12. 官僚はブラック寄りのホワイト
「はー……っ、まさかこの俺がデートを断ることになるとは……。おまえのせいだぞコンラド!」
「いやいや、仕事に真摯なミロなんてまたモテるだけだ。心配するな」
「モテない心配などしていない!」
土地の開発や産業の支援など、領地管理を行っている大臣の元にコンラドは所属している。対してミロは、国の予算案を作成したり税金を徴収したりといった財務関連の大臣の元にいる。
二人は、コンラドの資料作成をミロが手伝うという残業の毎日を過ごしていた。コンラドの作成した資料では稟議が下りず、予算化できなかったのである。ミロの助言を聞きながらコンラドは資料を作成し直していた。
「あーあー、週末は歌劇観に行こうとサプライズで席用意してたのになー」
ミロがコンラドを睨みながらチクチクと責め始めた。
「歌劇のあとはレストラン行って、祭りにも行きたかったのになー」
「うるさい黙って仕事しろ」
王太子の執務室に泊まり込むことの少なくない俺は、今日も城にいた。なぜか二人は王太子の執務室にいる。
(なんでいつもここがアイツらの私室扱いなんだ……)
俺は腹立ち紛れにミロから歌劇の権利を取り上げ、帰宅することにした。ミロは「なんで俺なの?!」と憤っていた。
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邸の玄関先に着くと、寮生の少年が学校から帰ってきたところだった。
面談で言っていた通り、いつも成績上位にランクインしていることは俺も知っている。そこで褒美代わりに歌劇でもプレゼントしてやろうと声をかけた。
「ありがとうございます。謹んでお誘いお受けいたします」
少年は丁寧にお礼を言うと軽いスキップで部屋に帰っていった。どうやら嬉しかったらしい。
翌日、少年の格好を見て俺は愕然とする。
高等部の制服だった。
これでは俺が弟の引率をしているみたいではないか。弟のティトより年上なのに弟より幼く見える少年。俺は子守りか。
聞くところによると、正式な場に来ていく服を持っていないとのこと。
「はぁ、仕方ない。早めに入って早めに出よう。あとで服を買ってやる」
寮を提供している責任者として、この程度の世話は義務か。ため息をついて馬車に乗り、歌劇場へ向かった。
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歌劇はよくある演目だったが、実力はある歌手のようで、大いに盛り上がった。カーテンコールの客との掛け合いも慣れたもので、アンコールを繰り返し、最後は盛大な拍手で幕を閉じた。
歌劇鑑賞のあとはまた王城へ戻って仕事なので、外で軽く食事をとってしまうつもりだ。それを聞いた少年がソワソワしている。そういえばミロが祭りがどうとか言っていたし、馬車の中で少年がやたらと気にしていた。
「祭りが気になるのか」
最初は遠慮していたが、時間を取れることを確認すると、祭りに行きたいと少年は申し出た。急いでいるわけではないので俺も付き合うことにする。
適当に町中を歩き回ったが、その間少年はずっとキョロキョロしながら後をついてきた。王都の祭りは初めてなのだろうか。まるで田舎者である。
広場に着いたとき、少年はある一区画に注目し、まるでそこが目的地であるかのように動かなくなった。それはひときわ人が集まっている楽団だった。水魔法使いの芸人が音頭を取っている。
遠慮がちな少年が行きたそうだったので、俺は気を遣ってやった。
「濡れるから俺は行かないぞ。上着は脱いでいけ。」
「はい。ありがとうございます」
少年は駆けていった。
(水は掛けられたくはないが、やはり暑いな。どこか木陰で待とう)
俺は預かった制服の上着を片手に、少年が夢中になった楽団の横の方に木陰があるのを見つけ、そこまで移動した。
そこで俺は想像だにしなかったものを目撃する。
少年の方に目をやると、そこにいたのは少年ではなかった。
瞳は翠玉のように輝き、頬をピンクに染め上げて興奮し、水が降ってきては黄色い声を発して、音楽に合わせてぴょんぴょんと飛びはね、笑顔を振り撒く少女がいた。
(女の子じゃないか)
俺はしばらく彼女に魅入っていた。目が離せなかった。
やがて音楽が止むと、俺は急いでもとの場所に戻った。タオルで子供を拭く親や、服を絞り始める若者がちらほらいる。彼女は髪の雫を払っていた。
彼女が戻ってくると、俺は何気ない風を装う。
「ずいぶん濡れたな(また元の冴えない眼鏡少年に戻っている)」
「……すみません。お待たせしてしまいまして」
上着を受け取るも、濡れた服の上からでは着られない。それを察したのか、彼女はおずおずと申し出をしてきた。
「あの……、この格好ではお店に入れませんし、僕は服が乾くまでこの辺にいようと思います。フェリクス様は食事へ行ってください」
冗談じゃない。彼女を置いて俺だけ食事などできようはずもない。
「おまえはどうするんだ(その鬱陶しい前髪を上げてくれないか)」
「僕はこの辺で何か適当に買って食べますので」
「……(君の顔が見たい。君のことをもっと知りたい)」
「どうかお気になさらず」
念を押す彼女に対し、俺は何も言えないでいた。
しかし、もしかしたら素の彼女が見られるかもしれない、と思い付いた俺は、彼女を尾行することに方向転換した。
「わかった。では二時間後に落ち合おう」
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