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投稿します。
すいません、終わりませんでした。
栞里が入院した。先生からそう言われても、俺は信じることが出来なかった。何せ先日の件の後だ。適当な理由をでっち上げただけだろう。だが、休むのではなく入院した。しかも栞里じゃなくて親の方から連絡があったというのは気になる。挨拶程度とはいえ、小母さんとはそこそこ交流はあったほうだ。栞里のズル休みを許すような人ではないと思うんだが。
いや、今はそんなことより栞里が学校には居ないということのほうが重要だ。栞里が居ないなら、俺もここに居る意味がない。教えてくれた先生に礼を言って教室に戻る。戻ったとき、龍は居なかった。荷物は置いたままだから、まだ学校のどこかに居るのだろう。手早く荷物を纏めて修平に言伝を頼む。
「すまん。まだちょっと体調が悪いみたいだ。皆に迷惑が掛かるから早退するよ。悪いけど先生に伝えといてくれないか?」
「えっ、いいのかよそれ。自分で言えよ、サボりになるぞ」
「それならそれでいいよ。じゃ、頼んだ」
修平には悪いが一方的に伝えて学校を出て栞里の家に向かう。小母さんが居るかは分からないがあのまま学校に居ても皆の視線や龍が居るだけで本当に気分が悪くだけだ。
栞里の家に到着してインターホンを押す。小母さんが居てくれればいいんだけど。
「はい、三島です」
聞こえてきたのは男性の声。もしかして栞里の父さんだろうか。気が急いでここまで来たが、予想外の人が出てきて今更ながら冷静になる。栞里と同じ学校の生徒がまだ授業中に訪ねてくるのは不自然極まりない。先生の言い方だとまだ栞里が入院したということは伝わっていない。いいとこ体調不良で欠席といったところだろう。栞里の両親はそんな学校の配慮を知らないかもしれないが、どちらにしてもこの時間に訪ねてくるようなやつは普通じゃない。
「こんな時間にすいません。自分は糸巻弘和といいます。栞里さんとお付き合いさせてもらっています」
せめて不信感を和らげるために自分が栞里の恋人だと強調する。
「・・・ああ、君が弘和くんか。どうしてこんな時間に来たんだい? まだ学校の時間は終わってないだろう」
「えっと、先生に栞里さんが入院したと聞いて、居ても立ってもいられずに来てしまいました。その、栞里さんは・・・」
「・・・そのまま立っているのは辛いだろう。先ずは入りなさい」
栞里の父さん、小父さんの好意を受けて家に上がらせてもらう。玄関を開けると小父さんがリビングから出てきた。
「こっちに来なさい」
声に従ってリビングに向かう。
「そこに座っていてくれないか。今、妻に連絡をとるから」
そう言って小父さんはスマホを見せつつリビングを出て行った。余計なことはせず、大人しく座布団に座って小父さんを待つ。
少ししてから小父さんが戻ってきた。
「今、妻が帰ってくる。悪いが話は妻が帰って来てからでいいかな?」
「はい、大丈夫です」
早く栞里のことを聞きたいが、押しかけたのはこっちのほうだ。それに、もし栞里が入院しているのなら、どのみち両親の許可がなければ会うことは出来ないだろう。
「・・・」
「・・・」
小父さんも近くの座布団に座り、2人で小母さんを待つ。無言が辛いが、話し掛けるのは躊躇われる。何となくだが、俺は小父さんに歓迎されてないように感じる。父親としては栞里の恋人に好意は抱きづらいだろうが、それ以外の何かを感じる。
「・・・」
「・・・」
どれだけ待っただろうか。気まずい雰囲気のなか小母さんを待ち続ける。座ったまま無言でいるのは辛い。早く帰ってきてくれと願う。
その願いが漸く届いたのか、慌ただしく玄関の扉が開く音がした。その後直ぐにリビングの扉も開く。
「待たせたわね。いらっしゃい、弘和くん」
「お邪魔しています」
挨拶をしながら小母さんは直ぐに小父さんの隣に座った。それを見て小父さんが口を開く。
「済まないね。本当ならお客である君にはお茶の1つでも用意するべきなんだけど、今はそんな心の余裕がなくてね。早速だが、本題に入らせてもらう」
「はい」
本題に入りたいのはこちらも同じだ。簡潔に答えて先を促す。
「先ず、学校のほうには栞里は病気で入院していると伝えてある。それはいいね?」
「はい」
「本来なら外部に言うつもりは無かったんだけど、君は栞里の彼氏ということで何か事情を知っているかも、と思ってね。その辺を考えて、これから言う話は他言しないでくれ」
「はい」
「では、簡潔に言おう。栞里が自殺しようとした」
「・・・は?」
自殺。何を言ってるんだ。でも、話し掛ける小父さんの表情は真剣で、小母さんは涙を流しながら俯いている。いや、でもそんな、なんで。
「夕飯が終わった後、栞里は洗い物をしていたんだが、そこで包丁で自分の手首を切った」
栞里が、自殺。いや、しようとした、ということはまだ生きているということだ。
「大きな音がして覗いてみると、まあ酷い状況でね。直ぐに救急車を呼んで病院に搬送してもらった。お蔭で一命は取り留めて、今は病院で入院している」
良かった、生きてる。
「怪我自体はちゃんと治ると言われた。後遺症もないだろうと。それはいいんだ。ただ、入院してから今まで、栞里は一度も口を開いてくれなくてね。食事すら碌に食べてないんだ」
栞里が入院しているなら、早く会いに行かないと。そんな状態の栞里を放っておけない。
「何があったか聞いても答えてくれないんだ。もう3日間、何も」
だから、と小父さんは言って俺を睨みつける。
「お前が知ってること、全部言えよ」
俺を詰問する小父さん。見れば、小母さんも俯きながらではあるが、俺を厳しい表情で睨んでいる。
「俺が、知ってること・・・」
漸くこの状況を理解することができた。つまり、俺は疑われている。栞里が自殺しようとした原因は俺ではないのかと。
思い当たる節はある。今、小父さんは3日間と言った。その日の夕方は、俺と栞里が話していた日だ。志保に繋いでもらって、栞里の隠してたことを聞いて、俺の気持ちを伝えた。電話は栞里に切られてしまったが、そのときの会話が栞里を追い詰めた可能性は充分にある。
「どうなんだ?」
小父さんはこっちに身を寄せて、手を握っては開くといった動作を繰り返している。本当は俺に掴み掛かりたいのを我慢しているのだろう。思えば素っ気ない態度を取られたのも、俺を嫌っているのではなく必死に自分を抑えていたのかもしれない。
「・・・はい。恐らく、ではありますが、栞里さんがそうなった原因に心当たりがあります」
「言えよ」
鬼気迫る表情で先を促してくる小父さん。
「もちろん言います。ただ・・・」
俺が知っていることを全部話すことに抵抗は無い。小父さん達が俺を栞里の恋人だと認識しているのなら、栞里は龍との関係を教えてはいないだろう。なら、栞里は両親にこの事を隠しておきたかった筈だ。栞里が言えなかった、知られたくなかった秘密。本来ならそれを突いたり喋ったりするのは慎重にしなければならないことだと思う。だが、その問題が栞里の命の危機に関わってきたのなら、もうそんな段階ではない。だから話すことは構わない。
問題は俺の言葉を信用してくれるのか。何も知らない2人には荒唐無稽な話。そんな2人に栞里が龍に騙されていたこと、浮気していたことを話したところで、はいそうですか、とはならないだろう。
「早く言えよ」
目に見えて気が立っていると分かる小父さん。言葉遣いも荒く、反発されるとどうなるか分からない危うさがある。
「分かってます、ただ、自分の話が本当なのか、村瀬さんにも確認をとってもらってほしいのですが、良いでしょうか?」
せめて2人が知っていて、交流のありそうな志保を証人にしなければ、満足に話を聞いてもらうことは出来ないだろう。
「村瀬・・・ 志保ちゃんか。なんで志保ちゃんに、いや、それは後でいい。先ずは話せ」
不安は残るが、先日栞里から別れを告げられたこと、志保から聞いて栞里が浮気していたこと、電話で確認し、栞里から電話を切られたときのことまで、全てを伝えた。
小父さんは目を瞑って考えてこみ、小母さんは信じないないといった表情で呆然としている。
「・・・正直、それを信じろと言われても納得が出来ない」
やがて小父さんが口を開く。
「だけど、栞里があんなことをしたということを考えると、余程のことがあったんだと思う」
拳を握り締め、押し殺したような声を出す小父さん。
「・・・少し、整理したい。悪いけど、今日は帰ってくれないか。明日、こちらから君に連絡する」
嫌だ、栞里に会わせてくれ。そう叫びたい。でも、ここでそれを言っても、取り合ってはくれないだろう。
「・・・分かりました。これ、自分の連絡先です」
スマホを見せて、自分の連絡先を登録してもらう。その後、小父さん達に玄関まで見送られて、帰路に着く。
今から学校に戻る気もない。そのまま家に帰る。家に着いた後、志保にメールを送る。栞里が入院したことは伏せて、学校に栞里が来ず家に行ったこと、栞里の親が居て何があったのかを話したこと、もしかしたら志保に確認の連絡があるかもしれないことを伝える。
その後は明日まで俺に出来ることはなく、栞里のことを考えながらただ時間が過ぎるのを待つ。
(どうすればいい?)
栞里が自殺しようとしたのなら、そこまで栞里を追い詰めたのは他でもない俺だ。でも先に俺を裏切ったのは栞里のほうで。
(俺が悪いのか?)
気付かなかった俺が悪いのか。龍に寝取られた栞里を許せなかった俺が悪いのか。
(ただ、栞里が好きなだけなのに)
栞里の言った通り、諦めて放っておくのが正解だったのか。
(どうすれば・・・)
どうすれば良かったのか悩み、答えが出せず、それでも悩み続けた。
♪〜♫〜♬〜
翌日、俺は学校を休み小父さんからの連絡を待つ。父さんには志保と同じく栞里が入院したことは伏せたまま事情を話し、休ませてもらった。学校を休んで連絡を待つことに俺が大事なことを隠しているのを分かりつつも、一言、頑張れと励ましてくれた。
いつもならそろそろ学校に行く時間。そこに、待ちに待った連絡が来る。
「もしもし、糸巻です」
「おはよう、弘和くん。こんな時間に悪いね」
「いえ、大丈夫です」
「昨日、妻と話してね。君を、栞里と会わせてもいいのではないかという話になった」
「じゃあ、栞里とっ⁉」
「もし君に会う気があるのなら、会ってもらおうと思ってね」
「もちろんですっ!! 会わせて下さいっ!!」
「そうか、なら、学校が終わった帰りに」
「いえ、学校は休みました。直ぐにでも行けます」
「・・・分かった。なら、1時間後に家に来るといい」
「分かりましたっ!! ありがとうございますっ!!」
小父さんとの通話が終わる。栞里に会えると聞いて居ても立っても居られず、慌ただしい返事になってしまった。
準備を終え、時間まで待つ。時計の1分1秒が、とても長く感じた。
♪〜♫〜♬〜
「すまないね、朝早くに。連絡する時間帯を変えるべきだったんだけど、気が回らなくてね」
栞里の家に行き、玄関先で小父さんと話す。小母さんも出てきて挨拶をする。2人とも疲れた顔をしている。恐らくほとんど寝てないんだろう。
「今、車を出すから」
小父さんの車に乗せてもらい、病院に向かう。
「あの後、栞里に会いに行ってね」
走行中、車内で小父さんが話し掛けてきた。
「これまで私達が何を言っても反応してくれなかったんだが、君と龍之介くんの話をしたところ、目に見えて動揺してね。直ぐに収まってしまったけど、効果があったんだ」
俺と龍の話。小父さんは栞里に昨日の件を話したのか。多分信じてはくれないと思っていたんだけど。
「もちろん、全部は言っていない。まだ半信半疑だからね。ただ、栞里にこういう事を起こしたのは君と龍之介くんが関係しているか聞いただけだ」
俺が訝しんでいるのをミラーで確認したのか、小父さんが訂正を入れてくる。
「あの子、やっと話しをしてくれるかもしれないの。弘和くん、お願い、力を貸してちょうだい」
助手席に座っている小母さんの表情は見えないが、また泣いているのが分かる。
「もちろんです。栞里の為なら、何でも出来ます」
栞里に対する信頼は今はもう無い。俺の好意も、ただの一方通行かもしれない。そんな関係になることを想像しているが、今咄嗟に出たこの言葉は、本心からの言葉だった。
♪〜♫〜♬〜
病院に着く。小父さんが受付をし、後を着いていく。栞里に会える。そのことに胸が高揚する。ただ会えるというだけでも、嬉しくて嬉しくて仕方がない。
「ここだ」
病室の前で一旦立ち止まる。
「少しだけ待っててくれ」
そう言って2人が病室に入る。
「おはよう栞里、今日の調子はどう?」
「栞里、おはよう。先生に聞いたぞ。ちゃんと食べないと、元気が出ないじゃないか」
病室の外から声を聞く。日常や退院についてなど話しが聞こえるが、栞里の声だけが聞こえない。本当にここに居るのか疑わしくなってくる程だ。
「それでな、今日は1人、お見舞いに来てくれたんだ」
そして、遂に俺の話が出てくる。
「きっと栞里も喜ぶわよ」
それは、どうだろうか。俺は会えるのが嬉しいが、栞里にとっては会いたくない相手かもしれない。
「さあ、入ってきてくれ」
声が掛かり、病室に入る。
久し振りに、1週間も経ってないが、それでも俺にとっては久し振りに会えた栞里。表情は暗いが、思ったより顔色は悪くない。食事は食べてないと聞いていたが、腕から伸びている点滴で栄養は取れているんだろう。
栞里と目が合う。表情は変わらないが、その目は俺を映している。
「・・・栞里」
俺を見ても何も変化のない栞里に、少し躊躇いながら声を掛ける。
「あっ、うっ、あ、あ〜っ!!」
声を掛けた瞬間、劇的な変化が訪れた。栞里は叫び声を上げながら頭を抱えて身を捩る。突然のことに呆気に取られる俺達を余所に、ベッドから転げ落ちる。腕に点滴の針が刺さっていることもお構いなしに、ずり落ちたシーツで身を隠すように包まってしまった。
「し、栞里っ!!」
いち早く再起動できた小父さんが栞里に駆け寄り、包んでいるシーツごと栞里を抱き締める。暴れる栞里、それを抑えつける小父さん。
「どうされまし、た、大変っ!!」
騒ぎを聞きつけ駆け込んできた看護師が応援を呼び、それを受けた看護師達がその場を収めようとする。
「親族の方は一旦出て下さい」
俺達は病室から追い出された。出来るだけ近くに居たくて、受付近くのソファーに座る。
「まさか、あんなことになるなんて」
小父さんが呟く。
「・・・そう、ね。で、でも、これを機にあの子がまた話しをしてくれるかもしれないわ。違う?」
「・・・ああ、そうだな」
同調しつつ、そうなったらいいと願いを込めて言う小母さん。
「弘和くんも、元気を出して。栞里は少し驚いてしまっただけ。直ぐに落ち着いて、また話しが出来るようになるわよ」
「・・・はい、ありがとうございます」
励ましの言葉をもらっても、俺の気持ちは落ち込んたままだった。拒絶されるかも、とは思っていた。だが、あんな状態になるなんて思ってなかった。声を掛けただけ。それであんなに怯えた顔で叫ばれるのを見て、俺が栞里をあそこまで追い詰めてしまったのでは、と思ってしまった。誰よりも先に栞里に駆け付けたかったのに、そう思うと足が動かなかった。
「・・・」
ただ無言で看護師達が病室から出て来るのを待つ。2人も相当ショックを受けたのか、それっきり喋らなくなった。
「・・・」
どれだけの時間が経ったのかすら分からないが、漸く病室から看護師達が出て来た。
「今は一旦落ち着きました。まだ鎮静剤の効果が効いているので、今日のところはもう面会はしないで下さい」
「そう、ですか。明日は、また来ても?」
「状態にもよりますが、過度な刺激を与えなければなんとか」
「ありがとうございます」
「では、これで失礼します」
小父さんと会話し、離れていく看護師。その後に小父さんの帰ろうと言う言葉に従い、病院から出る。
「家まで送るよ、どの辺だい?」
小父さんに家を伝え、送ってもらう。
「明日は私達だけで病院に行こうと思う」
運転中に小父さんから声が掛かる。
「来てもらって悪いんだが、こちらから連絡するまで、君は栞里には会わないでほしい」
「・・・分かりました」
今日の栞里を見ると、その判断は当然だと思う。
「済まないね、必ず連絡するよ」
家まで送ってもらい、2人と別れる。家に入り、リビングのソファーに座り込む。時計の時間を見ると、もう夕方近くだった。
(やっぱり、俺が悪かったんだろうか?)
被害を受けた、という意味では、栞里は加害者だ。俺を裏切った許せない相手。でも、それ以上に大好きな相手。
(もっと、何か出来たんじゃないのか?)
龍に寝取られる前に、何か、何かが出来れば、こうはならなかったんじゃないか。
今の、触れただけで壊れてしまいそうな栞里を思いながら、俺は、自責の念に駆られていた。
短く終わる筈だったのにまだ続きます。
次で弘和視点は終わりです。
はい、そうです。また、別の視点を書いて完了とさせていただきます。
直ぐに終わると言ったのはなんだったのか。
いつも読んでもらいありがとうございます。
もう少しだけ続くんで、良ければ読んでくれると嬉しいです。




