つれないあの子は、貴族家メイド!?
「ねぇ玉城さん、ウチらこの後、皆で課題やってからカラオケ行こうって話してたんだけど、玉城さんも一緒にどう?」
「あ……ごめんなさい。 今日はバイトがあるから――」
授業が終わったばかりの講堂。
あちらこちらで似たような内容が飛び交う中、俺は斜め前の席でされている会話に、全力で耳を傾けていた。
「そっかぁ、また玉城さんの歌聴きたかったんだけど、バイトじゃ仕方ない……また誘うね」
そう言って、玉城さんに声をかけていた女生徒は、残念そうに――
とても残念そうに――
背後に“ガーン”の縦線が見えそうなくらい、本当に残念そうに去って行った。
そんな様子を横目で窺っていると、不意に玉城さんと目が合ってしまう。
睫毛の長いパッチリした目を、不機嫌そうに細めながら、『何見てんの?』とでも言いたげにこちらを一瞥した後、さっさと荷物を纏めて、講堂を出て行ってしまった。
俺と彼女の関係を、一言で表すなら『知り合い以上、友達未満』……になるだろうか。
「大和、お前、やっぱ嫌われてるんじゃないか?」
「うるさいよ。 俺もちょっと思ってるよ」
基本的には、誰とでも、分け隔てなく接しているハズの玉城さんが、俺にはどことなく冷たい。
そのため、周りの友人からも『お前、何やらかしたんだよ』等と、苦笑いされる始末。
だが、誓って何もやらかしていない――ハズだ。
いや、1つだけ、心当たりがなきにしもあらずなのだが、あの時にした“約束”は全力で守り通しているので、関係はない、と思う。
「まぁ、いいや。 お前が嫌われてても、俺には関係ないし。 あ、今日この後――」
「傷つくから、そう言うのは思ってても心の中にとどめとけよ! ――今日は用事あるから無理だ」
「えぇー……しゃあない。 他の奴誘うか……」
背後に“ガーン”の縦線を背負っているかのように、肩を落としながら去って行く友人を見送り、荷物を纏めた俺は、大学の最寄り駅から電車に乗り込んだ。
列車に揺られる事、約半時間。
とある繁華街に下り立った俺は、暫く駅前のゲームセンターで時間を潰した後、“予約”の時間に合わせて、もはや通い慣れた道を目的の場所へと向かう。
細い路地を抜け、正面の小高い丘の上に見えてきた、立派な西洋風のお屋敷が目的地だ。
そう……お屋敷である。
もういっそ、俺のような庶民からすれば、宮殿とでも言いたくなるような、立派なお屋敷で――
当主である“ディザネスト侯爵”の元に、執事やメイドが数多く仕えていて――
連日、他の貴族を招いての食事会などを行っている――
――と、言う設定の、コンカフェである。
そう、コンセプトカフェ。
ほら、メイドカフェとか有名でしょ?
要するにここは、貴族ごっこするカフェなわけだ。
ちなみに、外観だけでなく、内装も相応に拘ったものになっており、“ディザネスト(由来は“Desire,Honest”らしい)”と名乗るだけあって、店主の“設定”への力の入れ方が異常だが、客としてはその方が楽しめるので、それはそれでイイ。
「当家へのアポイントはございますか?」
「あ、はい。 ヤマト・アイカワです」
門をくぐり抜けて玄関に向かうと、大きな扉の両脇に立つ警備兵の1人から、予約の確認をされる。
名前を名乗ると、もう1人が館の中に入っていき、暫くすると、執事が出てきてこちらに恭しく一礼した。
「御待ちしておりました、アイカワ子爵閣下。 まずは控え室へご案内いたします」
どうぞ、と促されるまま、玄関をくぐってすぐにある控え室へ通される。
“控え室”と呼ばれているが、実際は更衣室兼ロッカールームで、ここで手荷物をロッカーに入れて、用意されている貸衣装から服を選んで着替えるのだ。
「えっと、子爵用はこの辺の衣装だから……今日はこれにするか」
黒を基調にシルバーの刺繍が施されたジャケットを羽織り姿見で整えたら、準備万端。
控え室から出ると、さっきの執事が着こなしのチェックをしてくれて、おかしな所があれば直してくれるのだが――
「よくお似合いです。 では、こちらを、失礼いたします」
――どうやらちゃんと着る事ができていたらしい。
特に手直しされる事無く、胸元に名前の入ったバッジを付けてくれる。
「ありがとう」
「いえ、これも仕事でございますので。 では閣下、本日は広間とテラス、どちらになさいますか?」
相変わらず、凛とした態度を崩さない執事さんに、惚れ惚れしながら、少し頭を悩ませる。
立食パーティー風にバイキングを楽しむ広間も良いが、子爵に陞爵されてから選べるようになった、半個室のテラス席もゆったり料理を楽しめるから好きなのだ。
……それに、今日は――
「――今日は、テラスでお願い」
「かしこまりました。 では、2階へどうぞ」
促されるまま、2階への階段を上がると、壁が一面ガラス張りになった向こうに、小さな花壇が見える席が、パーテーションに区切られていくつも並んでいる。
その内の1つに案内され、促されるままに席に着いた。
「本日のメニューはこちらです。 お決まりになった頃、ご注文を伺いにメイドが参りますので、その者にお申し付けください。 それでは、ごゆっくりお寛ぎ下さいませ」
それだけ言うと、執事は深々と頭を下げてから、音も無く去っていく。
いや、ホント、毎回思うけど、ここのスタッフ、教育が行き届きすぎじゃない?
さておき、今は注文するメニューを決めないといけない。
相変わらず、どれも美味しそうだが……よし、今日は、これに――
「お決まりですか?」
「……あ、うん。 この、牛タンハンバーグで」
「かしこまりました」
注文を聞くと、軽く一礼して離れていくメイドさん。
入れ替わるようにして、別のメイドさんが控えてくれる。
いや、だから、ここのスタッフ、教育が(以下略)。
ガチの貴族家からスカウトしたんじゃないかとすら思えてしまうが、さすがにそれはないだろう……ないよね?
今でこそ『どうせもう来てるんだろ?』って思えるようになったが、最初の内は本当に飛び上がるほど驚いていた。
だって声をかけようとした瞬間には、音もなく近づいてきていて、声をかけられるのだ。
メイドに扮した忍者なのかと、小一時間程問い詰めたくなる。
クラシカルなメイド服の中に、様々な暗器が仕込まれていたり、バッと脱いだら忍び装束だったりしても、『やっぱりか』って思えてしまいそうだ。
そんな事を考えながら、チラリと控えてくれているメイドさんに視線を向ける。
「………………」
この店のメイドさんは、無駄口を一切叩かない。
普通の接客業なら基本である笑顔も、ここでは滅多に見られない。
なんせ、ここはコンセプトカフェだ。
当主が招いた他家の貴族と、平民のはずのメイドが、無闇に会話を出来るわけがない。
声をかけられれば速やかに対応し、必要最低限のやり取りに徹する。
――プロである。
ちなみに、貴族扱いされるからと言って、メイドさんに不埒な真似をしでかそうものなら、速やかにディザネスト侯爵が現れて、厳重注意――酷い場合は出禁になる。
なぜって?
貴族にとって、自家のメイドは所有物。
要は――
『貴族ともあろうモンが、格上貴族の所有物に手ぇ出してんじゃねぇよ』
――って、事らしい。
ホント、どこまでも徹底されている。
その分、従業員はとても気持ちよく仕事が出来るのだとか。
そんな事をボーッと考えていると、一人のメイドさんが、カートを押しながら近づいてきた。
「お待たせいたしました」
一礼した後、メインとなるハンバーグ、ライス、スープ、サラダ、そしてワイングラスが手早く配膳される。
紙ナプキンをつけて貰いながら、ドリンクを聞かれたので、『赤』と答えると、ワイングラスには綺麗な赤色のブドウジュースが注がれた。
ちなみに、『白』と言った場合はリンゴジュースである。
アルコールはトラブルの元になりやすいから、一切出さないらしい。
――それにしても。
「うん。 相変わらず美味しいよ、ア……アリサさん」
「……ありがとうございます」
一瞬、眉をピクッとさせたものの、ほぼ表情を変えずにそう言って、一礼する玉城さん。
ここで最初見た時に、ビックリしすぎて思わず、名札の名前ではなく『玉城さん』と呼んでしまった時は、射殺されそうな視線を頂戴する羽目になり、慌てて言い直したモノだが、あまり関わりの無かった異性を、下の名前で呼ぶのも中々に慣れない。
「………………」
「………………」
そのまま、無言で食事を終えて、デザートをいただきながらも、ついつい俺は玉城さんの事を考えてしまっていた。
この場で冷たい対応なのは、仕方ない。
他のメイドさんでも同じなので、仕事なのは分かってる……。
ただ、玉城さんには大学でも何となく冷たくされてるせいで、本当に嫌われてるんじゃないかと不安になってしまうのだが、その割には、俺が店に来ると、避けられずにいつも対応をしてくれるから、尚更混乱してしまうのだ。
――まぁ、お互いに“弱味”を握られてるようなもんだし、仕方ないのかもしれない。
初めて店で出会ったあの日。
仕事が終わった玉城さんを、夕日に照らされる最寄り駅で待ち伏せしてまでお願いした“約束”。
今考えれば、あの時の“約束”から、玉城さんの大学での態度が変わったような気がする。
『俺があの店の常連な事、誰にも言わないで!』
『なら、私があの店で働いてる事も、誰にも言わないで』
俺は、一見さんを表す“準男爵”や、『何回か来てる』の“男爵”どころか、ハードリピーターの証である“子爵”になれる程お店に通ってる事を、知り合い等に隠すため。
玉城さんは、『コンカフェでメイドしている』事自体を、周りに隠すため。
大学では、お互いに名前と顔を知ってる程度だった俺達が、秘密を共有する関係になった瞬間だった。
別に、それがキッカケで、二人の距離が近くなって行き――な~んて、物語みたいな展開を期待してたわけじゃなかった。
いや、ちょっとくらいは、期待もあったけど。
正直、住んでる世界が違う、とか勝手に思ってた相手だったから……。
そりゃ、そうでしょ?
片や、周りには隠しているが、バイトで貰う給料から、生活費や貯金に回す分を引いた残りを、ほぼ全てヲタ活に費やし、週に何度もコンカフェでの貴族ごっこに勤しむ“隠れオタク卿”な俺。
片や、容姿端麗、成績優秀、人当たりもよく、友達も多い、カースト上位者な玉城さん。
コンカフェのメイドだったと言うのが発覚した事で、少しだけ親近感が湧いたのは事実だが、正直大学では、用がなければ話しかけるのも憚られる。
一方で、そんな玉城さんの秘密を、自分だけ知ってるって言うのも、ちょっと優越感が―
「――あれ?」
そこまで考えて、チラッと玉城さんが居た辺りを窺うと、そこには別のメイドさんが立っていた。
「どうかなさいましたか?」
「あー、いや、さっきと人が変わったなぁ、と思って」
「彼女はご主人様より、別の仕事を仰せつかりました」
――あ、このパターン、前に他の貴族から聞いた事がある。
たしか、勤務時間が終わったって意味だったはずだ。
「あー、そうなんだ。 じゃあ、えっと――カズミさん、今日も美味しかったです。ごちそうさまでした」
「ありがとうございます」
丁寧な一礼の後、「ではこちらへ」と促されるまま一階に降りて、再び“控え室”へと、案内される。
着替えを済ませ、ロッカーから荷物を出したら、【お帰りはコチラ】の看板がある出口へ。
そこで会計を済ませ、数人の執事やメイドに見送られるようにして、館を後にする。
時刻は17時前。
もう少し遊んでから帰るかなぁ……等と考えながら駅に向かった俺は、駅前で電話をしている玉城さんの姿を見つけた。
「私がどこでバイトしてようが、お父さんには関係ないでしょ? ――だから、飲食店だって言ってるじゃん。 もう切るよ――はぁ……」
「えっと……お疲れさま?」
捲し立てるように電話を切って、深いため息。
そんな様子を見て、つい声をかけてしまった俺に、玉城さんは驚いた顔を見せた。
「相川君……さっきの、聞いてた?」
「いや、まぁ、その……ゴメン」
いつも大学で向けられる、不機嫌そうなジト目で見つめられて、咄嗟に謝るが、次の瞬間、彼女は“ふふっ”と笑って、柔らかい表情になる。
「こっちこそゴメン。 結構声大きかったよね。 聞こえて当然」
「家族にも内緒にしてるんだね、メイド」
「うち、結構口うるさくてさ――」
そう言って語られたのは、彼女の家庭事情だった。
小さい時から、習い事とかであまり遊ぶ時間が取れなかったこと。
中々自分の好きな事や、やりたい事が出来なかったこと。
大学に入って、独り暮らしを始めても、度々連絡が来ては、食事の栄養バランスがどうのだとか、バイトはこう言うのにしなさい、みたいに言われること、etc.etc……
「あはは……相当ストレス溜まってるね」
「ホントよ! あー、思い出したらまたイライラしてきた!」
そう言って地団駄を踏む玉城さん。
普段、明るくニコニコしてるイメージが強い――俺にはなんか冷たいけど――玉城さんの、違った一面が見れた気がして、ちょっと嬉しくなってしまう。
「あ、そうだ! 相川君、この後暇?」
「え? まぁ……適当にゲーセンにでも行こうかと思ってただけだけど」
「じゃあさ、ちょっとストレス発散に付き合ってよ」
――俺的には衝撃のお誘いを受けて、やってきたのは、2駅ほど移動した場所にあるカラオケボックス。
「――♪︎♪︎――♪︎♪︎――♪︎♪︎♪︎――♪︎」
玉城さんの歌を聞くのは初めてだったけど、彼女の友達が「また聴きたい」って言ってた気持ちがすごく分かる。
――めちゃくちゃ上手い。
彼女が歌い終わったら、自然と拍手してしまうくらいには、聞き惚れてしまった。
「めっちゃ上手いね」
「そうかな? ありがと、相川君も入れてね」
そのまま、特に会話もなく、交互にガンガン歌っていく。
歌謡曲、アイドル曲、アニソンと、久しぶりにガッツリ歌った気がする。
時間も忘れて歌いまくっていた俺達だったが、ふと気になって、ドリンクバーから戻ってきたタイミングの玉城さんに――
「――ねぇ、玉城さん?」
「ん? どしたの?」
――思いきって聞いてみる事にした。
「今日、誘ってくれてありがとう。 俺、実はさ、玉城さんに嫌われてると思ってたんだよね」
「あぁ……その、バイトの事とか知られちゃって、お互いに内緒にしようって話ししたでしょ? だから、周りから詮索されてバレたらって思ったら、みんなの前でどう接したらいいか分かんなくてさ」
――だから、別に全然、嫌いとかじゃないよ。
「なんだ……よかったぁ」
「そんなこと気にしてたんだ」
いや、そんなことって……
「玉城さんが俺にだけ冷たいから、それこそ周りからの詮索がスゴかったんだよ。 『お前、玉城さんになにやったんだ!』って」
「あー、それはゴメン。 お詫びに、ここおごるよ。 さ、そろそろ行こっ」
苦笑しながら、伝票を持って立ち上がる玉城さんに倣って、部屋を出た俺達だったが――
「あれ? 玉城さん――と、相川君?」
――不意にかけられた声に、思わず揃って硬直する。
「え? 待って待って、どう言うこと? もしかして、二人、付き合ってたの?」
――ドリンクバーのコップを片手に、フリーズした俺達に駆け寄ってきたのは、授業終わりに玉城さんをカラオケに誘ってた子だった。
「「付き合ってない!」」
咄嗟に言った言葉が、完全にハモってしまう。
「息ピッタリじゃん」
「いや、ホントに付き合ってないんだって! ねぇ、相川君?」
「そうそう、たまたま会ったから、一緒に入っただけで――」
うん、嘘は言ってない。
実際付き合ってはいないし、たまたま駅で話した後、玉城さんのストレス発散にご一緒しただけだし。
「ふ~ん。 まぁ、いいけど~。 じゃあまたねー」
そう言って、彼女は納得してなさそうな顔のまま、ドリンクバーがある方へと消えていった。
「「……はぁ……あはは」ふふっ」
どちらからともなくため息を付いて、それが何となく、くすぐったく感じてつい笑ってしまう。
会計を済ませて店を出ると、辺りはすっかり暗くなっていて、街灯やネオンでキラキラしていた。
「今日は付き合ってくれてありがと」
「こっちこそ、誘ってくれてありがとう」
そのまま数瞬の沈黙。
そして――
「じゃあ、またね、相川君」
「うん。 またね、玉城さん」
――それだけ言って、互いに背を向け歩き出す。
以前、互いの秘密を共有した事で、少しだけ変わった、二人の関係。
それが、また――少しだけ変わった瞬間だった。