第120話 潜入ミッション
「スリーカード! っしゃあ、俺の勝ちだな!」
「ああくそっ、また負けた……」
ポーカーに興じる彼らは、完全にゲームに夢中になっているようだった。マーヴィン、ガドック、それにドルーガ。その中のひとりとして、自分達の犯罪の証拠を今まさに掴まれようとしているとは、夢にも思ってはいないだろう。
「ギャハハハ、今日はついてるな!」
「くそったれが、持っていきやがれ……もうひと勝負だ!」
高ぶったテンションのままに大騒ぎしている声は、品がなくて耳障りで、非常にやかましいものだった。
とはいえ、そのほうがシドにとっては都合がいい。
物陰から様子をうかがいつつ、シドは笑みを浮かべた。骨だけのドラゴンである彼も、表情を浮かべることはできる。
(今のうちに楽しんでおくことでやんすな、破滅のロイヤルストレートフラッシュを喰らうのはまもなくでやんしょう)
すでに自白は得ていた。マーヴィン達は水晶の置物に偽装されたシドを、まさか生きているドラゴンだとは夢にも思わず、ペラペラと重大なことを喋っていたからだ。
それだけでも十分な気がしたものの、シドはもう少し証拠集めを続けることに決めた。決定的な何かが掴めれば、あの三人を破滅に追い込める可能性は高くなる。
(あんさん方に直接恨みがあるわけじゃないけど、悪事は暴かせてもらいやすぜ……!)
頭部をもぎ取られて特殊インクを塗られているあいだに、シドはザンティから諸々の事情を聞かされていた。ザンティがなぜ、シドの頭部をもぎ取って水晶製の置物に偽装し、そしてここに潜入させたのか、その理由を彼女から打ち明けられていたのだ。
たしかに、シドにはあの三人に対して直接的な恨みがあるわけではない。
しかしながら、ザンティには彼らを潰すに値する十分な動機があるのだ。そもそも、エニジアを龍界から密輸して売りさばくような犯罪者集団だ、そんな連中は淘汰されてしかるべきだろう。
(役目は果たしやすぜ。あっしに任せといてくださいな、姉御)
この場にはいないが、シドはザンティに誓いを立てた。
さっそく証拠集めを再開する。三人の様子を見て、こちらに注意を向ける様子がないのを確認したシドは、ゴロゴロと転がって物陰から飛び出した。
彼が転がる際にはもちろん音が鳴ってしまうが、マーヴィン達は相変わらずポーカーに夢中になっているうえに、BGMとして音楽まで鳴らしていた。それも、ロックかメタルな雰囲気の激しい曲調なものだ。
自由に潜入して、自由に証拠を掴んでいってくれ。もちろん彼らにそんな意図は微塵もないのだろうが、これではまるでそう言わんばかりの好条件だった。
(迂闊なのか、油断してるんだか……それとも、単純に抜けてるだけなんでやんすかね?)
シドが転がる際の物音も、音楽によって掻き消される。
物陰から飛び出したシドは、見つかる気配など一切なく他の場所に移動することができた。
とはいえ、リスクを考えて一度に長距離を移動しようとはしない。再度別の物陰で留まり、また様子を見る。廃工場という場所柄、棚や作業台や何とも分からない機械が、いくつも雑然と放置されていた。少し見渡せば、身を潜められそうな場所はあちらこちらに点在していたのだ。
マーヴィン達がポーカーに気を傾けていることに加え、この環境もシドに味方していた。
(さてと、どこかに決定的な証拠になりそうなもんは……!)
少し見渡して、シドは机の上に散らばった数枚の紙に目を留めた。ここからでは何の紙なのか、何が書かれているのかは分からない。しかし、なんとなく気になった。
(ありゃあ……)
机は少し離れた場所にあった。そこに向かう前に、シドはもう一度マーヴィン達の様子を確認する。
彼らは相変わらず、音楽を流しながらポーカーに興じ続けていた。迂闊で不用心な連中だとは思っているが、油断大敵だった。
今なら大丈夫だと判断したシドは、物陰から出てその机に近寄る。
(いよっと……!)
そして彼はぽーんと飛び跳ねて、机の上に着地した。
首だけの状態でも転がって移動できるほか、二メートルくらいの高さまで飛び上がることが可能だった。今は誰も見ていないが、骸骨が飛び跳ねる様子はそれなりにホラー感漂うものがある。子供が見れば、恐ろしさから泣き出しても無理はないだろう。
机に飛び乗ったシドは、さっそく放置された書類を見てみる。
(おお、こりゃあ……)
記された内容を見て、シドはすぐにこの書類が重要な証拠になると感じた。
――大きな金属音が鳴り響いたのは、その直後だった。
「いっ!?」
ビクリと身体を……もとい、頭を震わせたシドは、弾かれるように振り返った。
工場の地面に、錆びた鉄パイプが転がっていた。どこかに立て掛けられていたのだろうが、何かの拍子に倒れて転がったらしい。もしかしたら、シドが机に飛び乗った時の振動が原因だったのかもしれないが、それは問題ではなかった。
問題なのは、鳴り響いた金属音がかなりの音量だったことだ。
「おい、なんだ今の音は?」
「向こうからか? もしかして誰かいるのか、ちょっと見てこい!」
三人が、今の金属音を聞きつけてしまったらしい。音楽を流してポーカーに興じていても、今の音を聞き逃すほどマヌケでもなかったようだ。
足音がたちまち近づいてくる。犯罪行為に手を染めている連中だけに、侵入者にはそれなりに敏感になっているようだった。
(やや、ヤバいヤバい! 音なんて気にせずにポーカーを続けてりゃいいでしょうが!)
隠れる時間はなかった。
ものの数秒後には、男達のうちのふたりがシドのすぐ近くに姿を見せた。
「この辺から聞こえたよな?」
「ああ、そうだと思うが……」
たぶん、ガドックとドルーガと呼ばれていたふたりだ。
彼らは辺りを見渡すが、とくに何かに注意を向けはしない。しかし、音の原因にはすぐに気づいたようだった。
「なあ、さっきの音って……この鉄パイプが転がっただけじゃないのか?」
シドは、ただじっとしていることしかできなかった。
この状況で動こうものならば、どう足掻いてもふたりの目に留まる。そうなれば、彼らがこれが単なる水晶製の置物ではないことに気づくのは必至だろう。
「そうかもしれないな。見たところ、誰かがいる様子もねえし……」
念を入れようと思ったのだろう。気配こそ感じていないようだったが、男達はふたりで物陰やロッカーの中など、とにかく誰かが身を潜められそうな場所をしらみつぶしに調べた。
しかし当然、見つかりはしない。
侵入者――つまりシドはテーブルの上、目と鼻の先にいたのだが、彼らがそれを見破ることはできなかった。
「鉄パイプが転がっただけみてえだな、戻ってポーカーの続きをやろうぜ」
「ああ、そうしよう」
ガドックかドルーガかは分からないが、直後に金属音が響き渡った。たぶん、転がっていた鉄パイプを無意味に蹴り転がしたのだろう。
かなり危なかったが、どうにか気づかれずにやり過ごせた……シドは安堵を覚えた。
しかし、
「ん? なあ……この置物って、さっきこんなとこに置いてたか?」
「は? いや、置いてねえだろ?」
去ろうとした時、男達がシドのほうを向いて足を止めた。
芽生えた安堵はたちまち消え去り、シドは仰天する。
もちろん、逃げ出すことはできない。訝しい表情を浮かべた男達が近づいてくるが、シドは身動きひとつ取れなかった。少しでも動けば、正体を晒すことになるからだ。
(マズいマズいマズい、なんでそんなとこに限って注意力があるんでやんすか……!)
男達は、すでにこれが単なる水晶の置物ではないことを感づいているようだ。
「マーヴィン、ちょっとこっちに来てくれ!」
潜入して証拠を集めるには絶好の環境、そう感じていたのが遠い昔に思える状況だった。
不用意に音を立ててしまったのが、シドの失敗だった。どこかに鉄パイプが立て掛けてあったのかもしれないが、それに気づけなかったのが不運だったとも思える。
ほんの一分くらい前――自分がこの机に飛び乗る直前の時間に戻ることができれば……シドはそう思った。思ったが、もうどうにもならなかった。
ザンティに任された潜入ミッションは、失敗に終わったのだ。
「どうしたんだ、お前達」
マーヴィンが駆けつけ、男達全員が揃った。
無理やり逃げようとしても、逃げられる状況ではない。
(あ、姉御……!)
まさに、袋のネズミだった。
逃亡も応戦も不可能、この場にいるわけでもないザンティを呼ぶくらいしか、シドにできることはなかった。




