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絶対に堕としてやる 〜邪魔をするなら親友でも容赦しない〜  作者: もふもふな何か
絶対に諦めない 〜これが俺の幸せだ〜
37/43

if 27

投稿します。

直ぐに書けるだろうと思ってたら予想より長くなり、時間が掛かってしまいました。

これで、弘和視点での話は終了となります。


「よっ!! 体調は治ったか?」


教室に入ってきた俺に修平が声を掛けてくる。


「おはよう。まだちょっと怠いけど、なんとかね」


本当は今日も学校を休みたかった。一昨日よりも大分マシになったがまだ視線を感じるし、何より栞里のことが気になって仕方がない。あれからちゃんと落ち着いたのか、小父さん達は栞里と話すことが出来るのか、俺は栞里にいつ会えるのか、会った後、俺はどうするべきなのか。悩みが尽きることがない。そんな今の俺にとって学校のことは二の次なのだが、俺には何も出来ない。話すことも、会うことも、何も。


「あんま無理すんなよ」


「大丈夫、無理はしないさ」


何せ、無理をすることすら出来ないんだから。


「ならいいんだけどよ。そういえ、あっ・・・」


挨拶もそこそこに、別の話をしようとした修平が言葉を詰まらせる。修平の目線の先を追うと、教室に龍が入ってきた。俺を見て一瞬狼狽えたように見えたが、そのまま歩いて自分の席に向かう。


(こいつのせいで・・・)


原因は自分にもあるのではないかと思っているが、龍の姿を見るとそれを上回る感情が湧いてくる。何故栞里に手を出した、今栞里がどうなっているのか分かってるのか、お前さえ居なければ。

殺意にも似た感情が湧いてくるが、今こいつにそれを向けても意味が無いことは分かっている。こいつが今の栞里の状態を分かっているのかは知らないが、もし知らないならそのままでいてほしい。もう、俺と栞里に関わらないでほしい。そして願わくば、俺と栞里の関係がないところで、消えてほしい。

龍は何も言わず席に着き、スマホを取り出したかと思えば何処かへ電話を掛け始めた。相手は気付かないのか、取れないのかは知らないが電話は繋がらないようだ。1分くらいして龍が舌打ちして電話を切る。そしてまた、電話を掛ける。それもまた、繋がらない。再度舌打ちし、何故か俺を睨みつけた後に教室を出て行った。


「なんだ? あいつ」


修平が言うが俺にも分からない。別にもう、分かりたいとも思わない。


「さあ?」


「ん〜 ま、いっか。それより弘和、実は今週入ってから三島さんが休んでるの知ってる?」


当然知ってる。


「いや、月曜日は休んでたの知ってるけど、今日もなのか?」


ただ、余計なことにはしたくないので知らない振りをする。


「そうなんだよ。てか、やっぱり連絡取ってないのか」


「こっちからは連絡してるんだけどね。電話も既読もつかないんだ」


「・・・あ〜 なんていうか、もしかしてお前ら、本当に別れたのか?」


「いや、別れてないよ。ただ少し喧嘩してるだけ」


「まあ、それならいいんだけどよ。ほら、最近、浅沼もなんか変だろ? それでちょっと、な」


「心配ないって」


この件で修平が関わることはないだろう。良いやつだし、余計な心配を掛けたくない。


  ♪〜♫〜♬〜


淡々と授業を受けて、1日が終わる。休み時間に修平や、まだ俺と栞里の関係に好奇心を持っていそうではあるが、俺の体調を心配してくれるクラスの皆と軽い会話をしていた。昼前にはもう、栞里が入院したことが知れ渡っていた。栞里のクラスの担任も2、3日すれば伝えると言っていたし、そこから伝わったのだろう。当然俺に栞里の入院について聞いてくるやつはいたが、その全てに、知らない、学校が終わったら様子を見に行くと伝えて流した。


「屹立、礼」


先生の号令で終業、下校時間に入る。号令が終わると、龍は一目散に教室を出て行った。始業時間前に戻ってきて以降、俺と会話どころか目すら合わせず互いに無視していたが、栞里の入院の知らせが届いてからはそわそわしていた。もしかしたら俺と同じように栞里の家に行ったのかもしれない。

俺の席まで来た修平も何となくそう思ったのか、俺に、どうするかと聞いてきた。皆に言った手前、行かない訳にはいかないだろう。それに、龍と一緒になるかもしれないのは非常に気持ち悪いが、俺が居ない間に栞里と関わると思うとそっちのほうが耐えられない。

クラスに軽く挨拶して栞里の家に向かう。小父さんは連絡すると言っていたが、普通の時間帯で家に行くことは許してくれるだろう。自分の家を通り過ぎ、栞里の家の前に着く。だが、車がないので、小父さん達は居ないかもしれない。インターホンを押しても誰も出てこない。やっぱり、誰も居ないんだろう。もしかしたら、まだ病院に居るのかもしれない。大人しく連絡を待とう、そう思って自分の家に帰っている途中で、龍と会った。と、いっても互いに何も言わずにすれ違うだけだったが。龍の方が先に学校を出て行った筈だし、学校からならこの道を通る必要はない。手に小包を持ってるから、お見舞いの品を買ってから栞里の家に行くつもりなんだろう。

俺はそういうところに気が回らなかったな。自分の不甲斐なさと、こういうところでも龍に負けたという苛立ちを胸に、家に帰る。


(あいつはあの後帰ったのか? それとも待っているのか?)


帰ってからそのことばかり考える。もし龍がずっと小父さんを待っていたら、小父さんが龍の方を信じて栞里に会わせていたら。

苛立ちが止まらない。それは父さんが帰ってきても続いた。


「どうだ弘和、その後のことは」


夕飯中に父さんから聞かれる。どう、とは栞里とのことだろう。


「うん。大丈夫、とはいかないけど、前には進んでいると思う」


親身になってくれる父さんにありのままを伝えられず、申し訳ない気持ちになる。


「そうか。お前が頑張るんなら、俺は止めない。出来ることがあるなら言ってくれ」


事が事だけに話せないなか、俺を信じて見守ってくれる。


「ありがとう」


父さんには感謝しかない。


「終わったらちゃんと」


話すから、と続けようとしたとき、スマホに着信が入る。中断して相手を見ると小父さんからだった。


「ごめん、ちょっと離れる」


父さんに一言伝え、席を立つ。気が立っていて焦ってしまい、リビングを離れる前に電話に出てしまう。通話しながら自分の部屋に向かう。


「もしもし、糸巻です」


「こんばんは、こんな時間に悪いね。今、大丈夫かい?」


「はい、大丈夫です」


父さんには悪いがこちらを優先させてもらう。


「なら良かった。今日、病院に行ってね。栞里と話が出来たんだ」


「話がって、どっ、どうなったんですかっ⁉」


失礼な態度だが早く栞里がどうなったか知りたい。あの状態で別れた栞里が、話せる状態になった。


「結果的には、昨日君に来てもらったのが功を奏したよ。今日会ったときにね、泣いたんだよ。声を上げてさ」


栞里に泣かれたというのに、小父さんは嬉しそうに言う。声も、昨日と違って大分柔らかい。


「久し振りにあの子の声が聞けたんだ。君のお蔭だよ、ありがとう」


お礼を言われても、そもそも栞里がそうなった一端は俺にもあるし、礼を言われることじゃないんだが。


「いえ、お礼なんてそんな。えっと、それで、栞里は・・・」


複雑な思いをしながらも、栞里のことを聞く。


「ああっ、すまない。嬉しくてつい、ね」


その後こちらに一言入れたあと、真剣な声付きに変わる。


「看護師の方には席を外してもらって、君から聞いた話しを伝えたよ」


それは、栞里にとって何よりも辛いことだろう。


「あの子は散々泣いたあと、それを事実だと認めた」


(栞里・・・)


「それでね、悪いんだが、明日、学校を休んで栞里に会いに来てくれないか?」


「会えるんですかっ!! 栞里とっ!!」


「あの子からね、後になったらもう話せなくなるからって」


「行きますっ!! 休みますっ!! 俺を、栞里に会わせて下さいっ!!」


「そうか・・・ ありがとう。なら、今は俺からはこれ以上は言わないでおくよ。明日、全てを本人から聞いてくれ」


「えっ、と、はい、大丈夫です。全部聞きます」


小父さんの言葉に不穏な響きを感じながらも、それに頷く。


「ああ、じゃあ、明日はまた、9時でいいかな? 家まで迎えに行くよ」


「分かりました。その時間で大丈夫です」


「分かった、じゃあ明日また」


そう言って電話が切れる。明日、明日また、栞里に会える。部屋を出てリビングに戻る。


「ごめん父さん、遅くなった」


「いや、何か大切な話だったのか?」


「うん。それで父さん、ごめん。明日なんだけど、また学校を休ませてほしいんだ」


「それは、どうしても必要なことなのか?」


「うん、絶対に」


「そうか。なら、明日の朝、また学校に連絡を入れておこう」


「ありがとう、父さん」


栞里に会える。栞里と話せる。どうなるかは分からないが、先ずは話さないと。


  ♪〜♫〜♬〜


インターホンが鳴る。モニターで小父さんが来たのを確認して玄関に向かう。


「おはようございます」


「おはよう。今日も悪いね、こっちの我儘に付き合ってもらって」


「いえ、自分もそれを望んだことなので」


扉を開けて挨拶をする。既に家を出る準備は終わっているので、直ぐに行ける。


「助かるよ。もう、行っても大丈夫かな?」


「はい」


小父さんの後を着いて車に向かうが、小母さんが居ないことに気付く。どっちに座ればいいか分からず立ち止まる俺に、小父さんは好きに座ってくれと言った。印象が悪くならないよう助手席に座らせてもらう。


「今日は、小母さんは居ないのですか?」


車が発進し、病院に向かう。走行中、気になったので聞いてみた。


「流石に4日も会社を休む訳にはいかなくてね。俺も明日には会社に顔を出さないといけない」


「そうですか。お仕事、お疲れ様です」


「ああ、ありがとう」


その後は特に会話もなく病院に到着し、栞里の病室の前に来た。


「昨日、電話したときはまだここに居たから、栞里には君が来ることを伝えてある」


扉を開ける前に小父さんが言う。


「君と話すと決めたのはあの子の方だ。だからあの子の意思を尊重するが、また昨日みたいになる可能性は充分にあると思っている」


それは、俺も思う。多分、良い話にはならないと思うから。


「2人っきりで話したいだろうが、私も同席させてもらう」


それは、嫌だな。


「話には入らない。ただ、何かあったときの為に控えておくだけだ」


でも、それを断ったら栞里と会えないかもしれない。渋々ながら、俺は頷くことで答えた。


「よし。じゃあ難しいだろうが、俺は居ないものだと思って話してくれ」


と言って扉を開き、なかに入る。入る前でのやり取りで俺達が居るのが分かったのか、栞里がこっちを見ていた。ベッドを起こした状態で、じっと見ている。


「あっ・・・ お、おはよう、栞里」


前のときを思い出し、恐る恐る声を掛ける。


「・・・うん。おはよう、弘くん」


栞里も、ゆっくりとした口調で返してきた。良かった、会話することが出来る。久し振りの会話。


「その、体調のほうは、どう?」


「うん。大丈夫だよ」


どう話していいのか分からず、当たり障りのないことを聞いてしまう。


「・・・ねえ、お父さん。弘くんと、話したいんだ。少し、2人に、させてくれないかな」


「ダメだ。昨日も言っただろう。俺のことは気にしなくていいから」


「でも・・・」


小父さんは病室に置いてある椅子をベッドの前に置き、その後扉の前で腕を組んで黙り込む。譲るつもりはない、ということだろう。俺は小父さんが用意してくれた椅子に座り、栞里と向き合う。

手を伸ばせば直ぐに触れられる距離。だけど、その距離は、見た目以上に、遠く感じる。


「栞里」


「・・・弘くん」


栞里と見つめ合う。こんなにも近いのに、こんなにも遠い。


「・・・」


「・・・」


暫く見つめ合う。どっちかが口火を切らないと、ずっとこのままになってしまう。小父さんを気にしている場合じゃないだろう。もう開き直るしかない。

何か言わないと。そう考えると、やっぱり俺が伝える言葉はこれしかないだろう。


「・・・好きだよ」


伝えると、栞里は顔を歪めて涙を流す。


「・・・ごめんね」


「・・・何が?」


「なんだろう。全部、かな」


栞里のほうも小父さんのことを気にするのは諦めたのか、話し始める。


「龍くんに抱かれたこと、弘くんに黙ってたこと、弘くんを傷付けたこと、弘くんを、裏切ったこと」


「・・・一纏めにされても分からないよ。全部、最初から話してくれないか? いったい、何があって、こうなったのか」


何せ、俺は未だに事の経緯が分かってない。栞里に裏切られて、傷付けられた。でも、なんでそうなったのか、肝心なところは何も分からないままだ。全部を知ってるのは当事者の栞里と龍だけ。何があったのか、栞里の口から聞きたい。


「・・・うん、そう、だね。何が、か。じゃあ、最初から」


話された内容は衝撃的だった。龍に犯され、脅された。俺に裏切られたと思い、龍に縋ってしまった。そのなかで、騙されていたとはいえど、栞里は志保を、そして俺を守ろうとしてくれた。


「こんなところかな。ははっ。話したら、結構スッキリしちゃった」


乾いた笑みを浮かべながら経緯を話し終える栞里。とてもスッキリした、という表情ではない。


「ごめんね、弘くん。弘くんは何も悪くないのに」


ここで違う、栞里は悪くない。ただ龍に騙されただけなんだ。そう言えればよかったのに。


「こんなのが彼女で、本当にごめんなさい」


頭を下げる栞里に俺が言った言葉は、決して慰めるものではなかった。


「そう、だな。正直、巫山戯んなって気持ちしかない」


栞里が望まず龍と関係を持ったことは分かった。俺を思ってくれたことも、苦しんで苦しんで、今まで耐えてきたのも、分かる。

だが、それで栞里のこれまでを許せるかと言われると、違う。


(何故直ぐに言わなかったんだ? 何故俺を信じてくれなかったんだ?)


「じゃあ栞里は、俺よりも、龍を信じたってことだよな」


「それは・・・」


「そうなんだろ?」


結局のところ、栞里がこうなったのは龍が原因だとしても、俺を傷付けて裏切ったのは栞里自身だ。俺がそんなことをしないと栞里が信じてくれれば、直ぐに解決とはいかないまでも、対処は出来たはずだ。


「・・・ごめんなさい」


「最低だな」


「・・・ごめんなさい」


また涙を流して謝る栞里に段々と苛ついてきた。泣きたいのはこっちの方だ。


「謝ってばかりだな」


「ご、ごめっ・・・」


「ちっ!!」


「ひっ・・・」


つい舌打ちしてしまい、それを見た栞里が言葉を詰まらせてしまった。少し体も震え始めて呼吸が荒くなってきている。


「栞里」


今まで黙って下がっていた小父さんが声を掛ける。栞里はビクッと震えた後、小父さんを見た。


「どうする? もう止めるか?」


「・・・お父さん」


「もう限界だって言うんなら、俺は弘和くんを連れて出て行く。だけどな、お前が弘和くんを呼んだのは何の為だ? 何か言いたいことがあったからじゃないのか? ただ馬鹿みたいに謝り続けることが、お前のしたいことだったのか?」


小父さんの声にも棘がある。多分小父さんなりに、今の栞里に思うところがあるんだろう。


「ち、違うの。ちゃんと、言いたいことが」


「だったら、それを俺じゃなくて弘和くんに話せよ」


突き放した様に言う小父さんに驚く。始めて会ったときの剣幕から、もっと栞里寄りの立ち位置にいるかと思ったが、そういう訳でもないのかもしれない。


「・・・弘くん」


何度か深呼吸して震えを抑える栞里。


「私は、弘くんを信じられませんでした」


そうだろう。


「そんな私は、弘くんの隣に居る資格がないと思います」


(ああ、やっぱり栞里は)


「だから、私と別れて下さい。そして、私みたいな女のことは、忘れて下さい」


(どうしようもない、馬鹿だ)


「嫌だ、と言ったら?」


「えっ? だって、私は弘くんを」


「電話でも言っただろ。お前がやったことは許せないし、話を聞いた今でも、お前は最低だと思った」


「っ、だったら、私なんか」


「それでも、好きなんだよ。これだけ傷付いて、裏切られても、ちょっと会って話したくらいで気持ちが舞い上がってしまうくらい、どうしようもない程に、お前が好きなんだ」


だから、その程度で諦められるわけがない。


「・・・弘くん・・・」


「何度でもいうぞ。お前が好きだ。別れたくない、結婚したい、一緒に居たい」


「・・・でも」


「でも?」


「ごめんなさい。私はもう、弘くんのこと、好きじゃないかもしれないの」


「っ・・・」


今度は、俺の言葉が詰まる。


「龍くんが好きになったわけじゃないよ。私は弘くんが好き。好きだと、思ってた」


でも、と続ける。


「今弘くんに感じてるこの気持ちは多分、好意じゃない」


罪悪感。


「もう私は、弘くんに対する罪悪感で心がいっぱいなの。話す度に、会う度に、ごめんなさい、ごめんなさいって」


好きでもない。嫌いでもない。


「だから、その好意には応えられません。・・・ごめんなさい」


「・・・そっか」


漸く聞けた、栞里の本音。

好きでいてほしかった。俺も好きだから。

嫌いでもよかった。好きになってもらえるまで諦めないから。

だが、罪悪感で俺に接するお前に、俺はどうすればいいのか。


「もし、俺と別れたとしたら、どうするの? これから」


「・・・分かんない。何もしたくない」


「龍とは?」


「・・・分かんない」


「分からないんだ?」


「龍くんのことは、嫌い。だけど、もう、他に何も持ってないから。私には、何も」


「・・・それでも、俺を選んでくれないんだ?」


「ごめんなさい。でも、私は弘くんといるのが、1番辛いの」


「・・・」


「ごめんなさい。私、弘くんを傷付けてばかりで」


辛い。苦しい。どんなことがあっても、俺は栞里を諦めない。例え龍を選んだとしても、奪い取ってみせるという気概でここに来たはずだった。

でも、こんなかたちで栞里に拒絶されるとは思わなかった。


「・・・弘和くん」


暫く何も言えずに黙っていると、小父さんから声が掛かる。


「もう何もないのなら、直ぐに帰るべきだ。そして、栞里のことは忘れたほうがいい」


小父さんからも、栞里を諦めろと言われる。


「これ以上、君が傷付くのは見ていられない」


「・・・嫌、です」


諦めたく、ない。


「弘和くん、余り意地にならないほうがいい。このままいっても、君は幸せになれないよ」


「幸せに・・・」


俺が栞里を諦めたら、幸せになれるのだろうか。でも、俺には栞里しかいない。一瞬、志保の姿が浮かび上がる。栞里との仲を邪魔してきた鬱陶しい後輩で、俺が好きだと言ってきた栞里の親友。

想像してみる。もし、俺が栞里と別れて志保と付き合ったら。多分振り回されながらも、楽しくやっていけるんじゃないだろうか。2人でデートして、楽しんで、その最中に栞里を見かけて、その隣に、龍が、い、て。


「巫山戯んな」


思わず言葉に出てしまう。


「弘和くん?」


栞里を諦めるということは、その隣に誰かが入るということ。龍だろうと、見ず知らずの誰かだろうと、栞里の隣にいるのが許せない。俺以外がそこにいることが許せない。


(栞里は、俺のものだ)


「・・・栞里」


「何?」


「言ったよな? これから特に何かしたいわけじゃない。ただ俺と居るのが辛いから別れたいだけだって」


「う、うん」


「ダメだ、許せない」


「えっ? 弘、くん?」


「俺も言ったよな? 許せない。でも、どうしようもないくらい好きだって」


「で、でも、私は」


「お前がやったことは許せないが、俺が1番許せないのは、お前の隣に、俺以外のやつが入ることだ」


「弘くん・・・」


「だから」


俺は手を伸ばし、栞里の手を掴む。どれだけ遠い距離にいたって、必ず掴まえてみせる。


「ずっと一緒に居てくれ。卒業したら結婚して、一緒に住もう」


「なんで、そこまで・・・」


「好きだから。いや、もしかしたら、俺のこれも、好意じゃないのかもしれない」


執着、意地、独占欲。


「誰にも渡したくない。俺だけを見てほしい。この感情は、決して綺麗なものじゃない」


それでも。


「お前が好きだ。好きになっていきたい。だから、お前も、俺を好きになっていってほしい」


お互いの感情が好意ではないのなら、好意にしていけばいい。


「・・・弘くんは、それでいいの? 私が、弘くんを好きじゃなくても。一緒になってから、好きになれなくても」


「ああ」


「幸せに、なれないかもしれないよ?」


「好きになってもらう。好きになってみせる」


幸せになってみせる。


「絶対に諦めない」


そうだとも。


「これが俺の幸せだ」


これが俺の幸せで、栞里の幸せにしてみせる。


「・・・うん。なら、いいよ。頑張る。弘くんを好きになれるよう、頑張ってみる。だから、こんな私で良ければ、結婚、して下さい。ずっと、一緒に居させて下さい」


  ♪〜♫〜♬〜


「悪かったね。口は出さないって言ったのに」


栞里との面会が終わり、小父さんに家まで送ってもらう。車内で小父さんがそう切り出した。


「いえ、そのお蔭で助かったこともあるので別に。寧ろ、ありがとうございました」


そう伝えると小父さんは笑みを浮かべてこう続けた。


「いやぁ、まさかあの場でプロポーズするとは、参ったなぁ」


今更ながら、その場の流れに身を任せてとんでもないことを口にしてしまったことに悶る。


「いや、あの」


「ん? あんなに見事なプロポーズをしたのに、何を尻込みしているんだ? もしかして、嘘でした、とか言うつもりか?」


「いや、違う。いえ、違います。俺は、本気で、栞里さんと、結婚したいです」


将来的に挨拶をしなければ、と思っていたことが、こんなかたちで叶うことになるとは。


「はははっ、良いよ」


「えっ?」


「だから、良いって言ったんだ」


もしかして、俺は今、結婚の許可を貰うことが出来たのだろうか。


「正直に言うと、君はあの子とは離れたほうがいいと思った。結婚しても、どこか遠慮して、ギクシャクするだろうってね」


「でも・・・ 俺は」


「うん。それでも、一緒に居たいって言った君の言葉が、本物だって、思ったんだ」


「本物?」


「うん。君は本当にあの子を幸せにする努力をするんだなって」


「努力って、そんなの、普通のことじゃ」


「結構、難しいんだよ? 一緒に居れば、その人の嫌な部分なんて沢山出てくるし、我慢出来ないところもある。勿論、それは相手から見ても、だ。それを互いに言い合って、直せるところは直して、あとは我慢する。嬉しいこと、楽しいことは沢山あるけど、それと同じくらい、大変なんだ」


でもね、と続ける。


「あの子は、そんなことは言わないだろう。ずっと黙って、溜め込んでしまう。結婚しても、相手と上手くいかないんじゃないかと思う」


確かに、栞里が相手に気持ちを強く訴えるのは、余り想像が出来ない。


「これでも親だからね。あの子には幸せになってほしいんだ」


あの子の苦しみを分からなかった、情けない親だけどね、と自嘲した後、俺に言う。


「弘和くん」


「はい」


「君なら、そんなあの子とも、上手くやっていけると思う。あの子の気持ちを上手く汲み取って、引っ張っていってほしい」


「はい」


「ただ、君が限界だと感じたら、あの子と別れるのも、1つの選択だと覚えていてほしい」


「えっ?」


「あの子は君への罪悪感から、君の言うことは何でも聞くだろう。それか自分は相応しくないと、何度も別れ話を持ち込むかもしれない」


「それは・・・」


充分に、あり得る話だ。


「君が耐えられなくなったら、君の想いに応えられなかったあの子が悪いんだろう。そのときは、別れて次の道を探すのもいいと思う」


「そんな、俺は栞里を」


「まあ、他の道もあるってことを覚えていればいいさ。俺も、君と上手くやっていけるのが、あの子の幸せだと思うし」


話している内に俺の家の前に着く。


「さっきはああ言ったけど、あの子のこと、宜しく頼むよ。来週には、退院出来る予定だから」


車を停めた後、小父さんが言う。


「来週・・・」


「本当はもう退院しても良いくらいなんだけどね。精神的なものもあったから、ちょっと延ばしてもらってたんだ」


「じゃあ、来週から会えるんですか?」


「ちょっとやる事があるけど、終わったらきっとね」


「やる事?」


「ああ、ちゃんと、責任は取ってもらわないとね」


そう言った小父さんの表情は、何か恐ろしいものに見えた。


  ♪〜♫〜♬〜


「先輩、卒業、おめでとうございます」


「ありがとう。志保も、これから頑張れよ」


卒業証書を貰って式が終わった後、正門前で志保から祝いの言葉を貰う。


「勿論、分かってるよ。でも、頑張るのは先輩のほうだよ? お仕事、頑張ってね」


迷いはしたが、俺は就職を選んだ。栞里と暮らしていくなかで、早く自立したほうがいいと考えたからだ。


「ああ、毎月の返済も頑張らないといけないしな」


まさか、この歳で家を買うことになるとは思わなかった。


「あっ、栞姉え〜 こっちこっち〜」


志保が手洗いに行っていた栞里に声を掛ける。


「ごめんね、遅くなって」


「全然へ〜き。栞姉えも、卒業おめでとう」


「ありがとう、志保ちゃん。正直、卒業出来ないんじゃないかって、心配していたの」


栞里が学校に復帰した後は、必死に勉強に時間を費やさなければならなかった。赤点常習犯の栞里の成績は本当に悪く、専門的な知識や技能も持たないので、卒業後の進路がかなり狭くなっていた。


「あはは、就活、頑張ってね」


結果、卒業は出来たものの、就職は出来ず、春早々にフリーター生活だ。


「うん」


「じゃあ、行こっか?」


「そうだね。ごめんね弘くん、ちょっと、待っててくれるかな?」


「ああ、いいぞ」


「ありがとう。じゃあ、行こう、志保ちゃん」


そう言って2人は校舎裏の方に歩いていった。何の話かは知らないが、そんなに長くは掛からないだろう。

正門前に居る他の友達と話しながら時間を潰していると、栞里が帰ってきた。


「お待たせ。志保ちゃん、先に帰るって」


「そっか。じゃあ行くか、ちょっと待たせてるし」


「ごめんね。私が遅かったせいで」


「別に栞里を責めてるわけじゃないよ。直ぐに謝る癖、直してこうな」


「うん、ごめ、じゃなかった。ありがとう」


正門前から離れて親族用に開放されている駐車場に向かう。駐車場では、小父さん達が既に車の前で待っていた。


「2人とも、卒業おめでとう」


「ちゃんと写真も残したからね。弘和くんにも、後で上げるわね」


「ありがとうございます。父さんも喜びます」


「ああ、俺は嬉しいぞ〜」


「ちょっと、お父さん。まだ気が早いわよ」


「はははっ、まあ、もう少し、ですよ。なあ、栞里?」


「うん。結婚、するんだもんね」


卒業して直ぐ、とはいかないが、そう遠くないうちに籍を入れることは出来るだろう。仕事が始まってみないと分からないが、上手くいけば来年あたりにいけるかもしれない。


「じゃあ、続きは車のなかでな。長く居たら他の人の邪魔になるし、先ずは出よう」


小父さんが車を出す。栞里と後部座席に乗りながら、皆で卒業式で取った写真や、仕事が始まる前にやっておくことを話していく。その間も走って、走って、やっと目的地に着く。


「着工はまだ先だけど、充分に間に合うだろう」


まだ更地の土地。ここに、新しい家が建つ。


「やっぱり、大分遠くになるわね」


小母さんの言う通り、元の家からここまで、かなりの距離がある。最寄り駅はそんなに遠くないが、移動には何かしらの手段が必要だろう。


「あの、やっぱり、小父さん達もここに住んだほうが・・・」


「いやいや、2人の新婚生活に水を差すような、野暮なことはしないよ」


小父さん達に提案するが、やんわりと断られる。


「でも・・・」


「いいのよ弘和くん、これで。耕助(こうすけ)さんも、そう言ってるんでしょ?」


小母さんにも、断られる。そして小母さんの言う通り、父さんにも断られた。


「さて、新居の場所も改めて確認できたし、ご飯でも食べて帰ろうか」


小父さんはこの話は終わりと言わんばかりに、話を変える。その後は小父さんの言った通り、皆で遅めの昼食をとって家に帰る。


「じゃ、2人とも。耕助(こうすけ)さんに宜しく」


「また遊びに行くからね」


俺と栞里は車から降りて、2人に挨拶をする。


「はい、父さんも喜びます」


「うん、バイバイ。またね」


その後、小父さん達は車を走らせ帰って行った。


「ただいま」


鍵を開けて、家に入る。とは言っても、まだ父さんは仕事で帰って来てないんだけど。


「ただいま」


一歩後から栞里が入ってくる。この家に住むことにも、大分慣れたようだ。


「ちょっと、残念だな」


「どうしたの?」


「いや、折角栞里が家に慣れたのに、また引っ越しするのか、ってね」


栞里が家に来てから1年と少し。自分の家、というよりも、部屋を使うことに栞里が拒絶反応のようなものを示し、小父さん達からの懇願で俺の家に住むことになった。父さんには全ての事情を話し、受け入れてもらった。それから、栞里は家に住むようになった。


「私は大丈夫だよ? 弘くんが居れば、そこが私の居場所だから」


栞里の手を引き、抱き締める。玄関でやることではないと思うが、栞里はそれに応えて、俺の背中に腕を回した。


「好きだよ」


「うん、ありがとう」


これから、新しい生活が始まる。働いて、新しい家に住んで。2人で、生活していく。問題は沢山ある。これからも、大変なことは続いていくだろう。

でも、頑張っていこう。もう一度、栞里に好きだと言ってもらう為に。いつか、栞里が罪悪感から開放され、心から俺を好きになってもらえるように。いつまでも、一緒にいられるように。



読んでもらい、ありがとうございます。

最後、誰かの話題が一切無かったような・・・

と、いうことで、これ以降は殆ど蛇足になるのですが、別視点での話を入れさせてもらい、完了とさせていただきます。

次はどう取り扱ってもこのルートじゃハッピーエンドにならなかったあの人の話になります。


良ければ、次も読んでくれれば嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
[一言] 志保ならまた琹を騙して他の男に股を開かせる事が出来そう。
[一言] さて、あのクズはどうなったかな?
[良い点] これがありえた中で一番現実的かなぁって感じしますね。 龍が、自分の立ち位置を最後まで分からないままおじさんと対峙するわけですか…ふひひ おじさんと龍の一騎打ち、楽しみにしてます!! [気…
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