表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
115/135

第114話 首狩り


「なるほど……好ましくない状況ということですね」


 街中に林立する高層ビル、その屋上に立つベルナールの姿を、満月が照らし出していた。

 右肩にはキュラス――ベルナールの相棒である龍界コウモリが止まっていた。直接言葉を交わすことはできずとも、ドラゴンゾンビは龍界コウモリと意思の疎通ができる。それは毒を操る以外の、彼らが持ち合わせる特性といえるだろう。

 ベルナールの言いつけで翔子を監視していたキュラスは、早くも好ましくない情報を掴んだようだった。

 それは、翔子と一緒にいたあの男達が、良からぬことを企てているという事実。そして、翔子がそれに巻き込まれようとしていることだ。

 あの男達を目にした時、嫌な予感がしたのをベルナールは覚えている。

 できれば取り越し苦労であってほしいと感じたものだが、そうもいかなそうだ。


(お嬢様に悟られないうちに、事を収めたいものですが……難しそうですね)


 翔子が柄の悪い男達とつるみ、さらには彼らの悪事に巻き込まれる可能性がある。

 もちろん、そんな事実を七瀬に知らせられるはずがない。七瀬にとって翔子は憧れの先輩であり、羨望の対象だった。下手に知られようものなら、深く傷つくことになるだろう。

 今のうちに、その男達を倒すべきか?

 そうも考えた。考えたが、現時点ではできない。

 キュラスが掴んだ情報はあくまで彼らが言っていただけのこと、それだけでは証拠に乏しい。さらには彼らがドラゴンである可能性もあり、ベルナールが単独で制圧できるかどうか定かではない。

 決してベルナールが弱いわけではない。しかし相手の手の内が読めない現状では、強攻策に打って出るのは得策とはいえなかった。


「分かりました。キュラス、引き続き彼女を見ていてください。もし何かあれば、また僕に知らせるように」


 キュラスが飛び立ち、夜空へと姿を消していった。

 その姿を見送ったベルナールは、ポケットから煙草を取り出した。それは彼が、翔子からライターと一緒に没収したものだった。


(それにしてもこの煙草、何というか、妙なにおいが……こういうにおいがする銘柄なのでしょうか?)


 煙草に詳しくないベルナールは、その違和感の原因が何なのか分からなかった。

 根本的に、妙なにおいを発する煙草なのかもしれない。煙草には数千もの化学物質が含まれており、それが燃焼する際に発せられる臭気は、非喫煙者には例外なく『妙なにおい』だろう。しかし、念のために調べておくことにした。

 幸い、煙草といえば思い浮かぶ者に心当たりがある。



 ◇ ◇ ◇


 

「へえ、珍しい銘柄ね」


 ベルナールから例の煙草を投げ渡されたザンティは、その箱をくるくると手の平で回しつつ訝しそうに呟いた。

 それもそのはず、彼がいつも姉に差し入れている銘柄ではなかった。

 妙なにおいを感じていた、ベルナールが翔子から没収したあの煙草だった。


「姉さん、その煙草……妙なにおいがすると思うんだけど、どう?」


「妙なにおい?」


 ザンティは、煙草の箱を開けた。

 仮面に隠れていない右目を細め、注意深く中身を覗き込んで観察する。

 暗澹の洞窟で会う時はいつもそうしているように、ザンティは巨大水晶に腰掛けていた。すらりと長い脚を組んで座るその姿は、どことなくセクシーだった。

 ザンティは箱の中を見つめたあとで、今度はそれに鼻を寄せ、嗅ぐような仕草を見せた。


「まさか……」


 彼女は小さく、呟いた。

 その反応から察するに、ザンティもベルナールと同様、煙草から何かしらの違和感を感じ取ったようだった。

 これ以上の分析は不要だと判断したのか、ザンティは煙草の箱を閉じた。


「ベルナール、この煙草はどこで?」


「お嬢様の先輩の『翔子』って人から取り上げた物なんだけど……やっぱり、姉さんも感じた?」


 取り上げた、という言い方は何となくはばかられた。とはいえ、それ以外に適切な説明を、ベルナールは思い浮かばなかった。

 とはいえ、取り上げたとしても別に構わないだろう。

 あの時も思ったが、煙草は決して高校生が所持していい品ではない。

 ベルナールが煙草を取り上げなければ、翔子はきっと吸っていた。そうなれば、破滅するのは彼女自身だ。


「その翔子って子が、近頃急に怒りっぽくなったとか、攻撃的になったとか……そういう話に心当たりは?」


「えっ?」


 姉からの思わぬ質問に、ベルナールは思わず呆けた声を出してしまった。

 ザンティは何も言わなかった。無言という形で、答えるように促しているのだとベルナールには感じられた。

 重要なことに気づきつつあるのかもしれない。弟と同様、元より目つきが悪いのもあるだろうが、ザンティの眼差しは鋭く、誤魔化しを拒むような真剣さを帯びていた。

 このままでは、翔子が危ない目に遭うかもしれない。

 姉に知り得ている情報を渡すことで、彼女を救う手掛かりが得られるかもしれない。ベルナールはそう感じた。


「実は……」


 ベルナールは打ち明けた。

 見崎翔子が、七瀬が慕っている高校三年生の少女であること。翔子が煙草を吸おうとしたことや、自分がそれを止めたこと、彼女が凶変して自分にまくし立ててきたこと。彼女と一緒にいた柄の悪そうな男達が、何らかの悪事に翔子を巻き込む可能性があること。今はキュラスに見張らせていることも。

 彼が話を終えると、ザンティは煙草を取り出した。

 もちろんベルナールが翔子から没収した煙草ではなく、彼女の自前品だ。


「なるほど、事情は理解したわ」


 ザンティは煙草を咥え、火を付けようとした。

 しかし彼女が握るライターはカチカチと音を鳴らすだけで、火がつかない。


「姉さん、これも」


 ガスが切れていることを察したベルナールは、自分が持っていたライターを姉に投げ渡した。

 煙草と一緒に、翔子から没収した物だった。


「ありがとう。さすがは執事さん、気配り上手ね」


 投げ渡されたライターを片手でキャッチすると、ザンティは改めて煙草に火をつけた。

 煙を吹き出すと、火のついた煙草を片手に口を開く。


「実はこっちもちょっと今、気になっていることがあるのよ。だから全面的にとはいかないけれど……急を要する事態になったりした時は教えてちょうだい。できる範囲で協力するわ」


「分かった、ありがとう」


 翔子から没収した煙草から、ザンティが何に気づいたのか。彼女が気になっていることとは、何なのか? ベルナールは気になった。

 できれば、教えてほしかった。しかし、語らないということは口外をはばかられる情報なのだろう。彼女は力になってくれると言っているし、無理に尋ねようとは思わなかった。

 今はもう少し、様子を見る必要がある。


「それじゃ姉さん、もう行くよ。何かあったらまた来る」


 ザンティは、無言で手を振ってきた。

 


 ◇ ◇ ◇


 

 シドがザンティのところに戻ってきたのは、彼女がベルナールを見送ってから数分後のことだった。

 もう少し早ければシドもベルナールと会えただろうが、ちょうど入れ違いになった。とはいえ、伝える必要もないと感じたザンティは、それをシドに教えようとも思わなかった。

 何よりも重要なのは、シドが片手にぶら下げているレジ袋の中身だった。


「ただ今戻りやした姉御。こちら、ご所望の品でやんす」


 シドが歩み寄り、ザンティにレジ袋を差し出してくる。

 レジ袋には、エイトイレブンのロゴマークがプリントされていた。不意に骨だけのドラゴンが来店して、店員がどんな顔で接客したのかが気になる。

 

「ありがとう。少ないけど、お釣りは取っておいていいわよ」


「えっ、ラッキー! お言葉に甘えて、ありがたくちょうだいしやす!」


 数枚の小銭を手に舞い喜ぶシド。そんな彼には目もくれず、ザンティは袋の中身を取り出した。

 ――ボールペンと、少しばかり上質な便箋だった。

 ザンティは、面倒な手続きを済ませなければ人間界に降り立つことができない。なので、どうしても必要な買い物などがあればシドやベルナールに頼んでいた。

 便箋を広げたザンティは、煙草を手放してボールペンを手に取った。


「で、姉御……いったいどうするんで? こんな便箋とペン……誰かに手紙でも出すんで?」


「手紙というか、『礼状』ね。この前の素敵な注文主に宛てて」


 シドに応じつつ、ザンティはさらさらと便箋にボールペンを走らせていく。

 

「さすがは姉御、いつもながら達筆でやんすな……」


 ザンティの字を覗き込んで、シドが少しばかり大げさに褒めそやした。

 骨だけのドラゴンであるが、顎に手を当てつつ唸る仕草はまるで人間だった。


「お褒めの言葉をありがとう、シド。それじゃ、もう少し協力してもらおうかしら」


 ペンを置いたザンティが、シドと視線を合わせた。

 顔の左半分を覆う仮面、それに鋭い右目が合わさって、言いようのない威圧感を帯びている。

 嫌な予感がして、シドは思わず顔を下げた。


「え? そりゃつまりどういう……」


 次の瞬間だった。

 目にも留まらぬ速さで伸ばされたザンティの右手が、シドの頭をがっちりと掴んだ。握り潰されそうなほどの握力で、振りほどくことなどできなかった。


「いっ!? ちょ、姉御! いきなり何を……も、もげる……んがあっ!?」


 有無を言わさず、ザンティによってシドの頭部がその胴体から引き剥がされた。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ここまで読ませていただきました。翔子の持っていた煙草が一体何なのか、気になりますし、あまりよくない物が入っていそうですね…。 突如シドに襲いかかるザンティ、何をしようとするのか、今後の展開も目が離せ…
これはこれは。 ウチの作品の煙草以上に厄介な……まさかメトロン星人と取引しているドラゴンでもいるんですかね(ォィ 赤い結晶が煙草の中から出たら確定だわさ(ォィ エニジアとも関係あるんですかねぇ。 …
オ〜ゥ………シドが何ともかわいそうな事に…… まぁ、最悪バラバラになっても原型さえ留めていれば当然のように復活しそうではありますが。 そしてあのタバコ、明らかになんかヤバい成分が混入してたようですね。…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ