静動
お馴染みの“月曜真っ黒シリーズ”ですが、今回初のSFです。
「金田候補の死亡状況と支援者の中毒状況から推定すると事故当時、金田候補の周りは1%を超える一酸化炭素濃度で周辺の1600ppm(0.16%)とは大きく異なる物と思われます。これは検死報告と市民病院からの情報で間違いのない事と思われます」
『“改革派のホープ” 自陣での突然死!!』
センセーショナルな見出しで地方紙の社会面を飾った事件は守旧派の市長の勝利と共に忘れ去られた。
自らが強力に後押ししていた再開発地区での演説中での突然死……ネットでは謀略説が囁かれたが、『特定のターゲットを狙って高濃度の毒ガスを送り込む』と言う細工など、廃屋化しつつある野ざらしの小学校の朝礼台には施しようもない。
ただ病理所見は、鮮紅色調血液や鮮紅色死斑があり、CT で淡蒼球の萎縮と限局性低吸収減が見られる事から一酸化炭素中毒死と判定された。
しかし、この結果については、記事にはならなかった。
忖度があったのかもしれない。
だからと言って(だからかもしれないが)公園緑地整備課の非常勤職員の私がその『後始末』の任に当たるのは、いくら地縁血縁のコネづくりの為と言っても荷が重すぎる……
だって私は……園芸高校を卒業しただけで……半年前まで、東京はアキバの“本場の”メイド喫茶勤めだったのだから。
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「サキチャはべっぴんだから!」地元ではまだこの様に言われたりもするが……“使い物にならなくなって都落ち”したこの私を……親が“七光り”を使って市役所へ捻じ込んだ先が公園緑地整備課だった。
そう言えば中学時代、同級生の邦夫くんの裸を“偶然”見た事がある。
暗がりの中、お尻だけが白く輝いていてまるでホタルみたいで……確かに私もJK時代はこんな風に“剝き出し部分”が真っ黒だったけれど……せっかくお金と時間を掛けて東京でクリーンアップしたこの肌も今や“過去”へ逆戻りしている……
『もう現場検証はないから現場の後処理をしてこい』と上から言われて……
とにもかくにも私はすっかり日焼けしたこの顔にナッパ服を着こみ、件の校庭へで草刈り機を持ってやって来た。
金田候補が亡くなって夏も終わり、再開発計画も白紙に戻った。
中央から遠く離れた狭い町の事だ。少ない予算は守旧派の温床の水道事業へ回された。
まさしく『夏草や兵どもが夢の跡』で……金田候補が倒れた跡はセイダカアワダチソウが生い茂っている。この草の特徴である“アレロパシー”によるものだろうか。草刈り機のエンジンを掛けると黄色い花の群れの中からミツバチが飛び立った。
「そうか……この花は虫媒花。今は盛りのこの時を刈り取ってしまうのは少し酷かも」
心の中の一瞬の逡巡と草刈り機の甲高い音が相まって頭の中で破裂して……
私は薄れゆく意識の中でかろうじて草刈り機のスイッチをストップへ押しやった。
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金色の髪が頬にザラリと触れて私の意識は体から半身引き起こされた。
今見ているのは私の目?それとも心? 分からないし焦点も合わずはっきりしないのだけど……どうやら白人の女性らしい……私の肩を掴んで引き起こしたのは
その女性が私に語り掛ける。
「もし、その草刈り機を何もしないで持って帰ってくれるのなら、あなたに時間を差し上げましょう」
「どういう事です?」
「他の仲間は言います『すべて同じ様に処分せよ』と。でもあなたが行った逡巡分だけ、私も逡巡する事にしたのです。私を踏みつけながらその台に上がって喚いていた人間の様にあなたを刈り取ってしまうのは造作もない事ではありますが」
そう言われて……
シートから零れ落ちた金田候補の腕の赤い死斑が私の脳裏に蘇る。
「でも金田候補の死因は一酸化炭素中毒だったはず……」
「そう、私がやりましたの。いつものお日様の力にほんの少し手を加えて。
草木はね、よくやるのですよ。自分には無害でも近寄って来る者にはとても有害なプレゼントをお渡しする事を」
私の……学生時代のホコリ塗れの知識から類推するとこの“ひと”は光合成のカルビン・ベンソン回路の改変を行ったらしい。凄く荒っぽい言い方をすれば二酸化炭素CO2からOを1個外したのが一酸化炭素なのだから……
「いったいなぜそんな事を?」
「私も同じ問いをしますわ。あなた方はなぜ私達を不用意に殺すのですか? もはやそれは本来の生物の領分を越えているというのに。他を駆逐する性質を私達も持っています。 それは単体では無く群としての意志です。そうやって自らのテリトリーを広げる事は生き物の宿命のひとつではありますが、どうやら(群としての)私は人間を駆逐する“種”を母なる大地から受け取った様です。つまり人間は母なる大地から完全に巣立ちするか、私達によって死滅させられるかのいずれかなのです」
「そんな!! 50年前ならいざ知らず、今の人間は自然環境にそこまで酷くはないはず!!」
「それは、あなたの考えの中だけの話。 私とて、この“種”を受け取ったのはどこでなのか分からないのです。あなた達の言う“草の根”の様に、伝わっていって“行使できる力”として私に花開いた。そしてこの花を私は伝え拡げて行くのです。 そんな動きは世界中のあちこちで起きていて、現にここ数年、あなた達もウィルスどもに苦しんだでしょう?」
「でも私達はパンデミックを克服しつつある。それが人間の叡智だから」
「では、増え過ぎたあなた達人間が、その狭い種族間でお互いを死滅させることなく“人間の叡智”でもって、私達と戦えばよいのです。これはその宣戦布告です」
「そんな!!私はただのちっぽけな存在です!!世界なんかとても動かせない!!」
「私だって、今、あなたの周りを囲んでいる小さな群れでしかないのですよ。“草の根”を使ってその意思を伝達していく事は私もあなたも変わりない。だからこそ私は、あえてあなたをこの場では刈り取らないのです。私の“草刈り機”を使わないのです」
目が覚めると黄色い花粉が頬のあちこちにくっ付いていた。
私は投げ出された草刈り機を掴んでずるずると後ずさり、その場から一目散に逃げ出した。
他の案はドス黒過ぎてボツ!!……結局残ったのがこのお話でした(-_-;)
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