第85話 窮地
その後も、光線は容赦なくサンドラに向けて放たれ続けた。
人間の姿であるとはいえ、ドラゴンを貫くほどの出力を伴ったそれは、少しづつ、しかし確実にサンドラの身を傷つけていった。前方からの攻撃であれば、避けることはそう難しくはない。だが、時折放たれる死角からの光線が厄介だった。
(一体、どんなカラクリが……光線が何かに反射して戻ってきてるとでも言うっての?)
以前として、サンドラは反撃に転じることができなかった。
さっきは右肩で済んだ。しかし急所を撃ち抜かれようものなら、おそらくひとたまりもないだろう。
相手は、一撃で勝負を決めてしまう手段を持ち合わせている。セレスの光線の秘密が分からない以上、守りと回避に徹するしかない。
逃げの一手であるように思えるが、それでもサンドラは健闘していた。
一瞬の前触れを見逃さずに回避し、死角からの攻撃にも対応する。並みのドラゴンであれば到底成しえない芸当であるし、とうの昔に光線に貫かれ、成す術もなく敗北しているだろう。
だが、このままではサンドラもいずれ敗北することになる。
状況の打開策を練り、対抗手段を見つけ出そうとしていた時だ。
「サンドラ、超音波じゃダメなのか!? あれなら姿の見えない相手でも……!」
戦いを見守っているであろう智が、提案してきた。
たしかに、彼の言っていることは正しい。
サンドラの切り札といえる超音波は、周囲一帯にいる相手を行動不能にさせるほどの大音量だ。ルキアすら悶絶させることが可能であり、この付近に間違いなく標的が『いる』のであれば、姿が見えていようがいまいが関係はない。
ステルス能力で姿を消しているセレスにも有効であり、この場においては最適な手段ともいえるだろう。智の提案は、非常に的を射ているとサンドラは感じた。
「ダメだよ、そんなの!」
しかし、そんなことはすでにサンドラも気づいていた。誰よりも自身の能力を理解しているのは彼女なのだから、気づかないはずがなかった。
智のほうを向かず、前方を注視したまま、サンドラは彼の提案を一蹴した。
「ここは学校の屋上なんだよ? 校舎内にはたくさんの人がいる……超音波なんて使ったら、他の人達にも危害が及ぶことになるでしょ!」
サンドラの超音波は、炎のブレスと違って対象に命中させる必要がない。
何かしらの手段で聴覚を完全に遮断でもされない限り、その場にいる者すべてを行動不能に追い込むことが可能だ。
一見すれば、便利で強力な能力に思えるだろう。しかし、『対象を選ばない』という重大な欠点が存在する。敵はもちろんのこと、その場にいる味方も、さらには戦闘とは無関係な一般人にすら作用してしまう。
この場にサンドラとセレスしかいないのであれば、超音波を繰り出しても大丈夫だったかもしれない。しかしここには智も秋塚(正直なところ、あんな男に配慮する必要があるかは疑問だったが)も、それにレオンもいる。さらにサンドラ自身が言ったとおり、屋上付近の校舎内に生徒や教員がいる可能性もある。そうでなくとも、学校祭で校内には多くの人が集まっているのだ。
超音波を使うには、あまりにも不適切な状況だった。ドラゴンガードであろうがなかろうが、人を傷つけるリスクがある手段を用いることはできない。
たとえ故意ではなくとも、原則違反が成立するケースは珍しくないのだ。
「っ、だけど、このままじゃサンドラが……!」
サンドラの言葉に、智は一応の理解を示したようだった。
しかし、納得はしていないようだ。とはいえ、自分の身を案じてくれているのだとサンドラには分かる。
「心配しなくても大丈夫、さとっち。あたしに任せて……!」
光線で貫かれた箇所が痛む中、サンドラは平静を装うよう努めた。
智にはそう言ったものの、戦況はどう考えても不利だ。光線を掻い潜りながら反撃することは不可能ではないかもしれないが、後方からサンドラを撃ち抜いたあの攻撃といい、セレスには何か秘密があるのは間違いない。
それを暴かなければ、反撃しようとする際の隙を突かれてしまう。
(とは言ったけど、どうすれば……!)
真っ暗な洞窟に迷い込んでしまったように、サンドラには成す術がなかった。
◇ ◇ ◇
「それで、あんたみたいなのがどうしてここにいるわけ?」
両手を腰に当てて、ルキアは不機嫌さを隠そうともせずに尋ねた。
彼女が睨んでいる相手は、因縁が大いに深い相手――サッカーゴール盗難事件の時に交戦した、あのファフニールだった。
様子を見に行こうと、ルキアはドラゴンガードの職務の合間を縫って智達が開いている焼きそばの模擬店に足を運んだ。すると、すぐに見覚えのある太った男の姿を見つけたのだ。
炎を吸い込んで無効化する能力といい、屁といい……忘れようにも忘れられない相手だ。
「ま、ま、待ってくれ! 争いに来たんじゃないんだ……!」
ファフニールは慌てて弁解した。
その片手には、焼きそばの入ったパックがいくつも抱えられていた。少なく見積もっても十個近くはあり、どれだけ買ったのかと問い詰めたくなるくらいだ。
見かけどおり、食いしん坊なようである。
「待ってルキアさん、ファズマさんね、焼きそばをたくさん買ってくれたんだよ」
今にも殴りかかりそうな様子のルキアを、七瀬が慌てて制した。
あの一件でルキアは屁をかけられただけでなく、このファフニールには『メス』呼ばわりまでされている。敵意を向けるのは至極当然のことだろう。
七瀬の言葉に、ルキアは目を丸くした。
「ファズマ……このファフニールが?」
事件の時は知る由もなかったが、このファフニールは『ファズマ』という名のようだ。
薄々感じていたが、彼が抱えている多数の焼きそばのパックは、どうやら智達の模擬店で購入したらしい。七瀬が言うことなので、嘘ではないだろう。
「ひ、一口食べた時点でもう感動してしまったんだ。こんなおいしい焼きそば、ぼきゅは食べたことがない。だ、だ、だからその……」
吃音気味な独特の口調は、相変わらずだった。
ルキアは腕組みをして、細めた瞳でじっとファズマを睨んだ。
「そ、その……この前は本当に悪かった。あの時も言ったが、も、もう二度とあんなことはやらない。屁をかけたり、『メス』呼ばわりしたことも謝る……つ、償えることがあれば、何でも協力する……!」
ルキアが求めている言葉を察したらしく、ファズマは謝罪を述べた。
そして最後に、
「こ、こ、この通りだ……!」
ルキアに向かって、深々と頭を下げた。
「分かった、もういいわよ。頭上げてよね」
大勢の人がいる前でこんなことをされては、否応なく目立ってしまう。
それにルキアは、ファズマが私情や自分の利益目当てであんな事件を起こしたわけではないということを知っていた。彼が学校からサッカーゴールを盗んだのは、ホストファミリーのためだったのだ。
やり方こそ極端で、大いに間違えてはいた。
それでも、ファズマが犯行に走ったのも家族を思えばこそ。少なくとも、その気持ちに罪はないだろう。
ルキアは周囲を見渡した。
(あいつ、いないわね……)
彼女がここに来たのは、智と会うためだった。模擬店の状況を聞いてみようと思ったのだ。
しかし、その姿が見つけられない。七瀬や真吾はいるが、肝心の智の姿が見受けられないのだ。模擬店の仕事でどこかに行っているか、それともトイレか何かだろうか?
とにかく、いないのであれば仕方がない。
ほんの少しでも会いたかったが、ドラゴンガードの仕事に戻ろうか……と考えた時だった。
「ルキアさん……!」
聞き覚えはあるが、まだ聞き慣れてはいない少女の声に、ルキアは振り返った。
「シェアトさん、どうしたの?」
ルキアを呼んだのは、シェアトだった。
ルーズサイドテールに結われた髪型にロングスカート、それに洒落たベレー帽が目を引く彼女は、つい最近知り合ったドラゴンガードの同僚だ。サンドラと同じように、ルキアにとっては先輩にあたる少女である。
ピアスにチョーカー、腰のチャーム、それらが打ち合う独特の音を鳴り渡らせながら、シェアトは人混みの隙間をくぐりながらルキアに向かって駆け寄ってきた。彼女にも持ち場があるはずだが、そこから離れてきたということは、何かあったに違いない。
近くに来ると、シェアトの瞳が見えた。
初めて会った時から思っていたのだが、無色透明でほのかに虹色の入ったシェアトの瞳は非常に特徴的で、美しくもどこか空虚に感じられた。
「その、実はさっき……サンドラがわたしのところに来て……!」




