第81話 罪の告白
シェアトというあのドラゴンの女の子は、どうやら探知能力を持っているようだった。
サンドラが彼女の能力を頼り、レオンや秋塚の居場所を尋ねていたことから考えて、間違いないだろう。
居場所を聞くや否や、サンドラはすぐに俺に『行くよ!』と告げた。シェアトは彼女を引き留めて同行を願い出たけれど、サンドラはそれを断っていた。学校祭が行われている今、シェアトには警備員という役割があったからだ。
廊下の窓を開けると、サンドラは俺を抱えて背中に翼を出現させ、空を飛んで一気に屋上へと向かった。
そこはシェアトが教えてくれた場所であり、レオンともうひとり誰かがいると言っていた。状況を考えれば、その『もうひとり』は秋塚である可能性が高いだろう。居場所のみならず、そこにいるのが人間かドラゴンかまで、シェアトは探知することができるらしい。
思い過ごしであってくれと願っていたが、屋上が見渡せる高度までサンドラが舞い上がった瞬間、その光景が俺の眼に映る。
「さとっち、あそこ!」
俺を抱えたまま、サンドラは一定の感覚で翼を羽ばたかせていた。
ルキアのそれとはまた違う、コカトリス特有の羽毛に覆われた真っ赤な翼。それが揺れ動くたびに、赤い羽根が周囲に舞うのが見えた。
「レオン、秋塚……!」
シェアトの言ったとおり、ふたりは屋上にいた。
それも、ただいるだけじゃない。レオンの手が、秋塚の首を掴み上げていたのだ。
「俺達ドラゴンは動物じゃない、意志も感情もあるんだ!」
レオンの叫び声が、ここまで聞こえてきた。
抑揚が少なく、落ち着いた声色だった彼からは想像もできないような、怒りに満ちた声だった。
それを聞いただけで、俺は十二分に理解する。恐れていた事態が、現実となってしまっていた。どうやって秋塚をここに連れてきたかは分からないが、レオンはすでに秋塚への復讐に打って出ていた。自分の家族を傷つけ、その将来も希望も未来も潰し、命を奪わずに殺した秋塚を、自らの手で断罪するつもりだ。
だが、人を傷つけるのは三原則に反するんじゃ……!?
しかしレオンは、
「勘違いしているようだが、所詮は文章だけのルールで俺達を縛り上げられると思うな!」
そう言い放った。
もちろん、その言葉の相手が秋塚であることは明白だった。
しかし、まるで俺への宣言であるようにも聞こえたのだ。ドラゴンは人を傷つけてはならない、それは第一の原則だ。だがレオンはもうそんなことを気にも留めておらず、原則違反など厭わずに復讐を成し遂げる気だ。
さっきの彼の語気はあまりにも強く、怒りや憎しみに満ち溢れていた。一生頭に残り続けるのではと感じるほどだったことから考えて、間違いないだろう。
三原則がある以上、レオンは秋塚を傷つけはしない。
一時でもそう考えた自分がどれほど馬鹿だったのか、俺は否応なく思い知らされる。
「いけない、止めなきゃ!」
サンドラも、俺と同じ考えに至っていたようだ。
俺を両腕で抱えたまま、彼女は屋上へと舞い降りた。
「レオン、やめろ!」
屋上に降りると同時に、俺は呼びかけた。
羽ばたく音で気づいていたようで、レオンはすでにこちらを向いていた。
「お前ら……」
秋塚の首を掴んだまま、レオンは忌々しげに発した。
「レオンやめて、放して!」
俺の前に歩み出て、サンドラも呼びかける。
彼女にとって、レオンはともにドラゴンガードとして働いてきた同僚……いや、仲間のはずだ。そんな彼が人を傷つけようとしている目の前の光景は、きっとショックに違いない。
そんな時にも使命感を失わないあたり、一流のドラゴンガードなのだろう。
「ちょうどいい」
そう呟いたかと思うと、レオンは秋塚の首を掴んでいた手を放した。
しかし、解放したわけではない。レオンはすぐに秋塚の後ろ首を掴み直し、あいつの身を俺達に向けて突き出した。
咳き込む秋塚のスーツ、そのあちらこちらが砂埃で汚れているのが見えた。
俺とサンドラがここに来る以前にも、レオンに痛めつけられていたのだろう。自業自得ともいえるが、これ以上はやらせるわけにはいかない……!
「お前のやったことを白状して、懺悔しろ。今この場でな!」
レオンが秋塚に命じた。
俺とサンドラを、秋塚の罪の証人にする気か……!?
「いいっ、いいいいっ……!」
秋塚はただ、無意味な声を発するのみだった。
痛みと恐怖で、喋ることすらまともにできなくなっているのかもしれない。
無理もないだろう、今の秋塚はレオンに命を握られている。その気になれば、レオンはものの一瞬で秋塚をあの世送りにできるのだ。
「早くしろ!」
秋塚の身を揺すりながら、レオンが急かした。
下手に刺激するのは危険だと思った。サンドラも俺と同じ考えを持ったようで、その場に留まったまま行動を起こそうとはしなかった。
「ドラゴンに金を渡して……あいつを、高杉を傷つけさせた」
観念したように、秋塚は語り始めた。
「あの野郎は前々から生意気で、いっちょ前に俺に意見してくることがたびたびあったんだ。しかも、ちっとばかり才能があるからってチヤホヤされやがって、許せなかったんだ……」
「っ……」
まばたきも忘れてしまった。
絶望的だと分かっていたけれど、仮にも教師である人間が生徒を傷つけさせるだなんて、何かの間違いであってほしかったのだ。
しかし秋塚は、驚くほどあっさりと自分の差し金だったことを自白した。弁解すらしなかった。
「べ、別にあんな身体にさせようとしたわけじゃない! ほんの少し痛めつけてやればいいと思っていたんだ。だが運が悪かったせいで、あんなことに……!」
その言葉に、自分の眉の両端が吊り上がるのが分かった。
運が悪かっただと……? 一体どの口でそんなことをほざいてやがるんだ……!
「なんて奴だ、あんたそれでも教師か!」
深く傷つける気があろうがなかろうが、結果を見れば秋塚の罪は重大だった。
ドラゴンの力を利用して人を傷つけるのは、実行者たるドラゴンのみならず、それを手引きした人間も罪に問われる犯罪だ。そもそも人を傷つけること自体、教師以前に人としてやってはいけないことだろう。
今は秋塚の身が危うい状況だが、そんなことは関係ない。俺の口からは、秋塚への非難しか出てこなかった。あまりにも個人的でくだらない動機で、生徒ひとりの人生を潰したあの男に、非難以外に投げかけられるものなどなかったのだ。
次の瞬間だった。
もう用済みだと言わんばかりに、レオンが秋塚のことを塔屋に向けて放り投げたのだ。
「うわあああああっ!?」
情けない叫び声が、秋塚の口から発せられる。
全身の力を込めて投げられたことが分かるほどの勢いで、コンクリート造りの塔屋に激突すれば命はない――と思ったその時だった。
サンドラが空を飛び、間一髪秋塚を受け止めて救った。気が乗らないのは間違いないが、俺やサンドラにとって、秋塚は保護の対象者といえる立場にあった。
受け止めて救ったけれど、サンドラはすぐに秋塚を屋上に立たせて手放した。
彼女の目つきを見れば、こんな男など助けるに値しないと感じているのは一目瞭然だった。それでも、助けないわけにはいかないのだろう。ドラゴンガードである以上、人の命を守らなければならない。
それに、サンドラだってレオンに殺人の罪を背負わせたくはないはずだ。
「余計なことを……!」
吐き捨てるように呟き、レオンがサンドラ、それに秋塚のほうへと歩み寄ろうとする。
彼の敵意は、秋塚のみならずサンドラにも向けられているように思えた。復讐を邪魔する存在は、たとえ同僚であろうとも関係ないのだろう。
「レオンやめて、自分が殺人犯になったら意味ないでしょ!」
仲間であるはずのサンドラが説得しても、レオンは足を止めなかった。
「サンドラ……君なら分かっているはずだ。ドラゴンの力で家族を傷つけられる、それがどういうことなのかを」
レオンの身体が光に覆い包まれ、ドラゴンの姿へと変じる。
人間に近い骨格構造も、ゴツゴツと硬化した外殻も、あの路上で見た時と同じだった。しかし、復讐心に突き動かされている今では、その姿がより恐ろしく思えた。
変身したということは、真の力を発揮する気だ。サンドラもろとも、秋塚を葬りかねないだろう。
「っ、それは……!」
サンドラはそれ以上、言葉を繋げなかった。
どういう意味なのか? 問いかける猶予は与えられなかった。
「分かるなら今すぐにそこをどけ、俺はその男を生かしてはおけない!」
レオンの言葉で、思い出した。
俺がここに来た目的は、ケジメを付けるためだった。
不用意に証拠となる動画を見せてしまったせいで、レオンを復讐へと突き動かさせてしまった責任が俺にはある。だからこそ、危険を覚悟のうえでサンドラに同行を願い出たのだ。
サンドラと秋塚に向かって歩み寄るレオン、そのあいだに割って入るように、俺は立った。
両手を広げ、叫ぶ。
「ダメだレオン、そんなの絶対にダメだ!」