227話 ゲーム少女と草の根軍隊
世界は既に崩壊から滅亡へと移り変わっていると、この間のお掃除の仕事で、ゲーム少女は理解した。それは既にビルも家も住めないどころか、緑に覆われており昔にアニメで見た崩壊した世界の数千年後を予感させた風景だったので。
きっと未来にはリスみたいなのを肩に乗せた少女が活躍しそうな感じがするなぁと思いながら、ビルの屋上から眼下の戦場を見渡した。
ビルや家々はただの障害物となっており、所々に放置された車両も邪魔な存在だ。その隙間を縫うようにトラックが恐ろしい速さで通過していき、荷台に乗っている兵士はアサルトライフルを追いかけてくるゾンビたちへと撃ち続けている。
そう、ゾンビたちだ。身体は所々かけており、骨が見えており、白目を剝いて、全力で走る大勢のゾンビたちがトラックを追っている。なんだか久しぶりに見るゾンビたちの大群は、まったく進化していなかったが、あれが通常レベルのゾンビたちの限界カンストなのだろう。
それでも全力疾走してくるゾンビたちはかなりの速さで走ってくるし、道路を埋めて追いかけてくるので、かなりの怖さを与えてくる。おっさんなら、本来なら追いかけているゾンビ側になっているだろうから問題ない。レキになれなければ、たぶんそうなっていた。
そんなトラックは何者かというと、関東制圧隊の兵士たちであり、只今ゾンビたちを誘導中。捕まえられたら、ワッペンの力があれど袋叩きにあってゲームオーバー間違いなし。大群スレイヤーは失敗すると酷い目にあうのである。ゲームでは、だいたい弾切れとなり、スタミナが切れて袋叩きにされていたおっさんがいたとかいないとか。
幸いにも映画みたいに急なエンストになり車が止まったり、障害物があって事故ったりせずに、ゾンビたちを国道に誘導して素早くトラックは離れていく。
そうして離れていったあとには戦車隊が並んでおり、一斉に戦車砲を撃ち出す。強力無比なフォトンエネルギーでできている白光はもはやゾンビなど相手にもせずに、一瞬で蒸発させていき家々を乗り越えてきたゾンビたちは兵士たちが個別に撃破をしていったのだった。
「手慣れていますね。やっぱり装備があればゾンビは人類の相手にはなりませんね。問題は装備の補給ができるのは恐らく大樹だけということですが」
眠そうな目で、戦闘が終わりそうなことを確認して、とうっと飛び降りつつ、隠蔽にて自身の存在を隠して、軍隊とはまた違う人たち、即ち物資調達隊へと紛れ込むゲーム少女であった。
戦車隊があれば、誘導など本来は必要ない。なにしろビルや家々ごと戦車砲で蒸発させていけばよいのだから。それを昼行灯たちはしなかった。物資調達のために、わざわざ危険をおかしてゾンビたちを国道に誘導して、なるべく家屋に被害が出ない形で撃破していき、手付かずの物資を確保して大金を稼いでいた。
しかし軍隊を動かしているのであるから、物資を手に入れて大金持ちにさせる訳にもいかないので、かなりの金額は大樹や若木コミュニティへと流れていった。それでも昼行灯の部隊は借金を返済して、そこそこのお金を手に入れていた。そこは昼行灯の腕前なので文句はない。
問題は、なんでせっかく稼いだお金をレキを解放しろという抗議活動に使うかである。極めて面倒なことをしでかしてくれると、珍しくゲーム少女はプンプンと怒っていた。子供が怒っているようにしか見えない愛らしさではあるが。
ぴょんぴょんと家やビルの屋上を飛び跳ねながら、物資調達隊が待機している人々の中に飛び込むように紛れ込むゲーム少女。
素早くフードを被った謎の避難民へと変身して、ふふふ、私の正体は誰にもわからないよねと自信満々な様子を見せるので、この間、三人娘たちにあっさりと気づかれたことは記憶からデリートした模様。というか英子にも気づかれたのだが。
うんせうんせとフードを深く被って、前が見えなくなっちゃったと、それでも気配感知があるから問題ないねと人々の中に紛れ込むが、傍から見ると完全にフードが顔を覆っており、それでもてこてこと躓きもせずに歩けるのは不自然極まるが、もちろん顔を隠すのを最優先にしているアホな美少女は気づかない。
だが、不自然に思われる前にフードが優しく引き下ろされて、声がかけられた。ナイスなフォローであった、なにしろこのままだと不思議っ娘確実であったので。
「フードをそんなに深く被ったら危ないわよ? ってマヤちゃん?」
ありゃりゃ聞き覚えのある声だねと、フードを下ろしてきた人を見上げると、伏美だった。隣に夫もいて驚いた表情をしているので、マヤがここにいるとは思わなかったのだろう。
この誘いはかなり隠蔽されているようで、ゲーム少女はわからなかった。たぶん北海道避難民だけの集まりでもあるけど、子供だから声がかけられなかったと予想している。なので、関東制圧軍を数日間監視していた調査をしない脳筋なゲーム少女であった。
「マヤちゃんも、こっそりと声をかけられたのね? 良かったわ、少し危険な賭けだけど軍隊に守られているからね」
「おや、伏美さんではないですか。今日は夫婦でデートですか? あんまりデートスポットには相応しく無い場所ですが」
飄々としたゲーム少女の返答にクスリと笑って、伏美は教えてくれる。
「もぉ、冗談が上手なんだから。お金を稼げると聞いて、皆で来たのよ。残った他の奥さんが私たちの子どもたちを見ているわ」
え〜? と不審な顔をしてしまい非難の声をあげる。
「映画や小説だと、だいたいそのような噂に釣られて集まった人々は死んじゃうじゃないですか。子供たちのことを考えると、少し不用心では?」
「ん〜、たしかにそう考えたわ。でも、この物資調達に入った人はかなりの人数だし、詐欺とは違うのが大樹運営の軍隊というのも安心できるところだからね。マヤちゃんもそうじゃないの?」
苦笑交じりに返答しながら、非難してくるマヤというか遥へと尋ねてくるので、ハア〜とため息を吐いて、人差し指をフリフリと揺らして答える。
「うんと、私は子供がいないので大丈夫ですから。なにかあっても切り抜けることができますからね。もぉ、気をつけてくださいよ? 今回は大丈夫かもしれませんが、これに味をしめて詐欺にひっかからないでくださいよ?」
「ふふっ。ありがとうマヤちゃん。心配してくれるのはありがとう。でも大丈夫よ、これが普通の物資調達とは違うとわかっているし、もうこんな話もないでしょうし」
大丈夫かなぁと思うが、周りの人々も同じ考えなのだろう。たしかに目の前に戦車があり、ワッペンをつけた兵士がいるので騙されることはないと考えるのはわかるから仕方ないかと嘆息する。
「戦闘は終了しました! 危険は排除されましたので、物資調達を始めてください!」
兵士の一人が、物資調達班に叫ぶように指示をだして、人々は急げや急げと、遅れちゃ損しちゃうと足早にビルやら家屋に入って行くのであった。
「マヤちゃん。私たちも行きましょう!」
伏美が掛け声をかけてくるので、コクリと頷いて、てってこと物資を調達しに行くゲーム少女。
しばらく物資を回収して、さすがに手付かずの家屋であるので、電化製品や置いてあった金などを回収していく。
そうして、かなりの物資を回収できたので、この間やった掃除兼物資調達とは実入りが全然違うなぁと思う。
えっほえっほと汗だくになり、物資を回収し終えた面々に最後に関東制圧隊の団長である昼行灯が、コマンドー婆ちゃんたちとやってきて、のんびりとした口調で声をかけてくる。
「本日はお疲れ様でした。今日のお給料をお渡しする前に、お願いがあります。それは極めて簡単なことでして、一回で良いので大樹へと抗議活動に参加して欲しいのです。強制はもちろんしませんが、今回の報酬はその分も含まれているとお考えください」
ふぅ〜と息を吐き、再び話し始める昼行灯。
「大樹のやり方は極めて独善的です、そこに問題はないのかと一度で良いから、抗議活動をしてください。なにより我々を救った少女は大樹に使われて最前線で戦闘を強いられています! 彼女の悲惨な境遇を助けるためにも、一回だけでも抗議活動をお願い致します。僕からは以上ですので、あとはご帰宅なされて疲れをとってください」
ペコリと頭を下げて、先程のお願いがたいしたお願いでもないようにヘラヘラと笑いながら、昼行灯は解散しますと言ってくるので、報酬を受け取りながら、もっと強制的なお願いだと思っていた人々は、拍子抜けした表情を浮かべて大型輸送艦へと帰っていく。
遥も封筒に入った報酬を見る。本来は振込のはずなのに現金での手渡しだから気づかなかったのだと遥は推察した。ツヴァイたちはなんでこんな会話を気づかなかったのかと思えば、戦車隊はかなり離れた国道に配置されているので、まさか目の前で大樹の抗議活動をしているとも思わずに気づかなかったのだろうと簡単に予想がついた。
封筒の中身は30万円入っており、絶妙な金額だと、遥は舌打ちした。これが大金なら罪悪感を持ったり、なにか悪いことをしているのではと後ろめたくなるだろうが、目の前に兵士がいて、ゾンビたちが闊歩している場所なのだから、危険手当と考えておけば良いと人々は思うだろう。
それに昼行灯は抗議活動の強制もしなかった。一回だけで良いから参加してくれと言われれば、少しだけ参加するかと思う人々もちらほらと出てくるし、それに触発された他の人々が本当の抗議活動を始めるかもしれない。ようは火付け役としているだけなのだ、しかも熾火にしており極めて気づきにくい。
あぁ、あの時気軽に昼行灯に関東制圧の軍を任せるのではなかったと後悔のため息を吐くが既に手遅れである。しょうがないから、釘だけでも刺さないとね、五寸釘にしておこうと一人、輸送艦へとは行かずに佇む。
それに気づいた伏美が不思議そうに声をかけてくる。
「あら? マヤちゃん、輸送艦へ早く乗らないと、乗り遅れたら大変よ?」
「すいません、伏美さん。ちょっとそこの人へお話をしたいので、先に戻っていてください。今日はすき焼きにでもできますね」
ご馳走=すき焼きなゲーム少女は、ニコリと伏美へと微笑んでから、昼行灯へと近づく。
昼行灯たちも、もちろん少女が近寄ってくるのに気づいて、立ち止まりこちらを見てくる。
「なにか用かな、お嬢ちゃん?」
「はい、謎の避難民の少女がお話をしたいと思いまして」
ニコリと微笑みながら、立ち止まり昼行灯へと声をかける。
「ちょっとずるくないですか? 大樹の戦車隊を使用してお金稼ぎは構わないですが、それを利用して大樹への抗議活動をするなんて?」
「その口振りはアホな少女だね?」
すぐに謎の避難民と言う発言に気づいたコマンドー婆ちゃんが正体に気づく。謎のと名称につけるだけでアホな少女と気づかれるゲーム少女であった。
「ふふふ、そのとおりです。ある時は謎の避難民な少女、またある時は謎のドリフター、果たしてその正体は!」
フードを被っていなくて、顔が丸わかりなのにわざわざバッとフードを取りさるゲーム少女は隠蔽を解いて叫ぶ。
「皆のアイドル、天使な美少女の朝倉レキでした! ばば〜ん!」
楽しそうな得意げなドヤ顔で、擬音まで口にするアホさであるが、デフォルトなのでおかしくない。
「まさか、天使ちゃんが来るとは思わなかったなぁ………。困ったな」
ガリガリと頭をかく昼行灯へと虚空から声がかけられる。
「ふふふ、お嬢様だと無かったことになるものね。大丈夫、ちゃんと大樹の人間も来ているから」
空間から滲み出すように静香が現れて妖艶な微笑みを浮かべる。
「これは五野さん、貴女が大樹の代表できたのですか?」
「いいえ、私はお嬢様に頼まれて貴方たちを探していたのよ。もう一人遠隔だけどお会いしたいと思った方がいるのよ」
軽く腕を組んで、ちらりとゲーム少女を見ながら嘆息して静香は少し不満そうに言う。
「まさか、常に見張って力押しで探ると思わなかったわ。そこは隠蔽されている団体の正体を少しずつ調べていくのが王道なのよ?」
「仕方ないんです、子供な私では大人の集まりに入れなかったんです。さり気なく居酒屋に入って、仲良くなろうとお酒を奢ろうとしたところ、店員につまみ出されました。美人な女スパイをしたかったんですが」
しょぼんとした表情になって、王道は無理でしたというちっこい体躯でどう見ても子供にしか見えない愛らしい顔つきのゲーム少女は独白した。
その言葉に苦笑して、たしかに無理ねと頷く静香。静香ならば問題はなかったので、上手く仲良くなれたので、ここまで行き着いたのであった。
「まぁ、良いです、仕方ないですし。それに大樹にバレましたので、お話をしたいらしいですよ、昼行灯さん」
トテンとアイテムポーチからクリスタルの板を取り出して置く。無論、これはモニターであるのだ。
パチリと板の片隅にあるボタンを押すと、ヒュインとモニターに老人が映し出された。眼光鋭く鷲鼻で意思の強そうな引き締まった唇の皺が威圧感とカリスマしか与えない那由多代表であった。
ギロリと眼光鋭く、昼行灯を見る那由多は口をおもむろに開く。
「これは初めましてというべきかな? 随分と無駄なことをしている飯田君」
最初から辛辣な言葉を吐く那由多に、昼行灯はニヤリと楽しそうに笑いながら頭を下げる。
「どうも初めまして、那由多代表。このたびはなにかご用がおありで?」
飄々と答える昼行灯に、眉をピクリと動かして那由多は嘲笑う。
「忙しい時間の中を縫って、話し合うことにしたのだ。馬鹿な遠回しの話は止め給え。何故こんなことをした?」
那由多の着ぐるみの中身は暇を持て余している変態メイドなのに、飄々と私は忙しいと言うので、遥も演技の参考になるねと感心していた。
「いや〜、簡単なことでして。僕はね、小さな子供を戦争に使わせたくはないんです。しかも自分たちは安全な場所にいながらなんて酷い話だと思いませんか?」
「ふむ……。君はわかっていないな、この世界はレキでなければ」
「天使ちゃんでないと戦えない敵がいる? いえ、戦えるはずです、貴方は消耗を恐れて天使ちゃんを前面に出しているだけだ。実際は戦えるはずです。単に戦費と資材を気にしているだけでしょう? 大人なんですから、戦いましょうよ。命を賭けて子供を守るのが私たち大人の役目と思いますがね?」
那由多の声に被せて、昼行灯が目を細めて鋭い声音で語りながら視線を強くする。
那由多は顎を擦りながら、口元を微かに歪めて
「考え方の違いというべきかな? 消耗しない戦いをするのが当たり前だ。感情論では意味がないぞ? それにレキは戦うことを決して止めないしな。抗議活動も無駄な行動だ、私は若木コミュニティの人々が抗議活動をしてもまったく気にしないのだが、周りがうるさくてな」
「たしかに若木コミュニティの人々の抗議活動は無駄でしょう。結局は本部の場所もわからない私たちでは無駄な行動です」
ん? と初めて不審な表情になる那由多。なぜ無駄とわかっているのに抗議活動をするのかが不思議な様子。
それを見てニヤリと悪戯そうに笑う昼行灯は狙いを告げてくる。
「僕の狙いは貴方たち大樹の人々です。大樹はエリートの集まりかもしれませんが、良心のない人々では決してない。イーシャさんなどはわかりやすい優しい人だし、他の人たちも冷血な人ではない。ならば抗議活動をしていけばきっと彼ら彼女らも同意してくれる日が来ると信じています」
ふぅ〜と一息ついてから、昼行灯は話を続けてきた。
「貴方が今日という日に僕と話そうと考えたのはどうしてですか? 周りがうるさいからと言っていましたね。そうなんです、貴方は周りの意見を完全には無視できない。それがいつか貴方が外に出てくる日を決断しなければならないことになるでしょう」
ドヤ顔の昼行灯にたいして、那由多は言葉を失った。ゲーム少女も言葉を失った。たぶん映画とかなら、ラスボス那由多が貴様っとか、昼行灯の巧妙な計画に対して、顔を真っ赤にして怒るところなのだろうけど、大樹の人間はくたびれたおっさんだけである。
ごめんなさい、ドヤ顔の昼行灯さん、最初の前提が違うんですと土下座して謝りたい遥がそこにいた。正直いたたまれない状況だ。たしかにエリートの集まりである組織ならそうなるだろうね、でも平凡なくたびれたおっさんしかいないんですよと穴に入りたい。
那由多な着ぐるみは、聞かされた内容に呆気にとられたが、すぐに立ち直った。
「フン! 君は大樹の力をわかっていないな。不満など出ないように運用管理していくのは容易なことだ」
鼻で嘲笑い那由多は冷酷な視線を昼行灯に向けた。
「どうでしょうか? そう上手くはいかないと僕は思いますがね。貴方もわかる時がきっときますよ」
頭が切れる昼行灯へと那由多は厳しい視線を向けて告げてくる。
「君も私の力を知らないと思われる。これ以上の会話は不毛だろう。あぁ、物資の秘密裏の報酬は止めておけ。避難民が不利になるだけだからな、他の方法を考えると良いと思うぞ?」
そう伝えてモニターの画面は消えて、昼行灯は呟く。
「常に独裁者は負ける運命なんですよ、那由多代表」
ゲーム少女はかっこいいねと拍手をしたかった。たぶん頭の切れる昼行灯とラスボス那由多と初めての会話とかいうシーンなのだろう。これから長い戦いが始まるとか映画だとそんな感じ。キメ顔で立っているので、ますますいたたまれない。
はぁ〜と、ため息を吐いて、ゲーム少女はあんまり昼行灯をからかわないでねとサクヤに釘を刺そうと考えるのであった。




