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第23話 マスカットのタルト


「お待たせいたしました」


 ルキアの知能の高さを思い知らされ、俺が完膚なきまでに叩きのめされてから数分。この喫茶店の店員であるリザードマンが、俺達三人分のスイーツをトレイに載せて持ってきた。

 体格的にも身体構造的にも、リザードマンは一番人間に近いドラゴンだと言われている。なので、こうして人間に代わって店員の仕事に就いていることも多いのだ。

 店の制服であろうエプロンもしっかり身に着けていて、胸元には『Le Soleil』と書かれた名札が煌めいていた。


「あ、はい。それじゃ智、一旦休憩ね」


「分かった」


 俺達は、テーブルの上の教科書やワークを一旦端のほうへと片付けた。

 空いたスペースに、リザードマンがそれぞれ注文した品を並べていく。俺はイチゴのショートケーキで、七瀬はチーズケーキ。そしてルキアは、シャインマスカットのタルトだった。

 思わず、俺も目を見開いた。学校で七瀬が言っていた通り、タルトには半分にカットされたマスカットがびっしりと盛られていて……本当に宝石箱のようだったのだ。

 こりゃすごいと思った。そしてこれを注文した本人は、俺よりよほど強くそう思っていたようだ。


「わああ……!」


 ルキアが、目を輝かせていた。

 マスカットが好きな彼女からすれば、この上ないごちそうなのだろう。


「さ、食べよう。ルキアさん、遠慮しないでね」


「ありがとう雪村さん、いただきます」


 ルキアの分の代金は、七瀬が支払うことになっている。

 大好物であるマスカットがたっぷり使われたスイーツを前に、ルキアは気持ちが高ぶっているらしい。それでも、彼女は七瀬への感謝を忘れていないようだった。

 そんなこんなで、俺達は食べ始めた。

 俺は、注文したイチゴのショートケーキを口に運ぶ。濃厚だけどくどくなくて、甘すぎることも淡泊すぎることもなく……ミルクの風味も合わさって、とても美味しかった。


「どう、智。ここのケーキは美味しいでしょう?」


 チーズケーキをフォークでつつきながら、七瀬が訊いてくる。


「ああ、とても……」


 正直、母さんが作ってくれるお菓子に並ぶほどの味だ。七瀬がこの店を気に入るのも、十分に頷けるな。そう思いつつ、俺は彼女に応じた。

 俺はふと、ルキアに視線を移す。

 そして思わず、ケーキを食べる手を止めた。


「んん~!」


 シャインマスカットのタルトを食べているルキアは、それはそれは幸せそうな表情をしていた。

 彼女はその片手を頬に当て、ハートマークを周囲に漂わせそうな笑顔を浮かべていたのだ。

 俺はふと、こないだルキアが犬を……ジャックを触りたくて、赤面して視線を泳がせながら、そわそわしていた時のことを思い出した。あの時といい、そして今といい……彼女が時に見せる、人間を思わせる様子が何となく面白かった。

 彼女の正体は、白い身体に金の角を有するドラゴン。

 それも、複数のドラゴンを相手にしてもそれらをまとめてねじ伏せるほどの力を持つ、天空の貴人とすら呼ばれた最強のドラゴン少女。口からは炎を吹き出せるし、壊れたドアを蹴り破って引き剥がすことも、さらには華奢な見た目に反し、自分より遥かに巨大なドラゴンをぶん回して投げ飛ばすほどの怪力の持ち主……なのだが、思わずそのことを忘れてしまいそうになった。

 とにもかくにも、戦っている時のルキアと今のルキアはもう、ギャップが激しすぎたんだ。何も知らない人が見れば、今のこいつは甘い物に舌鼓を打つ普通の女の子だろう。

 その時だった、不意にルキアと視線が重なった。


「はっ、ちょ……あんた、何見てんのよ?」


 笑顔を浮かべながらシャインマスカットタルトを食べていたことが気恥ずかしかったのか、ルキアは少し赤面しつつ問うてきた。

 俺は、あからさまな笑みを浮かべながら、


「いや、すごい美味しそうに食べてるなーって思ってさ」


 ピーマンを無理やり食わされたり、母さんと徒党を組んでいじられたり、そしてさっきは数学の問題をネタにディスられたり。思い返せば、ルキアが家に来た時から俺はやられっぱなしだった。

 これはきっと、ルキアにやり返す千載一遇のチャンスだと踏んだのだ。


「べ、別にいいじゃない。美味しいものを美味しそうに食べちゃいけないっての……!?」


 ルキアが、悪辣なドラゴンに対して怒りを露わにしているのは見たことがある。しかし、ムキになる彼女を見るのは初めてだった。

 気丈でどことなくクールな性格の持ち主だと思っていたが、こういう年相応の一面もあるんだな。


「あはは、美味しいってことはルキアさん、そのタルト気に入ってくれた?」


「あっ、ええ雪村さん。すっごく美味しいわ。素敵なお店を教えてくれてありがとう」


 会話を見守っていた七瀬が問うと、ルキアは冷静さを取り繕って答えた。

 その後も俺はショートケーキを食べ進めていったのだが、ふとルキアが、タルトをじっと見つめたままフォークを止めていることに気づいた。

 

「ん、どうした?」


 俺が問うと、ルキアは視線を落としたまま、 


「マスカットって、どうして食べるとなくなっちゃうんだろう……」


 ……ずいぶん、当たり前のことを真剣に考え込んでいるもんだな。

 





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― 新着の感想 ―
[良い点] マスカットのタルト、綺麗で宝石みたいですよね! 食べるとなくなっちゃう……と考えるルキアちゃん、可愛すぎます( *´艸`)
2022/07/24 14:07 退会済み
管理
[一言] 無くなっていって、寂しくなるのは解る。 そんな時は、ルキアさん……マスカットに感謝しなさい。 自分の血肉となってくれて、ありがとうと( ´∀` )
[一言] 女の子ですねぇ〜(*´Д`*) 智くん、そこを揶揄うようではまだまだですね〜(*´艸`*)
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