第89話 襲い来る三つの影
「な、何だ? あれって、別のドラゴン……!?」
戦いを見守っていた俺は、予期せぬ展開に驚きを隠そうともしなかった。
シェアトがでたらめな方向を指した時、失礼ながらどこを狙ってるのかと思ってしまった。だけど、彼女は間違った行動など取っていなかった。
見えなかっただけで、ここにはセレスの仲間がいた。最初からそこで身を潜めていたのか、途中から来たのかは分からない。とにかく奴は伏兵として、さらに二体のドラゴンに増援を頼んでいたのだ。
その二体もセレスと同じステルス能力を有しており、これまで見つかることはなかったようだが……シェアトの感知能力で存在を暴かれ、さらに不意を突かれてサンドラの攻撃を受け、引きずり出されたわけである。
「ま、まさか……『パティス』と『アドリス』の存在まで暴かれるとは……!」
秋塚が発したその言葉を、俺は聞き逃さなかった。
今しがた現れた……というより引きずり出されたあの二体は、パティスとアドリスという名前のようだ。どっちがパティスでどっちがアドリスなのかは分からないけれど、それは別に問題じゃない。
向こうに増援が加わり、計三体になった。
対して、サンドラ達はルキアも含めて三人。負傷しているレオンは、戦力には数えていない。
人数的には互角になった。けれど、戦況は有利に思えた。
というのも、こちらには優れた感知能力を有するシェアトが味方についてくれている。彼女にかかれば、奴らの最大の武器であるステルス能力を完封できるはずだ。
きっと勝てる、彼女達は勝ってくれる……そう思った俺はかすかに笑みを浮かべた。
しかし、ルキアは違った。彼女はサンドラ達がいるほうを見つめ、難しい表情を浮かべていた。
「どうしたんだ?」
ルキアは俺の問いかけに応じることなく、食い入るように戦いの場を見つめ続けていた。
奴らの天敵といえるシェアトがこちらにいる以上、勝機は十分にあると俺は思っていた。しかし、ルキアはそうじゃないように見えたのだ。
「いや、ちょっと気になることがあってね。あの三体のドラゴン、もしかして……」
◇ ◇ ◇
「シェイシェイ、油断しないで」
「うん……」
シェアトの助力によって、ステルス能力は破れたと言って間違いのない状況だった。けれど、サンドラは気を抜こうとはしない。
新手のドラゴン達は、二体ともセレスのほうへと飛び退いて隣へと並んだ。
ドレイクかドラゴニュートかは分からないが、その外見は三体とも非常によく似ており、まるで兄弟のようだ。ステルス能力という共通の特徴を有していたことから考えて、関連性があるのは間違いないだろう。
そのうちの一体が前に歩み出た。
「よくもやってくれたな! 今からお前らを叩き潰してやるぞ!」
サンドラとシェアトを指差し、子供じみた様子で喚き散らしたのは二体目のドラゴン。サンドラの光弾で、先に地上へと叩き落されたほうだ。
「よしなさいパティス、叩き潰すだなんて無粋です。ゆっくりと、じっくりと、丁寧に料理してさしあげなければ、レディー達に失礼でしょう」
子供じみた気質のドラゴン、パティスを制したのは三体目。シェアトによって二番目に叩き落されたドラゴンだ。丁寧な口調に聞こえるが、その裏には慇懃無礼さと誇大な自尊心が滲んでいるように思えた。
パティスが前に歩み出て、
「何言ってんだよアドリス! あんな女ども、さっさとぶっ潰せばいいだろ!」
またも喚き散らした。
会話から察するに、彼らの名前は『パティス』と『アドリス』。子供じみているほうがパティスで、キザなほうがアドリスのようだった。
「やり方など、どうでもいい」
セレスが告げると、パティスもアドリスも黙った。
「あいつらをブッ潰すんだ。手ごわい連中だが、人数なら俺達が有利……組んでかかれば、難なく倒せるだろう。分かっているな?」
パティスとアドリスの顔を交互に見つめながら、セレスは言った。
その様子から察するに、彼らを仕切る立場にあるらしい。言うなれば、セレスはあの三体のドラゴンのまとめ役……つまり、リーダー格なのだろう。
セレス以外のふたりは、何も言わずに頷いた。
(何だか、余裕があるみたいね……他に隠し玉でもあるっての?)
ステルス能力が破られた今、彼らは切り札を失ったに等しいと思っていた。
しかし、セレス、パティス、アドリスにはいずれも、焦っている様子は見受けられない。それどころか、彼らの口元には笑みすら浮かんでいたのだ。
ステルス能力以外に、何らかの切り札を隠しているとでもいうのか。それとも、他に狙いがあるのだろうか? サンドラは思った。
しかし、彼らの思惑を探る猶予は、彼女には与えられなかった。
「よし、やれ!」
セレスの命令を合図に、パティスとアドリスが飛び掛かってくる。
サンドラとシェアトは身構えて、彼らを迎え撃った。
襲ってきたのはパティスとアドリスだけだったので、二体二ではあるものの、セレスにも注意を払わなければならなかった。援護射撃として、光線で不意打ちを仕掛けてくる可能性が考えられたからだ。
しかし、サンドラとシェアトは彼らを容易に打ち負かした。
ドラゴンガードとして戦闘慣れしているということもあるが、やはりステルス能力を封じている点が大きい。サンドラに撃ち落とされた際に負ったダメージの影響で、パティスもアドリスも未だ完全に姿を消せないようだ。交戦中、彼らは何度か透明になろうとしたようだが、いずれも半透明になっただけに留まり、その姿ははっきりと視認できた。
姿を消しての攻撃に晒されていた際、サンドラは防戦一方の戦いを強いられていた。しかし、今度はそうではなかった。
「姿を消せなければ、所詮ただのドラゴンだよ!」
サンドラが相手取っていたのはパティスのほうで、純粋な強さだけで彼を打ち負かした。
「うぎゃっ!」
サンドラの蹴りを受け、パティスが奇妙な声を上げながら元の場所へと吹き飛ばされた。
その近くでアドリスに応戦していたシェアトも、優位に立っていた。
「その動き、空手ですか……!」
アドリスの問いかけに、シェアトは応じなかった。応じる義理もないと感じたのだろう。
探知能力は非常に有用な能力だが、シェアトには欠点もある。飛び道具はもちろん、戦闘向きな能力を一切有していないということだ。
ヴィーヴルというドラゴンが、そういう種類のドラゴンであるから仕方がない。女性しか存在しないドラゴンである彼女達は、火を吹くこともできなければ翼を光弾に変えて撃ち出せるわけでもない。それに、身体的な強さでは他のドラゴンにも劣る(とはいえ、人間よりは遥かに強いが)。
けれど、もちろんシェアトはそんな自身の欠点を克服するために努力していた。
探知能力しか取り柄がないのであれば、到底ドラゴンガードなど務まらない。
「はああっ!」
控えめな彼女にはいささか不似合いな、覇気のある掛け声。
それが発せられると同時に、シェアトはアドリスに向けて蹴りを放った。
青いスカートをたなびかせながら放たれた上段蹴りは、的確にアドリスの顔に命中し、彼を後方へと吹き飛ばした。
「ぐはっ……!」
自分が戦闘向きのドラゴンではないことを自覚し、それをカバーするために、シェアトは人間界で空手を学んでいた。
たとえ全盲であろうとも、自身の能力やヴィーヴルの瞳を駆使し、十二分に接近戦でも渡り合うことができる。さらに彼女は空手にドラゴンとしての身体能力を掛け合わせ、独自の体術を編み出していた。
パティスに続いて、アドリスも後方へ吹き飛ばされる。
単純に戦闘力で上回っていたか、女だと思って侮っていたか、あるいはその両方か。サンドラとシェアトは、それぞれ相手取った二体のドラゴンを打ち負かし、後退させた。
ステルス能力は破れ、単純な戦闘能力でもこちらが上回っている。
これならばもう、自分とシェアトの敗北など万が一にも考えられない――サンドラがそう思った時だった。
「ちょっとセレス、こいつら結構やるよ!」
「女性だと思って甘く見ていたのもありますが、なかなかの手練れですね……!」
パティスとアドリスは、自分達が戦力的に下回っていることを察した様子だった。
それならば、もうあの三体のドラゴン達に選択肢はないはず。残された道は、ただ降伏するのみだとサンドラは思った。これ以上痛い目に遭いたくなければ、それが賢明な判断だろう。
しかし、
「ちっ、仕方がない……」
サンドラは身構えた。
セレスの顔を見れば、降伏の意志など微塵もないことが明らかだったからだ。
パティスとアドリスが立ち上がり、飛び退いてそれぞれセレスの両脇に立った。ステルス能力を持つ三体のドラゴン達は、まだ何か企んでいる様子だった。
セレスは、左右に立つパティスとアドリスを交互に見つめ、
「お前ら、『あれ』をやるぞ!」