9 三島栞里
遅刻しました。
いつもより遅くなりましたが投稿します。
手を握っていると安心する。昔からそうだった。小さい時から知らない人やたくさん人がいるところは苦手で、お父さん、お母さんと一緒にお出かけするのは好きだけど、人がいるところに行くのは嫌だった。その時の友達といえば近所に住んでいる1つ年下の志保ちゃんだけで、私はいつも志保ちゃんと遊んでいた。
ある日、志保ちゃんに人がたくさん居るところが怖いと相談したことがある。その時に志保ちゃんが、
「こうすれば怖くないよ、栞姉え」
と言って手を握ってくれた。安心した。人がいるところでも、大好きな人と手をつないでいれば怖くなくなった。
小学校に上がるすこし前、お父さんに連れられて知らない人の家に行った。お父さんの友達がここに引っ越してきたから挨拶するって。私と同い年の子もいるから、きっと友達になれるって。怖かったけど、お父さんの手を握っていれば大丈夫。知らない人の家から知らない男の人が出てきて、握っている手に力が入った。
「久しぶり。これからは御近所さんだな」
「久しぶりってほどでもないだろ。あとそんなに近所ってわけでもない」
挨拶をしてきた男の人に、お父さんは言葉を返す。
「で、このかわいい子が栞里ちゃんか?」
「ああ、引っ込み思案だけど、とても優しくてかわいい俺の天使ちゃんだ。栞里、この人はパパのお友達なんだ。挨拶をしなさい」
お父さんに言われて挨拶をしようと声を出そうとしたとき、
「おっと、それなら妻と息子も挨拶しないとな。上がってくれ」
お父さんの友達に言われ、お父さんと一緒に家のなかに入る。お父さんの手を握りながら着いていった先で、私はちょっと目つきの悪い男の子に出会った。
♪〜♫〜♬〜
「ふふっ」
「うん? どうしたんだ?」
「ちょっと龍くんと初めて会った時のことを思い出しちゃった」
あの目つきの悪い男の子とこうして手をつないで帰ることになるとは思ってもいなかった。
「あ〜 あん時もお前震えたなぁ」
「震えてないもん。ちゃんとお父さんと手をつないでいたし」
「今は大丈夫か?」
私をからかいつつも心配してくれる。その優しさが私を安心させてくれる。
「うん。もう大丈夫。ありがとう龍くん」
つないだ手から感じる温かさで、私はもう怖くはない。
「おう。前から言ってるけど、遅くなるときは他の女子たちと帰るか、俺に連絡しろよな。たまたまお前を見つけたから良かったけど、あのままじゃお前大変なことになってたぞ」
「うん。気をつける、そういう時はこれからはちゃんと連絡するね」
今日の女子テニス部は校外の運動場での練習だった。いつもなら終ったら皆と帰っているんだけど、今日は皆でご飯を食べに行こうという流れになった。いつもは合わせて一緒に行くけど、今日はお父さんが遅くまで仕事でお母さんが1人で待っているため、お母さんがご飯を作って待っていると言って誘いを断った。1人で帰っていると知らない男の人が声をかけてきた。怖くなって声を上げたところで偶然コンビニで買い物をしていた龍くんに助けられ、走って逃げてきた。
怖かった。怖くて怖くて、安心したくて初めて龍くんの手を握った。温かかった。志保ちゃんからは男の人とは絶対に手をつないじゃ駄目って言われていたから、これまでお父さん以外の男の人とは人がいるところでも怖さを我慢していた。
男の人の手も温かいんだと思っていると、着信音が鳴った。私のじゃない。龍くんはポケットからスマホを取り出し、相手を確認するとそのままポケットに入れた。
「電話に出なくて良かったの?」
「母親から。多分早く帰ってこいってことだろ。今電話に出たらめんどくさいから帰ってから説明する」
「そうなんだ。ごめんね、迷惑かけて」
「気にすんなって。むしろこれからどんどん頼ってくれよ。友達だろ?」
「ありがとう」
友達。私にとって友達はそんなに多くない。私に声をかけてくれたり、遊びに誘ってくれたりする友達はいるけど、それは皆の輪を崩さないように合わせているだけ。自分の思いを伝えることができる親友と呼べる人がいるなら、それは志保ちゃんと、
チラリと龍くんを見る。
龍くんと、あとは弘くんだけだろう。
「そういえば最近龍くんと一緒に帰ってなかったね」
「どうした? 急に」
「なんとなく。休みの日も全然遊ばなくなったし」
「そりゃあ、もう俺たち中2だぜ。いつまでも女子と遊んでたら恥ずかしいって馬鹿にされる」
「え〜 でも弘くんは私と遊んでくれるよ?」
つないでた手がギュッと握られる。
「ちょっと、痛いよ龍くん」
「っと、悪い」
「もう大丈夫だから、手を離していいよ」
もう家まですぐの所に来ているから、手をつないでいてなくても大丈夫。そう思い手を離そうとするけど、龍くんは私の手を握ったまま。
「龍くん?」
「栞里は俺と手をつなぐのは嫌か?」
「えっ? 別に嫌じゃないけど」
「じゃあこのまま家まで送らせれてくれ。心配なんだよ」
「うん、わかった。良いよ。ありがとう」
龍くんに家まで送ってもらい、夜。志保ちゃんに電話をかける。お父さんとお母さんには心配をかけてしまうから今日のことは相談できない。志保ちゃんには悪いけど、親友に今日のことを聞いてほしいと思った。
「もしも〜し、どうしたの栞姉え」
「もしもし、ごめんね志保ちゃん。実は相談したいことがあって」
志保ちゃんに今日あったことを伝える。
「ちょっと、何それっ、大丈夫なの栞姉え⁉」
志保ちゃんが大きな声をあげる。音が大きくてスマホを耳から離す。
「うん。龍くんが助けてくれたから大丈夫」
スマホを耳元に戻し、危なかったけど龍くんに助けてもらったから大丈夫だと伝える。
「違う、そうじゃない。ううん、それも大変なことなんだけどっ!!」
「どういうこと?」
「浅沼先輩と手をつないで帰ってきたってところ」
「えっ、そっちのほう?」
「言ったよね。男の人とは2人っきりにならないように。不安でも手をつないだりしないようにって」
「うん。だから弘くんと遊ぶときも我慢して人がいるところで遊んでたよ」
「当然。栞姉えにそんなことされたら男は勘違いするよ。ただでさえ男と2人で遊びに行くってだけで問題なんだから」
「問題って、別に私と弘くんはただの友達だし、勘違いってそんな」
「するよ。浅沼先輩も絶対に勘違いするって。栞姉えは俺を嫌がってない、押せばいけるって。実際家に帰るまで手を握られたままだったんでしょ」
「そんなことないよ。龍くんはただ私のことが心配だっただけで」
「どうだか。本当に栞姉えのことが心配だったなら栞姉えの両親に連絡くらいすると思うけど。ねぇ栞姉え、もし浅沼先輩に告白されたらどうするの?」
「えっ、告白って」
「浅沼先輩ってカッコいいし、1年でも人気があるんだよ。栞姉えを心配して守ってくれるそんなカッコいい先輩に告白されたら付き合うのかってこと」
「どうなんだろう。考えたこともないや」
龍くんは確かにカッコよくなったと思う。ちょっと悪い目つきも見方を変えればキリッとした目つきになり、テニスの試合の時に見た必死な表情にドキッとしたこともある。でも龍くんのことはずっと友達って見てたからそんなふうには考えなかった。けど、あのときつないだ手と真剣な表情の龍くんを思いだすと、少し胸がドキドキする。
「それに、最近栞姉えと一緒にいる糸巻先輩も絶対栞姉えを狙ってるって」
「そんなことないと思うけど」
「本当にそう思っているの? 普通男と女が2人で出かけるとかそれもうデートじゃん」
「デートってそんな。うん、でも、最近はちょっと、そうなのかなって思う時も、ある」
もしかして弘くんは私に好意を持っているのではと思ったときはある。話すときも何処かに行くときも、いつも私に声をかけてくる。一緒出かけたときも、2人っきりになれるところに誘導しようとしているように感じることもあった。
「夏休みに海に行くんでしょ? 絶対に告白を狙ってるよ」
もしそうなったら、私はどう答えるのだろう。
「糸巻先輩もけっこう人気あるんだよ。顔は浅沼先輩の方がカッコいいけど、色んなところで皆を助けているし、頼りになる先輩だって言ってる子も多いんだよ」
弘くんはいつも皆のために頑張っている。私だけじゃなくクラスや他の学年の子のためにも頑張れるのは凄いと思う。もしも尊敬できる人はと聞かれたら、弘くんだと答えるかもしれない。
「栞姉えは2人のことをどう思っているの?」
「私は・・・」
♪〜♫〜♬〜
「おはよう2人とも」
「おはよう栞里」
「おう。今日も時間通りだな」
あれから考えたけど、私のなかでは2人はまだ友達だ。2人とも好きだけど、それはあくまでも友達として。
ただ、あの日。龍くんと手をつないで帰った日から、少しだけ、ほんの少しだけ、龍くんのことを考えることが多くなった。でも、まだ私達は仲の良い友達だ。少なくとも今はまだ。
学校に入り、終業式までの数日を頑張ろうと教室の扉を開けたところ、なかにいた皆がこっちを見る。いつもとなにか違う感じがする、と思っていると浜田さんが、
「ねえ三島さん。浅沼くんと付き合ってるって本当?」
と聞いてきた。
次は龍之介視点で。
予定どおり投稿できるといいなぁ。
少しでも描写不足の改善と整合性をもたせようとチョビっと改定しました