17. 相談事に賄賂はつきもの
冬の終わり頃になると、仕事で城に泊まることを完全に止め、毎夜ミナトを部屋に招いて過ごす日々を送るようになった。今日も定時退勤を目指して業務を遂行している。
「フェリクス、ちょっと来てくれないか」
隣の会議室からアダルベルトが俺を呼んだ。彼は、出入国管理や戸籍などを扱う、いわゆる法務を担当している。今日は法律案の審査会議だった。
「フェリクスが出した法改正案について、ウィルフレドが採決できないとのことだ」
忙しい合間を縫ってちまちまと作成したというのに、早速のダメ出しか。俺は会議室へと足を運ぶ。
「何か不備でもあったか?」
「確かに、婚姻が両性の自由かつ完全な合意を基本において成立するというのは十分尊重に値する。人口増加の国策に結び付くし、革新的で先駆的だ。しかし、王族の婚姻については、現行通り国王の許可ならびに議会の承認が必要だ。当事者の合意はむしろ不要と言っても過言ではない。この『すべての国民は』の部分は変更だな。他の条項については概ね問題ないだろう」
「了解」
これで本会議は通りそうだ。第一段階はクリアした。が、婚約を成立させるためには時間が掛かりそうだ。特に議会の承認が。
会議は終わり、大臣たちがぞろぞろと出ていく。俺も執務室へと戻ろうとした時、アダルベルトが俺を呼び止めた。
「ところでフェリクス、ここのところずいぶん早くご帰宅だな」
「ああ。働き方改革したんだ」
「働き方改革の一環で使用人たちに暇を出したのか?」
「暇ではない。勤務時間の削減だ」
「そういえば商会を何度も自宅に呼び寄せて買い物しているらしいじゃないか。経費は削減しないのか?」
「必要物資を買っているに過ぎない」
そこでアダルベルトはニヤリとした。
「ドレスは必要なのかな?」
こいつに口を割った商家を出禁にしよう。
「何が言いたい」
「茶会の相手も、ドレスの相手も、誰も目撃したことがないなんて、かなり徹底しているじゃないか。この改正案を出してきたから思ったんだが、君の相手って結婚が難しい相手、もしかして平民とか?」
アダルベルトが核心を突いてきた。
「だったら?」と不快感を顕にすると「別に責めてるわけじゃないさ、俺はね」とアダルベルトは表情を緩めた。「まあ、頑張れよ」と俺の肩に手を置き、会議室を出てドアを閉めた。
俺を睨み付けるウィルフレドを残して。
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「というわけで、君をウィルフレドに紹介することになった」
あの後ウィルフレドに説教され叱責され追及され、とにもかくにも会わせろという話になり、この機会にミナトを認めさせれば一石二鳥と発想の転換をした俺は、こうしてウィルフレドと接見することをミナトに打診している。
ミナトは成績優秀なだけあって、高等部で貴族に囲まれていても臆さない。騎士としての立ち居振る舞いもできるだろう。何も知らない平民ではないのだ。礼を欠くことなく向かい合える確実性がある。
「いやです。絶対ばれますよね。ウィルフレド様は僕のことを知っているんですから。内緒にするという約束は反故にするつもりなんですね」
ガナッシュフランボワーズを自分の皿に取り分けつつミナトは俺を非難する。
「反故にする気などない。絶対に大丈夫だ」
「眼鏡の有無に関わらずフェリクス様は僕の顔をすぐ判別できたじゃないですか。同等の魔力を持つウィルフレド様も絶対分かってます。疑惑から確信に近付けないでください」
ガナッシュを一口食べて頷き、更にもう一口をフォークに載せながらあっさり断る。
「俺の場合は偶然知っただけなんだ。だからウィルフレドも分からない筈だ」
「偶然てなんですか偶然て。偶然分かるとかあり得ます?」
ガナッシュを食べ終え、次に食べる候補のお菓子を目で物色している。当然な疑問である。俺は魔力でミナトの正体を知ったわけではない。
機嫌を取るために、夜にも関わらず軽めのティーセットを用意してみたが、案の定な反応だ。
プロポーズはまだしていないので法案の詳細は言えない。俺の仕事の成果に協力が不可欠だと頼んだ結果である。
「特殊メイクでもするなら考えなくもないですが」
「もちろんそのつもりだ」
俺の浴室に用意された石鹸や香油を愛用しているミナトは、一段と艶っぽく綺麗になっている。入念なフルメイクを施せば、どこぞの貴族かと見紛うような淑女となるだろう。
完璧なフルメイクと髪のセットに衣装、それに選りすぐりのメイド3名を付けると約束した。
「一度だけですからね」
イチゴムースにシャンティを添えながらミナトは許可を出した。お菓子を用意したことが功を奏したようだ。
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今回はフランボワーズやイチゴのベリー系のお菓子にしました。ガナッシュは普通はクリームを指しますが、生チョコトリュフ的なものを想像していただければと思います。シャンティは、そのままでも食べられるホイップした生クリームのことです。