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7. 服装はTPOと季節感だけ合わせとけ

 やってきたフェリクスは一言、

「なんだその格好は」


 コート、ウエストコート、ブリーチズというスーツ姿のフェリクスは、私にドン引きしていた。


「……国から支給された服ですが」

「だろうな」

「……僕の一張羅なんですが」

「そうなのか」


(ダメなん?! 他のなんて作業服しかないよ?!)


 白い目で見られる束の間の気まずさよ。


「はぁ、仕方ない。早めに入って早めに出よう。あとで服を買ってやる」

 やれやれと溜め息をついてから、フェリクスはさらりと馬車に乗り込んだ。早く乗れと促された私も、短い足を伸ばして馬車に足を掛け、ヨイショォっと車内へ体を入れた。


 初めての馬車。学校で騎馬は散々習ったけれど、馬車は引いたことがない。御者の操作は大変に興味深い。見えないのがもどかしい。推しと二人きりで緊張するものの、特に盛り上がる会話もなく、時間は過ぎていった。


 到着した場所は、まるでイベント期間中のディ○ニーパークのようだった。馬車内で聞いたところによると、毎年夏は祭りが長期間開催されているそうだ。これは是非とも参加したい。しかし悲しいかな、今日は歌劇場が私たちのメイン会場である。


 フェリクスのあとに続いて私もエントランスに入り、大階段を上って、また階段を上って、バルコニーに通じるドアを案内人が開けると、そこには瀟洒な小部屋があった。目の前からステージのほとんどが見える良席で、ソファとスツールが鎮座している。


(映画館のプラチナルームがせいぜいの私には過ぎた贅沢ねぇ~)


 特に盛り上がる会話もなく開演を待ち、やがてオーケストラの楽団員とコンマスが入場した。演奏が始まり、歌手が入場したほぼ初っ端から、私は推しの存在も忘れてすっかり魅入ってしまった。


 ********************************


「楽しめたか?」

「はい。おかげさまでとても楽しめました(本場のオペラなんていい経験だよ最高だよ!)」


 手短にお礼を言い、それからまたフェリクスのあとに続いて劇場を後にした。迎えの馬車はまだ来ていないようだ。祭りが気になる。


「祭りが気になるのか」

「……あ、い、いえ(なぜ分かった)」

「時間はあるぞ。このまま街で軽く食事を済ませるつもりだったからな」


 食べてから帰る予定だから馬車が来ていないのか、と納得する。それなら。


「では、お時間があるのでしたら(行きたい行きたい行きたーい!)」


 街ブラ開始となった。


 ブラついていると、この世界のことが改めてわかってくる。実感してくる。チラチラと物の値札を見ながら物価を確認し、すれ違う人の服装や持ち物から所得格差を想像し、売り物になっているグッズから一般的な技術水準を予測した。今日は歌劇が開催されていたので、庶民はもちろん紳士淑女も街で多く見かける。雑多で素敵な異国情緒。


 治安は悪くない。これなら、馴染める。いざというときのために、見たもの聞いたものは記憶しておこう。いざというときなんて来てほしくはないけれど。


 進んでいくと、無駄に広い場所に着いた。あまりに広大で、向こう側の露天は何を売っているのか見えない程。レンガ舗装されているところもあり、植え込みや植木もあり、噴水もあり、ちょっとした勾配には階段もあり、なかなかに先進的な広場だ。広場の周囲には露店商が出店していて、広場内では大道芸人や楽団が披露している。この広場が祭りのメイン会場らしい。


 その中でも、派手に音楽をかき鳴らす一団と、水魔法を使った芸人がコラボしている区画が目についた。先程見た歌劇とは異なるラテン系の音楽。


(ライブしとるやん。夏フェス開催やん!)


「あの楽団に興味があるのか」

「……あ、はい。……すみません。あれだけ行かせて下さい(あれだけでいいから!)」

「濡れるから俺は行かないぞ。上着は脱いでいけ。」

「はい。ありがとうございます」


 フェリクスが上着を預かってくれると言うので遠慮なく持ってもらい、私はフェス会場へと走った。フェスといってもごく小規模で、走ったと言ってもすぐそばだし、ステージは階段を利用しているだけの低さだ。でも、途中参加では一番前に行けないくらいに観客は多かった。


 知り合いなんてこの場には誰もいない。眼鏡をカチューシャ代わりにして前髪を上げる。水がかかると眼鏡は無用の長物になるから丁度いい。周りに合わせて手を上げて掛け声して軽く飛び跳ねる。曲は全然知らないしロックではないが、雰囲気はフェスと同じだったので私はノリにノッた。盛り上がる度に水が降ってきて、前にいる子供たちはワーキャーと騒ぐ。

 充実した時間だった。

 最後に、楽団の前に置いてある入れ物に小銭を入れ、眼鏡を装着して前髪をさっと直してから、元の位置に戻った。


「ずいぶん濡れたな」

 フェリクスが上着を渡しながら呆れた様子で私を見る。

「……すみません。お待たせしてしまいまして」


 本当に服が濡れているので、私はある良案を思い付いた。


「あの……、この格好ではお店に入れませんし、僕は服が乾くまでこの辺にいようと思います。フェリクス様は食事へ行ってください」


「おまえはどうするんだ」


「僕はこの辺で何か適当に買って食べますので(バイト代散財するぜぃ!)」


「……」


「どうかお気になさらず(あ、お祭りグッズとかも欲しいかも。季節限定!)」


「わかった。では二時間後に落ち合おう」


 別行動の許可を得た。さあ、ここからが祭りの本番だ。

読んでいただきありがとうございます。毎日更新頑張ります。


ほのぼの回はもうちょっとだけ続きます。

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