19話 おっさんは宴を開く
遥は調子にのっていた。帰宅してから調子にのっていた。
それはもうおっさんぼでぃに変えてから、ずっとである。
「宴じゃ!宴じゃ〜!」
メイドを侍らせて絶好調のおっさんである。
何故調子にのっているかと言うと簡単である。結構お酒を飲んでいるのだ。ナインからお酒を飲んで酔えますよ、と教えてもらえたことも大きい。状態異常無効があるので酔えないと思っていたのだ。
「酔うこともできますよ? 酔いを覚ましたいと思うことで、瞬時に酔いは覚めます」
とチート的な衝撃的なことを教えてもらったのだ。
それと、クタクタに疲れて帰宅したということもある。
デカサルモンキー戦では、マシンガンなんて効きませんよアピールをして余裕ぶった態度をとっていた。実際に理性では効かないとわかっていたが感情はそうはいかない。
何しろマシンガンを食らうのだ。洒落にならない。普通は穴だらけになり死んでいる。
実際にゲーム少女はマシンガンを食らう際に、頭を抱えて体を抱えてぷるぷる店内の奥に震えていたのだった。マシンガンを食らってから、効かないと本当にわかり余裕ぶってデカサルモンキーの前にでていたのであった。
帰宅時は精神的にぎりぎりであった。私のMPはもう0よ状態である。
その遥に悪魔の囁きをしたメイド二人。
疲れているでしょう? 大量にマテリアルもあります。お酒でも飲んでリフレッシュしたらと囁きかけたのである。
これが新宿歌舞伎町で外で客引きしているねーちゃんからかけられた言葉であれば、理性が最大フルパワーで働き、お断りの返答をしていただろう。おっさんの注意力はそこらへんだけは高いのである。
だが、曲がりなりにもサポートキャラであるメイド二人からの囁きであった。
なんだかんだ言って自分を裏切ることは無いと感覚的にわかっている。もしくはゲーム的にも裏切ることは無いと信用している。
チュートリアルキャラが裏切ったら運営にクレームものである。その囁きにのってしまったのであった。
たぶん裏があるだろうなぁとも、わかっていた。
でも可愛いメイド二人からなら、それでも良いかとも思う信用している相手からの色仕掛けに弱いおっさんであった。
「どうぞ、どうぞ。ブラッドマテリアルから作った赤ワインですよ」
とサクヤがグラスについでくる。
トクトクと良い音をたてながらワインは遥のもっているグラスに注がれる。
このようなシチュエーションに耐えられるおっさんがいるか? いや、いないであろうと心の中で思いながらごくごくと注がれた赤ワインを飲む。ちょっと渋くて良いワインだなと思った。
「おつまみもどうぞ。マスター」
ナインもテーブルに広がっているおつまみから、ふぐ刺しを摘まんで、あ~ん、口を開けて~という感じで勧めてくる。
もう我が世の春な遥であった。
死んでもいいかもしれない。いや死ぬのは嫌だなと、しょうもないことを考えながらふぐ刺しを咀嚼する遥である。
テーブルには贅沢にも高級なお酒のつまみが色々乗っている。ふぐ刺しに、ふぐちり、ヒラメの刺身に生ガキから焼きガキと色々鮮魚中心だ。
贅沢にしてもあんまり脂っこいものはダメな遥であった。単品でサーロインステーキとか食べるの好きだけど、お酒のつまみに大量に食べるのはお断りです、高血圧や糖尿病が怖いので、と全力で自分の体を気にするおっさんであった。
「日本酒はどうですか? ご主人様」
遥の好きなフルーティーな辛口の日本酒を勧めてくるサクヤ。
きゅっと勧められた日本酒を飲んで味わう。甘口は少し苦手であり、すっきりとしたフルーティーな日本酒が大好きである。
「鮮魚にはワインは合わないからな。口が生臭くなる」
と、昔見たどっかの美味しいアニメ漫画を参考に答える遥。確か生牡蠣とワインは合わないと言っていたと浅い知識で知ったかぶりをする自称グルメなおっさんがそこにいた。
「さすが、マスター。ささ、どうぞどうぞ」
勧められるままに日本酒を飲む遥。もはや調子は天元突破だ。きっと銀河も貫ける。
「こちらの鍋もできましたよ。あ~ん」
と、すごい可愛い顔でそのようなことを言ってふぐちりを勧めてくる金髪ツインテール。
もちろんあーんと口を開けて食べる遥。美味しい、美味しいと、恐る恐るナインの頭を撫でる。
恐る恐るという時点で主人公失格であるが、おっさん的に可愛い15歳の女の子の頭を撫でるのは、もの凄い勇気がいる行動であるのだ。
もしかしたら、髪がぐちゃくちゃになるでしょ、このおっさん! とナインから言われるかもしれないと恐れる年齢不詳な男である。
軽蔑の目で見られたら、多分三日ぐらいは立ち直れないだろう。以降はおっさん脳からデリートされます。
「こちらの生牡蠣もあ~ん」
サクヤが勧めてくるのを、こちらは年齢が条例に引っかからないので喜んで食べる。ぐいっと、サクヤの腰に軽く手をまわして自分に引き寄せたりする。
まぁ、それでも軽くというところがヘタレなおっさんであるが。
「わっはっは、余は満足であるぞ」
おっさんが言いそうなつまらないことを実際に言う遥。それが気にならないぐらい調子が良かったのであった。
「あ、日本酒が尽きちゃいました。マスター」
首を傾げて可愛く教えてくれるナイン。
「酔っているマスターにマテリアルから作成してもらうのも悪いですね。私がマテリアルから作りましょうか?」
可愛らしくコテリと首を傾げて尋ねてくる金髪ツインテールメイド。その言い回しで、遥はナインがクラフト作成の全委任を遠回しに言っていることに気づいた。
なんだかんだで社会の荒波に、もまれているのだ。ただし荒波に、もまれていても適切な対応ができるかどうかは別問題である。
言い回しに気づいた遥であるが、首を傾げたナインはものすごい可愛かった。
「良いよ。良いよ。問題ない。足りない分は作ってよ」
と許可をしてしまった。まぁ、お酒も入っていたし、美少女の頭を撫でられることと比べれば作成の全委任などどうでもいいことである。
荒波にもまれて遭難しているおっさんであった。
ぐいぐいと次から次へと注がれるお酒を飲んで気持ちよく寝てしまう。勿論、起きた後のことは起きた後の自分にまかせようと後ろ向きな決意と共に。
◇
ちゅんちゅんとスズメは鳴いてはいなかったが、翌朝起きた遥。
二日酔いのため、ガンガン頭が痛い。酔いよ覚めよと思ったところ、瞬時に頭痛が消えたのでびっくりする。さすがはチートな力であると感心する。
寝ていた場所に違和感を感じて周りを見ると
「知らないベットの上だ」
有名なセリフをもじって言う遥。なぜかどでかいベットの上で寝ていた。隣にはナインとサクヤもいる。
「おはようございます。マスター」
と、遥の胸に頭をスリスリしながら言うナイン。
すごい可愛いので、おはようと答え返してナインの頭を撫でながら起きる。もう死んでもいいかもしれない。たぶんこれは夢だろうと現実逃避しておく。
隣のサクヤは人を蹴っ飛ばしてど真ん中で寝ている。ナインと遥は隅っこで起きたので、ぐいぐいと蹴っ飛ばして真ん中に移動したのだろう。
どうしてクール系無口っぽい美人なメイドなのに、中身はこんなに残念なんだとひそかに溜息をつく。ぐっすり寝ていて起きる気配はない。
起きてから気づいたが、キングサイズの更に上の大きさのベットに寝ている。
というか、部屋に見覚えがない。いや、見覚えはあるのだが部屋の大きさが違うのだ。八畳部屋の寝室だったはずの自室である。
今はその数倍の大きさの部屋になっていた。
「すでに拠点拡張済みです。マスター。ご安心してください」
全然安心できないことを語るナインの言葉に、急いで外にでて家を見てみる。
一軒家でありまだ10年ローンが残っていたマイハウス。20坪ぐらいの大きさのはずであった。
今は隣の家は存在せずに、隣の家の敷地まで侵食して遥の家が、いや見たことのない豪邸が存在していた。
庭つき、ガレージ付き、家庭菜園の場所ありの豪邸であった。
あぁ、やはり酒に酔うと駄目だなと昨日の言動を思い出し反省してため息をつく。
酒を飲んでぼったくりにあった模様であった。




