知ってしまった勇者と戻れなくなった魔王が抱いた夢の先へ
「魔王ガイル!貴方の野望もここまでよ!」
魔王城の玉座前。魔族の主に相応しい迫力を見せる魔王に対し、正確に剣を向ける勇者。
「“光の勇者“アリア、貴様如きに私の野望、いや希望を奪われる訳にはいかない!」
剣を出したアリアに対し、ガイルは杖を手にして、魔力を込め始めた。アリアは魔力を貯める暇を与えまいと跳躍してガイルに襲いかかる。ガイルは込めた魔力で氷の壁を作りアリアの攻撃を防ぐ。アリアは炎の呪文を唱えて氷の壁を破壊するが、その先では再度魔力を貯めていたガイルがアリアに向けて風の魔法を放つ。アリアは風に飛ばされながらもバランスを取り、着地して体制を立て直す。ガイルが短剣で襲いかかるも、アリアは冷静に見極め短剣を剣で跳ね飛ばした。ガイルが後退し、両者の間に空間が出来る。ここぞとばかりアリアはガイルに問う。
「何故、かつて伝説の勇者ドラグル様と共に戦い魔族を打ち破った貴方が、伝説の勇者を殺害し、魔族の長たる地位についてしまったのですか!?」
「…失望したからだ。ドラグルに、王に、人間に」
「何故ですか…!?」
「貴様には分かるまいよ」
話しながらも、互いが互いの隙を突こうと様子を伺っている。しかし、お互いにそれらしい隙は見せない。
「ドラグル様がどんな気持ちで貴方と共に旅をしたのか、分からないのですか!?」
「っ!?」
動揺したガイルは若干ながら隙を見せてしまった。次の瞬間アリアは先程よりもより高速で跳躍しガイルに迫ると、ガイルが杖を動かす間も無く剣がガイルの体を切り裂いた。
血を吐き、倒れるガイル。明らかに致命傷だった。アリアは静かにガイルに近づく。
「…今度こそ平和な世の中にしてみせます。貴方とは違って」
「…はは、そうか」
「死ぬ間際にお聞かせください。何故、魔族の側についたのかを」
「…いいだろう、教えてやろう。魔王の玉座の所に私の日記がある。それを読めば、その理由が分かるさ」
「…読ませて頂きます。貴方とは違う道を歩む為に」
「せいぜい、気をつけるんだな。あれを読めば、貴様も私と同じ気持ちになるさ」
そしてガイルは天井に向けて手を伸ばし何かを話すと、息を引き取った。この時彼が何を話したのかは、生者には一切分からなかった。
アリアはガイルの死体に手を合わせると…幾ら魔族の側についたとは言え、かつては勇者パーティーの一員だった人間には敬意を払うべきと考え…次に玉座に近づき、そして一つのノートを見つけた。アリアは恐らくこれが日記だろうと思い、手に取って読み始めた。
○月×日。今日は遂に魔王城へと攻め込む。昨晩にドラグルと共に酒を酌み交わし、例えこの地で死ぬことになろうとも魔王を倒すと誓った。これが私の最初で最期の日記かもしれない。死ぬ前に何か書いておきたかったからだ。では、出発だ。
○月△日。まさか日記をまた書くとは思わなかった。まず、あの日以降の話をする。結局あの時案外あっさりと魔王を撃破し、我々一行は帰途についた。祖国に帰ると大歓迎を受け、ミィシャやルーナ、そして私は純粋に喜んでいた。これで平和な世がくると。後から考えると、浅はかだったと思っている。
魔王討伐の一週間後、ルーナが死んだ。それも、暗殺によって。その後実行犯は捕らえられ、実行犯が白状したことで雇い主も捕まえられたが、理由が酷すぎた。雇い主は王の側近だったが、ルーナが将来王の側近となり現在の側近達を排除するという噂を間に受け行動を起こしたというのである。ルーナは大人しい性格でとてもそんな事をするタイプでは無いというのに。それを聞いてミィシャや私は不安と怒りに支配されていたが、ドラグルは何故か冷静だった。その態度が余計に怒りを増幅させていた。
更にルーナ暗殺の12日後、今度はミィシャが死んだ。後から分かったことだがミィシャは元々魔王討伐の旅の途中から重い病気を患っていながら、それを隠して参加していたのである。ミィシャに何故もっと早く言わなかったのかと聞くと、魔王を倒すことの方が大切だったからと答えた。絶句した私に代わりにドラグルは口を開きすまなかったと言うと、ミィシャは泣きながら私とドラグルの手を握り、ありがとうと言って息を引き取った。
私は許せなかった。ミィシャは魔王討伐を命じられた為に殺されたようなものだ。そう言って王に抗議しようとしたが、ドラグルに止められた。怒り狂う私に対して、ドラグルは人目のつかない場所へ行くことを提案し、騒ぎとなるのを避けようとしていた。ところが暗い通路に入った途端、一人の男が私に襲い掛かり、左手に短剣を刺そうとしてきたのだ。辛うじて避けた私は水魔法で男を瞬殺したが、次の瞬間ドラグルを睨んでいた。この時私はドラグルが私を殺そうとしたと思っていたのである。冷静に考えれば、ドラグル自身が襲い掛かる方が効率的であるのに。私はドラグルに闇魔法を放った。ドラグルは一切抵抗せず魔法を受け、その場に血塗れで倒れた。冷静さを取り戻して、慌ててドラグルの元へ私が行くと、最早ドラグルは取り返しのつかないレベルで負傷していた。
ドラグルがそこで最期の言葉として語ったこと。それは人間への反乱だった。壊滅寸前の魔族を援助し、人間を打ち倒す事を考えていたのだ。ミィシャとルーナの敵討ちに。ドラグルが裏の通りに誘ったのは、私にその計画を話して協力を求めるつもりだったと言う。もしそう言われていたら、私は即座にすると言っていただろう。
ドラグルは間も無く息を引き取った。私は孤独に残されてしまった。最早私に出来る事は一つしか無かった。ドラグルの死の3日後、私は魔族が辛うじて勢力を保つ地へ単身赴いた。そして魔族に交渉を持ちかけ、私は魔族の暫定的なリーダーとなった。私は魔族を徹底的に教育し、人間に対抗出来るだけの力を与えた。ドラグルが果たせなかったミィシャとルーナの敵討ちを、私がしてみせると誓った。
しかし、どうやら私にはドラグルのような才能は無かったらしい。新たに選ばれた何も知らない勇者が魔族を蹴散らし、この魔王城に攻めて来る。そう聞いて、私は限界を悟った。これで終わりだと思った。この日記もここで終わる。私の人生と共に。
読み終わったアリアは泣き崩れていた。人間に失望したからでは無い。“同じような境遇“だったからだ。アリアも最初は四人パーティーでいたが、旅の途中で次々と倒れ、魔王城に来た時は親友のナハトしか残っていなかった。そのナハトはアリアを庇って死んだ。勇者である彼女を死なせない為に。そしてその時思わずにはいられなかった。何故ナハトは死なねばならなかったのだろうかと。信託だとか言われて、魔王討伐を命じられていなければ。もしそうであったなら、自分は彼と…
アリアは立ち上がると、玉座に目を向けた。かつて、伝説の勇者ドラグルが、ドラグルと共に戦ったガイルが、遂に果たせなかったこと。それを自分が実現すべきではないかと思っていた。
王座の傍には淡い青色をした七人の幽霊がいた。王座の左側には伝説の勇者、そしてその仲間たちがいた。王座の右側にはアリアと共に旅をした仲間がいた。七人は皆揃ってアリアの決意を賞賛し、玉座へと促していた。
「ミィシャ様、ルーナ様、ドラグル様、ガイル様…フレデリカ、アレス、ナハト…」
アリアは泣きながら一人呟く。
「…不器用で、カケラも無い才能を努力で埋め合わせてきたような人間だけど…挑戦してみても良いでかな?」
七人の幽霊は静かに頷いた。そして、それぞれが魂の姿となりアリアの中へと入っていく。全員がアリアに力を与えていく。アリアは魂が入る度に温かい気持ちも感じていた。
新たな魔王の誕生である。それも、英雄八人分の力を得た史上最凶の魔王である。当然だが、最早人類に勝てる未来など存在しなくなったも同然であった。
…ガイルに続いて勇者一行の中から魔王が出たことに人間側は衝撃を受けていた。王は新たに選ばれた勇者達に魔王アリア討伐を命じて対処しようとしたが、道中で勇者以外全員死亡した。それも、全て人間が原因であった。残された勇者オリバーは単身魔王城に乗り込むも、何人もの英雄に力を与えられたアリアを前にあっさりと返り討ちにされた。それどころかオリバーはアリアの説得で魔族に寝返り、いよいよ魔族に対して歯止めが効かなくなった。
アリアもオリバーも最早人間に失望しきっていた。オリバーの仲間達は人間によって過酷な旅を命じられていながら、人間によって殺されたのである。魔族は反攻を開始し、人間達を徹底的に滅ぼしにかかった。オリバーは皆殺しせんとの気迫だったが、アリアは無害な人間に手を出すことを嫌い必要以上の犠牲は求めなかった。それはアリアに妹がいるからだったが、オリバーはその事には気づかなかった。
そして、人間の城の玉座前。アリアとオリバーは魔族の兵士と共に王の前に進んでいた。王は何故こうなったのか分からないという表情だった。オリバーが斬りかかるが、王も剣の腕は立つようで弾き返し、逆に懐に飛び込もうとする。オリバーはこの時死を覚悟したが、そうはならなかった。横からアリアが斬りかかり、王はそのまま絶命した。魔族の兵士達が雄叫びを上げて喜ぶ中、アリアとオリバーは泣いていた。遂に敵が取れたからである。
敵討ちの翌日の夜、人間の城のバルコニーにアリアはいた。これからどうするかを考えていたのである。そこへオリバーがやってきた。
「…アリア、大丈夫か?」
「…大丈夫。漸くやりたかった事が出来て、満足してるだけだから…」
アリアはそう言いながら僅かに泣いていた。
「…アリア」
「…何?」
オリバーは決心した気持ちで言う。
「僕と結婚してくれないか」
「…!」
アリアは驚いた表情を見せたが、間もなく苦笑しながら言った。相変わらず泣きながら。
「その気持ちはとても嬉しいけど…私にはもう誓った人がいるから…」
「…その人はアリアに幸せになって欲しいと思っているんじゃないか?」
殴られたりしても仕方ないと思いながら、オリバーはそう言った。オリバーはアリアの言う人物が誰なのかを正確に見抜いていた。しかし、アリアがこのまま過去を見つめるだけでは、アリアは段々と表舞台から姿を消すだろう。今そうなって困るから言わざるを得ない。本心を偽ってそう誤魔化していた。
「…オリバー、流石にそんなことは…」
「アリア、過去を見るのも大事なことだけど、同じぐらい未来を見るのも大切じゃないか?」
「…」
アリアは黙ってしまった。オリバーはいよいよ気まずくなってバルコニーを立ち去ろうと背を向けたその時。
「…分かった」
アリアが言った。
「…喜んで」
頬を赤らめ、涙を流しながらアリアは言った。オリバーは再度反転すると、アリアに抱きついた。アリアはそれを受け止めて、更にオリバーにキスをした。月がバルコニーを照らす中、二人は時間も忘れて抱き合っていた。それは仲間を失った者同士が、未来を創ると誓った瞬間でもあった。
暫くして、オリバーは言った。
「取り敢えず戻ろうか」
「…えぇ」
オリバーは先にバルコニーを後にする。アリアもその後を追ったが、バルコニーを出る直前に再度反転し月を見つめた。ナハトが、幸せになれよ、と言っているような気がした。アリアはまた流れてきた涙を拭うと、バルコニーを後にした。