241話 女武器商人は転生する
燃えるような熱さ。体が細胞レベルから消えていくような感触を身体全体に受けながら五野静香は地上に打ち上げられた魚のように、床に激しく拳を叩きつけながら苦しんでいた。
「な、なによこれ? まるで体が焼けるようにっ」
ジリジリと自らが消えていくような嫌な感触を受けながらちびシリーズへと視線を向けると、動きを止めておりただの玩具と化していた。
今は自分一人、自らの豪邸の寝室で金のインゴットを磨きながら、次はどの貴金属を磨こうかと幸せな考えをしていた時に、突如として力が抜けたのであった。
なにかしらの清らかな力が、一気に寝室に充満したのだ。いや、恐らくはこの周辺全てに。
なぜこんなことになったのかは簡単に予想はつく。恐らくは大樹がなにかをしたのだろう。化物を一網打尽にできるようななにかを作り上げたに違いない。
苦しみながら、掠れた声を出して呟く。
「ちょっと私は用済みというところかしら……。それはいくらなんでも酷いと思うんだけど……」
立ち上がることもできずに、自分は捨てられて滅ぼされるのだと悲しい予想がついて、心残りを思う。
「あぁ、ダイヤとかもっと食べたかったわ、いえ、もったいないからやっぱり飾ったままの方が……」
「最後の時まで、君は変わらんのだな」
そんな床に伏して苦しむ静香に声がかけられた。聞き覚えのある冷たい声だ。
力をこめて、なんとか頭をあげると予想通りの人物が鋭い眼光を光らせながら立っていた。
「あら? ……レディの寝室にノックもなしに入室するなんて……。不作法じゃ……ないかしら?」
掠れて小声になる自分の声。小さくか細いので、目の前の男には聞こえないだろうと思ったが、それでも皮肉を言う。
しかし男はその小声を聞き取ったらしい。
「まぁ、最後まで貴金属のことを思い、人間への憎しみを見せない君だからこそ良かったというべきか。さて、助かりたくば、これを食べるんだな」
男はそっと宝石のような半透明の輝きを持つ林檎を私の目の前に差し出す。考えなくても、通常の果物ではない。しかも物凄い力を持つなにか違う物だ。
「皮も剥かないで……渡すなんて……レディに失礼……と思うけど頂くわ」
「皮ごと食べるのが健康の秘訣だぞ、これは無農薬栽培だからな」
ナナシがからかうように言う。私は苦悶の声を発しながら、それでも最後の力を振り絞って、ナナシの手にある林檎をシャクリと齧る。その途端に体が一気に楽になったことを感じた。慌てて、さらにもう一口食べる。
さらに体が楽になったので、立ち上がりながら林檎を受け取り、その全てを食べきった。
全てを食べ終わった私は身体からなにかが浄められて、まったく違うものへと、体が爆発しそうな感触とともに感じて叫ぶ。両手を身体に巻き付くようにして
「ああ、なにかを感じるわ! 光あるなにかを!」
パァッと自らの体から光が迸り、ナナシがスッと目を細めるのを見ながら、私はさらに叫んだ。
「貴金属に光あれ!」
そう叫んだ途端に力が治まり、自分が安定した存在へと化したことを私は満ち溢れる力とともに感じたのであった。
ふぅ〜と深い息を吐いて、汗だくの身体を見下ろしてからナナシへと告げる。
「寝起きで汗だくなの。シャワーを浴びる時間を貰えるかしら?」
妖艶なる微笑みを、フッと穏やかな微笑みでナナシは返しながら、肩をすくめるのであった。
「どうぞ、レディ。私は応接間で待つとしよう」
そういって踵を返して部屋を出ていくのを見送りながら、私もシャワーを浴びに浴室へと足を運ぶ。
「私たちって、なんてハードボイルドなのかしら」
楽しそうな表情を浮かべながら。
◇
応接間でナナシはソファに座り、初老のメイドからお茶を貰って待っていた。相手が誰か理解しているメイドは緊張しながらも、興味深げな表情を隠しきれていないので、本格的なメイドが欲しいと私は思いながら、ナナシの対面に優雅に座り脚を組む。
「で? これはいったいどんなパフォーマンスだったのかしら?」
その問いに答えることなく、ナナシはメイドへと視線を向けるので、ひらひらと手を振ってメイドを下がらせて人払いをする。
メイドが出ていったことを確認してから、ナナシは悠然とした態度でソファに深く凭れかかり答えてきた。
「大樹は限定的であるが、ようやくミュータントを殲滅できる力を手にした。と言ったら信じるかな?」
「そうね、自分の身体で充分すぎるほど味わったからね。力とやらを手にしたのはわかるわ」
なにしろ体が消滅するところであったのだ。否が応でも理解できた。あの感じは二度と味わいたくないと身震いをする。
「簡単に理解してくれてありがとう。制圧した関東域内はこれでミュータントが存在できまい。ようやく安心安全な世界が生まれたというわけだ。まぁ、固定化が困難なので、関東だけに今のところはなるだろうが」
「その安心安全な世界の中に私は含まれていなかったようだけど、どうして私は助かったのかしら? ナナシさん?」
腕を組みながら、返答を待つ。殺されていてもおかしくなかったのだから。いや、放置されていたら確実に滅ぼされていた。
ナナシは考え深げに、こちらを見つめる。
「それは大樹でも一つしか完成しなかったミュータントを治癒させる物を食べたからだ」
一つしかという言葉に私はピクリと眉を動かして動揺する。それでも内心に隠すようにしながら問いかける。
「ミュータントを治癒する? そんな凄い物を作ったわけ?」
「あぁ、恐らくは今後も作れる数は決まっている。世界のミュータントを救うことはできないのは間違いない」
つまらなそうな表情をしながら、くつろいだ様子でお茶を口にするナナシを見て
「………そんなに貴重な物を私に食べさせて良かったのかしら? 貴方の立場が悪くなるんじゃない?」
なぜ私に食べさせたのか疑問に思いながら、口にだす。私を救うメリットはデメリットよりも少ないと考えるからだ。
「なにしろ、気分的には随分楽になったし、元化物としての力もある程度残っていると感じるわ。そして不老長寿な感じもね」
その答えにつまらなそうな表情をしていたナナシは、一転楽しそうな表情へと変わる。
「なるほど、随分自分の力を理解するのが早いな。正直言うと君の力は固定された。これからは新たなる支援を私がしない限りその力は増えないであろう。ただし休憩をすれば今までとは違い回復をする。新しい自分の力を確かめておくんだな」
「あら? ゲームでいうカンストレベルになったのかしら? それは残念ね」
肩をすくめて答えるが、その程度のことで他のメリットが消えたわけではない。私の力はかなりのものになっている。防衛隊レベルでは私には勝てない力の開きがあるのだ。無論、さらに強くなったお嬢様には簡単にあしらわれるだろうが。
「その代わりに通常の食欲に睡眠欲などが復活したはずだ、気まぐれな嗜好品ではなくな。良かったな、人間もどきになれたようで」
「どこかで聞いた話だわ。まるでお嬢様と同じ存在となったみたい」
そう言った瞬間にナナシの肩がわずかに震えたのを私は見逃さなかった。
以前から考えていたが、やっぱりナナシとお嬢様はなにかしらの関係があるようだ。これまでずっと不思議に思っていたのだ、お互いが何故か関わらないようにしている二人に。
「なぜ私を助けたのかしら?」
「簡単な理由だ。君は死ぬ寸前まで人への憎しみを出さなかった。ただそれだけの理由だ」
フッと口元をニヒルに曲げて笑うナナシの答えに満足する。どうやら彼は予想以上にお人好しのようだ。
死ぬ間際に憎しみを見せていたら、あっさりと放置されていただろうことは間違いない。
思えばお嬢様があれほど自由に行動できる理由。この男が名前を捨てた理由。あのお人好しのお嬢様がたまに見せる冷酷な表情。その冷酷な表情は誰かに似ていた。
そう、目の前の男に。
きっとお嬢様を庇っているのだろう。そして用済みとされた私も庇ってくれたのだろう。
はぁ〜と諦めたように私はナナシを睨むように見つめた。
「貴方は随分危ない橋を渡っているわ? それを理解しているのかしら?」
頭の良い、この男のことだ。当然理解しているに決まっている。
返ってくる答えは予想通りで、つまらなそうな表情になりナナシはこちらへと視線を返す。
「そんなことは昔からわかっている。危険な橋を渡るのはスリリングで面白い」
「そう……。なら仕方ないわね。父娘揃って私の命を救ってくれるとは思わなかったわ。良いわ、貴方の味方についてあげる。まぁ、私が死なない程度にはね」
父娘というカマ掛けに、僅かに身じろぎを見せるナナシ。通常の人ならば気づかないだろうが、常人ではない私の目は見逃さなかった。
ふふっと妖しい微笑みでナナシを見つめながら尋ねる。
「普通の生活には戻れない私だからね。感謝をしておくわ」
そうして、私はにっこりと微笑みを名の知らぬ男に向けるのであった。
◇
では失礼すると、あっさりと恩を売るわけでもなく帰ったあの男のことを考える。随分不器用な人間だ、あれでは優秀でも暮らしにくいだろうと苦笑いした。
初老のメイドがお茶のお代りを注ぎながら、私の顔を窺うように声をかけてきた。
「お嬢様、あの方はライバルが多いですよ? 頑張ったほうが良いですよ」
気遣わしげに忠告してくるが、的外れも良いところだ。どうもこの初老のメイドは私を婚活させようとする様子がある。
「違うわよ、彼はビジネスパートナー。それ以上でもそれ以下でもないわ」
苦笑しながら首を振り否定すると、あらあらと手を口にあてて含み笑いをしながら言ってくる。
「いつもと全然違う装いではないですか。髪にも艶があって、肌も綺麗にして。無意識なら意識なさった方が良いですわよ」
おほほと笑みを浮かべながらの忠告に、私は外見も変わったことに気づく。
髪は滑らかで艶があり、肌も水を弾きそうな張りを感じたのだ。随分と美女ぶりに拍車がかかったみたい。
それに、今飲んでいる紅茶もいつもより段違いに美味しい。今までとはまるで違うのだから。
「なるほど、たしかに素晴らしいわ。無意識だったけどこんなに変わるものなのね」
「そうでしょう。気になる男性の前では、ついつい化粧をして美しく見られたいと思うのは女性のさがですから」
見当外れのことを話してくる初老のメイドへと苦笑しながら、下がるように命じてから、指をパチリと鳴らす。
そうしたところで驚いた。いつもならば禍々しい黒い光から生まれてくるのに、神秘的な光の粒子が集まって生まれてきたからだ。
二体の騎士風ロボットは生まれてすぐにぽてんと倒れた。そうしてすぐに立ちあがる。
「グヘッ! 酷い目にあったぜ! なんだかわけわからんうちに俺は死んだぞ?」
「うむ……。無念だがあの力には敵うまい。で、主殿よ我らの力が様変わりした理由はなんであろうか?」
チビカインとチビアベルを復活させたところで、すぐに自らの力自体が変化したことに気づいた冷静なチビアベルが尋ねてくるので、驚きの理由を話すのであった。
重装甲なチビアベルがうんうんと重々しく頷きながら、私に視線を向ける。
「なるほど、道理で我が精神が荒々しさを感じないと思っておりました。そのような理由でありましたか……」
「ヒャッハー! それじゃあ俺たちは天使にでもなったのか? たしかに人を殺したいとは思わねぇな。その代わりにミュータントを倒してえ!」
各々の言う言葉を聞きながら、私は推察する。この二人は核はあんまり変わっていないと。
たしかに僅かにあった人間たちへの憎しみや殺意はきれいさっぱり消えている。今は多少なりとも体の奥からポカポカした優しい力を感じるのだ。
そしてもっと重要なことがある。
私は宝石を取り出して、その輝きをじっくりと観賞する。そして今までで一番の変化に驚愕して叫ぶ。
「あぁ、なんてことかしら。今までとはまったく違う輝きを感じるわ。この黄金の光、銀の仄かな輝き、宝石類の魅了される美しさ! 今までとはまったく違うわ。今までは人の負の情念が貴金属の光を隠していたのね。それが今は綺麗に浄化されて、いっそうの輝きが私の目を奪うわ!」
これは凄いことだわ! 今までこの輝きを知らなかったなんて、私は馬鹿みたい。いや、文字通り馬鹿だったのだわ。
ヒャッホーと、その心踊る輝きを見て、実際に踊る私を眺めながら
「なんつーか、姐さんは変わらんな、どっか変わったか?」
「うむ、そこがミュータントとなっても自我を保てた理由なのだろう」
うむうむと頷くチビアベルと、呆れた声のチビカインが呟くのであった。失礼な話だわ。
「これからは貴金属を食べても力は増大しないわけね? たしかに力の回復は感じるけど、増大は感じないわ。使い捨てだった力が寝ても回復するとか素敵なんだけど、パワーアップができなくなったデメリットもあるわね」
気を取り直して座り直しながら、金のインゴットを羊羹のようにヒート包丁で斬り、ビーム楊枝に突き刺して、齧りながら感想を言う。
「今までとは味も違うわね。前よりも全然はっきりした味になっているわ」
滑らかで本当の羊羹みたい。しかも味わいは羊羹など相手にならない。これと比べるとミュータントの時に食べていたのは泥味も同然だった。ナナシに感謝しないといけない理由が増えたわね。
「こんなに素晴らしい貴金属の価値をみんなに教えないといけないわ! 武器の値段を今までの二倍にすれば、皆が貴金属の価値を再認識するんじゃないかしら?」
凄くいい考えだわ。私は天才ね、早速店員に値上げを伝えようと立ち上がろうとしたら、チビアベルが小さな身体で懸命に抑えつけてくる。
「主殿、やめておけ、そんなことをしたら怒られるどころか、仕置されるやもしれんぞ?」
「ブハハハ、相変わらず姐さんは貴金属がかかわるとポンコツになるな! 本当になにが変わったんだか!」
チビカインが腹を抱えて大笑いしているので、さすがの私も気を取り戻した。
「はぁ、たしかになにが変わったのかわからないかもしれないわね。見かけはだけど」
座り直しながら、冷静になった頭で考える。この先、どう振る舞うかを。
今までよりも明確に自分の身体を意識する。手を開いたり握ったりとしたり、自分の身体に脈が流れているのを感じる。
指を切れば、赤い血が流れるし、これからは力の増大に伴う人間への憎しみを抱えることもない。
真っ当に陽のあたる場所を歩けるようになったのだ。妖しさを見せながらも、人間を恐怖していた自分がいたことに今更ながら気づいた。
「アハハ………。私は意外と精神的にきつかったのね」
ポロリと涙が目から零れ落ちるのを感じながら呟く。胸を借りれる男役はさっさと帰ったので、チビたちを抱きかかえながら、声を出さずに泣く。
どうやら私はあのアパートから、崩壊後に籠もっていたアパートから初めて足を踏み出したのだ。ようやく陽のあたる場所を歩けるようになったのだと、声を出さずに泣くのであった。




