if 32 村瀬志保
こっそり投稿します。
前話で今月中に終わらせるとか言っておいて来月が終わろうとしている。
なのにまだ完結していない。
恥ずかしいくて穴があったら入ってしまいたい。
小さな子供が1人でいる。
その子供は小さい頃から愛想が悪かった。まだ両親の浮気は発覚してなかったが、もしかしたら子供ながらに何処か違和感を感じていたのかもしれない。引っ込み思案で誰とも話さず、遊ばない私は好き嫌いがハッキリ表に出る子供社会のなかで嫌われていた。そんな私に優しく接してくれたのが栞姉え。偶々お母さんと一緒に散歩していた時に出会っただけ。栞姉えもお母さんと散歩していたという偶然。どこにでもあるご近所付き合い。お母さん達が仲良くしてねと言ったから始まった、些細な縁。そうして出来た始めての友達。そして私の親友。
私と同じく引っ込み思案で、私より人が怖いのに少しだけお姉さん振って外に出て。でもやっぱり怖がりで、2人で手を繋いでやっと一歩を踏み出せて。
(前は、ずっと繋いでたっけ・・・)
自分の手を見ながら思い出す。どっちから言い出したんだっけ。
(確か・・・)
小さな私が栞姉えに言う。
「こうすれば怖くないよ、栞姉え」
そうだ、思い出した。人前に行くのが怖くて、それを伝えることも出来なくて、同じく震えている栞姉えに提案したんだった。後で栞姉えは私にありがとうって言ってくれたけど、そんなことはない。感謝を伝えるのは私のほう。私も怖くて、でも言い出せなくて、栞姉えに助けてもらったのに、それも言えなくて。
栞姉えに助けてもらったのに、私は何も返せてない。
♪〜♫〜♬〜
いつの間にか寝ていたらしい。まだ外は暗いが、枕元にあったスマホを見ると早朝だった。時間を確認した後、スマホを手放し目を瞑るが眠気はやってこなかった。目が覚めても今の夢のことを考える。
(ズルいなぁ・・・ 私って)
自分で何かをするよりも相手に何かをしてもらう。こういう処は昔からだったかと思い出し嘆息する。
(栞姉えにはずっと助けてもらった)
栞姉えは気にしてないないかもしれないけど、栞姉えが居てくれたから今の私がある。
始めての友達というだけじゃない。両親が離婚して、大好きだったお爺ちゃんが私にも冷たくなって泣いているときに側に居てくれた。お母さんとの2人暮らしで寂しかったときも遊んでくれた。皆が遠巻きに私の悪口を言って近付かないなか、栞姉えだけが私に変わらず接してくれた。今思うとただ栞姉えが周りの空気に鈍かっただけかもしれないけど、それでも、栞姉えが居てくれたからこそあの頃を乗り切ることが出来た。
(その感謝の言葉は、まだ言えていないけど)
だから、言葉に出来ないなら行動で返そうと思った。栞姉えに助けてもらった分、今度は私が栞姉えの助けになろう。どんな時でも栞姉えの味方でいよう。栞姉えの為ならどんなことでもしようと。
(でも、弘和さんに出会ってしまった)
私の人生の目標、その相手が栞姉えを好きになったというのは、私にとってどれほどの苦悩だったか。別に栞姉えが弘和さんに気持ちを持っていないなら何も悩まずに済んだのに、そんな訳でもなくて。
(栞姉えの味方でいる。弘和さんと一緒にいたい)
栞姉えを裏切る訳にはいかない。だから真剣に考えて栞姉えの相談に乗った。後で後悔することになるかも、と頭の片隅に浮かびながらも栞姉えの為に。弘和さんと栞姉えを取り合う浅沼先輩に頑張れと心のなかで応援し、弘和さんが振られることを願った。
そして結果、後悔した。
浅沼先輩が身を引き、栞姉えと弘和さんの邪魔をするものが無くなってしまった。栞姉えにも弘和さんを想う気持ちがある以上、遅かれ早かれ栞姉えと弘和さんが付き合うことは確定となった。
(それから悩んで悩んで、どっちも捨てることが出来なくて)
栞姉えの幸せを応援する。私も幸せになりたい。どっちも大事で、どうすればいいのか考えて。
(私はどっちも選ぶ。捨てることなんて出来ない)
勿論、いいとこ取りなんて出来ない。だから、それ以外を切り捨てた。
栞姉えを幸せにする。その上で私も幸せになる。必要なのは私と栞姉え、弘和さん。後は全部必要ない。
(だからどんなことでもした。私達が幸せになる為に)
栞姉えと弘和さんを引き離す。2人の間に溝が出来ても、その分を私が補えばいい。2人の仲は険悪になるだろう。私も、もう栞姉えと話すことも会うことも出来なくなるかもしれない。それでも、栞姉えが幸せになれるならそれでいい。本当に必要なのは互いだけ。後は全て余分なものだ。
私と弘和さん。栞姉えと浅沼先輩。それぞれの幸せの為に、今まで頑張ってきた。
(頑張ってきた。頑張ってきたのに・・・)
栞姉えが救急車で運ばれた。それを見たとき、自分の行いの結果というものを見せつけられた気がした。怪我や病気。弘和さんの家でのやり取りを経たその夜に栞姉えが運ばれたのにそんな理由な訳がない。
(栞姉え・・・)
私が栞姉えを追い詰めた。いや、それは分かっている。分かった上で栞姉えを追い詰めた。浅沼先輩を栞姉えに相応しい相手にすることは出来た。だけど、それだけじゃ足りない。このままでは、ただ栞姉えの相手が弘和さんから先輩に変わっただけ。本当に幸せになる為には栞姉えの方も変わる必要がある。優しい栞姉えは大好きだけど、それじゃあ弱い。誰にでも与える優しさなんて余計な火種にしかならない。自分にとっての絶対的な1番を決めて、それ以外を切り捨てられるように。他の誰かに付け入る隙を与えないよう強くならないと。
だから栞姉えから味方を奪い、先輩を唯一の味方にした。計画が上手くいけば、私や弘和さんは勿論、それ以外も、栞姉えの頼れる人は全員居なくなる。栞姉えの両親は分からなかったけど、多分栞姉えは隠すと思ったし、実際そうなった。
そう、全部上手くいって、計画は完了した、筈だったのだ。
(栞姉えは・・・)
ベッドから起き上がる。身体に上手く力が入らなかったがゆっくり歩いて栞姉えの家を覗き込む。
当然もう救急車が停まっている筈もないが、私の脳裏に救急車に栞姉えが運ばれる様子が浮かんだ。いつの間にか閉じていた目を開き、車が停まっているか確認する。昨日は確か救急車を追うように小父さんの車が病院に向かって行った筈だ。だけどその車がない。まだ帰って来ていないんだろう。もしかしたら一旦帰って来た後、私が確認するより先にまた車が出ただけかもしれないが、まだ朝になったばかりだ。どちらにしてもこの時間に居ないのなら、栞姉えは今大変なことになっている筈だ。
搬送された理由が精神的なショックで倒れたとかなら分かる。そうなっても仕方がないよう栞姉えを追い詰めたし、昨日は今までで1番の負荷を掛けてしまった。だけど、あの小父さん達の慌てようは普通じゃなかった。それに、運ばれ方も変だった。左腕を持ち上げるように支えられてたし、見間違えじゃなければ布のようなものが巻かれていた。
(多分栞姉えは自分で・・・)
追い詰めるのは良かった。遅かれ早かれやる予定だったし、タイミングも良かった。そのことに後悔はない。だけど、私は栞姉えを追い詰め過ぎてしまった。絶対的な味方である浅沼先輩に助けを求める余裕すら、奪ってしまった。多分その時の栞姉えの頭のなかには先輩なんて居なかったんだろう。弘和さんと、多分、私。きっと栞姉えは責め立てる私に同調して、自分を責めた。でも弘和さんがそんな栞姉えでも好きだと受けとめ、栞姉えはそんな弘和さんに受け入れられることを耐えられなかった。自分を責めて、自ら傷付けたのだろう。
そこまでいくとは思ってなかった。考えた上での行動にしろ弾みにしろ、栞姉えが自殺しようとするなんて、ほんの少しも考えたことがなかった。これは完全に私の失敗だ。一生を掛けても償えない。
(もし、栞姉えが死んでしまったら?)
きっと私は栞姉えのことを受け止められない。栞姉えのことを考えるのを止めるだろう。他人だ、関係ないと自分に言い聞かせ、栞姉えを死に追いやったことを忘れる。私にとってかけがえのない大切な人なのに、私自身がそれを壊してしまう。そんな最低な人間に、私はなってしまう。
(でも、まだそうと決まった訳じゃない。まだ、栞姉えは・・・)
私はまだ何も返せてない。もう少し、もう少しなんだ。もう少しで栞姉えに恩を返すことが出来るんだ。
栞姉えの無事を願う。今何かが出来る訳でもないが、何かが出来るときの為に、今出来ることを頑張らないと。
そう思い、栞姉えの家を見るのを止める。気持ちを改めて部屋から出ようと歩くが、やっぱり身体に力が入らない。少し歩いて足がもつれ、床に倒れ込む。手を伸ばしてベッドの端を掴み、身体を寄せて頭をその端に乗せた。
(寒い。あ〜 駄目だコレ)
気が付けばすっかり外は明るくなっていた。ベッドの端にしがみついた状態で眠っていたらしい。目を覚まし、漸く自分の体調が悪いことに気付く。
身体に力が入らず起きることにも一苦労だ。何とか起き上がり、壁によし掛かって身体を引き摺りながら部屋を出る。部屋のなかとは比べものにならない程の寒さのなか、何時もの何倍もの時間を掛けながら階段を降りる。少し動いただけで息が上がってきたが、居間まで辿り着き、置いてある救急箱から適当に風邪薬を引っ張り出す。何もしないよりはマシだろう。台所で薬を水で流し込み、目についた菓子パンをあるだけ掴み、部屋に戻る。
限界だった。パンを放り捨てベッドに倒れ込む。毛布に包まって寒さに震える身体を抑え込もうとするが全然暖まらない。もう何も考えられない。動くことも辛く、ベッドのなかで寒さに耐えることしか出来なかった。
♪〜♫〜♬〜
どれだけ時間が経ったのか。包まっていた毛布から顔を出し、スマホの時間を見る。長い時間が経ったかと思えばまだ昼前だった。薬が効いてきたのか、それとも寒さに慣れてきたのか。まだ寒気は治まらないが大分マシになってきたので身体を起こす。床に放り捨てられたパンを見て少し笑ってしまった。持って来たときには頭が回らなかったのか、こういうときに必要な飲み物を何も持って来ていない。パンを見ていたら少しお腹が空いてきたが、流石にこのまま食べたら喉を詰まらせるだろう。
まだ身体が動くうちにもう一度下に降り、薬と作り置きしていたお茶を部屋に運び込む。部屋に戻ってお茶を飲んで一息ついてパンの袋を開ける。
(あっ、失敗した)
お茶とパン。微妙な組み合わせになったがもう袋は開けてしまった。もう一度下に行くのは億劫なので仕方なくパンを食べる。直に喉に貼り付いたような感触がしてきたのでお茶で流し込む。時間を掛けてパンを完食した後に窓から栞姉えの家を確認する。まだ小父さんの車は無いということを確認し、ベッドに潜り込む。栞姉えの安否が気掛かりだ。スマホを手に取り栞姉えに電話を掛け、数コール鳴ったところでそもそも電話に出られる状態ではないだろうということに気付く。
(あ〜 駄目だ、考えられない)
全然頭が回らない。一旦休もう。今考えても碌なことが思い付かない。今は休んで体調を戻すべきだと自分に言い聞かせ、目を瞑る。
♪〜♫〜♬〜
休日を全て休みに当て、大分体調が戻ってきた。今は普通に学校に行けるくらいには回復したと思うが、学校には体調不良で休むと伝えてある。学校に行くよりも大事なことが幾つもあるのだから。
部屋の窓からじっと栞姉えの家を見る。休日は殆ど小父さんの車が無かった。夜は車が停まってたから帰ってきていたようで、今も車はそのままだ。ただ、今度は小母さんの車が無い。この時間に小母さんが車を走らせることなんて今まで見たことがない。きっと今日は小母さんが病院に行っているのだろう。実は偶々用事があって出掛けただけで、病院なんて関係なく、栞姉えも直に退院して、元気になっている。そんな都合のいい話にならないだろうか。
スマホを見ても栞姉えからの連絡がない。あのとき電話を掛けてしまったが、栞姉えのスマホには私からの着信履歴がある筈だ。栞姉えがスマホを見ていたら連絡を返すだろう。まあ、最後にとった連絡で弘和さんに全部バレてしまった訳だから、敢えて電話に出ないという線も無い訳ではないけど、それでも栞姉えなら何かしらの返信はあるだろう。結果的には連絡がないということが、栞姉えが大丈夫ではないという証明だと捉えられるだろう。それでも僅かながらの望みを持ち、玄関が開いて栞姉えが出て来ないと待つ。だけど何時もの時間が過ぎても、授業が始まる時間になっても、栞姉えが出て来ることはなかった。
何時まで経っても出て来ない。いい加減現実を見よう。栞姉えは病院に運ばれた。その後のことは分からないけど、今は多分入院している。本当に入院したのか。もしかして助からず、死んでしまったのではないか。そんな嫌な想像をしてしてしまう。もしそうなら、私はこれからどうしていくべきなんだろう。
栞姉えの家を何時までも見ていても仕方がない。ずっと見ていても悪いことばかり考えてしまう。そう分かっているのに、私は目を離さず栞姉えの家を見続ける。
(栞姉えの家に行ってみようかな)
今は多分小父さんが居る。小父さんの前で正直に私のせいですとは言えないが、学校に来なかったから心配して様子を見に来たと言えば何も不自然じゃない。何をすれば良いのかはまだ決まってないけど、先ずは栞姉えが入院しているのか、生きているかを確かめないと。
(なら、学校が終わった時間帯に)
学校が終わった時間なら、自然に確認に行けるだろう。栞姉えが大変な状況だと分かっていながら自分の体裁を気にするなんて。自分に嫌悪感を抱くが、今更かと呑み込む。元々弘和さんとの間に割って入ると決めた時点で、栞姉えにとって私は最低最悪のクズになることは覚悟した筈だ。クズと罵られても、私が幸せなら。最終的に弘和さんも、栞姉えも幸せになれるなら。
そう自分を振り返っていると、あり得ないものが見えた。栞姉えの家のインターホンを押す弘和さん。今は学校の時間だ。終わるにはまだ早い。
(もしかして、抜け出して来たのっ⁉)
制服姿だし、学校に行っていたことは間違いないだろう。学校に行って、栞姉えが居ないことに気付いて、その後に授業を放り出してここまで来たのだろう。凄い行動力だ。普通来るとしても、授業が終わった後だろう。学校に栞姉えが居ないからといって抜け出してくるとは。そう考えて気付く。今の学校は、弘和さんにとって非常に過ごしづらい環境だ。浅沼先輩が栞姉えと付き合ったことを吹聴している。あの浅沼先輩だからということで信じていなかった皆も、実際に先輩と栞姉えが一緒にいる事実に戸惑い、信じ始めている。何事もなければ、今週中にはそれが事実だと認められ、弘和さんは先輩に栞姉えを取られた男として過ごすことになるだろう。渦中である弘和さんの教室では、思った以上に影響が顕著だったのかもしれない。
そんなことを考えていると、弘和さんが家に入っていった。
(何を、話すのだろうか)
心臓がバクバクと脈打つ。今まで栞姉えに起きていたことは、きっと家族にも隠していることだ。その隠していることは、栞姉えを追い詰める為とはいえとても許容できるものではないだろう。弘和さんは先日の会話でそれを知った。勿論、それはほんの上っ面のことで、本当はもっと非道いのだが。それでも、それを知った弘和さんは小父さん達になんて話すつもりなのか。いや、もし弘和さんが話そうとしなくても、小父さん達はどうだろうか。栞姉えがもし自殺しようとして、病院に運ばれたなら。当然小父さん達は理由を知りたがるだろう。最悪だ。もしかしたらこれまでの全てがバレるかもしれない。弘和さんにとっての私はそこまで悪い印象はないと思うが、栞姉えの浮気を黙って見ていたというのは事実。栞姉えの家に行ったとき、私も詰問されるかもしれない。それに何より、浅沼先輩のことが知られるのがマズい。先輩がこれまで栞姉えにどんなに非道いことしてきても、先輩だけは栞姉えの絶対的な味方。栞姉えを幸せにする為に必要なのに、小父さん達に知られたら全てが水の泡になる。
何を話しているのか。どう確認するかを考えていると小母さんが帰ってきた。そして急いで家のなかに入る小母さんを見て、ほぼ全てがバレたのだと悟った。
暫くして弘和さんが出てきた。どんなことを話したにせよ、私の計画は頓挫したと考えていいだろう。これまでの努力が水の泡になり納得出来ないことは山程あるが、今は栞姉えの安否だけでも知りたい。学校が終わる時間を待っていると、弘和さんからメールが入った。やっぱり弘和さんは全部話したようだ。栞姉えがどうなったのかは書かれてないけど、この感じだと最悪の事態にはまだなってなさそう。私にもこれまでの経緯について確認がくるかも、とのことで、流石に小父さん達の連絡先は持ってないから連絡がくるのは難しいのではと思いもしたが、元々栞姉えの家に行くつもりだったこともあり、特に何かを言うこともなく分かったと返信する。
弘和さんに返信した後、栞姉えの家に行く。ほぼバレてしまっている以上、もう取り繕う必要はない。寧ろ時間を空けて話を整理されてしまうとボロが出るかもしれない。
栞姉えの家に行き、インターホンを押す。何時もは栞姉えに連絡してからそのまま家に入っていたから、何か変な感じがする。
「はい、三島です」
少ししてから小父さんの声が聞こえた。
「こんにちは、村瀬です。あの、糸巻先輩から連絡があって・・・」
「ああ、志保ちゃんか。ちょっと待っててほしい」
通話が切れた後、直に玄関の扉が開く。
「こんにちは、志保ちゃん。今日は学校じゃないのかい?」
「いえ、実は私、体調不良で休んでいて。土日で大分良くなったんですけど、大事をとって今日も休ませてもらったんです」
「そうなのかい? それじゃあ、まだ休んでいたほうが・・・」
「いえ、もう殆ど大丈夫ですし、それに、栞姉えの方が心配なので」
どこか歯切れの悪い小父さんに栞姉えのことを伝えると、バツの悪そうな顔で上がってくれと言われた。
「こんにちは志保ちゃん。少し見ないうちにまた綺麗になったわね」
「こんにちは。ありがとうございます」
リビングで小母さんにも挨拶し、小父さんに案内されて座布団に座る。小母さんにお茶を出されてから小父さんが話し始める。
「すまないね。本来なら志保ちゃんの体調を考えて日を改めるべきなんだが」
「大丈夫ですよ。それに私だって、このままじゃ栞姉えが心配で休めないですし」
少し軽い口調で伝えると小父さんからありがとうと返され、本題に入る。
「弘和くんからは何処まで聞いたんだい?」
「それより、栞姉えは今どうしているんですか?」
小父さんの話を遮り、栞姉えのことを聞く。私にとって、今1番大事なことだ。
「ああ、栞里なら今・・・」
小父さんは何かを言い掛けて、言葉を止める。それから少し首を振って、言い直す。
「栞里は今、入院している」
「入院・・・」
良かった。入院なら、栞姉えは生きている。
「ああ。まだ、他言はしないでくれ」
「分かりました。その、栞姉えは、直に元気になりますよね?」
「ああ、きっと良くなるさ」
小父さんの声には、確信というよりも、そう願いたいという想いが込められているように感じる。もしかしたら、あまり栞姉えの状態は良くないのかもしれない。
一応、栞姉えの安否は確認することが出来た。その後は最初にされた質問に端的に答える。栞姉えも学校を休んだこと。栞姉えが浅沼先輩と関係を持っていたこと。弘和さんにそれが全部バレてしまったことを話した。
話し終えた後、小父さんから質問をされる。
「じゃあ、志保ちゃんは栞里が龍之介くんと関係を持っていたことを最初から知っていたんだね?」
「はい、5月に入った頃にはもう・・・」
この質問は予想していた。
「なんで、そのことをずっと黙っていたのかな?」
だから予め答えは準備してある。
「その、そんな場合じゃないってことは分かっているつもりなんですが、ちょっと、恥ずかしいですね」
小父さんが困惑した表情をする。
「私、実は弘和さんのことが好きなんです」
目が点になるとはこのことだろう。小父さんは先程の困惑した表情から一転、呆けたような顔になった。
「弘和さんを好きになって、でも弘和さんには栞姉えがいて、それでも弘和さんを諦められなくて。そんなとき、栞姉えが浅沼先輩とこの家に入っていくのを見たんです」
私が栞姉えの浮気を黙っていたという、それらしい理由。
「それで思ったんです。もし、栞姉えが弘和さんと別れれば、私にもチャンスがあるんじゃないかって」
男女に関わる色恋沙汰なら、充分な理由になるだろう。それに、今話している言葉は私の本心でもある。
「だからこのまま黙っていれば、栞姉えが弘和さんと別れてくれるんじゃないかって、期待して。ごめんなさい」
小父さんも小母さんも、黙って俯いてしまった。偶に唸るような声が聞こえるから、必死になってこの話を呑み込もうとしているのだろう。この流れは私の予定通りではあるが、客観的に見るといったい私は何をやっているんだと思う。相手が栞姉えとはいえ恋敵の親に恋愛事情を暴露することになるとは。
「あ〜 すまない、志保ちゃん。でも、君と弘和くんが会ったのは4月からだろう? ちょっと、時期が早すぎないか?」
小父さんが少し言いづらそうに、だけど疑いながら聞いてくる。
「私が弘和さんと初めて会ったのは、中学生のときです。引っ込み思案だった私を気に掛けてくれて、友達ができるようアドバイスしてもらいました。弘和さんは私だと気付いてませんし、そもそも覚えてもいないと思いますが、私は覚えています」
今度は小母さんが聞いてくる。
「もしかして、志保ちゃんが急に綺麗になったのって」
「はい。今の私があるのは、弘和さんのお蔭です」
2人とも黙ってしまう。暫くして小父さんが躊躇いがちに口を開く。
「あ〜 その、志保ちゃんが今まで黙っていたことについては分かったよ。改めて聞くけど、栞里が龍之介くんと関係を持っていたのは事実なんだね?」
「直接的な行動は見ていないのですが、弘和さんが居ないところで栞姉えと浅沼先輩が会っていたのは事実です」
再び沈黙が訪れる。やがて小父さんがそうかと溜め息混じりに言う。
「因みに志保ちゃんは龍之介くんに、その・・・」
今までのなかで1番言いづらそうにしている小父さんに、その質問の答えを返す。
「私は、浅沼先輩と関係は持ってません」
小父さんは何度目かの溜め息を吐く。
「すまないね、ちょっと信じられないことが続いてね。色々と疑り深くなってしまった」
「いえ、私は全然大丈夫です」
これ位なら全然問題無い。弘和さんとの話のなかで、やはり私は無関係と位置付けられていたようだ。質問の仕方も私が関係していた可能性というよりも、あくまで栞姉えと先輩が関係を持っていることが本当なのか、という点が主だった。最後の質問も、恐らくは私と先輩との協力を疑っていたのだろうが、私がキッパリと否定したので追及はしてこなかった。言葉遊びになるが、先輩に協力していたか、と聞かれると嘘をつくことになっていた。小父さんの望み通りの回答の仕方ではないが、これは私のセンシティブな問題に関係する話だし、何より私と小父さんがある程度交流があることが仇となったのか、小父さんは私に強く追及することはなかった。
♪〜♫〜♬〜
小父さん達との会話が終わった翌日、今日も学校に休むことを伝える。もう体調は完全に戻っているが今はまだ学校に行けない。
昨日の一件で栞姉えの秘密は完全にバレてしまった。もう浅沼先輩は栞姉えを幸せに出来ない。別に栞姉えのことがバレてしまうのは構わない。最初からずっと隠し通せるとは思っていないし、仕方がないことだと思っている。ただ、それがあまりにも早すぎる。
本当に幸せになる為に必要なのは互いだけ。その考えは変わらないし、これからも正しいと信じている。だけど、人は想い合うだけでは生きていけない。先立つものが必要になってくる。生活するには稼がないといけないが、私達はまだ若すぎる。仮に高校を中退しても、準備もなしに働けるところなんてそうそうないだろうし、本当に生活できる程稼ぐことができるかなんて分からない。私は毎月お爺ちゃんに生活費をもらっている。もう大分昔から嫌われているが、それでも、毎月生きていくのに充分なお金をもらっている。例え世間からの体裁を保つためだとしても、そのお蔭で生きていける。栞姉えだって、弘和さんだって、気持ちだけではどうしようもないところで大人の力があるから、私達は生活出来ている。だからせめて自立出来るまで、先輩がちゃんと働けるようになるまでは親の庇護は必要不可欠だった。それなのに、小父さん達にまでバレてしまった。小父さん達は絶対に栞姉えと先輩のなかを許しはしないだろう。恐らく先輩の親も、普通に考えれば栞姉えと先輩を引き離すだろう。栞姉えと先輩がどれだけ一緒にいたいと願っても引き離されるし、強行して勘当でもされれば、生活していく当てが無くなる。無理に稼ごうとして、仮に稼ぐことが出来たとしても、それはきっと2人の幸せから掛け離れたものだ。それでは意味が無い。
何度考えても、どれだけ考えても、もう先輩には栞姉えを幸せにすることが出来なくなったという結論に至ったところで、家のインターホンが鳴った。こんな時間に誰だろう。特に通販も頼んでいない筈だけど。はい、とインターホンに返事を返す。
「よう志保、会いたかったぜ」
話の尺的に次の話で確実に終わります。
ただ、いつ更新できるのか。自分の更新宣言ほど当てにならないものはないのがなんとも・・・
何気に今話で1番忙しく動いていたのが栞里の両親になります。
会社を休んでお見舞い(交替制)
弘が来る(お茶なし)
志保が来る(お茶あり)
お見舞い準備中に龍が来る(門前払い)
お見舞い
弘に連絡
忙しいのに丁寧に対応できる大人って凄い。
次で最後ですが、自分のことなので更新は遅いと思います。
それでも良ければ、最後まで読んでくれると嬉しいです。




