第28話 Fly High
その後、俺とルキアは落合の追跡を再開した。
落合を騎乗させているのは、飛ぶ能力に長けたワイバーンだ。この短時間で遠くにまで逃げられてしまい、追いつくのは難しいのではと懸念していた。しかし、それは杞憂に終わった。
ルキアの角を掴み、彼女の向かう先に身を任せていると、たちまち前方に落合と、あいつを騎乗させているワイバーンの姿が見えてきた。
「いた、あそこ!」
ルキアが言う。
制空能力ならばワイバーンにも勝ると彼女は言っていたが、それが真実だと分かる。
このままいけば、すぐに追いつける――そう思った時、ワイバーンの背中の上で落合がこちらを振り返ったのが見えた。どうやら、俺達が追ってきていることに気づいたようだ。
すると、ワイバーンは一層強く翼を羽ばたかせ、速度を上げた。
全身に吹きつける風が強くなり、思わず目を閉じそうになってしまう。でもどうにか持ち堪え、俺は前を見つめ続けた。
「逃げる気か……!」
「逃がさないわよ!」
俺の言葉に即答すると、ルキアも負けじと速度を上げた。
より強く、ルキアの角を握りしめる。またさっきみたいにバランスを崩して、ルキアの足を引っ張るわけにはいかなかった。
「ドラゴンの力を、あんなことに使うような奴は許さない!」
同感だった。
速度を上げて飛ばれるのは怖かった。間違っても、下を見ることなどできそうにない。
だが、絶対にそれを口に出す気はない。
こんな状況で弱音なんか吐いてたら、いくらなんでもヘタレすぎる。ルキアに怒鳴られてしまうのは目に見えてるし、それ以上に俺は落合を見返してやりたかった。あのゲス野郎を、ギャフンと言わせたかったのだ。
だから俺は、覚悟と決意を込めて告げた。
「思うままに飛んでくれ、絶対に逃げられるなよ!」
「っ……」
ルキアが、息をのんだのが分かる。
ん、何だ? 俺今、変なことでも言ったか?
「そう……分かった。それじゃあ私の背中、あんたに預けるわよ!」
俺を信頼してくれたのか?
と思ったけれど、意味を深く考え込んでいる状況ではなかった。
即座に態勢を立て直すと、ルキアは巨大な翼を羽ばたかせ、一気に落合、それにワイバーンのほうへと迫った。
向こうも逃げるのに必死なようだが、速さはルキアのほうが上だ。ゆっくりと、だが確実に距離は縮まっていく。
このままいけば、もうじき追いつける!
そう思った矢先だった。
落合を騎乗させたワイバーンが、急に空中で制止してこちらを振り返った。
逃げ切れないと観念したか……一瞬俺はそう思ったものの、その考えは早々に却下する。落合の奴のことだ、何か企んでいるに違いない。
結果は、案の定だった。
こちらを振り向いたワイバーンの口元に、炎が迸りはじめる。
「掴まって!」
追跡を中断し、ルキアが空中で制止した。
次の瞬間、ワイバーンの口から放たれた火球が、まっすぐにこちらへ飛んでくる。
ルキアが翼を前方で交差させたのを見た。まずは衝撃、次は熱気――そして眩しい光に、思わず顔を逸らしてしまう。
「うっ!」
回避は間に合わないと判断したのか、ルキアはワイバーンが放った火球を防ぐという選択を取った。
それ自体のダメージはほぼ無いらしく、ルキアの翼には汚れのひとつも付いていなかった。しかし落合達の狙いは恐らく、攻撃をすることじゃない。
火球が爆散した際に飛び散った火の粉や、舞い上がった黒煙を打ち払うようにして、ルキアが翼を広げる。
視界が再び開けた時、落合達は遠くへと飛び去っていた。
「なるほど。時間稼ぎってわけね、ずる賢い奴ら……!」
ルキアが忌々しそうに呟いた。
もしかしたら、逃げずに攻撃を仕掛けて、ドラゴンに乗ることに不慣れな俺を庇うことに気を割かせる狙いもあるのかもしれない。
姑息な手だと思ったが、落合なら十分に考えられる。
「どうするんだ?」
俺の質問に、ルキアはその場に滞空しながら答えた。
「そんなの決まってる。小競り合いを仕掛ける余裕も与えず、とっ捕まえてやればいいのよ」
ルキアの策は適切だと感じたが、また距離を放されてしまった今、それは難しいのではと思った。
でも、どうやって?
そう問い返す猶予は与えられなかった。
翼を羽ばたかせたと思った次の瞬間、ルキアは再び前方へと飛行する。その方向は、落合達が逃げ去ったほうとは少しばかり逸れているようにも感じられた。
いや、それよりも問題があった。ルキアが飛んでいくその先に、大きなビルが建っていたのだ!
「ちょっ、前! 行き止まりだぞ!」
慌てた俺は、思わず叫んだ。このままじゃぶつかる!
「私にとっては違う!」
しかし、ルキアは俺の言葉に一切耳を貸さず、
「高度を上げるわよ!」
そう告げた。
宣言通り、ルキアは一気に高度を上げていき、地上がぐんぐん遠ざかっていく。
否応なく下を見ざるを得なくなってしまった。道路を行き交う自動車や、街路樹、街灯に、道行く人々……そのすべてが、まるで豆粒のように小さく見える。
上空へと飛翔したルキアは、前方に迫っていたあのビルを余裕で飛び越えた。屋上ヘリポートに記されたHマークが、はっきりと見えた。
「うおおおおっ……!」
こんな高さから街を見下ろしたのは、初めてだった。
その光景はまさしく壮観で、さっきまで下を見るのを怖がっていたことなど忘れてしまった。思わず声を出してしまう。
しかし、見惚れている場合ではなかった。
俺達が追っている相手も、上空から視認できた。どうやら、落合達はこちらに気づいていないらしい。
そこで俺は、やっとルキアの意図を察した。ビルを陰にして身を隠し、あえて上から狙うことで……迎撃を繰り出す猶予を潰した。
つまりルキアは、不意打ちを仕掛けることにしたのだ。
「よし、もう逃がさない!」
ルキアは、一気に降下して標的へと迫る。
落合達は、呑気にどこかを見つめていた。逃げ切ったか、あるいは俺達が追跡を断念したとでも思い込んでいるのかもしれない。
直前で、ワイバーンがようやく俺達に気づいてこちらを向いた。
しかし、向こうが行動を起こすよりも先に、振り抜かれたルキアの尻尾がワイバーンの腹部を打った。
「ごほッ!」
ワイバーンはすぐに体勢を立て直したものの、その表情を見れば、今の一撃が効いたのは明らかだった。
「くそっ、どこから追ってきやがった……!?」
落合がそう言うが、もちろん答えてやる気などない。
どうやら、ルキアも同じようだった。
「諦めなさい、空で私にケンカを売った時点で、あんた達の負けはもう決まってんのよ」




