207話 錆びた町でゲーム少女は戦う
錆びた町。そう言っておかしくない例えだろうか。赤昆布の森林の後ろには大きな街が存在した。最も外側には複数の鉄条網が防壁として囲まれており、街に一番近い壁は鉄筋コンクリートの10メートルぐらいの外壁がある。各所に監視所がありそこには顔に赤いペイントをした人間が外部からの襲撃を見張っていた。
人間の配下として物理無効のタイライムを連れており、監視所にも重機関銃が設置してある。そして外には毒のエリアである赤い森林とそれを支配する妖花がいたのだ。人間には侵攻不可能な難攻不落の街であった。
既に過去形である。今まさにその難攻不落の街は攻められていた。赤い森林を支配する妖花を撃破して、高速で移動してくるたった一人の少女によって。
◇
う〜、う〜とサイレンが鳴り響く。周囲の人々はその音が警報だと知っている。何者かが攻めてきたのだと、どよめき騒ぐ。常に血のように赤黒い空が通常に戻った時点でなにかがあったのはわかっていたが警報がその考えを裏付けてくれるのだ。
監視所では兵士が重機関銃に取り付いて前方を見て、目を疑う。砂煙も僅かにスーパーカーも真っ青な速度で少女が走っているからだ。
人外の存在だとわかり、すぐさま重機関銃の引き金をそれぞれの兵士たちは引き始める。
「射殺します」
「射殺します」
「射殺します」
茫洋に命じられたとおりに迎撃を始める兵士たち。
轟音とともに、無数の銃弾が嵐のように撃ち出される。銃弾は高速で少女へと迫るが命中しない。少女が速すぎるのだ。それは戦闘機を高射砲で撃ち落とそうとするぐらい無謀なことであった。
しかも意思をもつ相手は命中しそうな銃弾の軌道は精妙に回避しながら、ジグザグに移動してくる。
鉄条網へと到達した少女。鉄条網の妨害で少しでも動きが鈍くなると思われたその瞬間、その場にいないようにかき消えた。
どこに移動したかと、周りへと目を向けて探すがどこにもいない。あれは幻影かなにかであったかと首を捻るまでもなく、自らの隣から軽やかな声がかけられる。
ここには自分しかいないはずだと、声の方へと向けると小柄な美しい美少女が可憐な笑顔を浮かべて立っていた。
「お疲れ様です。戦闘のBGM係お疲れ様でした」
そう言葉を発して、少女の腕は消えるようにぶれて、兵士は意識をなくすのであった。
◇
倒れている監視所の兵士を見下ろして、街の中へと視線を向けるレキ。鉄条網も外壁もレキには無意味である。軽く地面を蹴っただけで、全てを飛び越して監視所まで到達したのであった。
街は錆びた鉄の蟻塚のような建物を中心に、普通の家々が並んでいた。いや、家々も錆びついた色をしているので普通ではない。
「監視所はたいしたことがありませんでしたね。やはり強敵は街の中なのでしょうか」
街中では装備の無いタイライム。そして錆びついたような野菜ミュータント群が見える。その中でペイントをつけている人間はアサルトライフルを持ちこちらへと向かってきていた。
近づいてくる敵を見ながら、街へと視線を向けると普通の人々が騒いでいる。
「どうやらまともな人間も残っているのですね」
「だね。たぶん戦闘に向かない人々だろうけど……。洗脳も受けていないみたいだし、幸運か不幸かはわからないね」
洗脳を受けていない理由は簡単に推察できる。ここのボスは人々の苦しむ姿を見たかったのだろう。ダークミュータントらしいというか、映画やアニメの悪魔っぽい考えというか。
どちらにしてもペイントをしている人々はまだしも、普通の人々は痩せこけている。ぎりぎりで生きているのだろう。
「では、この街がどのような形で成立しているか確かめよう」
そう言う遥の言葉に頷いて、レキは大きく飛翔して人があまりいないと思われる場所へと向かうのであった。
とうっと仮面ヒーロー並なジャンプをして、場面転換をする勢いで今までいた監視所から遠く離れた反対側まで高速で移動する。隠蔽を使いながらの移動であったので、看破系を持っていそうにないミュータントたちには気づかれなかっただろう。というか、ここの敵は脳筋すぎである。ステルス攻撃をしてくる敵を念頭に置いていない。
シュタンと家々の細い隙間のような道へと降り立つ。しばらくそのままじっとしていたが、特に敵が来るような気配はない。どうやら見事に防衛網を突破した模様。
「力押しだとこうなる場合が多いよね。大ジャンプで防壁を飛び越しちゃう方法」
ゲームでもあったよ。ジャンプ関係のステータスに極振りすると大ジャンプで防壁を飛び越える力技とゲームを体験談にするおっさんな遥。ゲームでそれをやると、イベントとかをカットするので盛り上がらないが、現実では助かる仕様だ。
「旦那様、次はどうしましょか?」
力技による潜入を成功させたレキが聞いてくる。
「ご主人様、錆びついた空気エリアが発生しています。能力はボスの支配下にいない敵のステータスを大幅ダウンですね」
サクヤも街に潜入した途端に告げてくる。予想はしていたが、やはり他のエリア概念もあったねと苦々しく思う。
「今回はステータスダウンかぁ。どれぐらい下がったのかな?」
ステータスボードを開いて確認する遥。そして可愛く首を傾げて疑問を口に出す。
「まったくステータス変わっていないよ? なんで?」
「常時ステータスダウンは呪いのようなものです。ご主人様には効かないですね」
あっさりと飄々とした声音で教えてくれるが、その内容に驚く遥。ちょっと状態異常無効は凄すぎるねとドン引きだ。ゲームの楽しみを打ち消すかもしれないよと、課金をしておいて強くなりすぎてつまらないと愚痴る重課金者のような言葉を吐くおっさんである。
そんなゲーム少女へと声がかけられる。
「フヒヒ……。何もない空中から声がする……。誰かいるの?」
声がする方を見るとボロキレのような服を着た少女がこちらを見ていた。外ハネのショートボブ、汚れて前が見えるのかと思うほどの眼鏡をかけた少し猫背な背丈は150ぐらいの少女である。目には隈ができており痩せている。口元を自信なげに歪ませて、空中から声がするという不思議な現象を食い入るように見つめていた。
「第一街人発見というところですね」
隠蔽を解いて、少女へと姿を現すゲーム少女。微笑みながら少女を見つめる。
「こんにちは、今日は青空となりいい天気ですね」
謎の少女現るという感じで、片手を腰にあてて、身体を少し斜めに曲げて、いわゆるジョジョな立ち方である。
これは決まったね。たぶん決まったよねと考えるゲーム少女が相手を見ると、こちらの手を握って小声で言う。
「こっちに来て! 早く!」
あれ、反応が少し違うと残念がる。ここは貴女は誰? とかきいてくるところではなかろうか。
まぁ、仕方ないかと嘆息する。周りは慌ただしくなっており、騒ぎは収まるどころか大きくなっている。
てってこと細道を進む少女のあとを進む遥。そんな遥へと小走りになりながら話しかけてきた。
「私の名前は田丸伝子。友達は私をディーと呼ぶ。フヒヒ」
「私はしがない放浪者。朝倉レキです。少し謎めいた非日常を提供できる美少女です。あと、フヒヒはキャラ付けですか? あんまり可愛くないので、他の語尾をおすすめしますよ。ニャンとか良いかもしれません。次点でワン」
平気で相手へと挨拶ついでに忠告するゲーム少女であった。おっさんならそんな発言は言わないし考えない。強靭な精神力による賜物である。
その発言に耳まで真っ赤になるディー。ここまではっきり言われたのは初めてかもしれないと驚く。
戸惑いながらも、小声でおずおずと言ってくる。
「…………え、と、ニャン?」
「きっと似合いますよ。キャラ付けならニャンのほうが上です。トップをとりましたね、ディー」
ニッコリと少女を惑わせるゲーム少女がここにいた。
「こっちだよ、ここだよ……にゃ……やっぱり無理!」
「残念です。気の向いたときにお願いしますね」
到着した家は普通の一軒家であった。やはり錆びついた色が家を覆っているが。そして表札に田丸と書いてあるから、元から自分の家なんだろう。
「入って、入って」
手招きしてくるので、すたこらと入るゲーム少女。
「ただいま〜」
やはり小声で言うので、元から気弱な娘なのかもしれない。
ゲーム少女も、お邪魔しますと中に入る。
てこてこと歩くとリビングルームにつく。ガラス扉を開けると中年の男女が話し合っていた。二人共ペイントがない実に普通そうな男女であった。
入ってきたディーに気づいて、後ろにいるゲーム少女へも気づく。
「お帰り。今、大変なことが起きているぞ!」
「おかえりなさい。後ろの少女は誰かしら? 伝子のお友達?」
ディーの両親なのだろう。二人とも痩せている。死にそうなほどではないというのが救いだろうか。でも、この街では死にそうなほど痩せている人もいそうである。
ディーの両親はそれぞれ違う返事をしてくる。父親が興奮した表情で
「空を見たか? 青い空だ! いつ見たかもわからないほど、久しぶりの青い空だ! きっとあの忌々しいでかい花が誰かに倒されたんだ!」
つばを飛ばす勢いで声を発して期待に満ちた表情をしている。
「なにか好転しそうな感じがするのよ。そんな予感がして皆は今大騒ぎよ」
ディーの母親も父親の言葉に補足を入れて、やはり期待に満ちた表情をしていた。
コクリとその言葉に頷くディー。そしてゲーム少女へ指さして
「倒したと思われる人間を見つけたよ。空中に消えることができる人。フヒヒ」
にやりと口元を曲げて、どこかおどおどしながら伝えるのであった。
その言葉にキョトンとしたディーの両親。こちらを見てくるので、遥もにっこりと野花のような安心感を与える微笑みを浮かべて挨拶する。
「どうも、こんにちは。空から舞い出る謎の美少女、朝倉レキと言います。よろしくお願いしますね」
自信に満ちた表情での挨拶である。胸も多少はっての挨拶だ。その姿は可愛らしくて、思わずお嬢ちゃん可愛いねと頭を撫でてしまう感じの愛らしさである。まぁ、おっさんがそんなことをしたら、確実に以下略。
「は、はぁ、どうも、伝子の父親です」
「こんにちは。伝子の母親よ」
二人とも戸惑った感じを見せるが、すぐに挨拶をしてくる。なかなかいい人たちぽい。
そんな戸惑うディーたちを放置して、直球で聞きたいことを尋ねる遥。
「この街はどのような生活をしているのですか? それとミュータントはどれぐらい使われているのでしょうか? 洗脳されて、いえ、ペイントをしている人たちはどれぐらいいますか?」
いつもと違い、遊んでいる暇はない。残念ながら挨拶だけでしか遊ぶことはできない。なので眠そうな目を僅かに細めて真剣な表情で尋ねる。ちょっと時間制限ありのミッションぽいので、急がないと死人がでそうだからである。一人でも生き残っていれば問題ないのスタイルであるが、あれだけの人間を死なせるのは後々の復興を考えると、放置できない。シムなゲームには人数が必要なのであるからして。
なので、迅速に今回のミッションはクリアする予定。それか赤昆布森林の人々を救える環境へと持っていく。
直球で色々なことを聞かれたディーたちは混乱した。この子は小さい子供なのに、それに似合わない言動と態度をしていると。どうすればよいかと戸惑う。
遥は紅葉のようなちっこいおててでパンと一回小さい音をたてる。その音でハッと気を取り直したディーたち。
「残念ながら、今回は遊んでいる暇はないのです。なので迅速に答えてもらえると嬉しいのですが」
ちょっと威圧をこめて再度尋ねると、びっくりした様子で今度は答えてくれる。
「この街はあの中心の蟻塚のような中にいる人間に支配されている。俺たちは蟻塚の頂上から湧き出る錆びた水を汲んで、蟻塚の奥の倉庫まで延々と運んでいくんだ。どうも鉄が水から取れるらしく、延々と錆びとりをして鉄を回収しているらしい。あとは野菜を植えて育てている。まぁ、こんな異様な町で育つ野菜だ。野菜も錆びた色に育つし、化け物として動き出すときもあるがな」
肩をすくめながらのディーの父親の言葉を受け継いで、母親も疲れた表情で話をしてくる。
「………ペイントをした人たちは、過去にここを攻めてきた人たちよ。自衛隊隊員が多かったの。この街を化け物から解放しようとしたのだけれど………。みんなあの赤い森林でやられたのよ。そしてペイントを施されたと思ったら、化け物の部下として動き出したのよ。逆らう人たちもみんなペイントを施された後に部下とされるか、あの森林に捨てられるか………だいぶこの街の人も減ったわ………」
二人とも肩を落として、絶望の表情をする。どうやら、洗脳攻撃を解除するために攻撃をしかけてきた人々は多かったのだろう。そして森林の人数を思い出す。たしかにほとんどは昆布樹化しているのだ。この街は8000人はいる。しかし森林は2万人を超える。
今までで最大のコミュニティの人数だ。若木コミュニティの15000人を超える多さである。
「でも、あの禍々しい花が倒されたのは初めて。多分強力な軍隊が来たのだと思う………フヒヒ」
おどおどと口を挟むディー。何しろ赤い空が青空に戻ったのである。今までと違うと肌で感じているのだろう。
「あぁ! ディーの言う通りだ。恐らくは強力な軍隊がこちらへと向かっているんだ! このチャンスを逃すことはできないぞ!」
ディーの父親が叫ぶように言う。その続きは予想はできるがやめてほしいと願う遥。しかし、もちろん、ゲーム少女の願いは叶わない。
「じきに暴動へと発展する! 俺たちもそれに合わせて脱出しないと、死んじまう!」
切羽詰まった声での宣言である。まぁ、そうなるよねと思った遥ではあるが、こちらの反応を見て、ディーの母親が首を軽くふって告げてくる。
「見て、レキちゃん。私たちはもう限界なのよ」
服の裾をめくるディーの母親。その肌を見て、ピクリと眉を動かすゲーム少女。
肌は錆び色であり、しかもかなりの部分が覆われているようだった。
「錆びたこの街にいるからだろう。段々と体が錆びてくるみたいなんだ。弱い人はもう動けない………。このまま死ぬと錆びた鉄へと変化するらしい。ペイントをしていた人間が言っていたのを聞いたことがある」
「まじですか。昆布に続いて侵食系の攻撃とは随分ここは多様な攻撃方法をもっているのですね」
驚く遥。一般人まで影響を及ぼすのは赤昆布だけと思っていたら、まだ他に侵食系があるとは思っていなかった。
「マスター。その錆びた色は、鉄化の侵食系超能力ですね。これにより鉄を確保しているのではないでしょうか?」
真面目な表情で真剣な声音でナインが告げてくる。真面目過ぎて、これは厄介なことだと、遥も苦々しく思う。
「系統的には何になるのかな? ナインさんや?」
「系統的には弱いですね。病気系ですよ」
ほむほむとその答えに安心する。病気系ならば問題はない。治癒系でもレベル3で使用できるからだ。
『キュアディジーズ』
すぐにディーへと、ちっこくて可愛らしいおててを向けて、病気回復の超能力を使用する。
パァッと光の粒子がディーを囲み、あっという間に錆びた色をしていた肌を健康な肌へと治していく。
その光を見て呆然とするディーたち。治ったのを確認して、問題はないなと内心で安堵する遥。
ディーは、自分の肌を見ながら完全に治ったのを確認して、喜びの笑顔を浮かべる。
「フヒヒ。どうやら神様が降りてきたのね。それか天使様かな?」
つつっと涙を流しながらのディーの言葉。それに頷いて遥は宣言する。
「そうです。天使のように可愛い美少女が、この街を解放しにきましたよ」
ふわっと安心させる輝く微笑みを見せるゲーム少女であった。




