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第74話 ルキアの懸念


「え、レオンに見せたって……あの動画を?」


「ああ。事故の真相に繋がるかもしれない証拠だし、彼には見せておくべきじゃないかって思ってさ」


 家庭科室で焼きそばを作りながら、俺は隣に立つルキアに説明した。

 先生に確認したんだが、放課後に家庭科室を貸してもらう許可が出た。あとから真吾や七瀬も来る予定だったんだが、一足先にルキアが通りかかったので、俺は彼女を呼んでその件を伝えたのだ。

 渚先輩からコピーさせてもらったあの動画を、レオンに見せておいたということだ。

 

「それで……動画を見たレオンは、何か言ってた?」


 フライパンの中の豚バラ肉を箸でかき混ぜつつ、俺はルキアをちらりと見やった。

 

「いや、別に何も」


 豚バラ肉が炒められる香りが漂う中、俺は応じた。

 動画を見せた時、レオンは食い入るようにスマホの画面を見つめていた。自分の家族が遭った事故の映像であるのだから、興味を持って当然だろう。

 もちろん、俺はあの動画を最初から最後まで見せた。渚先輩が友達と和気藹々と話している様子から、男子生徒が階段から転げ落ちる様子が映る部分、それに最後に階段のほうが映る部分まで、全部だ。

 俺は事前に、動画内で男子生徒が痛みに悶える様子などが映っていることをレオンに警告した。当然だろう、自分のホストファミリーが痛い目に遭っている様子を見せられて、いい気分になるわけがない。

 それでも、真実を知りたいという気持ちが勝ったのだろう。レオンは『見せてくれ』と言ってきた。

 動画が終わった時、レオンは何も言わなかった。彼は、ただまばたきもせず画面を見つめ続けているだけだった。

 俺が『こんな映像なんだけどさ……』と言うと、レオンは踵を返して去っていった。

 去っていく最中、ただ『ありがとう』とだけ言い残した。こちらを見ないまま発せられた言葉だったので、彼がどんな表情を浮かべていたのかは分からない。


「何も言わなかったってことは、レオンは気づかなかったのか。それとも……」


 ルキアは難しい表情を浮かべて呟いた。

 そんな彼女に、俺も訊きたいことがあった。フライパンの火を一旦止めて、ルキアに向き直る。


「どうしたの?」


「いや、そろそろ教えてもらえないかと思ってさ。あの動画を見て、何に気づいたのか」


 ル・ソレイユで渚先輩にあの動画を見せてもらった時から、ルキアは何かに気づいている様子だった。あの時、無言で画面を睨みつける彼女の顔が、鮮明に記憶に残っていたのだ。

 帰り道で俺が何に気づいたのかを尋ねても、『現状では確信がなくて、推測の域を出ないことだ』という理由で教えてはもらえなかった。

 しかし、近々サンドラあたりに探りを入れてみるとも言っていたし、ついこの前はわざわざ俺のスマホを借りていったくらいだ。

 きっと、もう何か情報を掴んでいるだろうと思った。


「言っても、大丈夫なのかしらね……」


 ルキアは視線を逸らし、ためらうような言葉を発した。

 彼女はうちにドラゴンステイしているドラゴンではあれど、同時にこの学校のドラゴンガードでもある。校内で起きた事故の情報を俺に漏らすことは、何か不都合があるのかもしれなかった。

 気持ちは分かる。分かるけれど……俺も事故の真相を知りたかった。

 被害者は俺とは面識がない人物だが、それはたいした問題じゃない。あの事故にドラゴンが絡んでいたりして、当初の噂どおり本当に秋塚が裏で糸を引いていたんだとしたら……絶対に許せないことだ。

 事故で足が不自由になった生徒は、スポーツ大学への進学もできなくなって、塞ぎ込んだ生活を送っているとレオンから聞いていた。人生も夢も奪い去られた彼は、命を奪わずに殺されたと言って差し支えない。


「やっぱ、まずいのか?」


 もう一度問うと、ルキアは黙って俺と視線を重ねたあとで、その右手を差し出してきた。


「スマホ貸して、あの動画をもう一度映した状態でね」


 どうやら、例の『気づいたこと』を教えてくれる気になったようだ。

 俺はスマホを取り出して操作し、あの動画を画面に映した状態でルキアに手渡した。

 ルキアはスマホに指を滑らせる。渚先輩に見せてもらった時と同じように、シークバーを操作して目当ての部分まで早送りしているのだろう。


「ここを見て」


 画面に映っていたのは、最後らへんの階段が写った部分だ。渚先輩に見せてもらった時にも、ルキアが注目していたところだな。

 ここに鍵となる何かが映っていたのは間違いなさそうだったので、俺は自分でもこの部分を眺めて探してみたが、特に証拠に繋がる何かが隠されているようには思えなかった。

 

「前も気にしていたみたいだけど、この部分に何が映っているんだ?」


 俺が問うと、ルキアは画面の一部を指差してきた。


「よく見て。ほら、このあたりを」


 じっと目を凝らして、ルキアの指先を見つめてみる。しかし、俺には分からなかった。どこからどう見ても、俺も毎日通っている何の変哲もない階段にしか思えない……と感じていた時だった。

 

「ん?」


 ふとした小さな違和感に、俺は声を出した。

 階段の一角に、何か不自然な歪みが見えた。まるでその奥を透明な板を通じて見ているかのような……うまく説明できないけれど、そんな感じがする部分があったのだ。

 ブレていた映像なので、視認するのはかなり難しかった。しかしその輪郭を追って形を確かめてみると、それは人の下半身であるように見えた。

 

「ここに映っている生徒達の他に、人の姿に変身したドラゴンが立っていたのよ。この階段にはね」


 ルキアの説明は、俺がこの動画に隠された証拠に気づいたことを確信しての言葉だった。

 今彼女に教えてもらうまで、俺は全然気づくことができなかった。

 ブレた映像であることに加えて、『不自然な輪郭』は画面の端に少し映っているだけだ。たぶん、誰が見たって分からないだろう。


「まあ、人の目で見てもまず分からないと思う。ドラゴンの私でも、危うく見落とすところだったくらいだしね……」


 提供者である渚先輩は、もちろん俺達に渡す前からこの動画を繰り返し見てきたと思う。しかし、彼女もこの『不自然な輪郭』には気づけなかったのだ。


「つまり、そいつは透明になる能力を持っているドラゴンってことか?」


「より正確に言えば、『姿を消す能力を持つドラゴン』ね。転ばされた彼、それに周りにいた生徒達の目に付かなかったことを考えても、結構な精度のステルス能力だと思うわ」


 ルキアは、俺にスマホを返した。

 姿を消す能力……今まで聞いたことがなかったが、そんなドラゴンもいるんだな。

 とはいっても、きっと完全ではないのだろう。というのも、かすかとはいえ映像内にその姿が映り込んでいるのだから。


「それ以上に、問題なのはそのドラゴンをドラゴンステイさせている人間よ。サンドラに訊いてみたら、案の定だったわね」


 ルキアは、腕を組んで視線を落とした。

 サンドラは、ルキアが入る以前からこの学校でドラゴンガードとして働いている。そういった情報には詳しいのだろう。


「それって、もしかして……」


 否応なく、その人物の顔と名前が頭に浮かぶ。


「『秋塚伸之あきつかのぶゆき』。ル・ソレイユで渚さんが言っていた例の教師よ、あんたも名前くらいは知っていたんじゃない?」


 俺は、何も言えなかった。

 薄々そうじゃないかとは思っていた。同時に、そうであってくれるなとも願っていたんだが……状況証拠的には、秋塚はほぼ黒。黒と言い切ることはできなくとも、限りなく黒に近いグレーだった。

 サッカー部の顧問をやっていた秋塚は、例の転ばされて足が不自由になった生徒を疎ましく感じていたとサンドラから聞いていた。腹いせに自分のドラゴンを使い、彼を転ばせてその未来を潰した……そう考えれば辻褄が合ってしまう。

 教え子を理不尽に怒鳴りつけるような奴とはいえ、あいつも教師だ。いくらなんでも、そんな安直で個人的すぎる動機で生徒を傷つけるだなんて考えたくはなかった。だが動機も手段も持ち合わせている以上は、犯人である可能性を疑うしかない。


「それにしても……あんたちょっとマズったかもしれないわよ」


「どういう意味だ?」


 ルキアの言葉の意味が分からなくて、俺は問い返した。

 彼女は腕を組んだまま、俺のほうを向く。


「例の動画、レオンに見せたんでしょ? レオンがそこから証拠を掴んだとすれば、彼は秋塚への報復に走るかも……」


 俺はまばたきも忘れてしまった。

 そのとおりだった。どうして気づかなかったのかと、自分の配慮の至らなさに背筋が凍りそうだった。

 レオンに動画を見せたのは、彼に真相を伝えたいと思ったからだった。

 だが、ルキアが言ったとおり……証拠を提示するということは、レオンの復讐心を駆り立て、彼を報復に走らせかねない行為だった。ホストファミリー、つまり家族の片足を不自由にされ、スポーツ大学への進学を棒に振らされ、その将来を潰されているのだ。

 その原因を作り出した相手、大事な家族を命を奪わずに殺した張本人に対して、復讐心を抱かないはずがない。

 

「でも、レオンはドラゴンガードだろ? それにドラゴン三原則もあるし、まさか人を傷つけるだなんてこと……」


 ぬるま湯程度の安心感でも欲しかったんだろう、俺は思わず言った。

 しかしルキアは俺をじっと見据えたまま、


「本当にそう思う? 私達ドラゴンの感情は、人間のそれと何も変わらないの。家族を傷つけられた痛みや辛さ、悲しみ、そして怒り……ドラゴンガードであるということや三原則が、必ずしも復讐心を押し留める堰になるとは言い切れないわよ」


 ルキアの言うとおりだった。ルールでは、感情を縛ることはできない。

 ふと、前に母さんに言われたことを思い出した。

 姿は俺達とは違えど、ドラゴンにも『心』がある。楽しいことがあれば笑えて、悲しいことがあれば涙を流せて、嫌なことがあれば怒る。

 大切な人を傷つけられれば、復讐心を抱くことだって至極当然だ。


「こんなこと考えたくはないけれど、私だって大事な人を傷つけられたら怒りを抱くし……あんたもそうでしょ?」


「ああ……」


 小さく頷き、呟くように返事をすることしかできなかった。





 

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― 新着の感想 ―
[良い点]  お?  ステルス能力を持つドラゴンの仕業と言うのは予想出来ていましたが、秋塚先公が主犯かどうかまではまだ掴み切れていない……と思っていましたが、存外早くに『限りなく黒に近いグレー』が特定…
[一言] 軽率な判断だっただなぁ。 犯人ならぬ犯龍がいる可能性があって。 でもって犯人もしくは犯龍を探している相手に手掛かりを見せるだなんて。 ルキアちゃんの言う通り心を持っている以上はルールで縛れ…
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