168話 幹部と戦うゲーム少女
戦場はすでに大乱戦となっていた。飛び交う砲弾、撃墜されていくお互いの機動兵器。地上ではすでにサルモンキーの兵士の姿は見えない。全滅したか、戦車には対抗できないと要塞ダムに籠もったか。
地上はすでに熱で溶けた道や砕けて崩壊したビル群。燃え盛る森で地獄絵図になっている。
轟音と煙、撃墜されていく光が様々なところから発生している。まるでそれは季節外れの花火のような光景であった。
「まぁ、花火だとしたら、コストがかかり過ぎる花火だけど。これを企画した人は破産確実だけどね」
風に艷やかなショートヘアをなびかせて、可愛らしい美少女は船首にて呟く。発言が誰かは考えてはいけない。きっとレキに決まっているからだ。
要塞ダム周辺でまた一機無人戦闘機が撃墜されて、爆炎を噴き出して地上へと落下していった。
「サクヤの操作でも駄目なのか………。やはり運転スキルには機械操作スキルは劣るみたい」
はぁ〜とため息をつく。高次元の戦闘ではやはり汎用スキルでは厳しいらしい。敵との機動兵器での戦闘も本来ならば互角に戦えるはずなのだ。できない理由は機械操作スキルが戦闘機の本来のスペックをまだ出し切れていないからだろう。
音速で複雑な空中機動をして飛び交い、素早くビーム砲を撃って敵を撃破している無人戦闘機ウモウ。あの動きでも全力のスペックではないとすると恐れ入る超高性能な機体だ。
「旦那様、敵の援軍として、スカイ潜水艦強化タイプが出撃してきました」
眠そうな目で要塞ダムを見て、ソっと指を指す先にはスカイ潜水艦強化タイプが12隻もダムの湖底から現れている最中だった。
遥はそれを見て素早く判断してレキへと指示を出す。
「レキ、味方への脅威度が高い敵から撃破するんだ。任せたよ」
違った。判断も指示でも無かった。自分での判断は難しいのでレキへと丸投げした、いつものおっさんであった。
その言葉に小さく可愛く首を縦に振るレキ。
「では先にスカイ潜水艦強化タイプを撃墜します。大型範囲攻撃を持っていると判断しますので」
そうして船首の床を蹴り、空高く飛び上がる。勢い良く空中戦艦から離れていきながら、レキは指輪を起動させた。
「ヴァルキュリアアーマー起動」
淡々と呟きアーマーを展開させるレキ。遥ならばノリノリで叫んでポーズもとるであろう幼稚さだが、精神がおっさんよりも上のレキは普通な様子でリングの力を解放させた。
薬指に嵌っているリングが光り輝き、一瞬後には有名なる戦乙女ヴァルキュリアとなったレキが現れた。
そのまま翼を展開させるレキ。光の翼が背中から展開されて光の粒子を撒き散らす。
ブースターを展開させて、一条の光の矢と化して、レキは要塞ダムへと飛翔した。
高速で戦う機動兵器の中をくぐり抜けて移動する。音速での移動であるのに、音速の壁は存在せず、ソニックウェーブすら発生しない。
あっという間に要塞ダムへと辿り着く。スカイ潜水艦強化タイプ、名称が長いのでスカイ潜水艦で良いだろう。スカイ潜水艦の前に立ちはだかり、空中で停止して、全体を観察する。
全長300メートル、魚雷発射管30基はあるように見える。あとは横腹のそこかしこに機銃が設置され、ミサイル発射管も後部甲板に搭載されている。艦を包み込むように空気の歪みが見えることから、シールドも搭載されているように見える。
そして12隻のスカイ潜水艦の一番後ろにいる艦の前部甲板にサルモンキーが立っていた。
サングラスをかけて、葉巻をくわえた、でっぷりと太ったサルモンキーである。
こちらを睥睨して、サルモンキーは嘲笑う。自信があるだろう上から目線だ。
「ガハハハハ、俺の名はザ・ハート! 貴様を倒す潜水艦隊の提督よ!」
腕を組み、ふんぞり返るサルモンキー。
「ご主人様! あのサルモンキーはザ・ハートと名付けました」
久々の名付けなのに、相手の名乗りをパクるサクヤが嬉しそうにウィンドウから言ってくる。久々のはずなのに、凄く久々なのにパクるんだねと残念な目をしてしまったことにサクヤは気づいた。
サクヤはどこからか取り出したハンカチをキ〜とお口で噛んで悔しがる。
「仕方ないのです。名乗りをした敵の名付けは原則パクる。そう私は決めましたので。面倒ですし、混乱しますので」
堂々と戯けたことを言う銀髪メイドである。
自分で決めたのかよ、なら悔しがる必要ないでしょと嘆息する。まったく可愛らしいメイドである。おっさんなら殴られていても文句は言えないのに。
美女はお得だねぇと、今更ながら美女とおっさんの格差を思う。多分格差どころか美女の光の前にはおっさんは存在できないかもしれない。
まぁ、いいやと考えて、ザ・ハートへと視線を戻し返答する。もちろんレキが。
眠そうな目をザ・ハートに向けてレキは口を開き、淡々とした声音で告げる。
「こんにちは、ザなんとかさん。雑魚を先に倒さないと次のお相手が待っているみたいなので、ここで遭難して行方不明になってください」
興味ゼロのレキの言葉を聞いてザなんとかさんは地団駄を踏んで激昂した。
「ムキー! 殿より預かった新型艦の力を見よ! そして死ねぇい!」
そして手を振りかぶり、下へと振り下ろした。
それとともにスカイ潜水艦が動き始める。
「以前は攻撃が効かなく、苦戦を強いられましたが」
そこでレキは右腕を引き絞り呟く。
「星金の手甲展開」
カチャカチャと黄金に星の煌めく光を埋め込まれている手甲が右腕を覆う。
そうして星の昏き光を含んだ黄金の粒子が右腕に集まっていく。
僅かに眠そうな目を見開き、レキは超技を発動させた。
「超技星獅子の牙」
スカイ潜水艦が迫り、恐ろしい速さで魚雷が発射される。全てのスカイ潜水艦から意思を持つ魚雷が牙を突き立て敵を破壊せんと飛翔する。
目の前に飛翔する脆弱そうな人間など一発でも倒せると思っていたが、全艦から発射させたのだ。サルモンキーのくせに油断しない敵である。
魚雷が人間に着弾すると思われた時、人間は仄かに光る残像を残して消えた。
「は?」
ザ・ハートはこれでも軍を預かる提督だ。個体能力も高い。動体視力も敵が撃ってくる銃弾を見切り、摑んで返すことも余裕なぐらいだ。
だが消えた。残像を残して脆弱であるはずの人間は目の前から消えた。いや、僅かに動くのが見えた。速すぎて見ることができなかったのだ。
慌てて周りを確認するが、すでに敗北は決まっていた。
レキは高速機動にて最初のスカイ潜水艦まで近づく。すでに超技は発動しており、自分は黄金と星の光に包まれている。
魚雷はレキの目には止まって見えて、スカイ潜水艦はレキが移動していることすら気づいていない。
そのスカイ潜水艦の真下に位置して、そのまま勢い良く右拳を掲げて突撃した。纏う光は獅子の形となり敵へと接近していく。
過去には攻撃が効かなかったスカイ潜水艦の装甲。今は更に強化されており、シールドすらも搭載されている。
だがシールドは空気の軽い壁にしか感じず、装甲は紙のような脆さであった。
そのままスカイ潜水艦の胴体を貫き、光輝く獅子は反対側から突き破り飛び出してくる。
少女が空けた小さな穴。巨体であるスカイ潜水艦には如何ほどのダメージも入らないと思われた。
しかして、それは大いなる勘違いであった。光の粒子は小さな穴から、あっという間に船体全部へと伝播していく。破壊を伴う力が伝播したスカイ潜水艦はそのまま開いた小さな穴を中心にみるみるうちに砕けて破壊されていくのであった。
盛大に爆発して地面へと破片となりながら墜落していくスカイ潜水艦を尻目に、レキの攻撃は緩むことは無かった。
そのまま光の螺旋を空中に描き、次々と他のスカイ潜水艦を同じように貫いて破壊していく。
半分も撃沈された頃にようやくスカイ潜水艦は機銃にて反撃を試みる。空は機銃の弾幕に覆われ逃げることはできないと思われた。
だが、僅かな隙間を縫うように移動し、光の獅子は他のスカイ潜水艦へと喰らいつき、その全てを破壊していくのだった。
「馬鹿な! 新型だぞ! 僅か数十秒で倒されるというのか!」
ザ・ハートはその光景を呆然と見るしかできなかった。指示を出そうにも敵が速すぎて間に合わない。対抗策を講じようとした時には己が乗るスカイ潜水艦も爆発した。
散らばる破片に足を乗せてザ・ハートは焦り顔で周りを確認するが
「だめですね。五分かけるべきでした。数十秒じゃちょっと似ていませんね」
目の前に人間の形をした化物が空中に浮いていた。
眠たそうな目を向けて、なにやら訳のわからないことを言ってくるが、無視をする。素早く右拳を繰り出してレキへと殴りかかる。分厚い鉄すら紙屑にする一撃。その冷静さと力は幹部に相応しい。
だが、次の瞬間、目を見開いた。
パシっと軽い音がして、あっさりと自らの岩のような拳を小さな手のひらで受け止められた。衝撃で後ろに下がることもなく、体幹がブレることもなく、平然としているレキ。
その小さな口から声が発せられた。
「どうやら艦の指揮に長けたミュータントだったのですね。拳が軽いです」
そんなことはありえない。自分は力においては1、2を争う者なのだ。
レキは目の前の敵へと、受け止めた拳を振り払い、胴体へと引き絞った右拳を撃ち出す。
ザ・ハートはその攻撃が見えなかった。ただ光が自らの胴体を貫く感触を感じただけであった。
「あれだね。ハートでも百発パンチを繰り出さなくても倒せるんだね」
またもや訳のわからないことを言う人間。
ザ・ハートは顔を胴体へと向ける。己の胴体に大穴が空いているのを確認して呻く。脂肪に覆われた無敵の装甲があっさりと貫かれたのだ。
「グキー」
断末魔の悲鳴をあげて、そのまま落下していくザ・ハートであった。
その姿を見て、満足げにレキは頷く。
「スカイ潜水艦強化タイプも相手にならないね。もはや金魚も同然だね」
遥が自信満々に言葉を発する。戦うのはレキにお任せだが。
レキが急に身体を翻して、カモシカのような脚で蹴りを繰り出す。
ん? なになに?と油断しかしていない遥が不思議に思うが、すぐにわかった。
ウモウがきりもみしながら、こちらへと飛んできたのだ。レキの繰り出した蹴りはウモウへとぶつかり、その威力でバラバラになって空中に散らばる破片。
飛んてきた方向に視線を向けると、破片が散らばる向こう側に龍人が浮いていた。投擲の体勢でこちらへと向いている。
「ちょっとちょっと、うちのウモウを投擲アイテムにしないでくれませんか? そこらへんの猿の戦車とかにしてください。サルモンキーを投げてもいいですよ」
投げられたのはうちの物なんです。高いんですよ、弁償してくださいと、敵へと怒るケチなゲーム少女。どれだけ自分が相手の機動兵器を倒したかは勘定には入れません。
龍人。まさしく龍人だ。東洋の長い龍の首。龍鱗に似せた緑の武者鎧。東洋の龍なのに、背中からは西洋風のでかい翼が生えているのが変な感じだ。和洋折衷な敵らしい。
左手に槍をもっているが、黒曜石のように黒く美しく複雑な彫刻が刻まれている。どっかの神器とか言われてもおかしくない力を放っているのが感じ取れた。
投擲した構えを解いて、裂けているような龍のでかい口を開き叫んだ。
「我こそはこの要塞が守護者。超龍子雲なり! 我が主君のため、これ以上の乱暴狼藉は許さぬ! 小娘よ、覚悟するが良い」
そう言って、ブオンと槍を両手に持ち、身構える。
その名前を聞いて、ウィンドウがまたもや開く。
「ご主人様! あのミュータントの名前は超龍にしました! まぁ、子雲はいらないですよね?」
本日二度目の名付けであり、ウキウキ顔のサクヤ。相手の名前はどこかのパチモン臭いので、確かに子雲はいらないだろう。
「そうだね、パチモン臭いし。でも昔の武将は女の子になる法則はどこにいったのかな? 女の子が相手の方が良かったよね」
武将女性化現象。崩壊前に流行ったブームである。軒並み女性になったが、名前は男のままなので、正直興味が持てなかった分野だ。徳川家康が美少女って、どうなのよ? タヌキ親父だよ? 美少女を食うほうでしょ。
「旦那様、女の子が相手だとグロい結果になってしまいますが、それでも良かったのでしょうか?」
ちょっと冷たい声音でレキが言う。表情は相変わらずの無表情だが、なんか怒っているみたいだ。
「ごめんなさい。レキとナインが一番です」
あっさりと謝るおっさん。女の子にはすぐに謝らないと駄目なのだ。経験がそう囁いている。こちらが悪くなくても痴漢の冤罪以外は謝らないといけないのだと、常に美少女に対して弱気なおっさんである。さり気なくナインも一番と言っているのがおっさんらしい保身から出る発言だ。絶対にレキが一番と言ったら、ナインが怒りそうなので。ちなみにサクヤは何番でも構わないだろう。彼女は親友枠である。
「しょうがない旦那様ですね。今夜は精神世界で添い寝をお願いします」
レキが具体的な謝罪を求めてくる。
「マスター、私も添い寝でいいですよ」
ナインがウィンドウ越しに可愛く言ってくる。
おっさんの理性が試される時のようだ。とは言っても、そういう時にはお酒を飲んでさっさと寝ちゃうのだが。漫画や小説のように酒の過ちも無い。酔って寝るだけである。というか、酒の過ちって、そんな羨ましいことは現実では聞いたことが無い。本当にあるのだろうか。多分都市伝説だと思っているのだが。
了承を遥がしたところで、律儀にこちらの名乗りを待っている超龍に気づく。パクリでも義理堅いらしい。
ちょっと気まずくなる遥。しかしレキは気にせずに名乗りをあげた。眠たそうな目を向けて淡々と。
「私の名前は朝倉レキ。そろそろ子供の名前を旦那様と考えないといけない新婚です」
レキの名前はパワーアップしていた。しっかりとこの間の子供云々の話も覚えていた模様。
「ぬぅ! 幼子と思えばすでに結婚をしていたか。哀れ、ここで夫を残して死ぬ運命よ」
キリリと真面目な声音で言ってくる超龍。でもね、違うんだよ。レキが敗れたら私も死ぬんだよと内心で返事をする遥。
だが死ぬことなど考える必要はない。なぜならば
「でっかいトカゲさん、いえ、ヤモリ、イモリですか? ここで死ぬのは貴方なので問題はありません」
淡々とした口調がまた相手の怒りを煽ったようだ。
その言葉を聞いて超龍は口をぎりぎりと噛みしめてこちらを睨む。睨む視線だけで、一般人は死にそうな圧力を持っていると思われた。
「面白い、我をトカゲの中でもヤモリ、イモリと称するとは」
ちょっと怒っているみたいなので、一応フォローを入れておくことにする遥。
「すみません。ヤモリもイモリも似ているもので、判別つかないのです。超龍さんはどちらなんでしょうか」
フォローをしない方が良い発言であった。
「ぐおおおお!」
怒りのあまり、咆哮して空気を震わせる超龍。ピシリピシリと宙に浮いている破片がその咆哮の威力だけで弾けていく。
「絶対に殺す! 我が槍にて串刺しにしてモズのはやにえのようにしてくれるわ!」
煽りはOKですね、さすが旦那様と怒りに燃える超龍に対して身構えるレキであった。




