13. あぶない秘密の尾行作戦
俺が立ち去ると、彼女はしがない露店に入り、そこで何かを買って、店の奥に引っ込んでいった。後を追うか迷っていたら、やがて彼女が店先に現れた。刺繍の入ったチュニックを着て、髪をひとつにまとめあげている。店主に笑顔でお礼を言って手を軽く振る。
素顔を事前に見ていなかったら、彼女だと気付かなかっただろう。
(可愛い)
そう思ったのは当然俺だけではなかったようで、彼女はたちまち男から声をかけられる。
「ここ空いてる? 同席いいかな?」
「はい、もう食べ終わるんで空きますよ、どうぞ。それじゃ」
「ねーねー君今日一人できてるのー?」
「いいえ、二人で来ています。今食事中ですので。それじゃ」
「これから予定ある? 一緒にどう?」
「あります。これから待ち合わせて帰宅予定です。それじゃ」
小気味良く斬り倒していく様が実に爽快だ。恐らくは俺もこの男たちの一人なのだろうが、その時の俺はそんなことは微塵も考えていなかった。ただただ嫉妬に身を焦がしていた。
(彼女は俺のものだ。貴様らごときが声をかけるな)
彼女が食べ歩きをやめ、座れるところを決めた頃、我慢の限界に達した。少し離れたところに腰を掛け、彼女に声をかけようとする輩を睨んで追い払い、彼女を見つめた。
彼女はフムフムと妙に感心しながら食べ始める。「この肉は生姜に漬け込んで柔らかくしてんな」などと論評が白熱している。もちろんずっと独り言でだ。
「ずいぶん旨そうに食べているな」
「!」
思わず声をかけてしまった。彼女がギクッとこちらを見た。
「……いらしたのですか」
「ああ(びっくりしている顔も可愛いな)」
「待ち合わせにはまだ早いかと。お食事はどうされたのですか」
「どこも人が多くて面倒くさくなって戻ってきた(焦っているのが全然隠せていない)」
適当な言い訳を答え、また彼女を見つめる。
肉の脂で少しテカっている唇が妖艶に見え、体が勝手に彼女に近付く。
「……良かったらどうぞ」
せっかくなので差し出した串を受け取って食べてみる。旨いな、と言えば、彼女は「そうですね」と冷めた返答をするが、その顔は得意顔だ。自分が作ったわけでもないのに、そうだろう、そうだろうとも、とでも言いたげな表情で俺に笑いかける。
串を食べ終えたあとも俺が彼女を見つめていると、気が付いたのか、もうひと串手渡してきた。串を持つ彼女の手ごと掴んで、肉を一切れだけ食べた。
「あとはおまえが食べろ(手も小さい。可愛すぎる)」
自分の取り分を俺に取られなくてホッとしたのか、「はい」と冷めた返答と共に、安心した顔で笑って、俺の食べかけとは気にせず肉にかぶりついた。
食べ終えてからも彼女を見つめることしかできなかった。
転んだ子供がいれば心配そうにしたり、音楽が聞こえてくればリズムに乗って肩を揺らしたり、大道芸を見て小さく手を叩いたり、膝に頬杖をついたり、両足を伸ばして後ろに手をついたり、見ていてちっとも飽きない。
(君がほしい。誰にも知られない場所に君を隠してしまいたい)
魔石に閉じ込められていたから、手に入れたいものはずっと諦めてきた。そうしていつしか、何もかもどうでも良くなっていた。
でも、欲しい。
こんなにも渇望することはこの先ないだろう。それほどに俺はこの少女に執着していた。
馬車の迎えの時間が近づき、彼女に助言する。
「帰る前に着替えてこい。それと、髪も元に戻しておけ」
誰にも見せない。
彼女を知っているのは俺だけでいい。
ほの暗い感情を抱えていることを彼女に悟らせないようにして、俺たちは帰途についた。
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