18. ファビュラスな変身のあとで
続きからはミナトが語り部をします。
もし正体がばれたら私は王都からも出ていかなければならないというのに、フェリクスは呑気なものである。所詮は他人事ということか。
それでも推しからお願いされたら叶えてあげたくなってしまうのが腐女子の性。惚れた弱みにつけこんで無茶振りするとか、とんだ小悪魔男子である。
しかも美味しいスイーツ付きと来たものだから、駆け引きまで巧い。私は試されているのだろうか。
「一度だけですからね(次はカタラーナを食べよう)」
こうなったら一世一代の名演技で切り抜けてやる。
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その日の私は朝から忙しかった。
起き抜けにフェリクスの寝室からネグリジェのまま連れてこられたのは、隣の空き部屋。フェリクスの部屋と同じような広さで、おそらく夫婦で使う対となる部屋なのではないだろうか。
そこのソファセットに座って待つように言われ、しばらくするとフェリクスが3人のメイドを伴ってやって来て、私の身支度を命じてから、部屋を出ていった。
部屋の中にはハイクオリティなドレスと、傍らのテーブルにはジュエリーボックスが置いてある。靴はあんまりヒールが高くなくて助かった。それでも私にとってはハイヒールだけど。
「お嬢様、こちらへどうぞ」とパーテーションの向こうのドレスの方へと案内され、おとなしく従う。長い時間かかってドレスアップが終わると、次は長い時間かけて髪のセットアップと顔のメイクアップを行った。
メイドの方々はプロフェッショナルだったので、支度が終わったあとに少しだけマナーを習おうと訊いてみた。彼女たちは親切に教えてくれ、歩き方、挨拶、座り方を懇切丁寧に実践形式で私に指導してくれた。
申し訳ない。私はお嬢でも何でもないのにこんなことをさせてしまって。お礼を言い終えると、彼女たちの一人がフェリクスを呼びに行った。
「綺麗だ。よく似合っている」
同感である。我ながらこの体の才能には感嘆である。
「あ、触らないでくださいね」
フェリクスが頬に手をやろうとしたので、「化粧が落ちるから」と止めた。それに、今日のスカートはマキシ丈なので、躓きやすく、抱き寄せることも禁止した。ちょっと残念がっているフェリクスに、今日はエスコートだけお願いした。
「そういえば挨拶する時に何て名乗れば良いですか?」
「ミナ……、ミーナでいいんじゃないか」
「単純ですね。ばれませんかね」
「俺が間違えてミナトと呼んでしまうことを懸念してのことだ」
「それなら最適解です。間違えられるよりいいです」
などと打合せながらエスコートされ登城する。
城ではすれ違う人みんなにじろじろと見られたけれど、潜入するときは堂々とするのが映画やドラマでは鉄板なので、すまし顔でまっすぐ前を見て歩いた。フェリクスという共犯者もいることだし心強い。
フェリクスが案内したところは城内の応接室のひとつだった。
先に入室して二人で待っていると、しばらくしてウィルフレドがやって来て、使用人に下がるよう命じた。室内には私たち三人だけになった。
まずはフェリクスが私を紹介する。
「ウィルフレド王太子殿下。お初にお目にかかります。私はミーナと申します」
教わったばかりのカーテシーを披露し、演技を開始した。正式なカーテシーはできないので簡略式だけれど、これが精一杯である。
それからフェリクスとウィルフレドが話し、私はボロが出ないように口を挟まず聞く。
ウィルフレドから席に着くように促され、これまた教わったようになるべく音を立てないように座り、さっとドレスの皺をなくすよう手で整えた。
(お嬢っぽく見える? ばれてない? よね?)
そんな心配を余所に、ウィルフレドの話は私の予期していたものとは全く違うものだった。相対したウィルフレドは一呼吸置き、私に向かって断言した。
「率直に言おう。フェリクスとは別れてもらいたい」
「は? そういう話をするつもりで呼び出したのか?」
フェリクスにも青天の霹靂だったようで驚いている。
「王族には王族の、平民には平民の生き方がある。君はフェリクスの妻として共に支えていけるだけの覚悟と力量と後ろ楯はあるのか?」
「ミーナを責めるな。彼女を選んだのは俺だ」
「そうだ。フェリクスの酔狂で申し訳ないことをした。出来心だったと思って、この場は君の胸に納めてもらえないだろうか。後程こちらから誠意は見せよう」
(誠意)
「そういう話ならもう話すことはない」
「フェリクスにはきちんとした相手を見繕うことを私が責任を持って請け負う。彼のためを思うなら身を引いてくれないか」
「……かしこまりました」
私は頷いた。
「は?!」
「フェリクス様の為ならば私は何でもいたす所存です。ましてやそれがフェリクス様の未来に繋がる幸せならば喜んで」
これは本心である。いつまでもフェリクスの側にいられないことは分かっていた。あと半年後にはこの国を出て果てへと行くことが決まっている。身辺整理をせねばなるまい。
「そうか、それは助かる。誠意については出来る限り叶えたいが……大金貨5枚でどうだ」
「私にお金は不要ですわ、殿下。誠意につきましては、私が困った時に助けて頂く、というのではいけませんか。それも一年以内という期限付きで、一度だけで構いませんの。何も犯罪を揉み消せなどとは申しませんわ。ただ、殿下に『助けて』と言える権利があるだけで、私は生きていけると思うのです」
「分かった。約束する」
もし果てへ行くチャンスに恵まれなかったらこの権利を行使しよう。保険は掛けておくに限る。ウィルフレドは約束を守る男なのだ。
「ミナ……ミーナ! 君は何を言っているんだ。本気なのか」
「本気ですわ、フェリクス様」
フェリクスの手の上にそっと自分の手を置き、彼に囁く。
「あとでお話があります。お時間頂けますか」
こういう時にはちゃんと相手をフォローしないといけない。勝手に話を進めて、いい気分はしないからだ。フェリクスは渋々了承すると、もうこの場にはいたくなかったのか、早々に引き上げることになった。
「フェリクス。これ以上そのレディには入れ込むなよ。彼女は別れると約束したのだから、これからは君の私財もこちらで把握させてもらう。隠し立てしないことだな」
フェリクスは舌打ちして返事をせず、私を伴って応接室を後にした。
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「ファビュラス」は美香さんが恭子さんのことをそう表現していたのを思い出しまして。叶姉妹みたいなゴージャスさを醸し出したかったです。