95話 ゲーム少女と砂漠の民
崩壊したビルの中で砂に埋もれ始めたオフィス。並んだ机や様々なPCや書類らしきもの。壊れた蛍光灯が天井から外れかかりぶら下がっている。既に窓ガラスは壊れて存在せず、ビルの外壁はそこら中で大きく削り取られ、外の様子が丸見えであった。
その崩壊したビル内で遥は人々の話を聞いていた。
「もう天皇家はいないんですか?」
少し眉を上げて、声音を多少大きくして生存者たちの話を聞いて驚きの表情になる遥。
天皇家を中心とした生存者コミュニティがあると思っていたのだ。ゲームならそんな感じになるはずであるとゲーム脳な遥は思った。
きっとコミュニティの真ん中に宮殿があって、御簾の後ろに天皇陛下がおわして、ゲーム少女はその御簾の前でヘヘッーと頭を下げるところまで予想していた。考え方が漫画小説を見過ぎなおっさんである。
「そうよ。まだ車やヘリが動く最初の頃に、生存者に直ぐに救援隊を送るので頑張って下さいと声をかけてから、ヘリで移動していったわ」
叶得は憤懣遣る方無いと言った表情で話してきた。
「その後、すぐに車もヘリも動かなくなったわ。私たちは皇居に立て籠もって救援隊を待ちながら暮らしていて、一ヶ月も経過した頃かしら? 突如皇居が地震で崩れて丘ができたの。オアシスができたのよ」
「そして俺らは周辺が砂漠になるのを指を咥えて見ていたってわけだ」
隣の叶得の父親が話を続けてきた。不信感が一杯でありこちらを怪しむ態度は隠そうともせずに、ジロジロとゲーム少女を見ながらである。
この可愛い美少女レキをそんな目つきで見るとはと、ゲーム少女は文句を言いたかったが状況的に怪しさ爆発である。仕方ないだろう。
「オアシスはどれくらいの人々が住んでいるんですか? どうやって食料の確保を?」
確か皇居はかなり広い敷地だったはずだ。東京の一等地にあるのに、東京駅周辺よりも広かったと思う。だからこそ、そこが安全地帯となれば、かなりの人々が生き残っているのではないだろうか?
「大体五千人程度かしら? 前はその倍以上いたんだけど、都内を脱出して安全な場所を探しに行って、二度と戻ってこなかったり食料調達で死んだりで、かなり減ったわ」
肩をすくめて悲しむ風もなく叶得は語ってくる。人がいなくなるのがもう当たり前過ぎて無感動になっているのだろうか。
「そんなことより!貴方、えっとレキだっけ? レキは東京都に入ってきた人間なの? 本当?」
レキの肩を掴み、顔を迫らせて凄い形相で詰め寄って叶得は質問してくる。
「はい、私はここの北東地域から来ました。都内がどうなっているか調査をするように上司から指示を受けたのです」
眠たそうな目つきで平然と、ちょっとお使い行ってきてと言われた感じを出して遥は答える。
「貴方みたいな子供が? こんなに危険な場所に?」
疑いの表情が晴れない叶得。ジロジロとキツそうな目つきでゲーム少女を見る。見た目は日差しを防ぐためのフード付きマント。リュックにアサルトライフルらしきものを持った小柄な愛くるしい少女にしか見えない。他の人々も同じような表情を浮かべている。
まぁ、そうだよね、レキは美少女だし子供に見えるし無理はないよねと遥は思いながら答える。
「私はこれでも優秀なエージェントなのです。財団でも調査できるのは君しかいないと言われました」
えっへんと子供がやるみたいに平坦な胸を張り両手を腰に当てて、自慢するように周りの人々に伝える。
へー、そうなんだ、凄いねとこちらから目をそらして褒めてくる叶得。何だか可哀想な子を見たような感じを出している。周りの人々がコソコソと小声で、哀れなこんな子供を騙して危険な調査に向かわせたのかと話しているのが聞こえた。
「でも貴方を助けて良かったわ。貴方は外から来たんでしょう? 外はどうなっているの? やっぱり砂漠だらけなの? 生存者はいるの?」
私が来たのだから、生存者がいるに決まっているでしょうとは思ったが、はっきりと言葉にして聞きたいのだろうと思い教えてあげる。
「砂漠なんて、この都内だけですよ。外にも危険なミュータントが徘徊していますがここまで酷くないです。私の財団を含めてコミュニティはいくつかありますよ」
小首を傾げてニコリと愛らしい表情で笑顔を見せる遥。既にレキよりも表情などは使いこなしているおっさんである。
それを聞いた叶得はバッと勢いよく山賊へと顔を向けて得意そうに非難するように話しかけた。
「ほら!私が言った通りじゃない!こんな過酷な場所は都内だけだったのよ。外は普通なんだわ。都内がドームに覆われているだけなんだわ!」
遥の話した内容を叶得は何だか自分に都合の良い聞こえ方をしたようである。確かにそんなアニメ見たことあったなと遥は思う。あれはドームに覆われた都内と外が時間の流れが凄い違った話だったはずだ。
「落ち着いてください。外も充分に過酷ですよ。生存者は殆どいませんし」
両手を掲げて、どうどうと落ち着かせるように叶得に伝える。
それを聞いた叶得はキッと、強く遥を睨んできた。
「嘘よっ! 本当は外は皆無事なんでしょう? 都内に入れないだけで、普通の生活をしているんじゃないの!」
あぁ、この人は話を聞かないなぁと思いながらも、遥は平静な表情で相手を落ち着かせるように返答した。
「何か勘違いをなされているようですね? 確かにここよりは酷くありませんが、それでも危険な場所になっていると話したはずです。既に政府は無く自分たちで何とか生活をしている状況です」
何とかどころか、崩壊前より豪勢な生活をしている遥は語った。嘘では無いよね? 私以外は大変だものと内心で思うゲーム少女。
「うそ……。政府すらない? 自分たちの生活でいっぱいいっぱいなの?」
遥の言うことが信じられない表情で叶得が恐る恐る確かめてくる。
「はい、皆さんミュータントを恐れながら苦労して、ほそぼそと暮らしていますよ」
頷いて肯定する遥を見て叶得は怒鳴った。
「嘘つき! だって貴方の服は凄い綺麗じゃない! 肌だってシミ一つ、日焼けすらしてない! 外の人はぬくぬくと生活をしているんじゃないの?」
頭を抱えて耳を塞いで、首をイヤイヤと振りながら座り込み泣き始める叶得。大分ショックなのがわかる。確かに汗をかかないし、日焼けもしない。ホクロすらない。リキッドスーツもゲーム仕様のために汚れても直ぐに綺麗になるのだ。そう言われると改めてチートな美少女だと思う。
そんな叶得の肩をポンポンと優しく山賊が労るように軽く叩き立ちあがらせる。そして遥の方を見て軽く頭を下げた。
「すまない。娘は都内だけがこのような状況であり、外は何とか都内に救援隊を送ろうと頑張っていると、ずっと信じていたんだ。だからこそ君を見て自分の考えが正しいと思ってしまったのだろう」
あぁ、それはショックだね、ちょっと悪いことを言ったかなと遥は思うが、どうせ直ぐに知ることになるんだから別に良いだろうと開き直ることにした。
「そろそろ日が落ち始める。夜になるとここは昼と比べ物にならないぐらいに危険な場所となる。まずは私たちの所に来るのが良いだろう」
未だに泣いている叶得を抱き寄せながら山賊が言ってきたので了承する。夜の生き物も興味があるが取り敢えずは良いだろう。何気に崩壊後での初めての外でのお泊りである。わくわくするゲーム少女であった。
「ピピーっ! 門限の時間が近いです。レッドカードです、ご主人様!」
そんなわくわくの遥をサクヤが笛を吹きながら止めてきた。どうやらレキの外泊はNGらしい。困るゲーム少女である。ここで帰宅はしたくない。最低でもファストトラベルできる場所を確保したいのである。あの鉄サソリのエンカウントが異常に多い場所はスルーしたいのだ。
「ちょっとだけ、ちょっとだけ拠点を見たら直ぐに帰宅するから、ね? いいでしょ?」
サクヤに両手を合わせて許してもらうための言い方が完全に子供が外で遊んで遅くなる言い訳なゲーム少女であった。
◇
ようやく気を取り直した叶得を連れて、山賊団は壁際まで移動してきた。崩壊してボロボロであり、外壁のコンクリートが大きく穴が空いている箇所に昨日見た砂いかだがくくりつけてあった。
「この砂漠では朝と真昼、そして夜は嵐のような風がこの辺は吹くのよ」
立ち直ったらしい叶得が教えながら、砂いかだをくくりつけてあったロープを外している。他の人々も周りを警戒しながら砂いかだのロープを外していた。
「その風でこんなに大きないかだが動くんですか?」
昨日見た時から、多少の風でこの大きないかだが動くのが少し不思議だったのだ。
それを聞いて、フフンという表情になり胸を張り自慢そうに叶得は言ってきた。尚、この子は貧乳であった。今まであってきた中で、レキに匹敵しそうである。なので胸を張ると哀しさをもよおした。まぁ可愛いから問題ないと思うが。
「何か哀れみの視線を感じるわね。貴方も仲間でしょう!」
どうやら胸の視線には敏感らしい。珍しく王道を行く貧乳少女である。そしてレキは貧乳で良いのだ。可愛らしいちんまりした小柄な少女は貧乳が良いと思う遥である。
「まぁ、いいわ。この辺の風はかなり凄いけどね、それ以上にこの帆に理由があるの」
砂色の帆を指差して偉そうである。ただのボロい帆にしか遥には見えないので疑問の目を叶得に向ける。
「これはね、風コウモリから採取したの。風を受ける力を何倍にも上げるんだから! 凄いでしょう? 私が、見つけて作ったのよ!」
やけに自慢すると思ったら、この少女が作ったのかと納得する。それは自慢もするだろう。そしてここのミュータントはモンスターなんちゃらゲームみたいに素材が取れるのかと少しわくわくする。
おっさんがモンスターをハンターするゲームをやったのは最初に販売された時だけである。プレイヤースキルは必要だし、もうおっさんなので友人と一狩りいこうぜ! とかもできなくてソロでやっていて、早々に詰まって飽きたのであった。以降シリーズになり会社の同僚が始めて、おっさんを誘ってきても苦手意識がついてしまい、ついぞ後のシリーズは買わなかったのだ。
それが現実でもできるとなると、ワクワクドキドキものだと心を躍らせる。いつもマテリアルで何でも作っているはずのおっさんは思ったのだった。
「でも夜は本当に危険なの。化物も格が変わるし、種類も豊富にでてくるわ。夜になりかける夕方に私たちは帰還するのよ」
褐色少女は意外と親切な模様。ゲーム少女に色々教えてくれて助かる。それか、外から来た人間が余程珍しいのだろう。以降も色々話しかけてくる。
「おしゃべりはおしまいだ。出発するぞ。乗り込め!」
山賊の合図で皆が飛び乗る。勿論ゲーム少女も飛び乗る。木を重ねたボロそうないかだである。砂トカゲの突進であっさり砕け散るだろう。でも叶得は得意顔であるし、苦労して作ったことがわかる。
見れば見るほど、よくこんな物で移動できると感心してしまう。人々だって、頭にターバンを巻き、長袖の革でできた貫頭衣である。まるで映画の世界に入ったようだと感動する遥。核戦争後に生き残った人々みたいだ。
常に童心を忘れないゲーム少女であった。
ロープを外された砂いかだはガタンと音を立て、ギシギシと軋みながら壊れたコンクリートから落ち始めた。
20メートルはあるビルから落ちていき、ジェットコースターみたいである。
「わぁぁ、これは凄いですね!」
直ぐに落ちるかと思った砂いかだは突如吹き始めた強風に煽られて、その帆をパンパンに膨らませる。6メートルを辺とした正方形の帆である。
五人の人間が乗るいかだなんて普通なら落下間違いなし。後には地面に赤きシミが残るだけだろう。だが、この帆は超常の力を持っているらしい。あっという間に空を駆け始めた。
ギシギシといかだが軋む中、遥は大喜びである。こんな経験ができることがあるとはと小躍りしそうな輝く笑顔を浮かべていた。キャッキャッと笑いながらそれを行うと周りもそれを見て、庇護欲を喚起させ口元を綻ばすのであった。
「楽しそうに見えてなによりね。貴方、普通じゃないわ。普通なら皆、怖がって乗りたがらないもの」
はしゃぐゲーム少女を見ながら、呆れた表情で肩を落として叶得が話しかけてくる。
「何か貴方を見ていると警戒したり不審がっている私が馬鹿みたい」
「こんな経験ができるとは思いませんでした。ありがとうございます、叶得さん」
はしゃぎ輝く笑顔で砂いかだを楽しんでいるゲーム少女を叶得は優しそうな目を宿し返答してきた。
「全く仕方ないわね。貴方には聴きたいことがたくさんあるわ。今日は私の家に泊まりなさい」
親切だし、優しそうな目をするし、どうやら彼女は現実では嫌われるだろうツンデレ属性をもっているらしい。ツンデレはアニメや漫画だとたまに見るが現実ではただただウザいだけだろうと思う遥だ。友人がなかなかできそうにない少女である。
砂いかだはびゅぅびゅぅと風を受けてサボテンの生息帯の頭上を飛んでいく。オアシスももうすぐ見えてくるだろう。
周りを見ると暗くなってきており、砂の中から色々な生物が這い出してきた。どうやらここのミュータントは核戦争後の世界観に相応しい化物になったようだ。
蜘蛛みたいな脚を生やすバレーボールみたいな怪物。ニョロニョロとミミズみたいなのも出てくる。全部二メートルはくだらない大きさである。
空を見ると星が煌めいており、その中に飛び始めた目玉に羽が生えているやつや、蛇に羽が生えているやつがいた。
確かに夜の敵は違うみたいだ。鉄サソリのエリアもこうなのだろうかと考える。そうだとしたらえげつない敵がいそうである。
「オアシスにはね、滅多に化物は入ってこないの。だからこそ私たちは生き残っているのよ」
目を細めてオアシスを見ながら叶得が教えてくれるが、気になる内容である。
「滅多に? たまに入ってくるのですか?」
砂トカゲでも倒すのは大変そうなコミュニティである。どうやって倒しているのだろうと疑問に思う。
「あぁ、滅多に無いわ。最近は徐々に増えてきているのが気になるんだけど……」
何だか気に入らないような表情で、嫌な人のことを語り始める叶得。
「私たちには政府の特殊エージェント、超能力者がいるのよ。だからこそ生き残っているの」
はぁ〜とため息をつき、嫌そうに続けてくる。
「まぁ、お姫様気取りで。人の食べ物を略奪する最低な娘だけどねっ」
その言葉を聞き、私は映画の世界に入ってしまったかなと、超能力者という聞き慣れた言葉を聞いて首を捻る、何だか面白そうな予感がし始めるゲーム少女であった。