if 30 浅沼龍之介
オリンピックも終わりましたね。
最初は不安を煽っていたメディアが一斉に中継するのを見てなんだかなぁという気持ちで見ていました。
まあ、サボりの言い訳はこのくらいにして、遅くなりましたが投稿します。
(この家、だよな)
スマホに写ったマル印が付いた地図の場所。志保のクラスの女子から教えてもらった通りなら此処の筈だ。結構古い家って感じだが、表札がないので分からない。
(志保が居たとして、どう聞けばいい?)
不興を買うと後が恐い。いやいや、強気で行け、強気で。
インターホンを押す。少ししてから、はい、と女の声がした。間違いない、志保だ。
「よう志保、会いたかったぜ」
漸く見つけた志保に、思わず声が弾んでしまう。
「・・・浅沼先輩」
間を置いてから返事をする志保。俺に気まずそうに返事をしたってことは、やっぱり俺に隠れてなんかやってやがったな。
「今日は学校じゃなかったの?」
「そうなんだけどよ、お前ら、誰も来ねえじゃねえか。心配だからつい学校を抜け出して来ちまった」
「そうなんだ、心配してくれてありがとね。もう少ししたら良くなるから、また学校でね」
会話を終わらせようとする志保。だがそうはいかねえぞ。
「まあそう言うなって。折角食えるもん買って来たんだし、ちょっと入れてくれや」
ドリンクやパックのお粥などが入った袋を前に掲げる。まあ、カメラは付いてないようだし、意味がないと思うが。
「いい。少ししたら良くなるから放っといて」
「ちょっとくらい良いじゃねえか」
普段なら志保にここまで突っかかることは絶対にしないだろう。
「それともなんか俺に会いたくない理由でもあんのかよ?」
だが志保を問い詰める為に家まで来て、志保が俺に会いたくないという状況はまるで逃げる志保を俺が追い詰めているようにも感じられる。
多分それが新鮮で、気分が高揚してるんだろう。
「・・・私の家に来る暇があるんなら栞姉えのところにでも行けば?」
「はぁ? それが出来れば苦労はしねえよ」
お前のせいで会えないんだろうが。白を切りやがって、巫山戯んなよ。
「まあ、そうだろうね」
やっぱりこいつ、何かしやがったな。
「だろ? だから聞いてんだよ。お前、何で俺を裏切ったんだ?」
「・・・」
「おい、黙ってないで何か言えよ。ってかこのまま外に居るのは辛えな。いい加減なかに入れてくれよ」
話しながら玄関の引き戸を引いてみるが動かない。流石に鍵は掛かってるか。
(それにしても、大丈夫かこの家?)
今どきこんな薄っぺらい引き戸の玄関はそうそう無いだろう。ガキの頃の家を思い出す。引っ越す前の家は同じような引き戸だったが、こんなに危なっかしいセキュリティだったんだな。
「別に裏切ってないよ」
漸く志保が口を開いたと思えば、裏切ってないと言いやがった。
「なら何で栞里は来ねえんだよ⁉」
苛立った感情を扉にぶつける。意外となかに音が響いた筈だから、多分聞こえていると思う。
「ちょっと、止めてよ!! 栞姉えが来なくなったのは私のせいじゃないって」
「じゃあ誰のせいなんだよっ⁉」
「私、先週弘和さんの家に行ったの」
それから志保は弘の家に行った時の話をした。弘を堕とす為に栞里を使おうとしたこと。それが失敗したこと。それがおそらく栞里の負担になったこと。
「はあっ? お前、バラしたんじゃねえか⁉ 何が裏切ってないだっ!! 巫山戯んなよっ!!」
「だから、裏切ってないってば。元々ここまでは考えてたんだし」
「元々って、どういうことだよおいっ!!」
「弘和さんの栞姉えに対する好意が失くなれば、後はどうとでもなったんだよ」
弘が栞里と縁を切れば、もう栞里が誰とどうこうなっても関係ない。志保は傷付いた弘に寄り添い、栞里はもう頼る相手が俺しかなく、俺も弘との関わりが切れて誰にも邪魔されずに栞里と一緒に居ることが出来る。裏切られる、見捨てられる。これを経験した2人はもう同じ目に合わないよう相手に執着する。弘と志保。俺と栞里。互いに必要なのは相手だけ。これが志保の計画だった。
「でも、弘和さんは諦めなかった」
弘から見れば、栞里には裏切られた筈なのにまだ栞里に対する好意がある。その想いに栞里は耐えられず逃げたと、志保は言った。
「だから、多分栞姉えは暫く来れないと思う」
「・・・チッ、結局弘のせいかよ」
恐ろしい計画だ。俺を使おうとしたことはムカつくが、成功していれば弘と縁が切れて俺に縋るしかなくなる筈だったと言われれば、一応俺の為にもなる計画だったので強くは言えない。
それにしても、弘のしつこさには呆れてしまう。自分の彼女が前から寝取られてたって知れば、普通は愛想を尽かすだろ。
「で? どうすんだよ次は? どうやったら弘を諦めさせることが出来るんだ?」
「・・・ねぇ、先輩」
「んあ?」
「私、間違ってたのかな?」
「はあ? 何言ってんだお前?」
「・・・ううん、なんでもない。忘れて」
「チッ、お前から誘ったんだろうが。しっかりしてくれよ」
お前が計画したことだろうが。最後まで責任持てよ。俺は栞里を。志保は弘を手に入れる為に、ここまで来たんだろうが。もう引き返せないんだからよ。
「あ? もしかしてお前、ここまで来て俺を裏切ろうってのか?」
もし今の状況で志保が俺を裏切ったら。志保が自分は関係ないと白を切ると、全ては俺が1人でやったことだと思われるんじゃないか。
「裏切らないよ。私、まだ弘和さんを諦めてないから」
「・・・本当だろうな? さっき諦めるようなことを言ってたような気がするんだけどよ」
「さっきのは只の気の迷い。大丈夫、少なくとも栞姉えはもう弘和さんを頼ることが出来ないし、まだやりようはある筈」
「ここで栞里が弘に謝ってヨリを戻すってことはねえのか?」
「ないよ。もしそうなら塞ぎ込んだりしない。きっともう栞姉えは弘和さんに会うことも話すことも出来ないよ」
一応、栞里の性格を考えればそう考えることも出来るだろう。
「そうだとして、栞里が一生弘に会わないなんて不可能だろ。弘の方は諦めてねえんだし、心変わりしたらどうするんだよ。それに、栞里が俺達のやったことを他にバラさない保証が何処にあるんだよ」
志保が脅されていたという嘘がバレてしまった今、栞里が誰かに話すことは充分に考えられる。家で引き篭もっているなら、両親には尚更だ。
「少なくとも、先輩のことを誰かに話すことはないから、そっちは大丈夫。私のことは嘘って分かっても、栞姉えは栞姉えで脅しの材料はまだ先輩が握ってるし、何よりもう栞姉えには先輩しかいないんだよ。知ってる? 栞姉え、先輩と付き合うって学校で広まってから、陰でどんなことを言われているか」
女子達の話は早いらしく、特に女子に人気がある俺と彼氏持ちの筈の栞里が付き合ったことは直ぐに広まったらしい。主に、栞里に対する陰湿な嫌味が。
「皆は人前では気遣う素振りを見せてると思うけど、もう栞姉えに味方はいないんだよ」
だから栞里は残った唯一の味方である俺の不興は買わないよう大きなことは出来ないと言う。
「私も、この件で栞姉えとは疎遠になっちゃうだろうしね。だから先輩には栞姉えが治ったら支えてあげてほしいな。一応、私はまだ親友のつもりだし」
「チッ、言われなくても分かってるって。じゃあ栞里のことは問題ないんだな?」
親友。まだ親友。気に入らない言い方をされて栞里の話を切り上げる。
「大丈夫だよ。それよりも問題はどうやって弘和さんを諦めさせるかだよ」
「ああ、どうするんだよ?」
「ずっと考えてるけど、ちょっと今は体調が悪くて頭が回ってないの。先ずは学校に行けるくらいまで回復しないと」
「んあ? なんだよお前、もしかして本当に風邪なのか?」
「そうだよ、当たり前じゃん。じゃなかったら弘和さんに会いに学校に行ってるよ」
そう言われればそうか、と納得する。志保の話からだと今の弘を放っておくわけがない。少しでも栞里から気を逸らさせようと動く筈だ。
「そうかよ。んじゃあ、さっさと治して対策練ってくれや」
「分かってる。まだちょっと頭がフラフラするから、もう休むね。ちょっとそんな気分じゃないから、差し入れは要らないや」
「そうかよ。まあ、もういい時間だしな。これは栞里に持っていくわ。じゃあ頼むぜ志保。お前には弘をなんとかしてもらわないといけねえんだから」
志保が裏切ってないなら、まだなんとかなるだろう。一先ずは安心、ってところか。
「そう。どうでもいいけど、先輩。学校休んで栞姉えの家に行くなんて非常識じゃない? さっきはああ言ったけど、学生なんだし、お見舞いしたいなら学校が終わってからにすれば?」
そう言ってから何も聞こえなくなった。もう離れたんだろう。志保の言葉に、手に持った差し入れをどうするかと頭を悩ませるが、ここまで来たんだし、今日は栞里の家に寄って、明日からは学校が終わってから行こうと決める。
(結構近いしな)
ここからだと歩いて直ぐそこだ。志保の家を後にし、栞里の家に行ってみると車が無かった。もう小父さん達は居ないだろうと思いインターホンを押すが誰も返事を返さない。志保の話だと塞ぎ込んでいるんじゃないかということだが、家のなかに居るのだろうか。
(先ずは弘をどうにかしないと)
弘が諦めてないのなら、これからも栞里に絡んでくるだろう。栞里が登校できるようになる前に、弘をなんとかしないと。
何度かインターホンを押しても誰も出てこない。ずっとこうしていても埒が明かないので、諦めて家に帰る。志保の家とは違ってカメラが付いてるので、俺が心配して来たということは伝わると思う。
(やっぱ、学校でやるしかないか)
帰りながら弘への対応を考える。弘の家に押しかけようかとも思ったが、態々相手の陣地で事を構えることはない。
(だけど、どうやって黙らす?)
小父さん達の公認をもらって、栞里と家族になればもう手出し出来ずに黙るかと思っていたが、もしかするとそれでも絡んでくるかもしれないし、そうなればまた栞里に負担が掛かって体調を崩すかもしれない。
(栞里の為を思うならさっさと諦めろよクソがっ)
もうお前の出番は終わってんだよ。それなのにまだ俺の邪魔をしやがって。お前が居ると栞里が辛いってことを自覚しろよ。
(さっさと排除しないと)
でもどうやって排除すればいいのか。考えてもいい案が浮かんでこない。
(やっぱ、志保に頼むしかないか)
こういうのは志保の領分だ。あいつとしても、いつまでも弘が栞里と絡むのは面白くないだろう。早く治して出て来てもらわねえとな。
♪〜♫〜♬〜
相変わらず栞里との連絡が着かないまま学校に登校する。教室に入ると弘が来ていた。今日は来ていたのか。邪魔だと思いつつ、それでも見えない所でコソコソされるよりはマシかと思い直し荷物を席に置く。
(にしても・・・)
入ったときから感じていたが、居心地が悪い。昨日の事でクラスからの反感を買ったのか、俺を睨んでいるやつが居たり、敢えて俺を無視しようとしているやつも居る。
(鬱陶しい)
気を紛らわせる為に、栞里に電話を掛ける。出ないと知りつつもコールが掛かるが、やはり出ない。
(チッ)
苛つく。なんで俺がクラスのやつらから逃げるような真似をしなきゃならねえんだよ。栞里が居れば後はもうどうでもいいって、昨日決めたばかりじゃねえか。なのに俺はまた電話を掛ける。今度は志保だ。こっちも出ない。まだ治ってねえのかよ。
どっちも電話に出ず、苛立ちだけが募る。
(そもそもあいつが余計なことをしなければ今頃は)
弘を見る。栞里を諦めてればこんな事にはならなかった。栞里はずっと俺の側にいて、クラスのやつらも気にすることなくやっていける筈だった。それなのに今は栞里も居ないし、クラスのやつも弘に同情的で俺を悪者扱いしやがる。
(クソがっ!!)
教室に居ることが嫌になって席を立つ。特に当ても無いが、ただここに居ることが嫌だった。暫く校内をうろついてから教室に戻る。あんまり教室に居たくないが、他に行く宛もない。せめて早く1日が終わってくれと願い、授業を受ける。休み時間になったら教室を出て、始業時間になったら戻って。そんなつまらない1日を過ごしていると、栞里が入院したと話しているやつが居た。慌ててそいつに話を聞くと朝、先生からそういう話があったと聞いた。それを聞いた俺は急いで職員室へ向かい、栞里のクラス担任を見つける。
「先生、栞里が入院したって、本当ですか⁉」
担任に話を聞くと淡々と、そうだ、と返ってきた。なんで入院したのか、何処の病院に入院したのかを聞いても何も教えてくれない。
(何が個人情報だ、巫山戯やがって!!)
どうやっても教えてくれない以上、ここに居る意味はない。職員室を後にして、これからのことを考える。
(先ずは栞里の家に行って、小父さん達と話して栞里が何処に入院してるのか聞く。それと見舞いに行く許可を貰わねえとな)
でも、栞里が入院したってんなら、小父さん達も多分病院に居る筈だ。今直ぐにでも行きたいが、今行ったところで会うことは出来ないだろう。なら、学校が終わってから寄って、まだ帰ってなかったら、夜にまた行くか。それなら会えるだろう。
教室に戻ると弘がクラスのやつらに質問責めにされているのが見える。栞里の入院の件だろう。
(馬鹿が、そいつが知ってる訳ねえだろうが)
もう弘と栞里は他人だ。弘が栞里の現状を知ってる筈がない。志保から聞いた話だと弘の方は栞里を諦めてないだろうが、栞里の方はもう弘とは関わりたくない筈だ。なんせ弘のせいで塞ぎ込んでしまったんだから。もしかしたら弘のせいで栞里が体調を崩して入院したってこともあり得る。そう考えると弘をまたぶん殴りたくなるな。
(そういや、弘はどうするつもりだ?)
弘は栞里の見舞いをどうするのか。俺と同じで放課後に行くつもりなのかと思っていると、丁度その話が聞こえてきた。どうやら弘も学校が終わったら栞里の家に行くらしいな。
(こいつと一緒に行くのは御免だな)
弘と一緒だと邪魔にしかならない。だが放っておくと小父さん達に余計な話をしかねないし、どうしたものか。理想では俺だけが会って、弘は会えないで終わることなんだが。
(終わって直ぐに行っても、小父さん達が居なかったら意味がねえし、後から弘が来れば結局同じことだ。どうする? どうやって弘を出し抜けばいい?)
授業が始まった後も、何か上手い方法がないか考える。
(なんとか、放課後までにいい手を考えねえと)
♪〜♫〜♬〜
放課後になると直ぐに荷物をまとめて教室を出る。だが栞里の家に直行するわけじゃない。学校を出てから向かうのは近くの百貨店。考えてたが弘が栞里の家に行くことを阻止する案は浮かばなかった。だから考え方を変えて、弘よりも良い印象を与えることで差を着けることにした。大した差はないだろうが、何もしないよりはマシだろう。弘が何か準備するか分からないが、それなら尚更だろう。
定番だがフルーツの詰め合わせを買って栞里の家に行く。その途中で弘とすれ違う。結構急いで来たし、ここですれ違うってことは弘は小父さん達に会えなかったのではないか。確かめたい気持ちがあるが無視してすれ違う。弘も、俺に何も言うことはなく通り過ぎて行った。
栞里の家に着いてインターホンを押すも反応がない。やっぱり弘は小父さん達に会えなかったんだろう。少しだけ安心して、一旦家に帰る。夜に栞里の家に行こうとすると、こんな時間に何処に行くのかと父さんに聞かれた。そう言えば、まだ栞里との関係は言ってなかったな。父さんに栞里と付き合うようになったこと、入院したことを伝えると驚き、俺に少し待てと言って電話を掛け始める。父さんが相手に三島、と言ったので多分小父さんだろう。忘れていたが、父さんは小父さんと友達だったな。思い出してればもっと上手く話が出来たかもしれないのに。
悔やんでいると父さんが電話を終わらせて俺に言う。
「今日は出来る限り病院に居るそうだから、行くのは止めておけ」
「そうなのか? じゃあ明日は?」
有り難いことに小父さんの予定を聞いてくれた父さんに明日は大丈夫なのか聞いてみる。
「いや、どうも予定があるみたいだ。見舞いに行く件を伝えると、落ち着くまで待ってくれと言われてな。向こうから連絡してくれるそうだから、それまで待ってろ」
「マジか〜 分かった、聞いてくれて助かった」
父さんのお蔭で無駄骨を折ることはなくなった。更に、父さんを通じて向こうの予定が分かるようになったのは大きい。これで弘よりも早く情報を知ることが出来る。俺と栞里が付き合っていることも互いの家族に伝えることが出来たし、結果的には志保の言った通り、何も問題はないのかもしれない。
♪〜♫〜♬〜
今日も1人で登校する。だけど昨日までと違って気が軽い。振り返ると失敗したところはある。そのせいで高校生活にケチが付いちまったが、その高校生活もあと1年ちょい。クラスの奴らは気に入らないが、どうせもう少しでクラス替えだ。俺のことが嫌いだっていうやつはもう会わなくなるかもしれねえが、それならそれでいい。女子達からの人気も落ちるだろうが、元々栞里を手に入れるための練習から始まったものだ。少し惜しくもあるが、栞里さえ居ればそれでいい。勿論、クラスが替わったからといって全部収まるわけじゃねえが、今よりは過ごしやすくなるだろう。要は卒業まで我慢出来る環境にさえなればいい。しかも受験や就職があるから、実際の期間はもっと短く感じるだろう。それならこの機にこれまで出来なかった分、栞里と楽しく過ごさせてもらうさ。
栞里、弘、志保が居ないことにも慣れ、淡々と1日が終わる。栞里の入院にしても、何かあれば直ぐに連絡がくるだろうし、焦る必要はない。今週に入ってからはずっと気が張り詰めていたが、今日は久し振りに穏やかな気持ちだ。もうそこまで活動はないが、偶には部活のほうにでも顔を出してみるか。栞里が退院したらもう行くことはないだろうしな。
♪〜♫〜♬〜
部活が終わって家に帰る。以前はうちの弱小で緩いところに少し憤りがあったが、自由に出来るってのはいいところかもしれねえな。頭を空にして打ち込むことが出来た。やっぱり体を動かすってのはいいな。
家の前に着くともう灯りが付いていた。珍しく母さんが早く帰って来たんだろうか。玄関を開けると母さんだけじゃなく父さんの靴まであった。いつも遅いのに珍しい。
「ただいま〜」
リビングの扉を開けて挨拶すると直ぐ目の前に父さんが居た。
「うおっ、びっくりしたじゃねえか。ただいま。今日は早かったんだな」
「・・・龍之介」
「ん? なんだよ?」
「ちょっと話がある。母さんには席を外してもらった」
「お、おう」
「お前、三島の娘さんを性的暴行したってのは本当か?」
「・・・はぁ⁉」
何を言われたのか分からなかった。なんで父さんからそんな言葉が出てくるんだよ。
「三島から連絡があったんだ。入院した理由は彼氏への申し訳なさから自分で手首を切ったからだと」
「な・・・ んだよそれ・・・」
(手首を切った? 自分で? どういうことだよおいっ⁉)
「本当か?」
「えっ、いや、違う。違うんだ。何かの間違いなんだよそれは」
違う。落ち着け。落ち着けよ俺。栞里がそんなことをする訳がない。それに、栞里の彼氏は俺だ。俺なんだ。
「それ、それは・・・ そ、そう、弘だ!! 弘がやったことなんだよっ!! 弘が俺達を嵌めようとしてるんだっ!!」
そうだ。弘が俺への復讐の為に小父さんにチクったんだ。あの野郎、最近学校に来ないと思ったらそんなことをしてやがったのか。小父さんに話すってことは栞里のこれまで隠してきたことがバレるってことだぞ。
(栞里を傷付けてまで俺に復讐したいのかよ、クソ野郎がっ!!)
「嵌める? じゃあお前は何もしていないんだな?」
「あっ、当たり前だろっ!! そんなことする訳ねえって!!」
(マズいぞ、どうやって切り抜ける?)
栞里を犯ったのは事実だが、そのことを隠したい栞里は否定する筈だ。小父さん達がどこまで追及するかは分からないが、きっと口を割ったりしないだろう。これは栞里を信じるしかない。
「栞里だって違うって言う筈だって!! 小父さんにちゃんと確認してもらってくれよ!! そうしたら違うって分かるからさっ!! 信じてくれよ!!」
弘の妄言。今はこれで片付けるしかない。余計なことになる前に、さっさと終わらせねえと。
「信じたい。信じたいが、お前が来る前に出来る限り裏を取っていたんだ」
父さんは疲れたような顔で言った。
「娘さんとも話したよ。淡々とお前にされたことを話してくれた」
「・・・は?」
(栞里が、話した?)
「栞里が話したって、どういうことだよ? 入院してんじゃなかったのかよ?」
「三島から電話を通して本人に聞いたんだ。まさか息子がそんなことをする筈がないと、最初は巫山戯るなと注意するつもりだった」
嘘だろ、おい、待てよ。じゃあ本当に栞里と。
「だが妙に信憑性があったんだ。俺達の勤務時間を知っていたり、家に何がどう置かれているか、最近買ったマッサージチェアのことまでな」
「い、いや待てよ。それ、それは俺が栞里に教えたんだ。ほら、俺と栞里は付き合ってるからさ。色々、家のこととか話したんだよ」
「そうだな、それだけならそう言えるだろう。だけどな、彼女は、お前とは付き合ってないと、いや、付き合うようになったのはつい先日だと言ってたぞ。そんなに事細かにうちの事情を知ってるものなのか?」
「そんなもん前から話してたんだから当然だろっ!! ボケてんのかよ!!」
「じゃあ今の話は前からお前が話していたことで、彼女はまだ今の家には来ていない。そういうことだな?」
「ああ、そうだよっ!!」
巫山戯んなよ、なんで栞里が話してるんだよ。どうなってるんだよいったい。マズい、マズいぞ。どうする、どうすればいい。
「じゃあお前が三島の家のなかに入ったことは?」
「ああ⁉ あるわけねえだろ⁉」
そんな見え見えの誘導に引っ掛かるわけねえだろ。今まで付き合ってきた女達よりも分かりやすい罠だ。あいつらは巧妙に引っ掛けてくるからな。何度ケンカしたことか。
(ん? そ、そうだ。先ずは栞里とケンカしたってことにしよう。そんで、今は少し距離を置いていたってことに・・・)
「だけどな、お前が三島の家に何度も入っていると言ってる娘がいるんだよ」
「はあ? そんなわけ」
「村瀬という娘だ」
「ねえだ・・・あ?」
(村瀬・・・ 志保?)
「ちゃんと写真も持っていたよ」
そう言って父さんがスマホを見せる。そこには栞里の家に入る男の姿。遠くて見えにくいが、何枚もある写真は服装や部活の道具から、確かに俺と見えなくもない。
「なんで、こんなものが・・・」
「お前、さっき三島の家には行ってないって言わなかったか?」
「いや、違う。違うって。俺じゃない。俺じゃないだろこれは・・・ ほら、こんな顔もよく見えないような写真じゃさ」
「俺はお前の父親だ。それくらい分かる」
「いや、違うって。誤解だって」
「どうして嘘をついたんだ?」
「いや、だから・・・」
「お前は本当に、三島の娘に手を出したのか?」
「いや、俺達、付き合ってるし、手を出したって言われても」
「龍之介っ!!」
「っ⁉」
「答えろっ!!」
「・・・し、志保のせいだ・・・」
「何だと?」
「志保のせいだ、誤解だ、俺は悪くない。す、直ぐに撤回させるから、待っててくれよ」
「お、おい龍之介っ!! 待てっ!!」
♪〜♫〜♬〜
気付いたら俺は走っていた。何も考えられず、ただ走ってた。
(どうして、何があったんだっけ?)
振り返り、誰も着いてきてないことを確認した後、何があったのかを思い出す。
(そうだ、俺は志保に)
誤解を解くといい、家を出たんだ。咄嗟のことに面を食らった父さんを尻目に靴を履き替え、家を飛び出した。
(そっから走って、ここは確か・・・)
頭が真っ白になっていたが、意外と考えて動いていたらしい。気が付けばもう志保の家は直ぐそこだ。
(巫山戯やがって・・・)
やはり志保は裏切っていた。あのときの不安は的中したってことだ。
(落とし前をつけさせてもらうぞ)
とは言ったものの、先ずは志保に栞里の件を何とかさせるのが先だ。
(2階にいるな)
もう陽が落ちかけて灯りが点いている。どうやら2階、自分の部屋だろうか。まあ居るのが分かればいい。インターホンを押して志保が出るのを待つ。だが返事が返ってこない。何度か押しても同じ。1度離れて2階を見ると灯りが消えていた。
(あいつ・・・っ!!)
志保なら、俺が裏切られたと分かれば押し掛けて来ることは予想しているだろう。だから会わないように居留守を使いやがったんだ。
「おいっ!! 志保っ!! 居るんだろっ!! 出て来いよっ!!」
扉を叩きながら志保を呼び出すが返事がない。どうやら居留守を続けるらしい。
(ああ、そうかよ。そう来るんならもう容赦しないぜ)
どうせこのままじゃあ家には帰れない。栞里の件を何とかしないと俺は終わりだ。俺は志保の玄関の扉を、強く蹴った。
大きな音を立てて扉が外れる。扉を壊してなかに入り、2階への階段を探す。階段は直ぐに見つかった。階段を昇り部屋を開ける。外から見えた通りだと、ここかその隣が志保の部屋の筈だ。居ない、隣か。隣の部屋を開けると少し暗いが志保の姿が見えた。
「し、ぐあっ!!」
名前を呼ぼうとしたところで顔に何かが吹きかけられた。目に痛みが走る。目を瞑ってしまうと何かに体を押された。おそらく志保が俺を突き飛ばされたんだろう。近くを通り過ぎる感じがしたので闇雲に腕を振るう。
「きぁあ!!」
腕が何かに当たると悲鳴とともに大きな音が離れていった。多分志保に腕が当って、階段から落ちたんだろう。
「痛てえな、おいっ!!」
目の痛みに涙が出てくる。だが志保を逃がすわけにはいかない。痛みと涙で視界がボヤけてるが、何とか階段を降りる。降りてから各部屋を見て回るが、志保が居る気配はない。
(外に逃げたのか・・・)
壊れた玄関を越えて外に出る。道路のどこを見ても、志保の姿は見えなかった。
♪〜♫〜♬〜
志保の家から離れるが、家にも帰れず、当てもなく歩いていた。栞里が話して、証拠とまではいかないまでも、志保が写真を持っている。
(写真・・・)
そうだ。写真だ。俺のスマホには栞里との写真が入っている。スマホを操作して栞里の写真を全て消去する。もしものときに余計な証拠にならないよう、バックアップなんて取ってないから、これで全て消えただろう。
(もしものとき、か)
志保からは最低限だけ残し、いつでも消せるように言われていた。もしかしたら、志保は最初は俺を裏切るつもりはなかったのかもしれない。
(まあ、今更か)
どの道、栞里と一緒に生きる未来は消えたんだ。栞里が俺を受け入れない以上、どうしようもない。
(でも、もしそれでも栞里が俺を選んでくれたら・・・)
栞里の味方が居ないことには変わりがない。もし栞里が俺に寄り添ってくれたら。
「おい、君。少しいいかい?」
(まあ、それは無いか。あ〜あ、どうなるんだろうな、俺は)
いつの間にか俺の近くまで来た警察の声を聞きながら、何処か他人事のようにこれからの自分を思った。
♪〜♫〜♬〜
「三島だけじゃなく他の娘にまで迷惑をかけて・・・ お前は・・・」
警察に家に連れられ、激高した父さんをぼんやりと見つめる。
「お前っ!! なんだその目はっ!!」
「っ⁉」
父さんに殴られる。俺を連れてきた警察の1人に父さんが取り押さえられる。
「ちょっと、気持ちは分かりますが、暴力は駄目ですよ!!」
「だけどこいつ、こいつはっ!!」
「落ち着いてっ!! 先ずは事情を聞いてからっ!!」
「もう聞いているっ!! 息子は犯罪者だっ!! 早く捕まえてくれっ!!」
犯罪者、か。そうか、俺は罪を犯したのか。
「息子さんは未成年ですっ、情状酌量の余地がまだっ・・・」
「そんなものは無いっ!! 早く捕まえてくれっ!!」
「いえ、未成年者の場合、そう簡単に捕まえることは出来ないんですよ」
俺の後ろにいたもう1人の警察の人も話に入る。ただ、その場を動くことはなく、俺が逃げられないよう道は塞いだままだ。
「捕まえても、司法は恐らく家庭裁判所に委ねることになりますし」
なんか難しい話をしてるけど、どうでもいいや。
ただ俺は父さんと警察の会話を、ぼんやりと聞き流していた。
♪〜♫〜♬〜
(へ〜 こんな感じなんだ)
テレビで見るのとは違う実際の裁判に、それも被告として立つとは思いもしなかった。ただ、隣に両親が居るから普通の裁判とは違うのかもしれない。
裁判官が聞くことに俺は悪くない。栞里も求めたことだと言い放つ。事前に弁護士、いや、付添人から聞いていた打ち合わせ通りに、俺は悪意は持っていないとアピールする。
(こんなこと言ってなんになるんだか)
父さんが隣で拳を震わせている。確かに、自分のことながらこれにはキレてもおかしくないと思う。その後も、自分でも頭がおかしいんじゃないかと思うような発言をしながら裁判が進む。
出た判決は施設での更生。つまりは少年院だ。栞里だけじゃなく、志保にも怪我を負わせたのが保護観察処分との境目になったらしい。
判決が終わり俺は別の人に連れられる。直に施設に送られるのだろうか。両親は無言で俺から離れていく。
「あ、えっと、じゃあな?」
最後、とはいかないかもしれないが、暫くは離れることになる両親に挨拶をする。母さんは泣いていたが、2人とも俺に何も言うことはなく去っていった。
♪〜♫〜♬〜
これからどうなるんだろうな。施設で過ごしながら考える。最初はキツかったが、少しするとそれも慣れた。仲間も出来たし、なんだかんだやっていけてる。
「んだよ、そんなこと考えてんのか?」
仲良くなったやつにふと、ここから出た後のことを聞いてみる。
「まあ、ふと思ったんだよ」
「そっか、まあ、そうだな。俺は実家に謝りに行くかな。迷惑掛けたし」
「そっか。そうだな、俺も迷惑を掛けた」
最後に見たのは父さんの憤った顔、母さんの泣いた顔。
「で、お前はどうするんだ?」
「んあ? 俺か? 俺は・・・」
俺はどうしたいんだろう。両親には謝りたい。でも一番はきっと。
「なんだよ、そんな下らないこと話してんのか?」
他のやつも混ざってきて騒がしくなる。
「俺はお礼参りだな。あいつら、次に会ったらぶっ潰してやる」
「おいおい、そんなことしたら捕まるぞ? 出るときはもう未成年じゃねえんだし」
「どうせ数年くらい刑務所に入るくらいだろ? そんなの気にするかよ」
2人の会話を聞きながら思う。確かに俺達はここで成人を迎える。外に出て何かしたらもう只じゃ済まないだろう。だが、一方で何かしても数年捕まるだけってことも事実だ。外に出て、俺達が生活していく方法は少ない。学歴は無い、施設を出たという履歴は残る。きっと大変な生活になるだろう。だったらいっそのこと、やりたい事をやって捕まるのも、悪くはないのではないか。
(俺の一番やりたいことは、栞里に・・・)
施設を出て、栞里に会って、そんで、それから、いったい俺は、どうするんだろうか。
これにて龍之介視点は終了させてもらいます。施設から出た後の龍之介は何を思い、どう行動するのか。ちゃんと更生することを願います。
この結末は甘いと思われるかもしれませんが、多分日本だとこんなものかなと思い、このような結末を書きました。
龍之介視点では軽くしか描写してませんが、志保は階段から落ちたときに普通に怪我をしています。後は言わずもがな不法侵入、器物破損ですね。
個人的にですが、栞里の件と諸々が合わさって漸くこの判決にまでいくのかなと思います。
別に日本の制度にケチをつけてるわけではないのでご理解のほどをお願いします。
一応補足として、弘和視点で両親と別れて2人暮らしをすることになったのは龍之介のお礼参りを警戒してのことです。皆で離れて何処かで見つかるより、2人だけは見つけられる前に守れるようにと身代わりになっています。
因みに龍之介は自主退学扱いとなってます。
長くなって分割しなければ、次の投稿で最後になると思います。
怠ければどこまでも怠けてしまうので時間が掛かると思いますが、良ければ読んでくれると嬉しいです。




