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時間はそう多くないだろう。栞里はどんどん美人になっていくし、それに合わせて昨日のような告白も増えてくるだろう。
学校の皆はある程度なら僕と龍の存在が栞里に対しての防波堤になると思うが、メールや手紙など間接的に呼び出された場合は対処できない。告白されても龍に気がある栞里が付き合うとは思わないが、その影響で栞里が、または龍が動くかもしれない。
お互いに思い合っていると考えて動くべきだろう。先ずは龍を止める必要がある。ただ龍は大事な友達で、これからもその関係を維持したい。協力すると言った手前、僕が本気で栞里を狙いに行くと伝えれば協力してくれるだろう。龍が遠慮してくれる間に決めることができれば、少し気まずくはなるけど、また友達として接することができるはずだ。
♪〜♫〜♬〜
朝起きてから直ぐに行動する。手早く朝食をとり、片付け、身だしなみを整えていつもより早く家を出る。集合場所にはもう龍が待っていた。
「よう弘、今日は早いじゃねえか」
「おはよう龍、ちょっと龍に相談があってね」
龍は意外と思われがちだがかなり時間に余裕を持つタイプでいつも一番早く来る。栞里はいつも決まった時間に家を出るから集まるにはまだ時間がある。
「相談? なんだよ?」
「昨日から考えててね。自分の気持ちを整理してたんだ」
「・・・てことは」
「うん、僕は栞里が好きだ。昨日の言葉に甘えさせてほしい」
「・・・そっか」
龍は考え込み、そのまま黙り込んでしまった。
5分ほど経ち、龍が口を開く。
「わかった。協力する」
「ありがとう。龍が協力してくれて本当に心強いよ」
「おお、弘なら栞里と付き合うのに納得できるしな。変なやつに栞里を任せられないし、昨日みたいなのが何度もあると栞里もキツイだろうし」
「うん、昨日の告白を見て、嫌だって思ってね。そこからかな、栞里が好きだって気付いて、居ても立っても居られなくなったんだ」
「栞里が好きだとか、堂々と言いやがって。背中が痒くなったぞ」
「ははは、それだけ本気ってことだよ」
「そうかよ。で、どう協力したらいい?」
「多分、僕が今栞里に告白しても振られると思う。栞里は僕のことを友達としか見てないだろうし」
仮に今告白したところで絶対に失敗する。そんな目で見れない、とか友達のままでいようとか言われて終わる。
「だから先ずは僕を異性として意識してもらうところから始めようと思うんだ」
「異性としてね〜 じゃあまずはその、っと、来たぞ」
話を中断し、歩いてくる栞里を見る。
「おはよう、2人とも何を話してたの?」
「いや、弘がさぁ」
もしここで龍が栞里に僕の好意を意識させる行動をとるなら、龍は僕の邪魔をするということになる。
「後輩に舐められないようにはどうしたらいいか? って悩んでてよ」
上手く話を逸してくれた。少なくとも、ここで僕の邪魔をする気はないようだ。
「へ〜、意外だね。弘くんはそういうの気にしないと思っていた」
確かに僕はあまり上下関係を気にしないほうだが、ここは龍の話に乗っておく。
「下の学年ができると僕も気にするさ」
「それでよぉ、そろそろ弘もその僕ってのやめね?」
「えっ、僕ってのダメ?」
「前から思ってたけどなんかガキっぽい。弘も俺に変えてみろよ」
「マジか、栞里はどう思う?」
「私はそのままでもいいと思うけど。俺って言う弘くんは弘くんらしくないし」
弘くんらしくない。これは栞里が僕に持っているイメージだ。栞里の友達の弘和。
「う〜ん。でも言われてみれば僕っていうのはなんか軽く見られそう」
龍からの提案はもしかしたら栞里が感じている今の僕を変えるいい切っ掛けになるかもしれない。
「うん。なんか考えたら龍が言ったとおり僕っていうのは子供っぽいかもしれない」
「そうだろ? 後輩もできたし、いい機会だから変えてみろって」
僕、いや、俺か。今の友達のなかで僕から俺に変えたくらいで関係が変わるやつは居ないだろう。
学校に着いたら早速変えてみるか。
♪〜♫〜♬〜
学校で初めて僕のことを俺って言ったときは驚かれたりイジられたりしたけど、皆は俺っていうほうが合ってるって言ってくれた。かっこいい、頼りになりそうだと。もっと早く変えておけばよかった。
♪〜♫〜♬〜
今日を俺で過ごして、放課後。龍と栞里はテニス部の活動で別れ、俺は充達に誘われてカラオケに行くことになった。これからは俺として、男として栞里に見てもらうんだと気持ちを込めて目一杯歌った。時間まで遊んで、解散する。日が落ちてきたから、帰ったらすぐに洗濯物を畳まないと。そんなことを考えていると、
「ねえ弘和」
一緒に遊んでいた咲が追いかけてきて呼び止められる。
「どうした?」
「ちょっと来てよ」
少しなら、と断りを入れて着いていく。日が落ち、もう人気のない公園。咲は振り返り、俺の目を真っ直ぐに見て、告げる。
「わたし、あんたのことが好きなんなんだけど。付き合ってよ」
友達からその先へ、そう考えているのは、なにも俺だけじゃない。栞里と同じく、俺は咲を友達以上には見れないし、咲は俺と同じく、友達以上の関係になりたい。
皆と仲良くなりたい。いづれ大人になっても、ずっと友達のままでいたい。入学してからそう思って生きてきた。けど栞里を異性として意識したとき、ずっとそうではいられない。その関係を維持することは難しいことだとわかった。そしてその関係を壊すのは俺のほうかもしれないと。
「ごめん」
目に涙を浮かべた咲を見て、俺はたくさん友達をつくれば支え合って生きていけると思っていた以前の考えがどれほど子供っぽいものなのかと実感した。