第53話 サンドラの助太刀
戦いに区切りが付いたのを確認して、俺はルキアのところへ駆け寄った。
体育館で戦った時とは打って変わって、このグラウンドで繰り広げられた戦いは、終始ルキアがファフニールを圧倒していた。絶対かと思っていたファフニールの防御も、ルキアがその気になれば簡単に突き崩されてしまった。炎を過剰に吸い込ませて、爆発を誘って内側からダメージを与える。ルキアの戦法はまさしく効果抜群だったようだ。
「あ、が……!」
ファフニールの近くを通った時、俺は奴をちらりと見てみた。
仰向けに倒れ込んだまま、ピクリとも動かない。白目を剥き、その口からは無意味な声が途切れ途切れに発せられていて、気を失ったのかもしれなかった。
落合の時以上の強敵かと思ったが、決着するとあっけないものだ……とは思ったが、恐らくこいつが弱いわけじゃない。ルキアが強すぎたのだ。
同情するわけじゃないが、今晩たまたまルキアがドラゴンガードとしてこの学校に常駐していたことが、このファフニールの最大の不運だった。もしそうじゃなければ……今頃こいつは目的を遂げて、悠々とこの学校から逃走していたのだろう。
目的?
そこで俺は気づいた。結局こいつは、どうしてこの学校に侵入したのだろうか。それ以前に、なぜこいつはサッカーゴールを盗んだりしたのだろうか……動機こそがこの事件の根幹と言える最重要事項なのだが、それを聞き出す前に気絶してしまった。
けれど、それが明らかになるのも時間の問題だろう。
捕らえられて尋問されれば、こいつは洗いざらいすべてを吐かざるを得なくなるだろうから。
「ルキアさん!」
後ろにいた七瀬が、先んじてルキアに声を掛けた。
ルキアはじっとファフニールを注視していた。奴が本当に気絶したのかどうか、見定めているらしい。
やがて、安心したように「ふう……」と声を発すると、彼女は俺達のほうを向いた。
「とりあえず、終わったわね」
ルキアは、その銀髪をさらりとかき上げた。
「気絶したのか?」
「ええ、外からの攻撃には強いけど、内側からの攻撃には弱かったみたいよ」
仰向けに倒れているファフニールを瞥見して、ルキアは言った。
推測の域を出ないことだが、きっとこいつは自身の能力の欠点を知らなかったのだろう。自分の体内には、無限に炎を吸収して無効化する力がある。そう思い込んでいて、吸収できる容量には限界があるなどとは思いもしなかったのだ。
自分の能力を過信し、それを逆手に取られたこと。俺の見解では、それがこいつの敗因だった。
「それでルキアさん、これからどうするの?」
「そうね、とりあえずは……」
七瀬の質問にルキアが答えようとした、まさにその時だった。背後から物音が聞こえ、さらに何かが動く気配がしたのだ。
俺も七瀬もルキアも、全員が振り返り、そして驚愕した。
「よ、よくも……やって、くれたな……!」
気絶したと思っていたファフニールが、起き上がっていたのだ!
「ちょっ、下がって!」
ルキアが、俺と七瀬に後退を促した。
その最中にも、ファフニールはのろのろとした動作でこちらに迫ってきていた。どうやら意識を取り戻したようだが、その目はうつろで、大ダメージを負っていることに疑いの余地はない。
それでも、油断はできなかった。
ルキアに負かされてやけくそになったあいつは、真正面から俺達目掛けて突っ込んできた。
「も、も、もう許さないぞおおおおお!」
ドスドスと地響きを起こしながら、ファフニールは一直線に走ってくる。
あいつ、まだあんな体力が残っていたのか!
「くっ!」
ルキアは身構えた。どうやら、ドラゴンの姿に変身せずに迎え撃つ気のようだ。
変身している時間がないと判断したのか? いや、きっと違う。変身せずとも、人間の姿のままで十分だと判断したのだろう。
案の定、ルキアが変身する必要はなかった。そもそも戦う必要どころか、身構える必要すらなかった。
ファフニールがルキアの目前まで踏み込んだ、まさにその時だった。横から弾丸のごとき勢いで飛んできた何かが、ファフニールの巨体を弾き飛ばしたのだ。
「うげふっ!?」
衝突音に混ざって、ファフニールが発した奇妙な声がはっきりと耳に届いた。
何が起きたのかと思った矢先、俺達の前にその子は降り立った。
背中が開いた赤いドレスに、ふわりとカールしたマゼンタ色の髪。歳は俺達とそう変わらなさそうだが、華やかで色っぽい装いをしているためか、その後ろ姿はより大人びて見えた。
「様子を見に来てみたら、こんなことになってるなんてね」
ドレスの腰部分に付いたリボンを揺らしつつ、彼女は俺達を振り返った。
「サ、サンドラさん!」
七瀬の言葉で、俺は確信した。
なんとなくそうなのだろうと感じていたが、彼女が『サンドラ』らしい。前々より話題に出ていた、ルキアと同じようにこの高校のドラゴンガードで、ルキアにとっては先輩にあたる女の子……正直なところ、俺は少しばかり驚いた。
というのも彼女は想像していたよりも派手な装いで、何というか……例えが悪いかもしれないが、『キャバ嬢』を思わせる女の子だったからだ。もちろん、そんなことは口になど出さないが。
それでも、サンドラの強さは本物なのだろう。
さっき、彼女はあのファフニールを蹴り飛ばした。あの巨体を弾き飛ばすなんて、生半可なドラゴンが成せる業ではない。今の時点では、サンドラがどのような能力を有するドラゴンなのかすら分からないが、かなりの戦闘能力を持ち合わせたドラゴンであることは、疑いようのない事実だった。
「来てくれたのね」
「来るって言ったでしょ?」
ルキアが呼び掛け、サンドラは答えた。
続いて彼女は、俺のほうを向いた。こちらを見つめるその赤い瞳に、怪訝そうな色が浮かぶ。無理もないだろう、サンドラにとって七瀬は顔見知りで、ルキアは同じドラゴンガードという繋がりがある。しかし俺とは一切の面識がなく、この中で唯一まったくの初対面という間柄なのだから。
「ところで、あなたは……?」
サンドラが問うてくる。自己紹介をしようと思ったが、その時間は与えられなかった。
蹴り飛ばされたファフニールが立ち上がり、こちらへと向かってきたのだ。
「くそ、次から次へと! ぜ、全員ぶっとばしてやるぞ!」
サンドラが加わって二対一の状況になっても、まったく退く様子を見せなかった。
やけくそになって思考が働かなくなっているのか、それとも意地でも果たしたい目的があるのか……とにもかくにも、あいつを鎮圧しなければ危険だ。
「ったく、しぶとさだけは一級品ね!」
身構えたルキアを、サンドラが制した。
「あたしに任せて。ずっと戦ってて疲れたでしょう? あなたはなっちと、その男の子をお願い」
どうやら、『なっち』というのは七瀬のことのようだ。
サンドラの眼差しは真剣で、それでいて凛としてもいて……ドラゴンガードの先輩としての頼もしさが感じられた。
「で、でも大丈夫? 手負いとはいえ、それなりに面倒な相手よ」
「平気平気、シル姉からあなたのサポートをするように言われてるし、それに……」
懸念を表明するルキアに、サンドラは飄々とした様子で応じた。
「仮にもあたしはドラゴンガードとして、あなたの先輩の立場にあるわけだしね。お手本をしっかり見せなきゃならないでしょ?」




