10. 先に謝る方が勝ち
(なんで? なんで入って来んの? バカなん?)
最初に来た感情は憤慨だった。でも油断した自分自身が一番の原因。次に来た感情は後悔だった。
友達ポジだからと浮かれていた。女装男子なんてやっている場合ではなかった。そもそも推しと仲良くなろうとしたのが間違いだ。私は勉強を頑張って目立たず年月を経れば良かったはずだ。私は脇役。身の程をわきまえなければならなかった。
よりによって騎士養成学校を管理する側の人に見つかったとなれば、退学は否めない。寮も出ていかねばならなくなるだろう。
呆気ない。積み上げるのは大変なのに実に呆気ない。
悔しい。
雑魚なりに頑張ってきたのに。今度こそストーリーに乗れると、乗ろうと。
(嫌だ。私は負けない。こんなところで諦めたくない。)
ドレスを胸まで引き上げ、ファスナーが開いたままだけれど、フェリクスの前まで行き、正座して上体を折った。
つまり土下座スタイルである。私は男子としての矜持を捨てた。
「ホンットすぃませんっしたぁぁ!!!!」
まずは謝罪から。誠心誠意、平身低頭、虚心坦懐に。こちらに落ち度がある場合に許しを乞うための、基本事項である。この謝罪の度合いで今後が決まる。小声ではなくきっぱり言明することがポイントだ。
「これには事情がありまして(過去にこれといった事情はないけど)」
「どうしても騎士になりたくて(取り立てて騎士になりたいわけではないけど)」
「騙すつもりはなかったんです(騙せる限り騙すつもりだったけど)」
涙のひとつでも流してみよう。私は顔を少し上げて彼を見つめ、瞳を潤わせながら懇願する。
「ここを追い出されたら行くところが無いんです。僕にはフェリクス様だけなんです」
泣き落としでどうにかなるとは思わない。しかし何もせずに諦める私ではない。恥も外聞も捨て、出来ることはなんでもやる。万に一つの可能性が見つかるかもしれない。その手掛かりだけでも。
「お願いです。何卒、何卒お慈悲を」
すると「女がそんな格好をするものではない」とフェリクスが自分の上着を脱いで私の背中を覆ってくれた。
「俺に出来ることがあるなら言ってみろ。力になれるかもしれない」
(万に一つの可能性ぃ!!)
「フェリクス様……。どうか、どうかお願いします……このことは誰にも言わないでください……」
泣き落としが有効と分かった私は作戦を続行する。
「僕で出来ることなら何でもします……追い出さないでください……ここを追い出されたら……僕……」
そこでグスグスと泣く。
「わかった」
(え? わかったの?)
「おまえが女であることは黙っていよう」
「……本当ですか……?!」
作戦が成功を納めた瞬間だった。
「女であればあの物置小屋では体が冷えて良くないな。今日からこの邸内に住むといい。部屋を用意する。使用人にも隠していたのは大変だったのではないか? ミナトが学校にいる間だけ来てもらうようにするか、いっそのこと通いの頻度を減らすか。そうなると俺たちの負担が増えるが、どうする」
「え? ええと、僕がいない間に来ていただければ問題ないかと……」
「ではそのように取り計らおう。部屋はそうだな、ゲストルームをあてがうが、今後も利用し続けるとなるとある程度改築する必要があるか。その間は今の部屋で我慢してもらうことになってしまうが……」
「いえ、邸に住まうなんて知られたら僕が困ります。部屋なんて用意しないでください」
「それでは俺の気分が悪い。誰かに知られるとまずいなら、いっそのこと俺の私室に居候すればいいな。人がひとり増えたところで違和感はないだろう。浴室もあるし利便性は高いぞ。もちろん今まで通りのミナトの過ごし方で構わない。」
(なにこの局。唐突に配牌良すぎじゃね?)
次々にやってくる良牌に、気分は清一色多面待ち状態である。どこでアガればいいのかがわからない。
「あの、なぜそこまで良くしてくださるのですか?」
「おまえが好きなんだ。男でも女でも関係ない」
まさかのバイ宣言。その設定は想定外。
「さっき何でもすると言っていたよな?」
蠱惑的な笑みを浮かべたフェリクスが、私の頬を両手で包んで目を合わせた。
「俺のものになれ」
これまで挙げられた条件を思い返す。
正体を知っても味方でいてくれる王族。周囲の使用人たちには絶対に遭遇しない。邸内に潜んでいることすら誰にもばれない。なのに邸内の施設は使える。そして何より、今まで通り学校に通える。期間はあと一年と少しと決まっている。
(今、私、聴牌ってるよね? アガれるよね?!)
「わかりました。僕、フェリクス様のものになります」
私は直ちにツモった。裏ドラの可能性を考えもせず、一声も鳴かずに。
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次回からはフェリクス側の事情をお送りします。
清一色は、一色だけで揃える麻雀の役です。色を混ぜて揃えてはダメです。
例えば、トランプだったら、同じスート(柄)で揃えるストレートフラッシュみたいなポーカー・ハンド(役)のことです。
多面待ちは、待ち牌が数種類ある状態です。例えば、二三四五六を持っている場合、
・一が来れば、一二三/四五六が揃う
・四が来れば、二三四/四五六が揃う
・七が来れば、二三四/五六七が揃う
でも清一色だと上述のような簡単な両面待ちではなく、持っている牌の組合せのパターンが分からなくなっちゃって、順調にテンパイまで行けないんです。アプリでやっても間違うくらい苦手です。
まー実際やるとこんな好牌ないんで心配する必要皆無ですけどね。