嘘を一つ、吐きましょう。
誤字直しました。ありがとうございました。
直していない部分に関しては、わざとの表現になります。
婚約が、決まってしまいました。
嫌だと、どんなに泣いて縋っても、覆らない。それが運命だというならば――――
覚悟を決めることに致します。
嘘を一つ、吐きましょう。
身を守る為の嘘。
周囲を欺く為の嘘を一つ。
そして、擬態をするのです。
王子様。わたくしの、婚約者となる王子様。
「貴方は、大切な方です」
と、微笑みながらそれだけを言って、余計な口は一切噤むことに致します。
そう、全てが終わるまでは――――
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学園で、特別な女子生徒に溺れる王子様とその側近達の噂を聞きました。
わたくしはただ、そんな現状をどうにかしようと思ったのです。
貴方は、大切なのですから。
その結果……
「愛されてもいないクセに、想い合っている二人を引き離そうとする、傲慢で滑稽な婚約者」
そう、皆に嘲られてしまいました。
そして、わたくしへ王子様から婚約破棄を突き付けられる――――
その前に、彼らの企てていた計画が発覚。大人達に即座に叩き潰されて、全てが失敗に終わり――――
わたくし達は、婚姻を結ぶことになりました。
当初、周囲の大人達が意図していた思惑とは違った形で・・・けれど、婚約破棄はならず、ある意味では予定通りに。
卒業を待たずに、王子様とわたくしとの婚姻が早められてしまったのです。
そして、密やかな……いいえ、本当は恥を隠してしまいたいという思惑の透けて見える、お互いに婚姻届けに署名するだけの、誰も祝うことの無い結婚式が終了。
そして、王子様だった彼が、わたくしの家へと入ることになりました。
神妙な様子で、我が屋敷へ来た彼は――――
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「愛している。長いこと、君を待たせて悪かった」
いいえ、そんなことはありません。
「そうか・・・やはり君は、わたしのことを愛しているのだな」
戯れ言も機嫌取りの言葉も結構です。
――――よくある話をしましょうか。
物語ではよくある、とてもありふれた話です。
平凡だった娘が特別になり、王子サマに見染められて結ばれるシンデレラストーリー。
それはきっと……
「あれはっ、一時の気の迷いでっ」
そうですか。
「今は君だけ」
ああ、そういうのは結構です。陛下に、わたくしの機嫌を取るように言われたのでしょう?
「・・・」
図星ですか。別に構いませんけど。わたくし、あなたを愛してはいませんので、無意味ですが。
「え?」
なに呆けた顔をしていらっしゃるのですか?
わたくしがあなたを愛していないというのが、そんなに意外でしたか?
ハッ、なにを今更。
「だがっ、君はこうしてわたしと結婚してくれたではないかっ!?」
ああ、はい。婚姻は結びましたわね。陛下の命があったので。
「は?」
王命でしたからね。一令嬢であったわたくし如きに、王命が断れるとでも?
「なん、だって?」
ですから、王命ですわ。
わたくしが陛下へ婚約解消を願い出ましたら、貴方の婿入り先が無いとのことで、どうしても貴方を娶ってほしいと頼まれましたの。陛下から直々にお願いをされたので、お断りすることができなかったのですわ。
「そん、なっ……」
下賜、という体を取ってはいますが……
ほら? 平民に入れ込んで婚約者を蔑ろにした挙げ句、冤罪を掛けて貶めようとして、けれどその前に計画が潰されて、公平さの欠片も無い、王族の適性が無い、恥晒しだと露呈しても、親は子のことが可愛かったようですわ。
「わたしを侮辱するかっ!?」
侮辱? いえ、わたくしは単に事実を並べただけですけど・・・それが侮辱に聞こえたのでしたら、貴方の方に心当たりがある、ということではないでしょうか?
まぁ、別にそんなこと、どうでも宜しいではないですか。
「そんなことだとっ!?」
なにを激昂していらっしゃるのですか?
相変わらず、器が小さい。
「お前っ!!」
ああ、失礼。これも、どうでもいいことでしたわ。では、今後の生活に於ける決定事項を伝えます。
「今後の生活?」
ええ、これからの生活についてです。『決定事項』なので悪しからず。
決め事には従って頂きます。元王子とは言え、貴方は我が家へ降嫁して来たのですから。
まず、夫婦としての触れ合いは一切不要です。
「は?」
誰が好きでもない……いえ、むしろ吐き気がする程嫌いな男に触れさせると思いまして?
「ぇ?」
なにを驚いた顔をしているのです? わたくしが貴方なんかを好きになる筈が無いでしょう。先程から申しておりますように、王命なので仕方なく……
ええ、本当に、心底から嫌で厭で厭で堪らなくて、貴方との婚約を解消してくれと、父にも陛下にも泣きながら縋りましたが、それは叶いませんでした。
「お前は、俺のことが好きだから大切だと言って」
ああ、単なる義務です。臣下として、王族の婚約者として、悪い虫を払うという務めを果たしたまで。まぁ、それは果たせませんでしたが。
「彼女は虫じゃないっ!?」
ああ、そうですか。大切なのは、貴方自身じゃない。王子であるという貴方の身分で、一応の礼儀を通しておりましたが・・・まぁ、もうそれもどうでもいいですね。
とりあえず、貴方のことが吐き気を催す程には嫌いなので、せめてもの抵抗に、「無理矢理娶せるのでしたら自死を選びます。毒杯をくださいませ」と陛下に直談判したところ、貴方との婚姻は形ばかりのもので構わないとの有り難いお言葉を頂きました。
なので、わたくしが貴方とお話……いえ、顔を合わせるのは、今このときを以て最期と致します。
「な、にを……」
あら、喜んでくださらないのですか? 婚約していたときには、「あのような傲慢で、他者を見下すような冷血な女など、いっそ死んでしまえ」などと申していたではありませんか。
「な、なんで、それを」
なぜ知っている、ですか? 貴方、ご自分が何者だったのか、覚えていらっしゃらないようですね。ああ、だからこそ、こうなっているのですけど。
どんなに出来損ないで役立たずの頭花畑な馬鹿王子でも、貴方は王子、だったのですよ。貴方の言動が、他者に伝わらない筈はないでしょうに。
そういうワケですので、今後一切、顔を合わせることもありません。どうしても連絡しなくてはならないことは、使用人を通して頂ければ、返事をお返しします。
「パーティーとか、あるだろう! そういう、催し物の際のエスコートは、既婚者なら必須の筈だっ!?」
え?
「お前もっ、わたしがいないと困る筈だっ!?」
……いいえ? 全く、これっぽっちも、一切合切、わたくしが困ることはなに一つ存在しませんが。
「ぇ?」
というか、あれだけの醜聞を晒しておいて、まだ社交界へ出て行けると思っていることに、驚いてしまっただけです。
国王陛下の顔に泥を塗った貴方が、社交界に出られる筈も無いでしょう。そもそも、貴方は病気療養することが決まっています。学園も、卒業しなくていいのだそうですよ。
「病気、療養……っ!?」
ええ。では、ゆっくりと養生してくださいませ。
ごきげんよう。
「なっ!? わたしは病気などではっ」
誰か、彼を離れへ連れて行ってちょうだい。彼は病気なので、丁重に扱うのよ。
「な、待て、わたしは」
彼は病気で譫言を繰り返しているだけです。彼の言うことは気にしないで。
さあ、早く休ませてあげましょう。ゆっくりと療養して頂かなくては。
「い、嫌だっ、助けっ……」
バタン、とドアが閉まると同時に、耳障りな声が遠くなる。
はぁ・・・漸く、息が吐けました。
あとは・・・白い結婚による離縁の申請が通るのを待つだけ、ですわね。
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
ああーっ、クソ長かったわーっ!!
ヘっ、バーカバーカっ!!
あたしがお前みてぇなクソ野郎を大切に思うワケねーだろっ!?
あたしが一番大切なのはあたしだっての!
お嬢様擬態なんざやめやめっ!
ったく、馬っ鹿じゃねぇの? 逆ハールート失敗で、バッドエンドまっしぐらじゃない。
幾らヌルゲーとして有名で、逆ハールートも他のゲームより難易度が低いと評判のゲームだとしても、今のここは現実に存在している世界だってのっ!?
どう責任取ってくれんのかしら? あのヒロイン。
ちなみに、逆ハールート失敗のバッドエンドは、製作陣のシャレなのかなんなのか……攻略対象全員が、ヒロイン以外と結婚するというバッドエンド。結婚のメアリー、もしくはメリーバッドエンド。通称、結婚エンド。
メリバじゃねぇよっ!? 他の女に現を抜かして、無理矢理だか、やむを得ない事情だかで別の女と結婚とか、どんな修羅場! 地獄の結婚生活だよっ!? という意見があった。マジ、それな。
それで、逆ハールート失敗の時の、あのクソ王子の結婚相手が、あたしだったというワケだ。
一応、気付いたときから色々と足掻いてみたものの、このザマだ。割り食わされる方の身になってみろってのよ、全く。
ま、これから、大変な目に遭うとは思うけど、それは自業自得・・・って、もしかしてヒロインこの状況を狙ってたっ!?
ぁ~……まぁ、二次元なら画面越しでいい男、駄目なところが許せたりもする。むしろそこがいい、的な人はいると思う。けど、それがリアルで……見ていれば見てる程、粗やら難がぽろっぽろどころか、てんこ盛りでわんさか出て来れば、そりゃ幾ら顔が良くても、一生付き合ってくのは無理だわ。
そんな男共に、攻略対象の人数分付きまとわれてたら、「お返しします!」とか「熨斗付けるんで誰か貰ってください!」ってなるかも。
そっかー。今考えりゃ、クソ王子共に囲まれてるとき、あたしが忠告しに行くと嬉しそうな顔して、あたしがあっさり引くと、悲しそうな顔してたのは、攻略が進まないせいじゃなくて、クソ王子共がガチで迷惑だったから……だったのかもしれない。
クソ男は要らん、引き受けてくれ! って思ってたの、ちょっと悪いことしたかも・・・
さて、それじゃあ、あのクソちょろ王子……いや、元王子か。と縁切りするまでの間、好き勝手に過ごすとしますか。
どうせ親父(陛下)の手前、生かさず殺さず離れに押し籠めて飼い殺しにしときゃそれでいいだろ。
あー、なにしよっかな~♪
クソ共を迷惑がっていたヒロインと仲良くしてみるのもいいかもね。
あれこれ我慢してた分、色々楽しまなきゃ!
というワケで、『嘘を一つ、吐きましょう。』終わりました。
エイプリルフールにちなんで、嘘を題材に話を書いてみたら、なぜかこうなりました。なんでだろ?
まさかのヒロインとんずらエンド。(笑)
ちなみに、令嬢が吐いていたのは「貴方は、大切な方です」という嘘。令嬢の擬態が嘘になるかは別問題ということで。(笑)
読んでくださり、ありがとうございました。
感想を頂けるのでしたら、お手柔らかにお願いします。
『最期と致します。』という表記は、今後死ぬまで顔を合わせない、という意志表示なので『最後』ではなく『最期』としています。
『親父(陛下)』という表記はルビのミスではなくて、王子の父親という意味です。