255話 ゲーム少女と不可思議なる警察署
警察署にしては敷地が広すぎて、建物としても洋館か、ごつい砦のように見える警察署。屋上からは周りのビルに向けてつり橋がいくつも繋がっている。周りは鉄柵で囲まれており、そこに数十人のゾンビたちが包囲していた。
だが、鉄柵はガシャンガシャンと音をたてるだけで、揺るぎもしないようである。そのゾンビたちを眼下に捉えながら、レキは脆そうなつり橋をえっちらおっちらと怖々と歩いている。
だが、吊り橋はぼろぼろで、いかにも崩れちゃいますといった木の吊り橋であるので、落ちたらと思うと少しだけ怖い。
ふむふむとステータスもだいぶ下げているので精神力が下がったせいだよねと、力を抑えているせいにする中身のおっさんが内心で呟いていた。
「大丈夫、この吊り橋は走らなければ壊れないよ。走らなければね」
綾が後ろを向いて、ついてきているゲーム少女へと少し口元を曲げて安心できないことを言ってくる。
ゲームならばセーブをしたあとに走ってみるが、現実なので一人の時に走ってみようと考える遥。吊り橋が壊れるイベントを見てみたいという好奇心の方が、落ちるのが怖いと思うよりも上回る困ったゲーム少女がここにいた。
まぁ、とりあえずは警察署だよねと、ぎぃぎぃと朽ちる寸前のような吊り橋を渡りながら思う。
きっと警察署に入ったら、ようようおじょーちゃん随分良い武器を持っているじゃねーか。新入りにはもったいねぇ、俺たちが有効活用してやるぜとチンピラが襲いかかってきて、それをあっさりと倒す謎の美少女という感じになるに違いない。
きっとそうだよね、主人公役は忙しいねと、フフフとほくそ笑む遥。脇役ではなくて、主人公ですよ、主人公。とりあえずは兄に会いにきた妹のフリをしようと余計な考えをしていてすっかり忘れていた。
今回は一人での潜入ではないことに、3歩歩いたら忘れてしまう記憶力のゲーム少女は忘れていた。
「この窓から入れば、二階のメインホールに入れる。そこから今の責任者と挨拶をしてから、今後の役割を決めようじゃないか」
既にこの警察署とやらに集まったコミュニティにゲーム少女が入るのは決定事項な言い方をする綾。まぁ、普通はそうかなと肯定も否定もせずに、まずは挨拶イベントだと、綾たちのあとに、んしょと窓を乗り超える遥。
中に入ったので責任者に会いに行くと思い歩みを進めようとしたら綾たちが、なぜか吹き抜けのメインホールの真ん中に女神像が設置してある全長50メートルは超えるだろう広さを持つ一階を見ながら動きを止めていた。
なんで動きを止めているのと、綾の横をすり抜けて一階を見てみる遥。
そこではゴリラ対人間の戦いが始まっていたのであった。
いや、ゴリラではなくて、限りなくゴリラに近い軍人蝶野であった。
蝶野の周りには数人の男性が倒れ伏しており、目の前には3人の薄汚れた男たちがナイフを構えて、蝶野ゴリラを睨みながら青褪めた表情をしていた。
少し離れた場所にナナが拳を握りしめて援護をいつでもできるように見守っており、静香はニヤニヤと面白い見世物ねと腕を組んで壁にもたれかかっていた。
あぁ、すっかり忘れていた、主人公たちは既に到着していたのねと唖然としてしまう脇役遥。ゴリラに会いに来た妹役をやろうとしているのに、ヨーロッパにバカンスにゴリラが行っていないのでは意味がない。主人公は1から継続してゴリラになってしまう。
既に挨拶イベントは始まっていた模様なので、時限イベントだったかと時間をかけすぎたのでイベントが持っていかれちゃったと悔しがるゲーム脳なゲーム少女である。
そんなアホなゲーム少女は舞台裏に放置されて、蝶野はフッと渋く笑って
「やめておけ、お前たちが痛い思いをするだけだぞ?」
余裕溢れる主人公な話しぶりを見せる。
「う、うるせえっ! なんで新しく入ってきたやつがそんな見たことない武器を持っているんだよ! この世界に慣れている俺たちによこせっ!」
青褪めた腰のひけたチンピラたちはそれでも引く様子はなく、ナイフを突き出して蝶野へと迫る。
苦味の走る渋い笑みを浮かべたまま、蝶野は最初に突き出されたナイフを持ったチンピラの右手を大きく踏み込んで、素早く右手でチョップを入れて叩き落とし、そのまま叩き落とした手を引き戻し裏拳をチンピラの顔に打ち込む。
「ぐへぇっ」
正中線にそって殴られたのだろう、鼻血をだしてぐらつくチンピラ。
そのまま、左手を次に迫ってきたチンピラの腕に突き入れる。痛みで立ち止まるチンピラの顔に左手を広げてそのまま顔に叩き込み打ち倒す。
最後の一人が蝶野の後ろに回り込むが、ちらりと後ろを見たあとに、右足を強く床へ踏み込み、左足でのハイキックを身体を捻り、豪快にぶち込むのであった。
ダダンとチンピラたちが倒れ伏して、最初のチンピラだけが痛みで鼻を抑えているのを見て声をかける。
「まだやるか? もう一撃欲しいならかかってこい」
「ひ、ひぃ〜!」
チンピラは身体を翻して、メインホールを必死に走って出ていくのであった。
フッとそのチンピラを笑って見送る蝶野は横からのドロップキックで、グハァとよろめく。
そんなに強くはない蹴りだったので、耐えきった蝶野がドロップキックをしてきた相手を見ると、コテンとドロップキックを放って床に倒れ込むゲーム少女の姿であった。
「うぅ、そのかっこいい主人公イベントは私がやりたかったのに………。酷いです、蝶野さん。主人公にはヒロインが漏れなくつくんですよ? 浮気の証拠として奥さんにあとで伝えておきます……」
嫉妬に塗れた美少女キックを繰り出したゲーム少女であった。醜い嫉妬心を隠す様子もなく口にだす困った美少女であった。
「姫様か! ちょっと待て、俺は浮気なんぞしないからな? デマを妻に伝えるなよ? 俺にとってヒロインは妻と娘だけだからな」
慌てる蝶野を放置して、ナナたちが満面の笑みで遥へと駆け寄ってくる。
「良かった、無事だったんだね! 合流できるか不安だったんだ!」
「ふふ、そうね、ゾンビの数からもう弾き出されたかと恐れていたわ」
不安は不安でも、ナナたちもやはり弾き出されてしまったのではないかという不安があったらしい。
まぁ、たしかにあの数だと少しやばいかもと思い、二人を見て気づく。
「二人共危なかったんですね? いや、ナナさんはそれが限界でしょうか?」
二人共バングルがオレンジ色になっていたのである。どうやらここに来るまでに力を解放した模様。ナナは全力でもオレンジ色が限界かもしれないが、静香は違うのでジト目で見つめる。
「えへへ、ガンショップで生存者と合流できたの。その時に全力で戦ったらオレンジ色になっちゃった」
「宝石店が通りにあってね? 宝石たちが私に保護されたそうな顔をしていたので、保護をしたの。その際に周りに徘徊していたゾンビに少しだけ強力な武器を使ったら、ね? 簡単にオレンジ色になったわ」
ナナは正義感から。静香は宝石取得の欲かららしい。早くもバングルが緑色なのは蝶野だけとなってしまったチュートリアルでゲームオーバーになりそうなメンツであった。
再び合流できた4人は、こいつらはいったいなんなんだ? という周囲の人々の疑問の視線を無視して、集めた情報をやりとりした。
「ゲームの世界………なるほどねぇ、いい得て妙だわ。でもお嬢様、皆は薄々現実ではと気づいていると思うわよ? なにしろ命がかかっているわけだし」
静香が腕組みをして、感想を言うがたしかにそうかもしれないと遥も思う。メインホールにも人々はたくさんいて、通路には毛布が放置されていたり、飲み終えたペットボトルが置かれていたりと、正直汚い。片付ける余裕もなく疲れた表情で大部分の人々は座り込んでいた。
こんな苦しい思いをしているのに、ゲームの世界というのは本当なのか疑っている人は絶対にいるだろう。ただ、口にしないのは、本当に現実だと認めたくないからに違いない。クリアしたら元の生活に戻れると、もしかしたらこの世界に入り込んだ時間と同じ時間に戻れるのではと考えているのだ。
なので、この世界をクリアする人間を待っている人も多いと思われるが、残念ながら元気にクリア目指して頑張っている人は極めて少ないと思われる。
まぁ、それはそうだ。最初からクリアどころか、絶対に逃さない気なエリアである。階層ボスもいなければ、強靭な肉体や便利なスキルなどもないのだ。そして、万が一そんな超人が生まれたら、このエリアからは弾き出される。よく考えられているよと遥は感心した。
「それにこれを食べてみて? さっきここのリーダーがお腹が空いてるでしょってくれたサンドイッチ」
ナナがコンビニで売っていそうなビニールに包まれたサンドイッチを差し出してくる。蝶野も静香も苦笑いをしているので、なにかがあったのだろうことは推測できる。
まぁ、考えてもわからないことは食べてみればわかるでしょと卵サンドだったので、いただきま〜すと可愛らしい小さなお口を開いて、パクリと口に入れるが顔を思い切り顰めた。
「……なんです、これ? なんだか粘土みたいな味ですよ? ほとんどパンと卵の味がしないんですが。というか、粘土にパンと卵の香り付けした感じですよ。ここの住人の嫌がらせ?」
新入りに対する嫌がらせなのかしらんと、物凄い不味いサンドイッチの感想を言って、コテンと首を傾げる。これは酷い、酷すぎるんだもの。
「いや、食べる前に俺たちも注意を受けた。その味が素らしい。それとこれもだ」
見慣れないハンドガンを蝶野が見せてくる。見慣れないというか、綾たちが持っていたハンドガンだ。
「このハンドガン、ここに来る前にガンショップにいた生存者を助ける際に、ついでに手に入れたんだが酷いものだ。モンキーガンと威力は変わらないぞ。ショットガンも同じぐらいの威力だった」
軽やかに手慣れた動きで、銃を扱いながら伝えてくる蝶野。
「なんと……なるほどねぇ。最初から希望に見せかけた絶望しかここのボスは与えていないのですね。まぁ、自分を倒せる武器を置くのはゲームの中の魔王ぐらいですか」
敵を倒して脱出するなんて、このしょぼい装備だと無理だし、ご飯も不味くて気力は出ないだろう。嫌なエリアであり、まさにボスのための牧場といった感じ。食料が手に入り、武器を使って戦えるというのが、また質が悪い。下手に希望を残しているのだ。希望があるからこそ人々は絶望しきれないのだろう。生かさず殺さずを実践している敵である。
「早々とこんなエリアは解放したいけど、とりあえず私たちも目が覚めたらここにいたということにしない? きっと真実を知ったら自殺してしまう人もいる可能性があるわ」
静香の言葉に全員が了解と頷く。崩壊した世界を生き残ってきた人々と違い、彼らはこの世界をゲームの世界と信じて、クリアしたら元の生活に戻れると信じているのだ。エリア解放までは黙っていた方が良いだろう。
話が纏まったので、それではそれぞれ情報を集めにいこうということに決まりかけたときに、面白がるような声がかけれた。
「やぁやぁ、お話は終わったかな? 変わり者の新人プレイヤーさん」
私は知識欲に溢れた白衣の博士ですといった感じで綾がてってことこちらに歩いてくる。
「私は狭間綾と言うんだ。良かったら皆さんの話を聞かせてもらえないかな? なぜ私たちが見たこともない武器を持って、お揃いの戦闘服を着ているのか? なぜ戦いなれているのかとかさ」
その言葉に瞳を輝かせて、ゲーム少女はフンフンと鼻息荒く前に出る。ここに来た設定ですね、任せておいてくださいと口を開く。常にこういった場面で任せられないゲーム少女が口を開いた。
「実は私たちはマンションの部屋で起きたんです。目の前には大きい球体があって、中には武器やら戦闘服が、もがが」
「はいは〜い、レキちゃんは少しお口にチャックね」
後ろから、ナナがひっついてきて、口を抑えられた遥。もががとせっかくの設定を話すんですと、ガンでガンガン戦う漫画の設定をパクって話そうとしていたが防がれた。なにげにぴとっと背中に張り付いているので、ふにょんと胸の柔らかい感触が当たって気持ち良い。そして照れ臭いので大人しくする。
ここは任せなさいと口がうますぎて詐欺師かスパイにしか思われないだろう静香が微かに目を細めてモデル立ちをしながら答える。
「私たちは恐山に観光しにきたのよ。この武器と戦闘服は手に入れたの。どこから手に入れたかは秘密ね。ここの状況をもっとよく知ったら教えてあげるわ」
その言葉に綾の後ろで密かに盗み聞きしていたリーダーが鼻白む。たぶん蝶野のゴリラパワーを見て怖がっているのだ。
綾は肩をすくめて、飄々と答えた。
「それは仕方ないな。私たちも君たちに信用されるぐらいに頑張らないとね」
「とりあえず、俺らはここの謎解きをするつもりだ。脱出するつもりだからな」
蝶野が渋く伝えて、あぁ、私も格好よくセリフを言いたいと思うが、口はナナに抑えられているし、背中には胸の感触がするので動けない。というか、おとなしくしているのにナナは胸をグリグリと押し付けて息を荒げているような感じがするのは気のせいだろうか? 気のせいだよね、きっと銀髪メイドと同じ性癖に目覚めたわけではないと信じたい。
「では、困ったらなにか聞いてくれたまえ。寝床はどこでも自由だ、トイレも使えるから安心したまえ。シャワー室も順番待ちだが使えるよ」
「お〜い、あやっペ! 厨二病はやめてそろそろご飯にしようぜ〜。あやっペの両親が呼んどるぞ〜」
キメ顔で伝えてくる綾の後ろから、さっき一緒だった子供が綾にご飯の時間だと声をかけてきた。
頬を真っ赤にして綾は怒鳴り返す。
「やめてよっ! その言い方禁止だからっ! 私はクールな博士キャラなのっ!」
プンプンと怒りながら恥ずかしそうに身体を翻して去っていこうとする綾。あぁ、この娘は博士キャラになりきっているのねと生暖かい目で見送る面々。
そんな綾は鋭い目つきで去り際に一言聞いてきた。
「そのバングル、本当に流行っているんだね。まさか全員つけているとは思わなかったよ」
そうして、スタスタと去っていく。思わせぶりな一言を置いていって。
はぁと嘆息して、疲れたように静香が声を発する。
「蝶野さん、私にはわかるわ。貴方、裏切り者と思われないように気をつけることね」
「美少女探偵レキも推理します。少ししたらドヤ顔で裏切り者は君だっ! とか、あの残念臭がするなんちゃって博士に蝶野さんが言われる未来が見えます!」
はいは〜いと手をあげる遥。だってわかりやすいフラグをたてるんだもの。あれでわからない人間はバイオ的ゲームをしていない人間だけである。
「なので、くれぐれも気をつけて行動してくださいね」
「あ、あぁ………了解したが、なんでだ?」
首を捻る蝶野の左手には4人の中で唯一緑色に光っているバングルがあった。気のせいだと思いたいが、たぶん気のせいではないだろう。行動には気をつけないと、後ろから撃たれそうである。よりによって一番弱い蝶野が。
「それと……ナナさん? そろそろ離してくれませんか?」
「えへへ。もう少し良いんじゃないかな?」
顔を真っ赤にしながら、グリグリと胸を押し付けることをやめないナナを見て、もはやこの元女警官は手遅れかもとため息を吐くゲーム少女であった。




