。
◇
「なるほどねぇ~、あのパニックが発生してから覚醒した治癒の力ねぇ」
ナナが半信半疑でこちらを見てくる。
誤魔化しは新たなステージに入った様子である。
仕方ないのだ。中身がおっさんだとばれるわけには絶対にいかない。そのため、自分が覚醒した超能力戦士であるという恥ずかしい設定にするのだった。
中身がおっさんだとばれるわけには絶対にいかないのだ!
「はい、そうなんです。しかも最近は力が強くなったみたいで、だから私一人で探検していたんです」
私一人の方が安全なんでと答える。信じてくれるかドキドキである。
おっさんぼでぃでドキドキしたら、心臓病かもと病院に行くぐらいドキドキである。
「そういう力もあるんだね。なるほどねぇ」
意外や意外。ナナはこちらの設定を信じてくれた。阿呆みたいな顔でナナを見てしまったんだろう。実際に遥は阿呆かもしれない可能性があるが。
「私たちもね、最近力が異様についてきたんだよ」
と可愛く右腕をまげてガッツポーズして力が強くなったのアピールするナナ。サクヤに、その事象を聞いていた遥である。
「へぇ~。それじゃ私みたいな人がいるのですか?」
と、もしかしたらいればいいなぁという希望をもって聞いてみる。勿論遥の希望は打ち砕かれる運命である。
「いや、そんな力を持っている人はいないよ」
あれ、でも一人もしかしたらと最後に呟いて返答するナナ。呟きをしっかりと聞いた遥。
「いるんですか?」
と聞いてみる。
だが、ナナは申し訳なさそうな顔で気のせいかもと返答を誤魔化した。かなり気になる返答であるが仕方ないと遥もスルーすることにした。
「とりあえず、ここは危険だよ。帰ろうか」
再び遥を連れていこうとするナナである。
だがその前に、アスファルトに散らばっていたリュックの中身を回収することとしたナナである。デカ警官ゾンビに殴られた反動でリュックの中身も飛び出してしまったのだ。ひょいひょいと散らばっている中身を集める。
私も手伝いますよと、遥も散らばった中身を集めることにする。
缶詰、缶詰、インスタントラーメンにミネラルウォーターと食糧がやはり多い感じである。
だが、気になるものも落ちていた。ピカピカ光る宝石やら金のネックレスであった。
「え? なんで宝石類?」
こんな世の中では必要ないはずだ。着飾る事ができるのは余裕のある人のみである。金に価値を見出すのは希少品として扱える世の中があるからである。
趣味で集めているのだろうか、警官なのにと不審な目つきをしてナナを見てしまったのだろう。ナナもその視線と遥が拾おうとしている宝石類を見て苦笑いをした。
真面目な人だと思ったのにと遥が少しナナの評価を下げようかと考えたところ、意外な答えが返ってきた。
「その宝石類はね。武器を買うのに必要なんだよ」
ナナは真面目な顔で言ってきた。
どうやらナナの拠点に行ってみないといけないと思い始める遥であった。




