第59話 昼下がりの歓談
昼休みの時刻。
俺は七瀬に真吾、さらにルキアと一緒に学校の中庭にいた。夏の時期で天気も良く、手入れが行き届いた花壇を眺めながら昼飯を食うのは気持ちがいい。毎日というわけではないが、気が向いた日にはこうして俺達はつかの間の自由時間を外で過ごしていた。
中庭は購買部から近いし、自販機も設置されているので飲み物も買える。それに教室より生徒が少ないので、喧騒を避けて食事ができるというメリットもあった。
「ぷっ……あははははは!」
腹を抱えて笑っているのは、ルキアだ。
最強のドラゴン少女にして、俺の家にドラゴンステイに来ている彼女。この学校のドラゴンガードとして、言うなれば『警備員』のような役割を持つ彼女は、巡回中に偶然俺達の姿を見かけて合流した。
制服姿の生徒達の中で、私服のままのルキアの姿は浮いていた。
しかしながら、腕章を着けなくてはならないこと以外に、服装に関して特に規定は存在しないらしい。むしろ周囲の生徒と区別するために、外見を乖離させておいたほうが都合がいいそうだ。
ルキアが笑い始めた理由は、学校祭の役割決めだ。俺が模擬店の代表とドラゴン交通安全ポスターを兼任することとなってしまったからだ。
「なるほど、それであんたは七瀬さんの厚意を踏みにじって、見事にダブル貧乏くじをゲットすることになったわけね」
「んなっ……! それを言うなそれを!」
箸を持っていないほうの手で、俺はルキアをずびしっと指差しながら言った。
けれど、彼女の言うとおりだったのでそれ以上は反論できない。あのジャンケンの時、七瀬が俺を騙そうとしていると信じ込み、チョキを出してしまった俺が全部悪いのだ。
「もう……智、私のこと信じてくれないんだもん」
深いため息をつき、昼食のサンドイッチを口に運びながら七瀬が言った。
この件で俺はルキアが言ったように、ダブル貧乏くじをゲットしてしまった。それに留まらず、七瀬の信頼を大いに裏切ったのだ。
「わ、悪かった七瀬、ホントごめん……」
ルキアを指差した時とは打って変わり、テンションガタ落ちな声で、俺は謝罪した。
はっきり言って、どんなに謝っても謝り足りない……。
「まあ、なっちゃったものは仕方ないよな。それで智、まずは何をすることになったんだ?」
購買部のパンを片手に、真吾が尋ねてきた。
「模擬店はまず、どんな店を出すのかを決めることになって、ドラゴン交通安全ポスターは何かアイデアを出して……ラフな絵を描いてくることに決まった」
中庭のベンチに腰を下ろし、膝に乗せた弁当箱の蓋を開けつつ、俺は応じる。
毎日母さんが作って、持たせてくれる弁当……今日のおかずはハンバーグだった。刻んだレタスやプチトマトも添えられていて、見た目が綺麗なだけじゃなく栄養のバランスまで考えてくれていることが見て取れる。
「ラフな絵……あんた、描けるの?」
「描けるわけないだろ。ていうか、絵なんて学校の授業以外で描こうと思ったことすらないよ……」
ルキアの問いに、俺はやけくそ気味に応じた。
真吾に言ったとおり、まずはドラゴン交通安全ポスターに配属された生徒全員でデザイン案を持ち寄ることが決まった。けど、急にそんなものを用意しろと言われても困る。どんな絵を描けばいいもんだか、まったくもって見当がつかない……。
しかも、俺の仕事はそれだけじゃなくて、模擬店の代表として説明会とかにも出なきゃならない。
模擬店とドラゴン交通安全ポスター、どちらか片方でも無ければ、負担は幾分軽くなっていたはずだ。けれど、七瀬を信じなかった俺が悪い。今となっては、後悔先に立たずだ。
「けどま、真吾の言ったように……やるしかないよな」
自分に言い聞かせるように言いつつ、俺はハンバーグを一口食べた。
肉の旨みが、じんわりと口の中を満たしていく。
母さんのおかずは今日も美味い。学校祭の準備決めで楽な役目を勝ち取れていれば、この弁当は極上の勝利の肴となったはずだった。こんなことを言っても不毛だが、つくづく悔やまれるな……。
「にしても智、羨ましいな。こんなべっぴんなドラゴンさんと暮らしてるなんて……」
購買部で買ってきたパンをかじりながら、真吾がルキアに視線を向けつつ言う。
ルキアと真吾はこの場が初対面で、ほんのさっき俺は真吾にルキアのことを紹介したばかりだった。彼女が俺の家にドラゴンステイするドラゴンだと教えた時、真吾は目を丸くして驚いていた。理由は七瀬の時と同じで、俺が望んでいたドラゴンとルキアがあまりにも乖離していたからだった。
性別は男で、大柄でがっしりとしたフォルム。情に厚い性格を備えていて、体色は青系統……ルキアがうちに来る以前、俺は真吾にもその希望を語ったことがあったのだが、彼女はその条件のどれにも当てはまらない。当てはまらないどころか、体色を除いてほぼ真逆と言って間違いないだろう。
それでも、当初は険悪な雰囲気だったものの、今は多少なりルキアと良い関係を築けている気がした。もちろん、向こうがどう思っているかは分からないけど。
「言っとくけど真吾、ルキアにセクハラするのはオススメしないぞ」
俺は忠告した。
本来の姿はドラゴンであるのだが、人間の姿でいる時のルキアは美少女といって差し支えないし、スタイルもいい。
女好きで七瀬に対するセクハラの常習犯である真吾は、下手をすればルキアにも手を出しかねないのではと思ったのだ。そんなことをしたが最後、手痛い制裁を受けることになるのは間違いない。
ルキアの強さを考えれば、ぶっ飛ばされるくらいで済めばまだ御の字……と思ったが、ドラゴン三原則がある以上、ルキアは真吾を傷つけられないのか。いやでも、真吾から手を出している以上は何らかの制裁を受けても文句は言えないのだろうか? 三原則に関してざっくりとしか知らない俺には、何とも分からなかった。
真吾はまた、パンをかじった。
「何言ってんだ智、ドラゴンはセクハラの対象外だぞ。だって人間じゃないからな」
セクハラをしてるって自覚はあるんだな。
ならやめたほうがいいんじゃないかと思うが……。
「塚本君、それなら私のことも対象外にしてよ……」
ため息交じりに、七瀬が言う。
真吾は、残ったパンを全部口の中に押し込んだ。それをモゴモゴと咀嚼しながら、
「いやいや七瀬ちゃん、それは断固拒否だ!」
なぜかガッツポーズをしながら、硬い決意を表明した。
まったく、残念イケメンとはこのことだな。もはや呆れるしかない。
パンをごっくんと飲み込み、真吾はボリボリと背中を掻きながら俺達に向き直った。
「まあでも、どうせなら俺もルキアちゃんみたいな女の子のドラゴンがよかったな。うちの親父はもう、暑苦しくてどうしようもねえからさ」
「てことは、ドラゴンを寄宿させてるんだ?」
問い返したのはルキアで、真吾は「まあな」と応じた。
「グスタフさん、いい人……ていうか、いいドラゴンじゃないか?」
真吾の顔を見て問う。俺はまた一口、母さんが作ったハンバーグを口に運んだ。
今発した『グスタフさん』というのは真吾の家にドラゴンステイしているドラゴンのことで、真吾からは『親父』と呼ばれている。真吾の実家である寿司屋を切り盛りしていて、いつだったか寿司をごちそうになったこともあった。
真の姿こそ見たことがないけれど、種別的にはサラマンドラだそうだ。
「隣の芝生は青く見えるもんさ。あれと一緒に生活すれば、智もきっとダルい気分になると思うぞ」
とはいいつつも、真吾はまんざらでもない表情を浮かべていた。
「っと、そろそろ行かなきゃ」
校舎の壁に取り付けられた時計を見つめて、ルキアが言った。
彼女は数歩前に歩み出つつ、その背中に翼を出現させる。
「用事があるのか?」
俺が問うと、ルキアは振り返った。
「サンドラと会う約束をしてるの、ちょっと行ってくるね」
そう告げると、彼女は問い返す暇も与えずに翼を羽ばたかせ、空高く舞い上がっていった。




