第46話 遭遇
職員用玄関を開けて、ルキアは智と七瀬とともに校内へ踏み入った。
夜間なので、当然ながら電気は点いていない。しかしドラゴンである彼女の目は、暗闇の中でも何ら不自由なく辺りを見渡すことができる。
ドラゴンガードとしての職務のためとはいえ、個人に学校の鍵を預けるのはなんとなく不用心であるようにも思えた。けれど裏を返せば、シルヴィアやサンドラが自分を信用してのことなのだろう。ルキアは、そう考えておくことにしていた。
静けさに包まれた校内には、もちろん人の気配はない。
「ちょっと待ってね」
七瀬は、ショルダーバッグを開けて中を探り始めた。
フルーツサンドイッチの他にも何か持ってきているのかと思うと、七瀬は円筒状の物体を取り出した。
「きっと暗い場所を歩くと思ってさ、LEDライト持ってきたの」
七瀬が持ってきたそれはありふれた懐中電灯などではなく、大手メーカー製の値の張るライトのようだ。銀色でゴツい本体は見るからに頑丈そうで、夜間警備業務や暗所での作業に従事する人が持つようなものに見えた。
スイッチを押して、七瀬はライトを照らした。ライト本体の長さと太さから見て、電源は数本の単二電池のようだ。発せられた光量はそれなりに大きく、暗い校内が端まで照らし出されるほどだった。
値段にして数千円はするライトだと思うが、わざわざこのために準備してきたのだろうか。
「はい智、一本貸してあげる」
ショルダーバッグからもう一本同じライトを取り出し、七瀬は智に差し出した。
「あ、悪い……てか七瀬、用意がいいな」
ルキアも同感だった。
さっきのフルーツサンドイッチといい、このライトといい、七瀬の備え上手ぶりには目を見張るものがあった。
「ルキアさんも使う?」
七瀬はルキアにもライトを差し出してきたが、ルキアはやんわりと首を横に振った。
「大丈夫だよ、私の目は暗い場所でもよく見えるから……でも、ありがとう」
どうやら、七瀬は自分の分に加えてルキアと智に貸す分、計三本のライトを持ち込んでいたようだ。
単二電池が内蔵されたゴツくて長いライトを三本も入れていれば(しかも、フルーツサンドイッチまで一緒に入っていた)、ショルダーバッグもそれなりの重さになったのではと思う。
だが、裏を返せば七瀬はそこまで入念に準備してきてくれたのだ。
その厚意は受け取っておこうとルキアは思った。
「それじゃ、七瀬さんのお陰でやりやすくなりそうだし……見回るわよ」
そうして、ルキアは智と七瀬を伴って校内を見回り始めた。闇と静寂に包まれた校内に、三人の足音が鳴り渡る。
職員用玄関から離れて、まずは昇降口の横を通り抜けた。ルキアはまだこの学校のドラゴンガードに赴任してまもなく、馴染みも浅いのでさほど新鮮味は感じない。しかし智と七瀬は違ったらしく、ふたりはしきりにライトを照らしながら、まじまじと周囲を見渡していた。
通い慣れた学校も、昼と夜ではまるで違う場所なのだろう。
「それにしても、見張り役を置くならルキアだけじゃなくて、もっと大勢呼んでおくべきって気もしなくないか?」
広場を歩く最中で、智が言う。
三人の先頭を切っていたルキアは、彼の言葉に振り返った。
「大勢いたら、逆に犯人が警戒して出てこないと思ったんじゃない? 大人数を常駐させれば、その分経費だって膨らむことになるし」
校内に視線を巡らせつつ、ルキアは応じた。
「それに、ドラゴンガードとして同僚になった子がひとり、あとで様子を見に来てくれるって言ってたから……別に私ひとりに全部丸投げってわけじゃないわよ」
ドラゴンガードとして、ルキアはまだ新人の立場だ。
そんな彼女に警備を任せる以上、最低限のサポートはするということに違いなかった。
「へえ……ルキアさん、もう友達ができたんだね。誰が来てくれるの?」
七瀬に訊かれて、ルキアは彼女を振り返った。
光をルキアに向けないように配慮しているのだろう、七瀬はあえて、その手に持ったライトを下に向けていた。
「サンドラって子。色々あったけど、仲良くなったの」
初めて彼女と会った時のことを思い返しながら、ルキアは言った。
サンドラに襲撃を受けた時は、まさか彼女が自分と同じドラゴンガードだとは、ましてや自分と同じ高校に赴任しているとは夢にも思わなかったものだ。
「えっ、コカトリスのサンドラさん?」
すると、思いがけず七瀬がサンドラのことを知っているような様子を見せた。
ルキアは目を丸くする。
「七瀬、知ってるのか?」
智が問うと、七瀬は彼に頷いてまたルキアのほうを向いた。
「うん、凶悪なドラゴンを何体も捕まえたことがある腕利きのドラゴンガードみたいだよ。先生方からも信頼されてるんだって」
なんとなく、そんな気はしていた。
ただ一度手合わせしただけだが、ルキアは薄々サンドラの戦闘力を感じ取っていた。
動きは素早くて一切の無駄がなく、確実にルキアを狙ってきた。カールしたマゼンタの髪といい、赤いドレスといい……華やかな外見に反して彼女は非常に戦闘慣れしていて、修羅場を幾度も潜り抜けてきたことが見て取れた。
さらに何より、あの時のサンドラはコカトリス特有の切り札を出していない。言うなればそれは、彼女の『最終兵器』ともいえる。
正確には出そうとしたのだが、割って入ったシルヴィアの仲裁によって中断された。もしもあのまま戦闘が続いていれば、下手をすればルキアが負けていたかもしれないのだ。
「そうなんだ、だったら……彼女が応援に来てくれるのは心強いわね」
その後、ルキアは智と七瀬を伴って一階を一通り見回った。
しかしながら、サッカーゴールを盗んだ犯人どころか人の姿すら見受けられない。
「ふあ……」
片手を口に当てて押し留めようとしていたが、智は欠伸をした。ここに来る前に睡眠を取っていたのだろうが、やはり睡魔を完全に取り去ることはできないのだろう。
「ふたりとも、そろそろ満足したでしょ。今日はこの辺でお開きにしたら?」
頃合いだと判断したルキアは、そう提案した。
智だけでなく、七瀬も睡魔に誘われつつあるらしい。彼女は指先で目を擦っていた。
「うーん、そうだな。そうするか……」
「あまり長居しすぎてもまずいし……あとはルキアさんに任せて、そろそろ帰ろうか、智」
ドラゴンであるルキアには分からないが、人間は通常、夜には休むものだ。
どんな準備をしたところで、生まれ持った生理構造には逆らえないに違いない。
「それじゃ、決まりね。職員用玄関まで送ってくわ」
そう告げた直後に、ルキアは後方を振り返り、射抜くような眼差しで柱の陰を見つめた。
暗い中でもよく見える彼女の瞳は、そこにいた者を見逃さなかった。
◇ ◇ ◇
「くっくっく、こんな簡単に侵入できるなんてなあ……!」
体育館に、その男の姿はあった。
肥満体系で髪が短く、いかにも不敵な笑みを浮かべる彼の姿を見る者は、そこには誰もいない。
しかし、ドラゴンたる彼の目ははっきりと標的を映していた。視線の先には、男がわざわざ夜間に高校に侵入した目的と言える物――バスケットゴールがある。
「よし、サッカーゴールの次はあれを……!」
バスケットゴールまで歩み寄ろうとしたその時だった。
突如体育館の照明が灯され、男の姿が丸見えになったのだ。
「なっ、ななっ、何だ!?」
余裕は跡形もなく消え去り、男は激しく狼狽えながら辺りを見渡した。
体育館の入り口付近に、計三人の人物が立っていた。
その中で先頭にいた、白い服に銀色の髪をした少女が歩み出て、腕組みをしながら男を見やる。
「さて……話すことは多そうね」




