第101話 事の後
「それじゃ、詳しく話を聞かせてもらうとするか」
ルキアとシェアトがあの二体のドラゴンを追い、この屋上から飛び出していってから、たぶん五分くらい経った頃だろうか。ここにドラゴンガードの腕章を着けた少年少女(全員がドラゴンのようだ)数名が訪れ、サンドラと俺は彼らに事情を説明した。
悪事を暴かれ、抜け殻のようにうなだれていた秋塚を無理やりに立たせ、連れて行ったのはシルヴィア先生だ。彼女はいわばリーダーのような感じでドラゴンガード達に次々と命令を飛ばし、この場の検証に当たっている。
秋塚は何も言わず、抵抗もせず、がっくりと肩を落とした様子だった。
ドラゴンを教唆して犯罪に加担させる行為は重罪だ。くだらない動機で少年ひとりの未来を潰したあの男は、少なくとももう二度と教壇に立つことはないだろう。
「それと……レオンもね」
秋塚の腕を引きつつ、シルヴィア先生はレオンに告げた。
経緯を考えれば、レオンの怒りはもっともだった。大事な人を傷つけられれば、俺だって復讐心を抱くと思う。それでも、彼の行為は殺人未遂なのだろう。
シルヴィア先生やドラゴンガードの増援が来る前、レオンは俺に『ドラゴンガードは辞める。俺にはもう、腕章を着ける資格はない』と打ち明けた。激情の末にしてしまったとはいえ、自分の行為が絶対にやってはいけないことだとレオンは分かっていたのだと思う。だからこそ俺の説得に応じ、復讐を踏み留まってくれたんだ。
レオンはシルヴィア先生に頷き、黙って歩を進め始めた。
「レオン……!」
俺は思わず、その背中を呼び止めた。
復讐に走ったとはいえ、レオンがこれまで善良なドラゴンガードとして戦ってきたのは間違いない。サンドラだって彼を信頼していたそうだし、他でもない俺自身が、レオンが自動車事故から親子を救う様子を目にしているのだから。
どうなるのかは分からないが、秋塚と同じようにレオンも裁かれることになるだろう。情状酌量の余地はあると思うが、仮に殺人未遂が適用されるならば、それはドラゴンにおける第一級の罪だ。
それは理不尽にも思えた。だけど、俺には何もできない。
法律や三原則の前では、俺なんて無力だ。いや、俺だけじゃなくて……誰もがそうなのだと思う。
レオンは足を止めて、俺を振り向いてくれた。
だが、俺はそれ以上は何も言うことができなかった。彼にかける言葉が、見つけ出せなかったんだ。
「ありがとう」
レオンは言った。その時、彼は笑みを浮かべているように見えた。
どうしてそんなことを俺に言ったのかは分からない。レオンの今後を憂いる俺に感謝しているのか、それとも彼の復讐を止めたことに対する礼なのか。
それを明確にする猶予は、俺には与えられなかった。
一時は足を止めてくれたものの、シルヴィア先生と秋塚を追う形で、レオンもすぐに去ってしまった。
レオンが殺人を犯すという最悪の事態は回避できたが、どこか煮え切らない幕引きだ。
遠ざかっていく後ろ姿から、俺は目を逸らすことができなかった。
「さとっちは、気にしなくて大丈夫だよ」
サンドラが話しかけてきた。俺が何を考えていたのか、お見通しだったらしい。
「さっきも言ったけど、レオンを止めてくれただけで十分だから……抱え込まないでね」
セレス達と戦いを繰り広げたことで、サンドラは傷ついていた。三対一という圧倒的に不利な状況だったが、彼女は健闘したといえるだろう。ファズマと一戦交えた時にも感じたが、腕利きのドラゴンガードという噂は伊達じゃない。
パティスとアドリスの追撃に加われないほどに負傷していたが、手当てを受けていたのでもう大丈夫そうだった。自分の傷より俺を気遣ってくれるとは、本当に親切だと感じた。
そこで俺は、思い出した。
「そうだサンドラ、ルキアとシェアトは……」
レオンのことで頭が一杯になっていたが、あのふたりのことも大事だ。
パティスとアドリスを追っていき、それ以降彼女達がどうなったか分からない現状では、安心している暇はない。ドラゴンガードの誰かに言って、増援に行ってもらわなければ……!
「心配しなくても大丈夫、ほら……あそこ」
サンドラが指した方向を見上げると、背中から翼を生やした少女がふたり、ここに向かって飛んできていた。当初は遠すぎて誰なのか認識できなかったが、近づいてくるにつれて、今まさに俺が案じていたルキアとシェアトなのが分かる。
どちらも無事なようで、安心感に胸が満たされるのが分かった。
ルキアは白い翼を、シェアトは青い翼を有していた。屋上に降り立つと同時に、彼女達はそれを背中から消失させた。
「ルッキィ、シェイシェイ、大丈夫だった?」
俺も投げかけたかった質問を、サンドラが先んじてふたりに発した。
「ええ、問題なし。逃げたドラゴンは両方とも私達で捕まえた。もう連行されたわよ」
応じたのはルキアだった。
セレスもすでにドラゴンガード達が連行していったので、これで三体すべてが拘束されたことになる。
「こちらも同じくです。まあ、色々ありましたけど……」
ルキアに続き、シェアトも応じる。
彼女達がアドリスとパティスとどんな戦いを繰り広げ、どうやってあの二体を拘束したのかは分からない。それでも、ルキアにもシェアトにも負傷している様子はないようだ。
まあ、ルキアが凄まじく強いのは俺も知っていたし、シェアトだって連中のステルス能力を破る力を有している。気がかりではあったけれど、心配はいらなかったのかもしれない。
シェアトの『色々』という言葉が気になったけれど、まあ訊かないでおこう。
「そっか。じゃあルッキィもシェイシェイも、休んでからで大丈夫だから、持ち場に戻ってもらっていいかな? ここはもうあたし達で後始末をするからさ」
持ち場、という言葉をサンドラの口から聞いて、俺は思い出した。
色々あって完全に頭から抜けてしまっていたけれど、俺にも持ち場がある。そう、焼きそばの模擬店だ。こんな戦いがあったけれど、学校祭はまだ続いている。今こうしているあいだにも、七瀬や真吾達が一生懸命焼きそば屋を働いてくれているはずだった。
レオンのこともあって、サンドラと一緒にここに来てしまったが……代表の俺が長時間店を空けてしまい、申し訳なさが込み上がる。
「さとっちも、もうあのお店に戻りな? さとっちにはさとっちの持ち場があるんでしょ?」
サンドラはまた、俺の考えていることを読み取ったように言ってくれた。
しかし俺は、簡単に頷けない。
「でも、いいのか? 行っちゃっても……」
このドラゴンバトルが起きるに至った理由を、俺は知っている。当事者である以上は、事情聴取を受けなければならないのでは、と思ったのだ。
「全然大丈夫よ。学校祭はまだ続いてるんだから、もう何も気にしないで楽しんできなさい。必死こいて準備してきたあんたには、その権利があるわよ」
ルキアがそう言ってくれた。
ジャンケンに負けたせいで引き受けることになってしまった模擬店の代表、それにドラゴン交通安全ポスターの役割。大変ではあったけれど、ルキアは準備してる俺を見てくれていたんだな……。
その言葉が、まるで彼女からの報酬であるようにも思えた。
「あとはもう、わたし達の仕事ですから……」
シェアトも続く。
するとルキアが俺の前に歩み出て、
「みんな、あんたが戻ってくるのを待ってるんでしょ?」
ルキアが再度促してくれる。
隣にいたサンドラが、俺の顔を見ながら何も言わずに頷いた。
「そうだな、それじゃあ俺……行くよ。みんな、ありがとな!」
ルキア、サンドラ、それにシェアト。
三人のドラゴン少女達に手を振り、感謝しながら……俺は屋上を後にした。




