235話 ゲーム少女は森林に潜る
鬱蒼と茂る森林地帯にずらりと並べられた野砲。その野砲は現実には無いだろう長大な砲身を持った兵器である。そこかしこにスノーモンキーが走り回り、警戒態勢を敷いている。スノーモンキーの中の一匹が砲弾をこめているが、錆びつき凍りついている砲台は動いているものが少ない。
オスクネータンクやキャノンシロクマも警戒態勢で周辺を歩き回っているが、その中の何匹が兵器をまだ使用できる状態かは不明であり、メンテナンスの行われない哀しき軍隊であった。
既に山においてあった戦艦は撃破されているので負け戦とは理解しているだろうが、忠実たる兵士たちには関係ない。主に命じられたとおりに守備を固めるのみ。
そんな森林守備隊の集団に一発の砲弾が森林の向こうから飛来して着弾する。積雪を撒き散らしクレーターと思える程の大きさの穴ができて、着弾地点へと注目する。
その瞬間に周りを超重力でドーム状に覆い、敵は押し潰されていく。
「モンキー」
「モモンキー」
「テッキー」
警戒の叫び声をあげるスノーモンキーだが、無数の砲弾がまたもや飛来してきて軍隊はそのまま崩壊していくのであった。
◇
森林から離れた場所に多脚戦車アメンボが絶滅しないように、砲塔から白煙を吹き出していた。
「ご主人様、敵の戦列は崩壊しています。このまま砲撃していきますね。砲弾は変わらず重力弾でいきます」
真面目な表情でモニターを確認しながら、テキパキと報告してくるサクヤ。その言葉通りに、切れ目を見せずに順々に砲撃をして敵を倒していく。
みるみるうちに、敵は砲弾の雨あられにより崩壊していくのを遥が確認していると
「マスター、敵からの反撃があります。迎撃レーザーを発動させます」
森林の向こうから反撃だとばかりに、無数の砲弾が飛来してくるのをナインが迎撃レーザーを発動と呟いて、モニターにピアノを弾くように、複雑な動きでタッチをしていき、アメンボからレーザーが放たれて次々と飛来してくる砲弾を撃破していく。
二人共かっこいいと思いながら遥も言葉を発する。気分はベテラン戦車長のゲーム少女。私もかっこつけないとと言葉を発する。
「これよりアメンボは発射地点がバレないように移動しつつ攻撃をします。移動攻撃をよろしくお願いします」
キリッとした真面目な声音で、スチャッとコントローラーを取り出して、移動を開始する遥。
「………ねぇねぇ、私だけなんだか絵面が変じゃない? なんで二人がモニターを軽やかに近未来的に操っているのに、私だけコントローラーだと子供がこれからゲームをする愛らしい姿にしか見えないんだけど? スチャッとかっこよくコントローラーを構えてもコントローラーはコントローラーだよね?」
むぅと頬を膨らませてご不満な表情のゲーム少女である。まぁ、一人だけモニター前にコントローラーを持っていれば、子供な姿も相まって、これからゲームを楽しもうとするようにしか見えない。
ブフッと吹き出して、笑い始めるサクヤ。
「し、仕方ありませんよ、レキ様がコントローラー派なんですから。愛らしいし似合ってますよ」
笑いながらも、射撃の操作は衰えることなく、しかも合間合間にカメラでゲーム少女を撮影するという神技を見せる銀髪メイド。
「旦那様、コントローラーは嫌ですか?」
しょぼんとした声音でレキが尋ねてくるので
「嫌じゃないよ? ちょっと私にはモニターを操作する姿もかっこいいかなと思っただけだから」
フォローをしながら、ブインと呟きアメンボを笑顔で操作する遥であった。ちなみに斜めに移動する際には体を斜めに、敵の砲弾が見えたときは仰け反りながら操作するので、ゲームをしている際の行動が垣間見える。恐らくは戦闘機を操るゲームとかでは、画面を見ながら体もそれに合わせて傾けていたのだろう。
といやっとゲームは一日一時間よと怒られそうなゲーム少女は、それでもスキルの力で巧みに移動をしていく。ちなみになぜレキではないかというとメイドズと一緒に戦いたいと駄々っ子少女へと変身したおっさんがいたとかいないとか。
高速機動で敵を回避しつつ、反撃を的確に行うために直に敵は壊滅した。
ふむと結果を見て、頷く遥。
「問題は無いようだね。これなら敵はすぐに全滅できるかな?」
すぐに油断をして、フラグをたてる遥。ちょっと遥の発言は許可制にした方が良いかもしれない。
ポチポチと軽やかに砲撃を加えつつ、サクヤも同意する。
「敵は既に50%の損害をだしています。これ以上戦うのでしょうか?」
ナインが疑問の声をあげる。普通の軍隊ならそうするであろう。
「戦うだろうね。ここは背水の陣というべき場所だよ。戦い方をやめることはないよ」
「そうですね。姉さんの攻撃により敵は散開しながら攻撃してきます。退却命令が出されないのでしょう。そろそろ終わりになります、マスター」
ナインが敵を精査して、予測を告げてくるのだった。
どうやら敵は楽勝だねと思いながら殲滅をする遥であった。このトリオの前には敵なんかいないねと調子にものっている。
スノーモンキーが必死に観測しようと近づいてくるが
「観測手なんか、真っ先に撃破するに決まっています。ほいっと」
すべてレーダーに映り込んでいるので、サクヤの華麗な素早い砲撃操作により、無駄なあがきとなり撃破されていくのであった。有能過ぎてびっくりな感じである。
フッとニヒルに笑うサクヤがゲーム少女へと顔を向ける。
「ネオサクヤと呼んで良いですよ? あとでネオなところを見せるので、お風呂を沸かしておきますね」
「ネオな意味がなさそうだから、却下だね」
眠そうな目をジト目に変えて、迷う素振りを見せずに却下を行う遥であった。
数十分後には敵の殲滅を終えて、森林は静寂を戻す。
ふぃ〜と体を椅子に沈み込み、結果を確認する。
「あとはボスだけだし、宝箱、宝箱はどこかな?」
モニターを操作して宝箱の場所をマークする良い子なナイン。さすがナインだよと喜び、その場所へと移動を開始する。
ガションガションと積雪に触れて足が沈み込んでも、その程度ではアメンボを止めることはできない。
キラキラとした、今までで見たことがないかもしれない喜びの笑顔で森林内を移動するアメンボを操作する遥。
ふんふんと可愛らしく鼻歌を歌い、サクヤがはぁはぁとカメラでその姿を撮影して、ナインが水筒から飲み物を取り出して寛ぎモードであった。
「みーつけた!」
やったねと喜びの笑顔で、戦車から飛び出して、森林内にポツンと置いてある宝箱へと駆け寄り、ちっこいおててを翳す。なぜかその周辺は積雪があまりなかったが、もちろん遥は気にしない。宝箱しか見えていないのだ。たとえ見えていても気にしないが。
シュワッと光の粒子が取り込まれたと同時に、トンッと軽く地面を蹴り、高速移動で横へと体をずらす。
少し前にあった体の前を枝が槍のように高速で飛んでくるのであった。
「え?」
眼前をスレスレで通り過ぎていく枝の槍を見て、一筋の汗をたらりと流して遥が動揺の声をあげる。
「旦那様、どうやら敵は通常の木に擬態して隠れていたようですね」
枝の槍が飛んできた方向には、ワシャワシャと不気味に枝を動かす巨木の姿があった。
「マジですか……。え? なんで看破にひっかからなかったの、こいつ?」
枝を複雑に動かして、槍のように突いてくる巨木。しかも複数の枝からの複雑な軌道をもっての攻撃である。
スイッと半身に身構えて、拳を胸の前に持ち上げるレキ。眠そうな目で飛来してくる枝の槍を手の甲を重ねて、僅かにその軌道をずらす。
次々と飛来してくる枝の槍であるが、レキは両手で構えて、スイスイと手をそえるようにして軌道を変えて、受け流していく。
「無駄です。数を揃えても、下手な鉄砲では私には当たりません」
静かに淡々と当たり前として語るレキである。どこかのおっさんと違い、極めてかっこいい。というか、おっさんなら最初の攻撃で貫かれて百舌鳥のハヤニエになっていたことは間違いない。
「ご主人様、敵は木だったんです。たしかに木なので気になる存在ではなかったんです」
「サクヤ……。そこまでしてオヤジギャグを言いたかったんだね」
ホロリと泣く素振りを戦闘中にする邪魔しかしていないかもしれない遥。
プンプンと怒りながら、サクヤが告げてくる。
「ご主人様のレベルに合わせたんです。これは私の素ではないですから。本当にないですからね?」
「はいはい、んで? なんで気づけなかったのかな?」
適当に言葉を返す遥は、看破を持っているのになぜ気づけなかったのか尋ねると
フンスと得意げな表情で、ふくよかな胸をぽよんと張って回答するサクヤ。
「木の中に種が埋め込まれていたのです。このダークマテリアルで覆われた世界では、粉雪すらも同様にダークマテリアルの力を感じるので、種に気づけなかったんです。わたし達が近づいてきたので、活性化して一気に木を乗っ取ったんでしょう」
ワシャワシャと動く不気味な巨木。そして、周辺の木も次々と動き始める。
「あの木の名前は隠れエントと名付けました。動くことはできないようですが、枝をかなりの距離まで伸ばせると思います」
「そっか、それじゃ戦車に帰還して戦闘だレキ!」
隠れエントが次々に増えてくる中で、すぐに戦車戦を決定する。ハンターは戦車がないとねと、昔の賞金首を狩るゲームを思い出しての行動であるが
「残念ながら、少し遅かったようです、旦那様」
むむっと、アメンボを見るとその巨体が邪魔となり、多くの枝の攻撃を受けて、弾き飛ばされたり脚を掴まれて投げられたりして、レキから離されていた。
「木が近すぎて、戦車じゃ不利か! 急いで助けに行きたいけど………」
レキの周辺にも枝で囲んできている隠れエント。
「大丈夫です、マスター。私たちは一旦距離をとってから反撃をしますので、存分に戦ってください」
焦りを見せずに、平然としているナインの言葉に胸を撫で下ろす。メイドズが傷つかないか心配であったが問題なさそうだねと、眼の前の敵に集中することにする。
「任せた、レキ! 眼の前の敵に集中だ!」
もちろん、集中するのはレキであり、遥は支援要員として頑張るつもり。だって、敵がこれまでになく強そうであるので。
「それと、この攻撃は何処かの赤昆布で見たことがあるから、ここのボスは絶対に倒すからね!」
創生してきた中に赤昆布がいたと簡単に予測がつくし、そんな敵は排除確定。死んでもらいますなのだ。赤昆布の森林になっていた人々を助けるのはかなりの苦労があったのだからして。
「了解です、旦那様。危険な木々は伐採しましょう」
眠そうな目を僅かに細めて、近づく枝を見て呟きながら身構える。無数の枝はムチのようにしなりながら、高速で飛来してくるが
「その攻撃はニャルラト昆布戦で見ました。劣化品では役にたちませんよ?」
スッとアイテムポーチから刀を取り出して、高速で摺り足をして、幾人にも見える程鋭い動きで刀を無数に振るう。
チィンと鞘に収まる刀の涼やかな音がしたと同時に、飛来してきた枝はバラバラとなり、無数の薪と変貌していくのであった。
「雑草薙の剣で、文字通り雑草を刈り取ることにしましょう」
再び、右手を刀の柄にそえて、瞬時に居合いを行う。あまりの速さにより、既にレキが振り抜いたあとの残心のみとなっており、ビシリと巨木に光の軌跡が走ったかと思うと、滑らかな断面をみせて、隠れエントたちは体をずらされるように粉々となっていく。
雑草薙の剣の空間を飛び越える斬撃が繰り出されたのである。動けない敵など、この刀の前には無意味なのだ。
「この森林全体が罠。すなわち隠れエントなんだよね〜」
目の前にいた隠れエントはすべて伐採したけど、それ以上にこの森林自体が面倒くさい。まだまだ隠れエントはいるようだからして。
てってこと倒した木切れとなった隠れエントへとレキが歩み寄る。
ふむと一息ついて、頬にちっこい人差し指をあてて、見た内容を告げる。
「旦那様、予想どおり、木の種を発見しました」
ひょいと身体を屈めて、木へと手を突っ込みもぞもぞとしばらく調べたところ、ちっこい木の種を見つけて摘み上げる。
既に力を無くして、ただのゴミとなっている種。
「意外と大きいね。10センチぐらいの大きさかな?」
長細い種であり、見たことがない種だ。というか、こんな大きい種は疑問すら浮かばずに怪しいとわかる。
「これを破壊すれば良いんだよね? なら簡単に倒せるかもしれないけど、いける? レキ」
「この吹雪ですので、種の位置がいまいち把握できません……。すいません、旦那様」
しょんぼりレキである。たしかに吹雪が感知を妨害しているので、大きい力を持つ敵でないと、いまいち把握しにくい。
「大丈夫、この吹雪がなくなれば良いんでしょう?」
なので、しょんぼりレキを慰める遥である。そして吹雪を消す方法は既に一度やっているのだから、余裕だねと思う。刀をしまい吹雪を無くす力を使うのだ。
常日頃からレキには負担をかけているので、ここで助けないと男がすたるよと、既に美少女の体になっており、おっさんの存在は廃れていると思われる遥が超常の力を使う。
『サイキック』
レキを中心に空気に波紋が生まれ、空間が僅かに歪む。そうしてすべての吹雪を粉雪のひとつひとつまで認識した遥は両手を掲げて、その強大な力を発動させる。
「大雪山ターツーマーキー」
三体合体したロボットが使いそうなネーミングを言うと、ぐるりんと両手を体全体で回すようにして、吹雪をサイキックで掴む。
曇天の空も吹雪も、その僅かな結晶を掴んで捻りあげる。
吹雪がピタリと止んで、次には竜巻へと収束され始め、曇天を晴らしていく。
「てやっー!」
鈴のなるような可愛らしい声で叫び、そのまま竜巻を細く細くしていき、遂には糸のような細さにして、空間を捻り消し去ってしまうのだった。
晴天となり、涼しげな風が頬にあたり、レキはニコリと微笑む。
「さすがです、旦那様。では次は私の出番ですね」
右腕を掲げて、次はレキが事前準備をする。フォトンライフルを取り出して
「星金の手甲展開」
カチャカチャと星の煌きを放つ黄金の手甲が右腕を覆う。しかし、いつもと違うところがあった。
星の煌きを放つ粒子を右腕に集め始めると、そのまま取り出したフォトンライフルへとその粒子が移動を始める。
「サクヤさんに学びました。旦那様から使い方を教えてもらいました。要は己の認識により強化範囲は変更できると」
そして雲ひとつない空へとフォトンライフルを持ち上げて、引き金を弾く。その引き金に超常の力をのせて。
『超技星金の雨』
カチリとひかれた引き金により、フォトンの銃弾が放たれて、星金の輝きを纏いながら、黄金の矢となりながら、無数の矢へと分裂していく。
そのままホーミングレーザーの如く、グニャリと曲がると、地上へと降り注ぐ。
未だに侵食されていない、されど種が埋め込まれている木々は、防御を取ることすらしない。敵が近づいたら種が発芽するようになっていたからだ。
そのため、あっさりと種のみを正確精妙に貫かれて、小さい穴を空けたただの木々に戻るのであった。そこに消失した種の跡を残して。
静かにされど一瞬で森林の一区画を殲滅したレキは、再度超技を発動しようとするが
「ご主人様、敵ボスの空間結界を認識しました。ここは私たちに任せて先に進んでください」
ウィンドウ越しのサクヤの言葉にコクリと素直に頷く。
「では、感知できた空間結界の先に進みます、旦那様」
そうして、姿を消すような速度で先に進むレキであった。




