222話 ゲーム少女と天使を敬う人々
薄暗い街の細道に三人の子供が走っていた。ビルはほとんど無くなって更地となっており、細道と家々の間に辛うじてあるだけである。周りには畑もそこかしこと広がっており、一見したら農村地帯の風景を見せている。もはや崩壊時のような通路に広がる血の染みも、荒れ果てた家も割れたガラスも傾いたドアもなく平和な様子となっている。
そんな長閑にも見える風景の中で、サッと壁の後ろに隠れようとして、一人はむふーむふーと鼻息を荒くしながら興奮した表情でなんとか隠れて、一人はキャッキャッと喜んでいるので、最後の一人に隠れるんだよと優しく説明されて、手を繋いでぶんぶんとその手を嬉しそうに振りながら隠れた。
そうして素敵な速さで壁に素早く隠れたと思いたい、ゆっくりとした速度で壁に隠れる三人。
隠れた三人は、すぐそばでうめき声にも似た声が聞こえてきて、どやどやと大勢の歩く足音が聞こえてきて、身体を縮こませて見つからないようにする。
「キャー! みーちゃんは今、隠れてまーす!」
「むむむ、やりますね、みーちゃん! 私も絶賛隠れていまーす」
小さい体を丸めるように座り込み、楽しそうな愛らしい幼女の上げた声に負けじと、受け狙いは負けませんと幼女への謎の対抗心で、同じように鈴を鳴らすような可愛らしい声音で叫ぶ美少女。
「ん、リィズも隠れているから! 見つけないと嬉しい!」
仲間はずれにしないでと、先に隠れていた少女も声を出すので、もはや隠れるという意味合いがゲシュタルト崩壊している感じである。
アホな三人トリオである、その素性はレキとリィズにみーちゃんであった。なぜ隠れているかと言うとゾンビにも負けずとも劣らない人たちが集まって来ているからであった。
「あ〜! 見つけましたぞ、天使様!」
「神様〜、お話しましょうよ〜」
「キャー! 可愛らしい少女たちと一緒よ! 姉妹かしら?」
「おさわりはどこまでOKなの〜?」
どやどやと集まって来るのは、玩具の小さな白い羽を背負ったアホっぽい姿となっている老若男女。みんな天使の刺繍をした手作りワッペンをしているのが特徴だ。
どやどやとレキたちが隠れている場所へと集まり、丁寧に傷つけないように引っ張り出してくるので、キャッキャッと笑いながら、細道から連れ出されてしまう。
無論、楽しい遊びだと思い笑っているのはみーちゃんであり、連れ出されるのを凄い嬉しいと手足をパタパタとさせている。リィズはむふーむふーとなんだか強敵にやられたふうな装いを見せて、フラフラと傷も負ってないのに肩を抑えているので、なにがしかのリィズにしかわからない妄想をしていることは確実だ。
ちらりとレキヘと視線を向けて、きりっとした真面目な表情で叫ぶ。
「妹よ。ここはリィズが防ぐから早く逃げて!」
叫ぶリィズは、実際に防げていないし、防ごうとする様子も見えないのだが。なんだか謎の踊りを見せているので、それがディフェンスの代わりなのだろうか。
やはりパタパタと謎の踊りを見せながら嬉しそうにしているから、リィズの厨二病が発動中なのだろう。
レキは友だちがなかなか楽しい返しをするので、自分もなにか気の利いたことを言わないとと、どうしようどうしようと焦り始める。ゲーム少女は、ボケを競っている気分となったのだ。相変わらずのしょうもなさである。そしてそろそろレキと呼ぶのはアホな行動過ぎて罪悪感が湧いてくる。
「そうです! 私が天使な可愛い朝倉レキです!」
バッと両手を掲げて叫ぶ遥であった。捻りもなく落ちもない内容だ。
というわけで遥は天使を敬う宗教団体へと拉致されるのであった。ちなみに天使とはもちろんレキのことである。中身もレキである。遥は対抗する邪神とか悪魔らへんに位置する存在として扱われれば良い。ただくたびれたおっさんなので、ゲーム初期にでるMPもないのに大魔法を使おうとする悪魔程度の雑魚らへんが良いだろう。勇者になんでこんな敵がいるのと哀れみの目で見られる存在だ。
そんな拉致された三人は笑顔でわっしょいわっしょいといつのまにか用意されていた神輿に乗せられて本部とやらに連行されていた。天使の人形やら星やらが飾り立てられた和風の神輿の雰囲気を台無しにしている神輿であるから、神様が怒っても良い崩壊っぷり。
「わっしょいわっしょい」
「天使様のお通りだぞ~」
「ほいさほいさ」
「ご主人様! 可愛いです。最高です!」
なんだかウィンドウ越しに興奮した声が聞こえてきたが、たぶん幻聴であると遥は決めた。神輿に乗せられたリィズとみーちゃんも大喜びで周りに手を振っているので、遥も諦めて可愛らしい満面の笑みで、周りで眺めていた人々へと元気よく手を振る。諦めてとか言っているが、楽しんでいることは丸わかりなゲーム少女。
「きゃー、蝶野美加です! この間9歳になりました!」
「えぇっ! 本当ですか? もう誕生日終わっちゃった?」
「うん、また少しおねーさんになったんだよ! えへへ」
「むぅ、私もあとで誕生日プレゼントを贈りますね。それと大きいケーキもプレゼントします」
誕生日だと聞かされて、お祝いをしないとねと遥はプレゼントは何が良いかなぁと考えて
「ん。リィズもみーちゃんにプレゼントする! そして妹よ、私の誕生日は7月だからプレゼントは戦艦で良いよ。次で1400歳になるから!」
リィズもふんふんと興奮した様子で神輿に乗せられながら、話に加わってくる。そしてプレゼント内容が図々しいというか、無理であるレベルだ。たぶん模型のちっこい戦艦をプレゼントする予定。
そんな和気藹々とキャッキャウフフと神輿に乗せられて、通りすがりの人たちに愛らしいと手を振られながら運ばれている美少女たちは本部とやらに到着する。
見ると、看板はパステルカラー調で、天使教と書いてあり、ハートマークが描かれてあるので、多少いかがわしい店に見えないこともない。
本部にも大勢の人々がいて、ゲーム少女たちに気づいて喜びの笑顔になりながら、近寄ってくる。
「写真を一枚いいですか?」
「子供の頭を撫でてもらっていいかな?」
「可愛い子たちだわ。頭をナデナデしていいかな?」
「早く帰ってきてください。お風呂に一緒に入りましょう」
もはや幻聴が聞こえるレベルだねと、最後の発言は華麗にスルーして、一緒にニコリと微笑んで写真を撮り、子供の頭をよしよし良い子だねとナデナデして、自分の頭もナデナデされるゲーム少女であった。思い切りこのイベントを楽しみまくっている模様。
「よし! 天使様も来たことだし今日は宴だ~。宴を開け~」
誰かが叫んで本部の中に入っていくのに合わせて、遥たちもわっしょいわっしょいと中に入ると祭りの準備だと屋台を用意し始める人や浴衣を用意しているもの、揃って踊りを練習し始める人とカオスな状況。
「ここは相変わらずの凄さ。きっと妹の決めた教義が良い」
うんうんと腕組みをして、フンスと鼻息荒くリィズが言いながら、奥に掲げらえている看板に書かれている内容を見る。
その看板にはでかでかとこう書いてあった。
「たまに適当に善行をしなさい」
「あんまり悪いことはしないで、人生を楽しもう」
「祭りは生き甲斐だ。宴は頻繁に開こう」
物凄い適当な教義三カ条である。本物の神様がいたらクレームが入ることは間違いない。そしてこの教義のおかげでゆるゆるの遊びサークル化した天使教であったから、まぁ、問題はないかもしれない。
これは錆びた町にいた人々がレキを敬い創設した宗教団体だが、このままだとやばい宗教が生まれるかもと適当な教義を考えた遥である。まぁ、これもいつかは歪んだ教義になるかもしれないが、そんなに遠い未来なんか知らないし責任も取れない。今はただのお祭りを楽しむアホっぽいサークルとなったことを喜ぼう。
そして祭りが大好きなゲーム少女も、宴へと混じりキャッキャとリィズたちと楽しむのであった。
リィズやみーちゃんが焼き鳥やらお菓子やらジュースを貰っているので、教育に悪いかなと思うが、たまのお休みのイベントだし、まぁ、別に良いだろう。後で蝶野母にあんまりお菓子をあげないでと怒られる可能性も微レ存であるが。
そんな遥が取り出したるジュースのボトルやお菓子をどんどん配りはじめると話を聞きつけた子供たちも大勢集まり始めて、完全な宴となった中で、周りの人々へと最近の状況を聞いていた。
中年の男性がビール片手に遥へと話しかけてくる内容は
「最近ねぇ~。段々、雇用も増えてきて働くのが楽になってきたなぁ。最初にこの街で治療をしてもらい目覚めたときは驚愕したもんだけどね。なにしろこんなに安全で物資がある町があるなんて想像もしていなかったし」
「でも、最初は仕事もなくてどうしようかと考えていたんだけどね、物資調達班になれてからはそこそこ楽になったけど力仕事だし慣れるまで辛かったよ」
他の人々も話に加わり、それでも昆布になって森に生えているより全然ましだけどなとワハハと気軽に話しているので、治療は成功しトラウマは単なる経験としてしか感じられないのだろう。
「でも、梅雨が明ければ夏だから物資調達も大変そうになるね」
「あと、最近は関東制圧隊が頑張っているから、もりもり物資調達が楽にできて助かるよ」
ほぉほぉと頷き、サイダーをクピクピと飲みながら、その内容を考えるが予想通りで特に問題は無さそうであるので、シムなゲームプレイヤーとしては安心だねと胸を撫で下ろす遥。
どんちゃん騒ぎで、すでに赤ら顔になっている人たちもいるので、宴を頻繁に開こうという教義はいらなかったかもと思うが………。まぁ、いっか。
開き直ったゲーム少女は、何気なく言った他の人の話を耳に入れて最後に聞いた内容にピクリと眉を顰める。
「最近、大樹のやり方を公開して、レキ様を解放しろという話もよく聞くね~」
様と敬称をつけているが、さっきから敬う様子も尊敬語を使うような素振りもみせない人々に嬉しく思いながらも最後の内容が問題だと嘆息する。
最近、大樹に対する抗議行動みたいなのをよく目にするので、気にしているゲーム少女であった。
◇
宴が終わり、ご機嫌なリィズとみーちゃんを家に送り届けて、てこてこと帰宅の途にある遥は、ふぅむと顎に紅葉のようなちっこいおててをあてて、考え込む。
「さっきの情報をどう思う? 抗議活動が活発になってきているのかなぁ?」
それは面倒だなぁと考えてもいいアイデアが出ない遥はサクヤたちへとウィンドウ越しに声をかけて尋ねる。元々考えても無駄だと思われるおっさんなので、あっという間に他人に頼るスタンス。
サクヤたちも、う~んと考えこんで先程得た情報を咀嚼していて口を開く。
「大樹のやり方を公開しろとは困りますね。遥様は適当極まりない行き当たりばったりで人生を歩んでいるので、やり方という程立派な方針はないですものね。それとレキ様を解放しろといいますが、解放もなにもご主人様と愛らしいメイドたちしか自宅にはいませんしね。あとツヴァイたちですか」
なんとなくディスられている感じもするが、その通りなのだ。やり方を公開しろと言われても、なんか人がいそうだから北海道に行こうという適当さで決めたり、生き残りのコミュニティに潜入して誰にもばれない謎の美少女を楽しんでいるだけなのであるからして。
遥は誰にもばれないという意味がわかっていないかもしれない。それにレキを解放しろというがくたびれたおっさんと同一人物なのであるからして不可能だ。それに快適極まりない豪邸での暮らしを手放すわけにはいかない。
なにせ可愛らしい自分を甘やかしてくれる金髪ツインテールがいるのであるから。メイド付きの生活を手放すことができる人間がいるだろうか? いや、いるわけはない! 特におっさんは絶対に手放さない。若い青春世代の主人公なら、対等な関係になりたいんだとメイドから解放するかもしれないが、くたびれたおっさんはすでに尻に敷かれており対等な関係どころではないので、その選択肢も存在しない。
「あ~! 私をデフォルトで抜きましたね! 内心で考えたメイドに私を入れませんでしたね!」
エスパーかよと思うレベルで的確に不満そうに頬を膨らませてブーブーとツッコミを入れる銀髪メイドに遥はのほほんとした表情で答える。
「記憶にございません~。なにかあったかな?」
「ムキー! 今度寝込みを襲いますよ! ソファでうとうとしている隙を狙って! そう決めました! やった~!」
もはや、襲い掛かる理由が欲しいだけでしょと苦笑しながら、遥は呟くようにぴょんぴょんと飛び跳ねる嬉しそうなサクヤへと声をかける。
「それと………。尾行されているよね? なんで私を尾行している人間がいるのかな? 気づかれないと思っているのかな?」
ファストトラベルで帰宅しないで、てこてこと歩いて帰宅についている遥の理由は、さっきから尾行している人間がいたからだ。3人で遊んでいた時には大勢の人がいたので気のせいかと考えていたが、帰宅の最中も同じ人数で尾行してくるので真っ黒なのは決定。
「そうですね。7人ほどでの入れ替わり立ち替わりの極めて上手な尾行です。恐らくは本部がどこにあるのかを調べるためでしょう」
きりっとキメ顔でサクヤが嬉しそうに告げてくる。そうだろうなぁと遥も首肯して、いつかはこんな日が来るとは考えていた。予想よりもずっと遅かったが。豪族たちは頭がよく鶴が機織りしている姿は見ようとはしなかった。だが、感知されている見知らぬ人たちは、襖の隙間から覗こうと考えているらしい。
「マスター、これは困りましたね。彼らは正義心から行動していると思われますよ? どうしましょうか」
ナインが困り顔で尾行してくる人間の感想を言うが、もっともな話であると遥も苦笑交じりに答える。
「ミュータントや悪人なら、殴って終わりなんだけどね~。彼らは大樹の本部をさらけ出して対等な関係を、ひいては選挙などで政治体制をその力を持って築きたいのだろうね」
わかりやすすぎて笑いが出てしまう考えだ。気配感知は詳細な情報を得られるが老若男女年齢問わずに訓練された動きでさりげなさを装い尾行をしていた。だが、この先は人が住まない地域となるのでその時は尾行をどうするのだろうかと首を捻るが。
「拠点聖域化は完璧です。彼らは見ることも認識すらもできずにマスターを見失うでしょう」
「やれやれだね。力の差をわかっていないのだろうね」
やれやれと言えて嬉しそうな表情を浮かべる遥。なんだか、やれやれというと主人公っぽよねとにやついてしまうしょうもなさだ。
「それに襖を開いたら鶴はいなくなるんだよ? 彼らは映画や小説でその話を知らないのかしらん。豪族たちはその点をよくわかっていたんだけどね」
「物資が豊富に行き渡り、大樹の力が当たり前となったことで、自分たちにも手が伸びる存在だと勘違いをしたのでしょう。もう住民も5万人ですから、豪族さんたちも目が届かないのでしょうね」
ナインがふふふと尾行をしてくる人間に対して哀れみを見せる微笑みを見せる。その微笑みも可愛いよと遥は思いながら、次なる行動を決めかねるので、腕を組んで判断に迷う。
「このまま、北海道最終階層をクリアして良いか………。その場合は地域もかなり狭まったし宝箱を回収しながらになるから、結構な時間がかかるよね。それかこのどこから現れたかわからない人たちの素性を調査してみるか」
「マスター。素性を調べさせるのにうってつけの人間がいるではないですか。いえ、人間ではありませんが」
ナインが微笑みながら提案してくる内容にピンとくる。遥も知っているし、最近は通信越しでしか話していない相手である。
「それじゃ久しぶりに静香さんに会いに行きますか。あの人は手荒いから、そこはくれぐれも自重してもらわないとだしね」
「そうですね。そろそろ眷属を作ることからも彼女の能力をしっかりと見せてもらう必要もありますでしょうし」
ん? 眷属ってなぁに? と遥は思ったが、まぁ、それはあとで必要になったら教えてくれるでしょうと考えて、あっさりとその言葉は忘れ去った遥。
すっと隠蔽で姿を消して、姿を見失い慌てる尾行たちを尻目に静香に会いに支部へと向かうゲーム少女であった。
 




