208話 ゲーム少女は錆びた町を救うために行動する
田丸家は驚きに包まれていた。まさか、あっという間にどんな薬を飲んでも治らないだろうと思っていた錆びた肌が、あっさりと光の粒子に包まれたと思ったら治ったのだから。
その超常の力を使用した少女は、得意げな表情もせずに普通の平然とした顔で告げてきた。
「残念ながら、まだ貴方たちの病気を治すことはできません。ここで無駄に力を使うことはできないんです。でも、まぁ延命処理はしておきますので、大丈夫でしょう」
そう告げて、すぐさま外へと踊り出てぴょんぴょんと家を駆け上り屋根へと登る。
遥は街が見渡せることを確認する。大きいと言っても余裕で気配感知にも入る範囲だ。
「さて、まずは延命処理。その後に敵の撃破かな」
ちっこい手を空へと掲げて超常の力を発動させる。
『エリアヒール!』
手から無数の光の粒子が生み出されていく。それはどんどんと広がり街をすっぽりと覆う大きさとなっていく。
治癒術のレベル4エリアヒールである。そこらのゲームと同じにすることなかれ、1の数値で大きく威力が変わるゲーム仕様だ。レベル4であれど、その力は街を簡単に覆うレベルであった。
光の粒子に覆われた人々は死にそうな者も含めて、体を回復していく。
結果はわからないが、恐らくは死にそうな人も回復したはずである。これである程度は時間稼ぎができたと考える。ちなみに敵には影響しない素敵なゲーム仕様。ただ、ペイントをしている赤昆布に寄生されている人間は敵と判断されて、影響を及ぼさないのが面倒ではあった。
街の人々は光の粒子により体の調子が良くなったとわかったのであろう。ますます意気揚々と声を張り上げて金属バットやら鍬やらを取り出して戦おうとしているのが見えた。
だが、それは困るのである。極めて困る内容だ。あの程度ではタイライムを倒せないのはわかりきっている。蹂躙されて終わりだろう。そしてペイントをしている人を殺されても困るのだ。
なので、フォトンライフルを取り出して気配感知に従い、全ての敵の位置を確認する。
瞼をそっと閉じて、開くと強き光をもったレキへと体の主導権が移り変わる。それと同時にエンチャントサイキックが身体を覆う。
レキは遥の考えていることを理解して、銃を空へと向けて
『超技レインスナイプ』
いつもの多数撃破用超技を放つ。放たれた銃弾はフォトンエネルギーと化して数百の白光の矢となり空を飛ぶ。そしてホーミング弾の如く、ぐにゃりと曲がり地上へと向かう。
地上にはペイントをつけた人間やタイライムに錆びたメロリンなどがいるが、正確にタイライムのコアを貫いていく。メロリンたちは弱そうなので、置いておく。
あっさりと無敵であるはずの全てのタイライムはコアを貫かれてぐずぐずと溶けていく。
「あぁ、やっぱりか。忘れていたけど、フォトン弾はエネルギー弾だから物理無効でもこれは効くのね………」
スキルを取っちゃったよと、自分が忘れていたのに憤慨するおっさんである。ちゃんと敵の耐性を確認しないのがいけないのであるが、おっさんにそんな検証をしろというのが無理なのかもしれない。とりあえずジャンジャン攻撃して効いた攻撃を繰り返すの精神なので。
実際にエネルギー弾は万能に近い威力を持つ。エネルギー耐性をタイライムは持っていなかった。たぶんニャルラト昆布ももっていない。なぜもっていないかは想像が簡単につく。まさか現実でエネルギー弾などという未来的兵器があるとは考えていなかったのであろうか? それならば耐性につけないのは簡単に予想がつく。
「リロード」
カシャンとマガジンを入れ替えるレキ。そして屋根を蹴り、空高く舞い上がりながらフォトンライフルを構える。次に狙うはペイント付きの人間である。すでに弾倉は洗脳解除と極小ダメージを与えるものに切り替えている。
実に無駄のない動きである。気配感知にて街にいる全てのペイント付きを捕捉して引き金を軽やかにひく。
『超技ホーミングストライク』
放たれた銃弾は、道を慌てた様子で走るペイント付きへと迫る。その高速弾に気づかずに撃ち貫かれるペイント付き。貫いた弾丸はぐにゃりと曲がり、次の獲物へと再び飛翔して近づいていく。そうして数十人を貫いた後に力を失くして消えていく。
ペイント付きはその赤昆布を砕かれて、洗脳が解けて地面へと崩れ落ちる。
既に、レキはその超技を連撃していた。ダンダンと銃声が響き、超常の軌道を持って次から次へと敵を撃破していく。
全てのペイント付きを撃破したことを確認して銃を仕舞うレキ。そして遥が残るメロリンの亜種たちへと超常の力を発動させる。
『アイスレイン』
ちっこい人差し指を畑へと向けると、氷粒が舞うように生み出されて、勢いよく畑へと近づいていく。メロリン亜種たちはその小粒な氷に触れて次々と氷像へと変化していった。
その戦いを終えると、街の全ての敵は撃破したと気配感知が教えてくれたので、胸をなでおろす遥。
「ヴァルキュリアアーマー展開」
指輪に格納されているアーマーを展開させる。蒼き輝きがレキを覆いすぐに神の使いである戦乙女へと変化させた。
蒼き6枚の翼を展開させて、浮遊しながら街へと叫ぶゲーム少女。
「街の化け物は全部倒しました~! そこのペイントがついていた人たちも無事なので保護してあげてくださいね」
その声はステータスにふさわしいかなりの大声であり、町中に響き渡る。普通の時にこの大きさだと騒音扱いされるレベルだ。
空からの声に、ようやく人々は空に何かがいると判断して見上げてくる。
「なんだなんだ。羽が生えている?」
「神様か? 神様が降り立ったのか?」
「少女だ、少女だぞ!」
「パンツ見えないかな」
最後の発言者は敵ではないかと疑うが、今はそれどころではないので、放置して蟻塚へと一気に空中を飛翔させる。
蒼き粒子をその軌道に残しながら、レキは蟻塚の前にとシュタッと軽やかに着陸する。
そうして見上げると100メールは悠に超える巨大な蟻塚であった。錆びた水を流しながらいくつものビルが重なったような蟻塚である。
「あれだよね。地球を守る軍隊が戦うような巣だね、あれは装備が強くなればなるほど楽になっていったけど」
昔のゲームを思い出す遥。その時は最高難易度の稼ぎ場所をネットのプレイヤーと一緒に繰り返しクリアして、後はその最強装備でノーマルを遊んで手ごたえがないなと高笑いをしていた覚えがある。無論難易度を上げると最強装備でもクリアできないプレイヤースキルの無いおっさんであるので、ノーマル無双だけを楽しんでいた。実にしょうもない。
「ですが、このままでは確実に街も崩壊する可能性があります。旦那様」
蟻塚からは凶悪な力を感じる。どうやら蟻が中に潜んでいる感じはしない。だが複数の気配はする。
そんな敵と戦えば、ゲームのように街は崩壊しまくるだろう。なにしろ、ゲームでは敵を狙うのに邪魔でしょと、家やビルは率先して倒していたおっさんである。現実でもそうなる可能性は極めて高い。
「大丈夫。巻き込まない方法は考えているよ」
フンスと鼻息荒く得意げな遥。遥が得意げな時は大体ろくでもないので大丈夫だろうかという不安はおいておき、高々と叫んだ。
「念動力lv10を取得!」
切り札的な超能力、その中でも今まで多用していた頼りになる超能力のレベルを一気に上げる遥。これで残りスキルポイントは20となった。
10に上げた途端に、知識が流れ込んでくる。それは今までとは比べ物にならない知識の奔流であった。
レベル9も強そうな力であるが、10は特別強そうである。というか、今まででなんで出てこないかずっと不思議に思っていた超能力だった。10はたった一つしか力がなかった。今まではレベル毎に2個ずつあったのに。
だが、これで充分であると、想像通りの知識であると遥は納得した。強大なる力であるからだ。
ちっこくて可愛らしいおててを空へと掲げて、最大最強の念動力を使用する。空間が超常の力に満ち溢れて空気が支配されていく。
『サイキック!』
ゴゴゴゴゴゴと空気が震え、蟻塚がグラグラと動き始めて浮き始めた。
念動力レベル10最強とは何か? それはその名の通り念動力である。決まった動きを発動させる力ではない。物を動かし破壊する基本とも思える力である。そしてそれは最強でもある。
いかなる物もサイキックにて操れる。抵抗に失敗すれば敵すらも動きを止めて破壊できる超能力だ。
そしてそれを利用して、遥は山の如き蟻塚を動かしていた。巨大なる蟻塚を浮かべて、うにゅぅ~と唸りながら、手を勢いよく振り下ろす。
「サイキック蟻塚投げ~」
投擲スキルも発動して、巨大なる蟻塚は街から遠く離れた場所へと飛んでいく。グオンと蟻塚が空を飛んでいくのを確認して遥は頷く。
「回復後に戦闘だ。とりあえず回復をしておこう」
常に石橋を破壊して鉄筋コンクリートの橋を建造してやっぱり危ないから帰ろうというおっさんにふさわしい言動である。
というか、ここまでで残りのエネルギーは残り少ないし。
コクリと素直に頷いてレキは回復薬を取り出して、コクコクと飲む。残りエネルギーが回復したことを確認して
「では、いきます」
蒼き翼を羽ばたかせて、一気に飛翔して飛んでいく蟻塚を追いかける。ギュオンと一条の光と化して高速で飛翔していくレキ。
人々はその威容を驚嘆の眼差しで見ていた。今起きたことが本当にあったのか? あの天使は何者なのかと。
◇
飛翔しながら、矢継ぎ早にウィンドウを開き指示をだしていく。
「四季、ハカリ、防衛隊へと連絡して赤昆布森林を潰して人々を助けるように指示を出すんだ。あと、森林になっている人たちは回復薬で死なないようにしておいてね。ツヴァイたちも残っているかもしれない敵を撃破していくように」
全員治すの精神なのだ。そこに妥協はない。
「了解しました司令。出動準備は問題ありません」
「ツヴァイ隊、出撃準備良し。全機出動させます」
四季とハカリがキリッとした表情で頷く。頼りになる二人である。
「防衛隊の中で出動を開始した部隊がいます。バイク隊ですね」
「ありゃりゃ、気の早いことで。タイライムには充分に気をつけてね」
バイク隊とはナナが貰ったバイクとパワードスーツが欲しいと防衛隊に言われて用意したものだ。100のパワードスーツと空中機動バイクポニーをレンタルで渡したのである。さすがに一人だけ特別扱いは難しい。それでも基本のステータスが違うナナが一歩先んじているようだが。
余談だが、その時にナナのバイクが名前の変更をと叫んでいたらしい。意味が分かるが変更不可なので仕方ない。
「タイライムはウモウで撃破しておきますから、大丈夫です。後顧の憂いはなく存分に戦ってくださいね。ご主人様」
首を微かに傾けながら小さく微笑み、安心する内容を告げてくるサクヤ。その態度を見て、明日は大嵐であろうかと心配するゲーム少女。最近の銀髪メイドの株は乱高下が激しいのであるからして。
「他にも地面に潜っていたメロリンたちがいるみたいです。次々と出現を確認しました。戦闘を開始します」
四季が追加情報を告げてくるが特に問題なさそうだと判断する。
「では、お願いします。私はここのボスを退治しておきますので」
そう言って、速度を上げてゲーム少女は蟻塚へと飛翔していくのであった。
◇
ズゴゴゴとかなり離れた山中に投げられた蟻塚。もはや投げられたことによりバラバラとただの破片のようにもなっている。
その破片ともいえる蟻塚の前にホバリングするレキ。注意深く蟻塚を見渡す。
そんな蟻塚が崩れ始めて、中から巨大な赤い手が出てくる。それは想像の異形とは違うメカニカルなロボットの手であった。
ガラガラと蟻塚を崩しながらズズズと巨大な図体が現れ始めた。全身が現れて、その姿を確認すると足の無い大型機動兵器であった。
スカート型の下半身。重厚感のある装甲に包まれた巨大な機体。100メートルはある巨大な機体である。各所にビーム砲が撃ちだされそうなオーブ球体が埋め込まれており、どこかのアニメで出てきそうな感じだ。
その装甲は輝いており、頭には西洋の鎧のような物を着込んだ人間が座っているようにも見える。
巨大な胴体を震わせて、声が響き渡る。
「我が名はヨク=オトース。時空の支配者であり、どんな錆も落とすものなり………」
胴体に埋め込まれたオーブに目が生まれて、ぎょろりとこちらを見てくる。まるで闇深き場所から轟くような恐ろしく、恐怖を感じさせる声音であった。
「ねぇ、サクヤ。あいつパクっているよね? 名前をパクっているよね? というか薄々気づいていたけど、北海道の敵はクトゥルフ神話の敵が多いのかな?」
はぁ~とため息をついて話を続ける。
「それにしては名乗りがしょぼいよ? さっきのも昆布だし、今度は錆びとりを自慢しているよ? ねぇ、いらないよね? 時空の支配者だけで、錆とりの名人ぽい名乗りはいらないよね? なんで錆びとりも入れるわけ?」
不満ぶぅぶぅに、頬を膨らませて愚痴るゲーム少女である。なぜなのか敵へと聞いてみたい、心底聞いてみたい遥である。
「ご主人様、あの敵は時空を支配し、錆とりが得意なヨク=オトースと名付けました! あと、名乗りは仕方ないですよ。たぶんエゴがそうなんです。錆とりがしたかった職業の人間だったのでしょう。錆とりが必要になる職業ってなんでしょうか? 車関係でしょうか?」
サクヤが瞳を輝かせて、しょうもないことを言ってくる。名づけは相変わらずのパクリであるし。
も~、なんでエゴは中途半端なんだよ。もう少しきっちりとしたエゴってないのかなと思うが、混沌とした思考からくるエゴなので、仕方ないのだろう。それはわかるけど、わかるんだけど、もう少しかっこいい敵と戦いたいと歯嚙みするゲーム少女である。戦いはレキにお任せなのに、普通にそんなことを思考するのであった。
「死するがよい………」
そういって、巨大な手の指を向けてくるヨク=オトース。指は中が穴となっており砲台となっているのが見えた。
シュバッとビームが5本の指から放たれる。すぐさま高速機動にて躱すレキ。ビームは少しの間消えないのか、指を動かすとレキへとビームもついてくる。
くるくると体を回転させて、ビームのすれすれを回避するレキ。そのままフォトンライフルでヨク=オトースを狙う。
引き金をひいて、フォトンのエネルギーを敵へと命中させると装甲は僅かに溶けて、ダメージを与えたことが見えた。
ズズズと敵も噴射装置を吹かして、突風を巻き起こして接近してくる。
もう片方の手からもビーム砲を撃ちだしてくる。今度は指を少しずつずらして、ビームが交差して回避しづらいようにしてきた。
「そこそこ頭が良いようですね」
レキは冷静に回避しながら、命中すると思われるビーム砲にフォトンライフルを撃ち込む。威力は拮抗して、ビーム砲は拡散してその粒子を消していく。
ドンドンとフォトンライフルを回避しながら撃ち込むが、巨大な体躯のせいであまりダメージが入った様子が無い。
「時空間の闇に消えよ………」
体中のオーブからビーム砲を放つヨク=オトース。100門はある砲台から放たれたビーム砲はまるで発射した瞬間、身体が輝くようであり、撃ちだされた先からなぜか空中に消えていく。
そんな攻撃はアニメで見たことがある遥である。きっと空間を超えてくるのだと判断して無敵なる防壁を発動させる。
『念動障壁』
蒼き水晶のような絶対防御壁が空間から生み出されてレキを覆う。その瞬間、周囲の空間を裂くようにビーム砲が現れる。
周囲を囲むように出現したビーム砲は念動障壁により阻まれて効果を表さない。ビーム砲の射撃が終了後に攻撃をしようと身構えるレキ。
だが、予想外のことが起きた。ヨク=オトースの後ろに六角形の鏡が出現していたのだ。
『タイムミラー』
轟くような声音で、ヨク=オトースが告げると同時に鏡が光る。
その光を受けた念動障壁は溶けるように消えていき、ビーム砲がレキへと襲い掛かる。
「なっ!」
念動障壁が解除されて驚くゲーム少女へとビーム砲が着弾して、空中で大爆発が起こるのであった。




