224話 コミュニティに潜入するスパイなゲーム少女
ざざぁんざざぁんと波の音がして、波を打ち砕きながらモーターボートも相手にならない速さで高速輸送艦ホタテが海を突き進んでいる。高速での航行であるにもかかわらず揺れも少なく波を打ち砕く反動もない超科学でできた輸送艦だ。
船体の中には北海道から多くの避難民が乗って雑魚寝をしていたり、これから先の生活に対する不安を話し合っていた。もう日は落ちて夕闇が訪れ始めている時間だ。高速輸送艦なので夜中にでも東京湾の港には到着可能らしいが、夜は航行を止めて朝に到着するように時間を合わせているらしい。
らしいという噂で本当かどうかはわからないが。自称事情通と周りに言っているおちゃらけた青年がぺちゃくちゃと自分が聞きかじった内容を話しているのを盗み聞きしただけだ。
多くの避難民が乗っている通常なら二等室と呼ばれるだろう大部屋の隅っこに少女は座りながら、尽きないお喋りをしている青年や、周りでその話を熱心に聞いたり、住居はどうなるのかとお喋りをしている人たちを眠そうな目で見ていた。
ふわぁとあくびをして、もう飽きたね、船の旅は豪華な部屋で過ごしたいよと思いながらのんびりとしていると、すぐそばに座っていた家族だろう人たちと集まっていた中年の女性が少女へと話しかけてくる。
「貴女も避難民かしら?」
「……ええ」
口数足りぬ答えをする少女は自分がお喋りをすると失敗するとようやく気づいたので、片言での返答だった。ムズムズと謎の避難民ですと伝えたいが、なんとか我慢する業の深い少女であった。
この時点で、もはやこの少女はという言い方はいらないと思うが、今回は知り合いばかりのコミュニティに潜入するので、慎重な少女なのだから、バレないようにするのは仕方ないだろう。
「独りなのかしら? どこから貴女はきたの?」
「北からきました……」
小さい声で答える少女は持っていた薄汚れたリュックを宝物のように抱き締めて俯く。
その様子で今までの暮らしを予想できたのだろう。女性は中央で話している人々へと視線を向けて話を続けてくる。
「私たちも大樹という財団の防衛隊に助けられた口だけど貴女もそうかしら?」
「はい……」
その口数少ない答えに気にしないで、ゆっくりとした口調で言う女性。
「皆、助かったって口々に話しているけど本当なのかしら? 私たちはとてもそうとは思えないんだけどね」
「……なぜですか? 命が助かって、食べ物も貰えて、面白おかしい美少女もいるんですよ?」
「面白おかしい?」
「はっ! いえ、さっきあの事情通な男性がそんな意味のわからないことを言っていました」
慌てて、ちっこい人差し指を中央で声高く話している男性へと指さして、他人のせいにする少女。最後の一言は余計だったかもと、水たまりより浅い反省をする。パチャパチャと底がわかるような音がする浅さであるのは間違いない。
だが、少女の不審な返答に疑問を持たずに女性は、これから先の暮らしを不安に思っている態度で言う。
「だって、救出料を取るのよ? 私たちは100万の借金からスタートって、なんだかおかしくない? 奴隷扱いされそうで不安に思うって、夫と話していたわ」
女性が家族らしき人たちへと視線を向けているのを見て、その不安はわかるねと頷く。視線が向いた方向には小さな男女の子供たちと中年の男性が座っている。
「よく子供たちを守りながら生き抜きましたね。凄いことですよ、あとは平和な生活を営むだけですね」
ニコリと微笑みながら、ついついいつものような口調で会話をしてしまう。だってこんな世界で小さな子供たちを守るのは大変だったに違いないから。紅葉のようなちっこいおててで、拍手もぱちぱちとしてしまう。
子供のような少女の拍手に癒やされて、女性は微笑む。
「だから奴隷扱いするような場所なら逃げ出すことも考えないといけないわ。貴女は独りだし子供だから気をつけたほうが良いわよって忠告にきたの」
「それはありがとうございます。ですがご心配は無用です。私はこれでも独りで生き抜いてきたかもしれない、ゾンビに開幕初見殺しを受けたおっさんとは違うのです」
ペラペラと話をついついしてしまうので、これは業かしらんと思う少女は失敗しないように、あわわわと口を手で抑えるのであった。
◇
翌日、ホタテは朝日が美しい中で東京湾の港に到着をして搭乗橋を降ろす。ざわざわと騒がしく港に降りながら、キョロキョロと周りを見渡す避難民の人々。
皆がどこに行けば良いのかと迷う中で、若木シティの職員と思われる数人が前に出てきて、拡声器で指示を出し始める。
「は〜い。皆さん、ここまで長旅をお疲れ様でした。申し訳ありませんが、もう少し移動をして頂きます。こちらへとついて来てください」
その指示に従い、ぞろぞろとついていく人々は、朝日に照らされている列車を見てどよめきをあげる。
銀のメタリックな色をしており、三階建ての列車だ。しかも巨大な列車であり、高さだけでも20メートルはあり、横幅も15メートル、全長もかなりの長さがあり、崩壊前の列車など話にならない。それははっきりと崩壊前よりも科学力が進んでいると理解できるイメージを与えてきた。
中に入ると豪華屋敷のような内装にゆったりとした広いスペースを確保している椅子。指定席なのだろうか、それぞれに番号が振られているので、自由席は後部の客車だとわかる。
「凄い……。ここはゾンビたちに襲われなかったのかしら?」
船で話した女性が家族で移動してきて、その信じられない威容に驚嘆のうめき声をあげる。列車といっても崩壊前の列車をなんとか使用できるようにしているのだろうと考えていたからだ。
「どうなんでしょう? あの騒ぎは全世界規模だという噂でしたが」
そこそこ柔らかい椅子に座りながら、うきうきとした表情で少女が答える。
「駅弁、駅弁が必要ですよね? 駅弁屋さんはどこにいるのでしょうか?」
長旅には駅弁だよねと、小さい小柄な体で身を乗り出して駅の周りを確認する緊張感まるでなしな少女。
「ご主人様! 素が出ています! 抑えて、抑えてください!」
こっそりと伝えてくるので、なんとサクヤがサポートキャラみたいなことをしていると驚愕してしまう少女。今回は演技に監修を入れて、なるべくバレないようにしようと話し合ったので、サクヤが注意をしてくれる形となっている。だが、彼女が面白おかしい場面になったときに、本当に忠告をしてくれるかが、物凄い不安でもある。ニヨニヨと笑いながら撮影しているシーンが何故か簡単に想像できるので、サクヤへの信用度の低さがわかるというものだ。
「し〜! し〜ですよ? あと驚くところが違いますよ、ご主人様!」
プンスカと頬を膨らませて怒ってくるので、少女はコソッと小声で珍しく謝る。
「ごめん、ごめん。まるでサクヤが有能なメイドに見えちゃったから」
「謝っていないじゃないですか! 帰ってきたら、ご飯をあ〜んで食べさせてくださいね!」
随分普通な要求だと素直に頷いて了承をする。すっかりと精神を変態メイドに汚染された疑いがあるので、病院で治療が必要になるかもしれない。まぁ、美女へのあ~んなどご褒美にしかならないのだが。
「あ~、こほん、今のは忘れてください………昔を思い出してしんみりとしてしまったんです」
顔を俯けて焦り顔を見られないようにして、呟くように言う少女。しんみりしていたようには、まったく見えなかったわ、かなり楽しんでいたように見えるけど、きっと避難して情緒不安定なのねと勝手に納得してくれて、なにも言わずに家族たちと座り椅子の肘掛けにあるボタンを珍しそうに確認する。まるで航空機の椅子みたいね、でも、フカフカさと大きさは乗ったことは無いけど、ファーストクラスという感じかしらと感心しながら。
「この列車は20分で若木シティ中央駅まで到着予定となります。繰り返します………」
アナウンスが流れてくるのを聞いて、なんだ駅弁を食べる暇はないですねとがっかりと肩を落としてボタンを押下するとイヤホンもないのに、耳に音楽が流れてくる。椅子からの指向性音波による音楽であり、無論、害はない。
シュイーインと静かな音がして、列車が出発する。真ん中の席に座る人は車窓から風景を眺める旅ができないねと思いながら、窓にベターっと貼りついて外を見ると凄い速さで移動を開始しているのが見えた。愛らしい子供のような少女のやることなのでクスリと笑ってしまう光景だ。
線路はチューブ状だが、透明であり外の様子を見られるようになっている。線路付近は全て更地になっており雑草だらけか、森林だらけなのが人の営みがないとわかる風景を嫌でも見せてくれた。若木シティは大きくなったとはいえ、それでも5万人程度。崩壊前なら地方都市がいいところであり、関東全域を制圧しても住めるところはいくらでもあるし、住まない場所はどんどんと荒れ果てていくだろう。
「こんな形で東京にくるとは思っていなかったわ。いつか東京観光に家族で行こうと話していたんだけどね」
女性が窓に子供のように、実際に子供にしか見えない少女に苦笑しながら、語り掛けてきて一緒にいる小さな子供たちが少女の側にやってくる。
「ねーねー、おねえちゃん、私もお窓の外をみた~い」
「ぼくもみた~い」
はい、どうぞと微笑み、席を変わってあげる。どうせ20分で到着するし窓の外も見飽きるだろう。
高速で移動する列車はそれからすぐに若木シティに到着するのであった。
◇
疲れた表情でぞろぞろと避難民は列車から出てくる。そろそろ長旅が疲れてきたし、もう若木シティに到着したという安心感から張りつめていた精神が切れて、疲れを感じ始めたのだろう。
300人ぐらいの避難民は、ぞろぞろと職員に連れられて広場らしき場所にやってくる。若木シティに住んでいる人たちは避難民とは違い、清潔な身なりをしており元気そうにしているのが、避難民と対照的だ。避難民を見るのは慣れているから、こちらへはちらりと視線を向けただけで、また歩き出していく。
「想像と違って、随分綺麗な場所よね。ここで私たちも暮らすのよね………。大丈夫なのかしら」
一年以上も生存してきた人らしく、用心深いことが窺える。他の人々も助かった喜びは見えるが、若木シティの人々を見て警戒をしているのが見て取れる。小説やアニメで世紀末な話はたくさんみたことがある人々だから、2等民とか差別をされて苦しい生活をするのではないか? ここに住んでいる人たちに食いものにされるだけではないかと、ちらちらと顔に浮かんでいる。なにしろ借金100万円を救援費用として最初にとられたのであるからして。
今まで生き残ってきた人々は、お札に価値を求めなかったし、大金は銀行にあずけていたのだから、100万円なんてもっている人々はほとんどいない。金のインゴットとかをタンス貯金とかでもっていて助かったと胸を撫で下ろしている人がたまにいたぐらい。
胸を撫で下ろした人たちは、自分たちが借金をして地下帝国に運ばれて穴掘りでもさせられるのだろうかと不安がる人々とは違い、最初からスタート地点が違うと安心していた。その場合はチンチロリンで成り上がるしかないから、ばれやすいイカサマを使う班長を探すしかない。
「は~い。皆さんはこれから避難民用の住居に入っていただきます。少し狭いですが家族が普通に暮らせるだけの広さはあると思います。そこで貯金をして普通の住宅へと移り住むのが、最初の目標となります。私たちもサポートしますので、よろしくお願いしますね」
コクコクと頷いて一生懸命に話を咀嚼する避難民の人々。周辺は崩壊前と変わらないような街並みで、お店があり働く人たちが歩いていて、一見普通に見える風景だ。だが、それは幻想であることも気付いている。列車で運ばれてくる途中の荒れ果てた更地や森林が、ここがほんの一部の安全区域だと教えてくれていたから。
「まずは住居に案内します。そして銀行カードを作っていただきますが、これは一律一人月に1000円かかりますので、未払いにならないように気を付けてください。まぁ、給料などの支払いは全てカードを通して自動引き落としとなりますので、未払いになる可能性は極めて低いですが。銀行カードは戸籍代わりですので、大事に使ってくださいね」
爽やかな微笑みで、女性職員は慣れているのだろう内容を伝えてくるが、もちろん避難民は初めての説明で不安しかない。
「そして、大体の方は最初は物資調達が当座のお仕事となります。物資調達は大型輸送艇での移動をして、安全宣言の出たビル内のお掃除がてら、見つけた物資を持ち帰る流れとなっています。物資調達先の周辺地域がどのくらい安全かによってお給料の金額も変わります。若木シティ中央ビル前に集まっていただければ大丈夫ですよ。集合時間はそれぞれ物資調達先の場所により違いますのでご注意ください」
ふんふんと頷いて、お互いに顔を見合わせてどうするか話し合う避難民へと、ちゅうもく~とパンパンと手を叩いて話を続ける職員。
「カードには皆さんが借金をした100万円のうち、若木シティからの補助金となる50万円がそれぞれ入っていますので、それを使用して生活の準備をしてくださいね。以上です。ご質問はありますか~?」
誰かが物資調達をしないといけないのかとか、最初から店をやりたいとか、普通の仕事はないのかとか質問をして、それが終わると避難民用の住居とやらに他の人々は移動を始める。住居についたら解散して次にそれぞれは住居前にある掲示板に書いてある通り銀行カードを作りに行かないといけないらしい。
住居は団地タイプであり、新築なのでピカピカであった。周りに並木道があり、公園も見えて、そこには平和そうにキャッキャと子供たちがブランコや砂場で遊んでいるのが見える。
そして住居前には子供たちが並んでおり、真面目そうな柔和そうなおばさんが何人か立っていた。看板を持って英子も立っている。
「こちらは孤児院です。家族がいない子供たちはこちらで引き取りますので、どうぞ来てください。財団大樹経営の孤児院ですよ~」
それを聞いて、数人の子供たちが孤児院に行くのを横目に団地へと入っていこうとする少女へと女性が話しかけてくる。
「あら、貴女は行かないのかしら? 財団大樹経営と言っているから大丈夫だとは思うけど………」
「………いえ、止めておきます。私は自分の力で暮らしていけるので」
崩壊後を生き残ってきたのだ。子供にしか見えない小柄な身体だが、大丈夫なのかもしれないと思い女性は頷いて
「それじゃ、これでお別れね。そういえば自己紹介をしていなかったわ。私の名前は房絵 伏美 よ。助け合いが必要だと思うし、お互いに頑張りましょうね」
にっこりと微笑んでくるので、少女も小さく儚げに微笑む。
「私の名前は市井松 摩耶と言います。よろしくお願いしますね」
そうして死んでしまった人の名前を偽名で名乗る謎の避難民の少女なのであった。謎と言ったら謎なのだ、誰かは決してわからないはずなのである。




