163話 おっさんは施設建設をする
若木ビルの応接室に4人が集まっていた。椅子の座り方は、一人を対面にして3人が座っているので、交渉する相手がだれかはすぐにわかる。
紙芝居を終えたゲーム少女は豪族たちの希望により、数日後におっさんぼでぃへと交代し豪族の話を聞くために若木ビルまで足を運んだのである。
テーブルに置いてあるコーヒーの湯気がゆらゆらと浮かんでいるのをつまらなそうに見ながら、遥は口を開いた。
「それで? 学校が欲しいと聞いた。あぁ、病院もだったな」
どうしてレキぼでぃ時に豪族はナナシへの伝言を頼むんだ。誰から聞いていて、何を知っているのか混乱するからやめてくれ。ツヴァイが何人か常駐しているんだから、そっちに声をかけろよ、気が利かない豪族だなと内心で愚痴るおっさんである。
責める目つきで豪族を見ながら、施設の希望を改めて尋ねる。
責める目つきで見たのに、豪族はちっとも効いていないそぶりで返事をした。
「あぁ、そうだ。学校だ。教育制度が無くなり1年もたつ。そろそろ復活させる時期だ」
「そうです! 子供たちは学校に行くべきなんです。レキちゃんも!」
豪族が腕を組み難しい顔で話をすれば、そこにナナもついでとばかりにレキのことをアピールしつつ、厳しい声音で言ってくる。
はぁ、なるほどね、学校かぁと考える。
学校生活。灰色生活であった学生生活であると言いたいが、実はおっさん、ほとんど学校の記憶が無い。別に記憶喪失とかいう魅力溢れる設定があるわけではない。
それが灰色生活の表れかと言われると友人はいたし、部活はやっていなかったが、そこそこ楽しかったと思う。ただ、これぞという楽しい記憶は無いし、おっさんはほとんど記憶を忘却の彼方に置いていっているので、覚えていないのだ。
そのため、感傷もなんもない面白味もないおっさんである。本当に脇役なセリフが一言あれば良いと思われる裏設定の無いおっさんであった。
そんな平凡極まる脇役なおっさんは真剣な表情で現状を考えて答えた。
「無理だな。施設を作ることはできる。だが、肝心の人がいない。教師は誰がやるんだ? 生き残りで多少はいるかもしれないが、子供を教育するには多数の教師が必要だ」
冷たく答えるが、真実だ。別に市民が無知であればあるほど、支配者は暮らしやすいというつもりは多少しかない。
あるかないかと言われれば、ありだがそれでも現代では、教育は必要だろうとは思う。中世時代ではないのだ。人々には良識と教育が根付いている。それは子供たちにも引き継がれるだろう。
豪族たちの提案にも同意するところはある。だが、絶望的に人が足りない。教師役にツヴァイは使いたくないし、それ用のスキルを取るつもりもない。それに教導とかのスキルを取って教育すると、スキルの影響でスーパーなエリートができるんではないかという恐れもある。
「こちらには多数の教師を出す余裕はない。残念ながら学校は無理だな」
豪族たちへと断定的に伝える。これは決定事項になるかな? ナイス提案があるかな?
「………悔しいけど、ナナシさんの言う通りです。全然人は足りません。暮らしていくことに一生懸命な人々ですから、でも小学校ぐらいまでは用意できると思うんです。それで余裕ができてきたら中学校や高校、大学を作っていけば良いと思います。それに優秀な子には………こんなことは言いたくないのですが、特別に教育を施していきたいと思います」
ナナが苦々しい表情で重い声音で渋々と提案してくる。
おやおや、正義感の強いナナにしては珍しい提案だと内心で驚愕する。無論、外には出さないが。
それだけ教育が必要だと思っているのだろう。それに選抜した子供に特別に教育を施していくのもわかる話だ。これから先、何もしなければどんどん知識は失われていくだろうから。
でも、選民意識とかが生まれそうだなぁと、ちょっと不安だ。選ばれた子供はきっと調子に乗るだろう。そして、そのまま大人になれば厄介な傲慢な人間ができあがりだ。でも、それは随分先の話だ。別にいいか。困ったら困ったときの私に任せようと、未来の自分にいつもどおりに任せる責任感ゼロの遥である。
考えに考えた内容なのだろう。何しろナナらしくない支配者側の考えだ。ナナも少しは変わってきているんだなと感慨深げに頷く。ようやく自分がこのコミュニティで大きな影響を与える人間だとの自覚ができてきたらしい。それは少し寂しいが仕方ないことだ。
「ふむ………。ならば教師の選抜は終わっているのかね? 人材という点では私は助けにはならないぞ」
「あぁ、既に教師の選抜は終わっている。学校の教師だったもの。塾の講師だったもの。大学教授なんて奴もいた。そいつらに無理言って頼み込んだんだ。数は少ないが後は教育して新しい教師を増やしていくしかない」
豪族の返答に鼻を鳴らして冷ややかに言葉を返す。
「こちらへと話を通す前に事前準備はしていたというわけか………。まぁ、それだけ言うなら良いだろう。うまくいかなくても私は助けになることがほとんどないとだけ言っておく。学校を建設しようじゃないか。それと選抜された人間用に小さな大学をな」
椅子の背もたれに体をよりかからせ、遥は建設をすることに決めた。作るのならば面白い学校を建設しようと碌でもないことも考えている迷惑なおっさんである。
ちょっと学校建設も楽しそうだなと、小さく微笑むと建設許可を得た三人はホッと安心の息を吐いた。
そして、豪族は頭をかきながら困ったような表情でこちらへと話を続ける。
「学校の話はこれで終わりだ。次は病院の話だな」
「ふむ………。病院ね、薬屋だけだと限界があるかな? 問題はないと思うが」
若木コミュニティの薬屋さんは、ちょっと塗ると折れた骨すら治る傷薬やら、簡単な病気なら即治る病魔退散薬が置いてある。今一番消滅しそうな技術、病理学を消し去る薬屋さんだ。癌も完治します。
それで充分じゃないかと思っていたので、病院が欲しいとのお願いは意外であった。やっぱり完治できない糖尿病から高血圧などの病気を治すメディカルポッドが欲しいのかな? 今なら作れるから別に良いけど。
老化以外のあらゆる状態異常を治す、もちろん身体的ダメージも完全に欠損すら治すスーパーな未来的アイテムである。痴呆症すら治します。宿屋に泊まると全て回復する異常な力を持つベッドみたいなアイテムだ。ポッドに入って24時間たてば完治してしまう。
崩壊前の病院関係者がこの機械の存在を知ったら、新たな職業を探すことは間違いない。それか絶望のあまりに首を吊るか。
でも、メディカルポッドはその名の通りの効力を発揮するので、ちょっと万能すぎる感じがする。あんまり人々のためにはならなさそうなアイテムだ。これが実装されれば人々は命の価値を軽く考えて行動をしそうで不安なのだ。だから設置してよいか珍しく考えてしまう。
「あぁ、今でも異常な力をもつ薬屋はあるが、それとは別となるんだが………」
なんだか言いづらそうに豪族が言って、ナナはそっぽを向いている。何故か顔が赤くなっている。
なんだろうと不思議に思っていたら、今まで口を開かなかったゴリラが話しかけてきた。
「あ~、あれなんだ。娯楽が少ないだろう? それで冬であったろう?」
気まずそうに言ってくるゴリラを見て、なんだよ、娯楽が少ないのは良いことだよと考える遥。しかし、ピンときた。娯楽が少ない昔は冬にどうなったかを。
「もしかして、蝶野さん、新しいお子さんができましたかな?」
「はい。最近の妻は食欲がなく悪阻らしいので………」
ほうほうと頷く。なるほどね、娯楽が少ない冬。昔の時代は冬の季節に子供を妊娠する女性が多かったとか、そんな話を思い出した。ナナがそっぽを向いているのも納得した。
「それはおめでとうございます。それならば産婦人科に赤ん坊のための無菌室なども必要ですな。なるほど、たしかに病院が必要だ。しかし………」
ちょっとこれは予想外だ。シムなゲームでは子供が冬に増えますなんて、生々しい表現はなかった。だから、病院が必要だとは思わなかった。警察は必要だと考えていたが。一ブロックごとに警察署を置いて犯罪ゼロにしようとしたが、ゲームとは違い人が足りなかったので、断念したおっさんである。ちなみにゲームではリバーシのように警察署と消防署を作りまくって維持費で破産した経験がある。
そして、病院も全く同じ理由が発生する。即ち人が足りないのだ。圧倒的に足りない。大体、スキル関係だと何を取得すればいいんだ? 治癒念動も万能薬もあるから、単に医師をやるスキルなんて、どう考えてもいらない。
これは迷うなと腕を組んで唸る。それを不安そうに見ている三人。三人とも同じ考えにいきついたのだろうことは明らかだ。人が足りないのである。
「医者の伝手はあるかね? 産婦人科の医者だ。少子化となり産婦人科の医者はかなり減ったと認識しているが」
崩壊後は少子化なんて関係なくなっているのだろうか? 生存本能が働いたのだろうか? どちらにしても妊婦が多そうで対応に困る。
「こちらには一人だけ産婦人科の医者がいた。女性の医者だ。だが、それだけでは足りないだろう?」
豪族が困り切った表情で言ってくるが、遥的には助かる返答であった。一人でもいるのであれば話は早い。
「それならば専門的でなくても仕方ない。看護師を雇うしかあるまい。病院の建設も許可しようではないか。その医者を中心に動くしかない。医療用機械を多数置いて医者の忙しさの軽減に努めよう」
建設レベル8の病院………、いや、それだとなんだかヤバイ香りがする。おっさんはこれまでの経験からそう思う。改造人間とか生まれそうな予感がする。なのでレベル4あたりの病院を建設しようと決める。きっと超電導病院とか名前がつくに違いない。
「話は決まった。すぐに準備をしよう。私はいったん帰還する」
話は終わったので帰ることに決めた。ちょっと疲れたよ、これは。市民からの要望イベントは厄介だねとゲーム気分で帰宅するおっさんであった。
◇
話し合いが終わり、広大な基地にある豪邸に戻る遥。色々考えなければいけない。
リビングルームにてゆったりとしたソファに座り寛ぎ、遥はメイドたちに相談することに決めた。何をどのレベルで作るか。これから人材の手配はどうすればいいか?
即ち、面倒な計画は全てメイドにお任せスタイルである。どうせおっさんが考えると碌な結果にはならないし。
「なるほど………。産婦人科ですか。レキ様と私の子供………。きっと可愛い子供ですね」
頬に手をそえて、でへへと笑って妄想する銀髪メイドの返事がこれである。いつものごとく役に立たない。
「そうですね。マスターと私の子供の名前は何にしましょうか」
ウットリとした可愛い表情を見せながらナインも同様の答えをしてきたので、サクヤとあんまり変わらないかもしれない。
「あ~、こほん、子供の名前は後にすることにして、問題は病院と学校の建設なんだよね」
困り顔の遥。ちょっとちょっと、ちゃんと考えてよ。私は考えないからと他力本願極まりない。あと、恥ずかしい。
その言葉で妄想にトリップしていたナインが戻ってきて、愛らしい笑顔を遥に向ける。誰もが見たいと思う微笑みだ。
「メディカルスキャナーを設置しましょう。建設レベル4の病院ならばメディカル系が使えます。使用時間が長いことが欠点ですが、特に今回の場合は問題ないと思われます」
おぉ、そういう頼りになる言葉を待っていたんだよと、嬉し気になるおっさん。おっさんの嬉し気な微笑みは需要はない。
「メディカルスキャナーでしたら、あらゆる状態異常を検知します。スキャンまで10分はかかるのが欠点ですが。それとオートロイドも設置しておきましょう。小さい柱型のトーテムロイドですが、いくつもある腕にて患者への対応もばっちりです。メディカルポッドはいざというときのためだけに置いておき、通常は使用不可にしておきましょう」
自信ありげに伝えてくるナイン。褒めて褒めてと瞳が言っているので、頭をナデナデする。いつもさらりとして艶やかで、いつまでも触っていたい感触だなぁと思いながらナデナデすると、その手に擦りつけるようにナインも頭を押し付けてくるのでエンドレスナデナデとなる。
「でも、そんなマシンだと味も素っ気もないですよね。大丈夫ですか?」
イチャイチャしている二人へと珍しくまともな意見を言うサクヤ。退屈そうに絨毯の上でゴロゴロと寝っ転がり始めている。特に興味はなさそうで、疑問を口に出しただけという感じだ。
遥もナデナデをやめて、腕を組み考える。
「素人看護師よりは全然ましなんでしょ? 病院に付属したマシンなんでしょ?」
「はい。トーテムロイドは病院設置タイプなので、看護師ともいえるマシンです。………でも、たしかに姉さんの言う通りです。患者へ安心感を与えることはできないでしょう」
考えながらナインが答える。そして遥の膝に頭をのせて横たわり、こちらを見てくる。ナインの体温を感じながら遥も考える。このメイドは可愛すぎる。
全く別のことを考えてしまうおっさんであるが、仕方ないだろう。美少女が膝に頭をのせてきたら、それだけに集中してしまう。
「でも、考えていても仕方ない。緊急の用件だし贅沢は言ってられないだろう。病院と学校の建設は決定だ。それぞれにツヴァイを一人ずつ常駐させよう。メディカル系のマシンなら機械操作スキルが活躍してくれるだろう?」
機械操作スキルは汎用すぎるスキルだ。運転や電子操作よりは劣る能力だが、汎用なので使い勝手が良い。
「そうですね。機械操作つきのツヴァイなら問題ありません。それでは建設を開始しますか?」
ナインの答えに満足して遥はレキぼでぃへ交代をしようとする。だが、膝にのっているナインが邪魔だ。凄いもったいないけど、どいてもらおうかなとナインへと声をかけようとするが、
スースーといつの間にかナインは寝ていた。気持ちよさそうに可愛い寝顔を見せながら。
まじかよ。今まで話していたよね? 寝つき良すぎない? いや、絶対に狸寝入りならぬ、美少女寝入りだよね?
寝ている演技だとわかるが、頭を僅かに動かしたり、俯けになり膝の間に顔を突っ込んできて危ない体勢になったり、華奢な腕を足にあててくるので幸福過ぎて動けない遥。うぐぐ、謀ったなナイン。でへへと鼻の下をのばして喜んでいるので、怒っていないことは一目でわかる。
金縛りと相成ったおっさんであった。そうしてしばらくは動けないので建設が延期されたのであった。




