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第47話 橙色のファフニール


「七瀬、ライト返すよ」


「うん……!」


 電気が点けられた以上、七瀬から借りていたライトはもう必要なかった。

 ルキアの背中越しに、俺はその男を見つめる。

 短く切られたオレンジ色の髪が目を引くそいつは、かなり太った体型をしているようだ。衣服越しでも、でっぷりと腹が出ているのが見て取れる。ポテトチップスの袋とコーラを持たせれば、たちまち不摂生の権化といえる見た目になりそうなくらいだった。

 

「ななっ、何だお前ら! さっき出て行ったはずじゃ……!」


 目に見えて狼狽えているその様子からは、はっきり言って強さは感じられない。

 ルキアなら、こんな奴ものの一瞬でノックアウトなんじゃなかろうか……と思ったが、油断は禁物だ。状況的にこいつがドラゴンなのは間違いないだろうし、落合の時みたいに俺が足を引っ張るだなんてことはあってはならない。

 とにかく、さっきの発言からしてこいつがサッカーゴールを盗んだ犯人なのはほぼ確定だ。

 確実に、ルキアにとっ捕まえてもらわなくてはならない。


「あんたが物陰で、私達の会話を盗み聞きしてたのには気づいてた。ていうか何なら、外で上空から見回った時点で、あんたが校舎をジロジロ見ていたことはお見通しだったのよ。だから、わざと職員用玄関を開けっぱなしにして、さらにあんなことを言ってカマをかけた。そしたら案の定、エサに喰い付いてきたわね」


 ――職員用玄関まで、俺達を送っていく。

 そう告げて歩を進めていたルキアは、突如踵を返して走り出した。

 あの時は驚いたが、俺も七瀬も慌てて彼女の背中を追った。何度も呼び掛けたけれど、ルキアはまったく応じなくて……その様子からは確信めいたものが感じられた。

 なるほど、こういうことだったのか。

 彼女の策は見事に功を奏し、犯人の自白を取ったばかりか、あいつを逃げ場のないこの体育館に追い詰めることに成功したわけだ。

 それにしてもあいつ、『今度はバスケットゴールを』と言っていたな。

 サッカーゴールの次は、バスケットゴールを盗み出そうとしていた……一体何が目的なんだ? と思ったが、今は考えている状況ではない。


「ぐぬぬぬ、余裕で入れたと思ったら、ぼきゅを陥れる罠だったということか……よくも……!」


 ぼきゅ? 『僕』って意味か?

 変な一人称だな……。


「さあ、痛い目を見たくなかったら大人しくしてもらおうかしら、そんな身体をしているようじゃ、私には追いつけないわよ」


 ルキアが警告する。

 彼女の言葉に偽りはなく、俺も同意だった。あのデブがルキアと渡り合うだけの力を持っているようには、到底思えなかったのだ。

 警告に従うのが賢明――だと思ったのだが、あいつの様子が急変した。


「そ、『そんな身体』だと!? お前、今ぼきゅを『デブ』だと言ったな!」


 ルキアを指差しながら、男は怒鳴った。

 自分の体型、割と気にしてるんだな……。


「は? いや、私『デブ』とは……!」


 たしかにルキアは奴の体型に言及こそしたものの、『デブ』という言葉は発していない。

 発していないのだが、もはやあいつは聞く耳持たずの様子だった。


「ゆ、ゆ、許さないぞ! ぼきゅを馬鹿にする奴は全員、し、し、し、死刑だ!」


 独特の喋り方だった、興奮すると吃音になる癖があるのだろうか?

 だが、そんなことを詮索している余裕はなかった。

 男の身体が光に包まれる、それは人の姿に変身していたドラゴンが、本来の姿に戻る合図――光の中から現れたのは、オレンジ色をしたドラゴンだった。

 ぶっくらと腹が出ていて、首と脚が短くて、小さい翼が申し分程度に背中に生えているそのフォルムからは、変身前、つまり人間の姿でいる時の面影が存分に残されていた。


「ファフニール……!」


 ルキアが発したように、男の正体はファフニールのようだ。

 ファフニールは、骨格こそドレイクと似通ったドラゴンだ。しかし脚が著しく発達しており、さらに指が三本しかないという決定的な身体的特徴があるので、手に着目すれば簡単に見分けることができる。

 天を仰いだと思うと、ファフニールはその咆哮を体育館に響かせた。


「私から離れて!」


 俺と七瀬を瞥見し、ルキアは命じた。

 その言葉の意味は分かる、俺達を戦いに巻き込みたくないのだ。ドラゴンの戦いでは、少なくとも俺や七瀬が役に立てることは思いつかない。できることは、せめてルキアの気を煩わせないように遠くから戦いを見守ることくらいだった。


「七瀬!」


 呼び掛けると、七瀬は頷いた。

 俺の意図をすぐに理解してくれたらしく、七瀬は先んじて体育館の端の方へと駆け出し、俺もその背中を追った。



 ◇ ◇ ◇



「い、い、行くぞ!」


 その宣告とともに、ファフニールはルキア目掛けて迫ってきた。

 多少とはいえ、ルキアはだじろいでしまう。というのも、その見かけに反してファフニールは素早かったからだ。いわゆる『動けるデブ』というものなのか、とにかく肥え太った体型からは想像もつかないほどに俊敏だった。

 あの身体を支えている両脚は、恐らく数百キロに及ぶ体重をものともしない強靭さを備えているらしい。

 

(速い……!)


 あんな見た目をしている以上、動きは鈍いものと思っていた。思い込んでしまっていた。

 その思い込みが致命傷となり、ルキアに回避の猶予は与えられなかった。

 回避が間に合わないのであれば、防御するしかない。ルキアはその背中に翼を出現させ、それを自身の前で交差させた。言うなればそれは翼の盾、火災現場で智を炎から守る時にも使用した技だった。

 一瞬にも満たない時の後、ファフニールのタックルがルキアに襲い掛かった。

 外見から察するに、ファフニールの体重はかなりのものだ。それは本来、戦闘においてマイナス要素にしかならないはずだが、克服してしまえば逆に強力な武器となる。

 自重と速度を複合させたタックルは、まるで重戦車のごとく圧倒的な破壊力を伴っていた。

 直撃した瞬間、ルキアの翼の盾は崩され、彼女の身は後方へと弾き飛ばされる。


「くっ!」


 しかしルキアは空中で後転し、すぐに体勢を立て直した。

 翼の盾を崩されたとはいえ、衝撃は完全に防いでいた。ルキア自身にダメージは及んでいなかったのだ。

 即座に反撃に移る。

 ルキアは空中で翼を広げ、それを羽ばたかせて一気にファフニールへと突っ込む。

 その勢いはまさに弾丸のごとく。ワイバーンに及ぶか、もしくはそれ以上に突き抜けた制空能力を有する彼女だからこそ成しえることだった。

 

「はああっ!」


 突進の勢いも加え、ルキアは渾身の力を込めてファフニールの腹部に拳を突き入れた。

 ドラゴンたるルキアの力は、人間の姿でいる時にも健在だ。彼女はパンチ一発でコンクリートに穴を開けられるし、その気になれば岩を砕くことだって造作もないだろう。

 真正面からルキアの攻撃を受けようものなら、並のドラゴンならば一撃で戦闘不能になる。仮にそうでなくとも、多大なダメージを負うのは免れないはずだった。

 しかし、


(この感触……!?)


 ファフニールの腹部にパンチを入れた瞬間、ルキアは妙な感触を覚えた。まるで何か……たとえるならば、巨大なスポンジを殴っているかのような、そんな感触だった。

 次の瞬間、ルキアの拳が勢いよく押し戻された。


「わっ!?」


 その反動に、拳に留まらずルキアの身が再び後方へと弾き飛ばされた。

 さっきと同じように、ルキアは空中で後転して着地し、再び身構えてファフニールを見やった。


「ははははは、無駄無駄無駄! ぼきゅにはそんな攻撃、つ、つつ通じないぞ!」


 勝ち誇った言葉を放ちながら、ファフニールはその右手で自らの腹部をバンと叩いた。

 まるで波打つかのように、その脂肪がだるんと揺れるのが見えた。


「脂肪で物理攻撃を吸収するってわけね、面倒な能力を持ってるもんだわ……!」


 ファフニールの攻撃をルキアは無傷で防いだが、ファフニールもまたルキアの攻撃を無傷で防いでいた。


「ルキア!」


「ルキアさん!」


 ルキアの身を案じ、智と七瀬が彼女を呼ぶ。

 しかしルキアは振り返ることなく、


「ふたりとも、そのまま離れてて! このメタボドラゴン、思ったより厄介な相手かもしれないわ……!」






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― 新着の感想 ―
[一言] ならば今こそ、皮膚への攻撃を中心とした秘拳『鞭打』を(ォィ
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