1. 死んで始まる人生もある
「今勢いよく頭打ったな」
「気絶したのか?」
「いや、目が覚めたぞ」
そんな乱暴な言葉を聞きつつ私は目をしばたいて徐に上体を起こした。頭が痛い。だが流血はないようで、頭を打っただけのようだ。眼鏡が割れていないことに安堵した。
しかし、安堵している場合ではなかった。
駅の階段で踏み外して後頭部を打ちつけたはずだが、ここは駅ではなく野外。会社帰りの終電だったはずだが、今は夜ではなく夕方。だだっ広い野球場みたいなところに私は倒れていた。
転んだきっかけの欠けたヒールは見当たらず、足首まで覆うボロい革靴を履いている。
傍らで声をかけていたのは、胴や前腕などを覆う装備を身に付けて木剣を片手に携えている少年たちだった。派手な髪色をしており、なかなかのルックスである。見るからにコスプレ外国人だ。
「気が付いたか。なら戻るぞ」
一人の少年が私に向かってぶっきらぼうに言った。
「は? なに? どこに?」
「……おい。大丈夫か?」
「あ、はい大丈夫です」
日本人はだいじょばなくても反射的に答えてしまうものである。
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(うむ。これ私間違いなく一回死んでんね)
おそらく私は階段でコケて死んだのだと思う。死んで転生した世界は剣と魔法のファンタジー世界。森には、腐海の蟲よろしく、魔物が棲息する。
日が良く当たる平野部は比較的安全なため、人々が集まり街が作られ、私がいる王都は騎士団に守られて特に安全であった。
さて、そんな私の今の立場は騎士養成学校の中等部生。魔物の発生が顕著になった昨今では、平民でも入学することができる学校だ。更に成績優秀者は特待制度を利用することができ、私はその制度があるからこそ所属を許可されていた。
ここまでは数日過ごせば分かった。
ここでなんとかならない問題がふたつ存在する。
まず、私に前世の記憶しかないこと。
これが転生テンプレなら、前世を思い出して記憶が混乱するとか、前世と今世の記憶が融合するとか、両親が「目を醒ました!」と喜び勇んで状況説明してくれるとか、何らかの形でこの世界で生きていく術が分かるというもの。
私の場合は最初に会った同班メンバーに生活様式だけそれとなく聞いて、あとは空気を読んでなんとなく暮らしている。寮生活なのが幸いして、大体みんなの後について行けばなんとかなった。
そして記憶がなくても体が覚えているために、授業に付いていけている。測図学、衛生学、馬学など、現代で学んでこなかった授業は普通に面白いので勉強は私自身も頑張りたいと思っている。
ふたつめは、この体が女であるということ。
女人禁制の騎士養成学校に、15歳の女の子が、男として入学し入寮しているのである。筋力がないため剣術や体術は不得手だが、その代わり、座学の成績は良かった。他にはナイフなどの小さめの武器の扱いが巧く、魔法は威力こそないがそれなりに使える。
体が記憶していることから、この体は大分苦労してこれらの技術を身に付けたに違いない。そうしないと特待制度を受けられないから。
この体には帰る場所がないことも分かった。
そして、これからは必然的に私自身が体を引継ぐことになる。引継ぎ期間は皆無だし取扱説明書もないけれど、一人で生きるために頑張ってきたこの少女の意思を継ぐことに決めた。
かくして元アラサー独身の私は騎士を目指す二度目の人生を歩むことにしたのだった。
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