8. 鋼メンタルおひとりさま
フェリクスが広場を後にしたのを見届けてから、服を雑多に積み上げている露店に向かう。その中から適当に選んで買い、幌のかかっている露店だったので店内奥で着替えさせてもらった。サービスで端布をもらい、ざんばら髪を上の方で纏めて縛って、眼鏡は外して襟に掛けた。
(は~チュニック楽~。計らずもグッズはこれでゲットやね!)
次は腹を満たすべく露店を巡る。まずは汁物。ゆるいお粥みたいなものを買い、その場にあったテーブルで食べる。次は、ごろっと野菜をスパイスで煮込んだもの。カレーみたいだ。その場で立ち食いする。
あとは落ち着いて食べたかったので、何の肉か分からない焼肉串3本と、穀粉を茹でて練ったでかい団子みたいなものを買って、それぞれ両手で持って移動する。イベント会場から少し離れた植え込みのブロックをベンチ代わりにすることにした。でかい団子を口に入れて片手を空け、脇に挟んでいた服を植え込みの上に広げて乾かす。
準備万端、あとは食べるだけ。
「いただきまーす!」
団子を主食、串を副食代わりに交互に食べ始めた。
(うまうま♪)
遠くからまた違うジャンルの音楽が聴こえてきて、人々の矯声や歓声も聴こえる。祭りの雰囲気は上々だ。この世界に友達はいないけれど、ひとりでも私は楽しめる。目の前を通る仲の良い家族や夫婦や友達同士は見ていて微笑ましい。今日は幸せがいっぱいだ。
「ずいぶん旨そうに食べているな」
「!」
少し離れた横にフェリクスが座っていた。
「……いらしたのですか(ななななんでいるんだ)」
「ああ」
「待ち合わせにはまだ早いかと。お食事はどうされたのですか(急に来んなやぁぁ! ビックリするだろうがぁぁ!)」
「どこも人が多くて面倒くさくなって戻ってきた」
フェリクスはさりげなく近づいて座り直し、私の手にある串に視線を向けた。まだ1本目を食べているところで、残り2本は手付かずだ。
「……良かったらどうぞ」
もちろん推しに渡す。貢ぐことに迷いはない。お腐施は大事だ。
「意外と旨いもんだな」
咀嚼しながら小声で感想を言う彼を見て私はほくそ笑む。
「そうですね(そうでしょー?! こういう場で食べるからこそなんだよ! わかる?!)」
それから特に会話が盛り上がることもなく黙々と食べ、祭りを眺めていたら帰る時間になった。
「帰る前に着替えてこい。それと、髪も元に戻しておけ」
「は、はい! (やっべ忘れてたわ)」
事情を察してくれるフェリクス。推しの優しさに触れたことも今日の幸せのひとつかもしれない。
着替えて元に戻った私とフェリクスは、来たときと同じように馬車に乗り、それぞれの我が家へ帰宅した。帰路でも相変わらずたいした会話はしなかったけれど、なんだか少し仲良くなれたような気がした。
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それからはたまにご相伴に預かるようになった。
フェリクスが声をかけてくれるのである。寮生に親切な寮長さん。さすがにディナーではないけれど、軽食でも豪勢なので嬉しい。
それに、立ち入り禁止だった庭園を立ち入り許可してくれたのも親切な寮長さん。自由に歩き回れるようになったので、私はたまに散歩したり東屋で勉強したりしている。
今日もお茶にお呼ばれされて庭に来た。
最初呼び出されたときは「また脇役への試練が始まるんか!」と戦々恐々としたが、来てみればお茶会の相手で拍子抜けした。
でも、完璧に準備されたティーセットを平民ごときが平らげていると使用人の方々に知られたら非難轟々になるので、言いくるめて内緒にするようフェリクスに頼んだ。しかも、顔を見せろと叱られたとき私が言い淀むと、使用人を下げてくれて、これからもフェリクス以外の人の前では顔を出さなくて良いと許可された。
フェリクスは基本優しいイケメンなのだ。
こうして、私が相手のときは誰とお茶するかを内密にすることと、使用人がいるときは顔は出さなくて良いことの二つの条件を取り付けた上、美食堪能するという破格の待遇を勝ち取った。
「そういえば、服を買ってやると言っておいて買ってなかったな」
「自分で買ったのがあるから問題ありませんよ」
「そうじゃない。正装だ。ちゃんとした服を買え」
「僕には不要では?」
「そうやって油断していていざ必要になったときに困るだろうが」
友達ポジに近いのではと思うほどには話せるようになっている。結局その日は服要る要らない論争に終始した。
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