26 三島栞里
投稿します。
実は私のなかではこの子が1番悲惨な役回りだと思っています。
ある意味で龍之介が1番輝いています。
夕飯が終わり食器を洗う。お母さんが家事を覚えるため、と言って私の仕事になったけど、なんだか体よく使われているような気がする。食器を洗って、鍋を洗って、あっ、包丁も洗わないと。手に取った包丁を洗う。刃先を丁寧に。丁寧に丁寧に。汚れが落ちて綺麗になった。
(なんでこうなっちゃったのかな)
包丁を見つめては考える。
(どうすれば良かったのかな)
おかしくなったのはいつからだったっけ。
(多分・・・)
♪〜♫〜♬〜
「えっ、相談?」
「そう。栞里に是非聞いて欲しいことがあってよ」
休憩時間に龍くんが相談に乗って欲しいとやってきた。
「別にいいけど、私に力になれること?」
「勿論。いや、これは栞里にしかできないんだ」
私にしかってどういうことだろう。
「えっとだな、女子の方でテニス部に1年が入ってきてよ。いい子がいるんだよ」
「もう。龍くんまた? そんなに何人も付き合う人を変えるのは不誠実だと思わないの?」
龍くんは高校に上がってから変わってしまった。前は友達といつも遊んでいたのに、今は女子達とばっかり遊ぶようになった。付き合っては別れるの繰り返し。どうしたら収まるんだろう。
「今度は本当にいい子なんだよ。絶対に上手くいく」
「まったく。で、誰なの? 私はもうテニス部を辞めちゃったからそんなに力には成れないと思うけど」
少し勿体ない気もしたけど、弘くんとの時間を取る方が大事だしね。
「いや、その子なんかお前の友達らしいんだよ」
友達、と聞いてピンときた。
「もしかして志保ちゃん?」
「おっ、やっぱり村瀬のこと知ってるんだな」
当然知ってる。私の大切な親友。時折、弘くんについて相談に乗ってもらっている。
「それでよ、その子のこと知りたくてよ」
「だから私に」
高校デビュー、とは違うか。中学のころからどんどん可愛くなってきて、今では誰もが目を引く美少女になった。あと多分私より胸が大きい。弘くんに挨拶しに行ったとき、弘くんを取られるんじゃないかって凄く心配したんだから。
「おう。頼む、協力してくれ」
龍くん。今度は志保ちゃんに目を付けたんだ。
正直なところ、私はあまり協力する気になれない。龍くんの恋は応援してあげたいけど、龍くんはその辺が少しだらし無いところがある。志保ちゃんにはあまり関わってほしくないと思っているくらいだ。
私が乗り気ではないことを察したのか、龍くんは更に頼み込んでくる。
「今回は本気なんだ。絶対に幸せにするから。この通り」
頭を下げる龍くんを見てあわてて止めさせる。ここが教室だってことを忘れているんじゃないのか。変に注目を集めて弘くんに誤解されたくない。
「もう、分かった。分かったから。ここでそんなことするの止めてよ」
「おお、協力してくれんのか。ありがとな」
「もう。出来る限りのことだけだからね」
押し切られるような感じで、私は龍くんに協力することを約束してしまった。
志保ちゃんはテニス部に入りはしたものの、あまり真剣に打ち込んでいるわけではなく、顔を出さないことも多々あった。その分龍くんが志保ちゃんのことを聞いてくることが多くなり、4月の終わりには結構仲良くなれたと進展に喜んでいるようだった。
少し複雑だったけど、龍くんが本当に志保ちゃんを大切にするならそれもありかなと思い始めたころ、龍くんが、
「ヤバい、本当にヤバいことになった」
と言ってきた。
「えっと、龍くん。どうしたの?」
「ここじゃあちょっと言えないんだけど志保がな。本当にヤバいことになった。悪いけど、今日お前ん家寄っていいか?緊急なんだ」
志保ちゃんのことで緊急を要する。何があったのかと聞くと、
「だからここじゃ本当に話せないんだって。あと、志保には俺がお前にこの話をしたって黙っていろよ。あいつが信頼して話してくれたのに無駄になっちまう」
私に話せないことって、いったい何が。
志保ちゃんに悟られないように、って龍くんの案で弘くんには放課後はクラスの女子と買い物に行くことになったと伝えて家に帰る。本当なら今日はお母さんが遅い日だから弘くんとできる日だったんだけど仕方ない。志保ちゃんが心配だからと龍くんを家に上げた。
そしてその日、私は龍くんに犯された。
♪〜♫〜♬〜
「栞里〜 水の出しっぱなしは駄目よ。ちゃんと節水しなさい」
「あっ、ごめんお母さん。もう洗い物終わったよ」
リビングにいるお母さんに終わったことを伝えて包丁を元に戻す。
「終わったよ」
リビングに戻り再度伝える。
「ありがとう。でも栞里、ちゃんと節水は心掛けなさいよ。そういう小さなことでも将来の旦那様の負担になるんだから」
「ははは。栞里、弘和くんだっけ? その子、今度家に連れてきなさい」
「もう貴方ったら。栞里、相手にしなくてもいいわよ」
「もう、2人とも。弘くんとはまだそんな関係じゃないよ。じゃあ部屋に戻るね」
2人にはまだ私と弘くんが深い仲だったことは伝えていない。ボロが出る前に部屋に逃げ込む。
部屋に入り椅子に座る。ベッドに倒れ込んだほうが楽だけど、ベッドは龍くんとの行為を思い出してしまうからあまり使いたくない。
(ううん。ベッドだけじゃない)
壁や床を含め、この部屋の全てに龍くんが染み込んでいる気がする。
(あの時、弘くんに話していれば何か変わったのかな)
♪〜♫〜♬〜
「ひぐっ、ひっ、なんで、っえぐ、こんな」
私は泣きじゃくりながら龍くんに糾弾する。気持ち悪い。弘くん以外に抱かれた。
「へへへっ、やった。遂にやってやったぜ」
「最低。最低だよ」
汚された。私はこれからこの部屋でいつも思い出すことになるんだろう。
高校に進学してから部屋のインテリアを新調して貰った。机やベッドもだ。とても買い直してと頼めるものじゃない。龍くんに犯されたなんて、言えるわけがない。
「そう言うなよ。もともと弘があんなことしなきゃあ俺もこんなことしなかったんだからよ」
「ひっぐ、なんで、弘くんが、ひっぐ、関係ないでしよ」
「あるんだよなぁ。これ、見てみろよ」
「えっぐ、な、なに、これ」
龍くんがスマホで見せてきたのは女子の写真。それも裸で撮られている。
「これっ、なんか見覚えないか?」
「見覚えって、え、これ」
両手を突き出し顔は少し隠れてるけど、この写真は。
「ああ、志保だよ」
「さ、最低。志保ちゃんにも同じことをしたのね」
「睨むなって。それにこれは俺じゃない」
龍くんはメッセージをスクロールし、やり取りを見せてくる。そこには弘くんに犯された。脅迫された。写真や映像を撮られた。逃げられない。助けてほしい。という内容があった。
「そんなっ、嘘、嘘よ。弘くんがそんなことするわけない」
「でも志保はこう言ってるぜ」
龍くんはメッセージの最初から見せてくる。それは今まで私も聞き、相談に乗ってた時のやり取りがちゃんと残されていて、このアドレスは志保ちゃんのものだと分かってしまった。
「最低だな弘は、こんなことをするなんて」
「何を」
パシャリ、と私の写真を撮られる。
「いや、ちょっと、止めてよ」
私の言葉を無視して何度もカメラのシャッター音が起動する。
「でよ、これからどうする?」
「どうするって、どういうこと」
「いや、志保から貰ったけどよ、これ、俺がどっかにバラ撒いたらどうなると思う?」
「っ、最っ低」
「あと弘にも、今のお前の写真送ってやろうか」
「や、止めてよ、弘くんには」
「じゃあ、どうすればいいか分かるよな」
「・・・どうすればいいのよ」
「俺だって馬鹿じゃない。俺はお前と志保の写真を持ってるがバラ撒けば俺もマズイ」
「・・・」
「だから、期限を決める。弘が志保を解放するまで、お前は俺のセフレになれ。志保が解放されたら、お前も解放してやるよ。当然、その時は写真も消すし弘にも全部黙っててやるよ」
♪〜♫〜♬〜
(龍くんは初めから解放するつもりなんて無かった)
志保ちゃんの写真が捏造だと気付いたら私は直ぐに訴えただろう。だから龍くんは保険として私の写真も撮った。
(なんでよく考えなかったんだろう)
今だからこそ、志保ちゃんの写真が捏造しようと思えば出来ること。メッセージのやり取りも最初から騙すつもりだったならもう1台スマホやタブレットがあれば自分で作れたこと。映像だって持っていると言っていたけど見たわけじゃない。
あの時はショックで殆ど考えられなかったけど、もっと早く考えていれば結果は違ったかもしれない。
(あの時は、私が2人を守らないとって。・・・馬鹿だなぁ)
結果私は龍くんの提案に乗り、志保ちゃんを弘くんから遠ざけようと動き、龍くんに体を許し続けた。
(いつからだろう。2人を見てイライラするようになったのは)
日中は弘くんと一緒に過ごし、帰りに龍くんのところに寄る。帰りも遅くなって全然勉強が手につかない。
なんで私はこんな目にあってるのか。2人を守る為にこんなに頑張ってるのに何で2人は楽しそうに笑っているのか。
(それが続いて、あの時全てがどうでもよくなったんだっけ)
弘くんが志保ちゃんを振ったことを聞いた時はこれで解放されたのではと思った。やっと解放された、もう苦しまなくていいんだと喜んだ。龍くんに伝え、志保ちゃんが解放されたと確認したら渋々ながら写真を消してくれた。ようやく終わった。久しぶりに世界が輝いて見えたほどだった。
期末試験の勉強をしている時に龍くんから電話が掛かってくるまでは。
♪〜♫〜♬〜
「よう。残念だったな。まだ契約は生きてるようだぜ」
「どういうこと? もう全部終わったはずでしょ」
龍くんに呼び出され、龍くんの家に行く。龍くんの両親はいつも遅いから当然誰もいない。すっかり慣れてしまった龍くんの部屋。そこでまた写真を見せられる。
解放された。もういいんだと喜んでいた私にとって、それは耐えられるものでは無かった。
「なんで、どうしてよ。弘くん」
涙が溢れて止まらない。苦しい。辛い。耐えられない。
泣きじゃくる私に龍くんが優しく囁く。
「本当に弘は酷いやつだな。俺ならお前を悲しませたりしないのに」
「っ何を言ってるの。龍くんのせいで私は苦しんでいるのにっ!!」
叫ぶ私を龍くんは優しく抱き締める。
「お前が好きなんだ。どうしても諦められない」
「何を言って、巫山戯ないでよっ!!」
そんな勝手でこんなことをして、私を散々弄んで、私がどれだけ苦しんだか。毎日弘くんに罪悪感を持って接し、弘くんのせいで私が苦しんでいることに怒りを抱いたか。志保ちゃんを守らなきゃと気を強く持ち、弘くんに近付くからそうなるのだと軽蔑する。
2人が好きなのに、2人が嫌いになる。
もう嫌だ。逃げ出したい。
「好きだ。弘にお前を譲ってから、後悔ばかりしていた。本当に済まない。でも俺にはもうこうするしかないんだ」
勝手なことばかり言う。
「弘が志保を襲ったって聞いた時、チャンスだと思った。お前を手に入れる絶好の機会がやってきたと」
最低な龍くん。嫌い。大嫌い。
「お前は俺に抱かれた。弘が許すと思うか?」
弘くんなら許してくれる。いや、許してくれないかもしれない。
「志保に手を出した弘を、お前は許せるのか?」
止めて、止めてよ。考えさせないで。
「弘は今もお楽しみ中だぜ。お前がこんなに頑張ってるのに。まだ頑張るのか?」
嫌い。嫌い。龍くんも、弘くんも大嫌い。
「俺はお前だけいればそれでいい。お前が俺のものになれば、もう志保の写真のことは忘れるし、弘からも守ってやる」
嫌いなはずの龍くんの言葉が沁み渡る。
「お前を苦しめる弘にもう会わなくてもいいようにしてやる」
私は腕を回し龍くんを抱き返すことで応えた。
♪〜♫〜♬〜
(それからは志保ちゃんの言う通り)
考えることを止めて龍くんに縋って、弘くんと志保ちゃんを傷付けて。私は悪くないと逃げた。志保ちゃんに指摘された時、私はもう弘くんと一緒には居られない、居ちゃいけないと思った。でも、1人になりたくない。怖くて、誰かと一緒に居たかった。
(分かった。これから俺はもうお前達と関わるのを止めるよ。なるべく会わないようにしよう。さよならだ)
弘くんの言葉が頭に残る。涙が流れる。そうしたのは私なのに、ごめんなさい。
(あっそ。私、これからはあんたのこと姉さんっていうのは止めにする)
志保ちゃん。こんな友達でごめんね。
(あんたのほうが余程最低じゃない)
本当にそう。もう、消えてしまいたい。
でも、私は今もここにいる。消えたいのに、まだ消えてない。あの時、龍くんと別れるって言うべきだったのに、1人になるのが怖くて選べなかった。ベッドに倒れ込む。龍くんを感じて不快なはずなのに、それは最初の時と比べて全然少なくて。朝、目が覚めても吐き気を催すことはなくなった。最低だ。多分このままいけば不快感を感じることもなくなるのだろう。
最低な気持ちで眠りについた。
♪〜♫〜♬〜
もうすぐ2年生が終わる。私はまだ龍くんの隣にいる。弘くんは変わってしまった。龍くんに会いにいく時に姿を見たが、皆を引っ張っていく姿はもう見えず、感情がなくなったような顔で、ここではない何処かを見ていた。
私には弘くんに顔向けできる資格がない。志保ちゃんにもだ。いや、本当は私が顔を向けたくないだけ。もし、顔を見た時、その顔に浮かぶのが恨み、怒りだったなら。怖い。見られるのが怖い。2人だけじゃない。弘くんと仲の良かったクラスメイトや好奇心で私を見る皆が怖い。私を責めている目や軽蔑する目が怖い。学校にいるのが怖い。早く帰りたい。
学校が終わると最近はいつも龍くんの家に行く。龍くんだけは私を責めない。軽蔑しない。守ってくれる。大嫌いなのに、私には龍くんしかいない。龍くんに抱かれても、もう嫌悪感は感じなくなった。
龍くんとの行為が終わり、喉が乾いたので飲み物を取りに行く。冷蔵庫を開ける時に、キッチンを見た。包丁が置いてある。
幾つかこの後の展開があったのですが、本編としての都合上、栞里視点はここで終了とさせてもらいます。
次回で少し触れるのですが栞里の交友関係はとても狭いです。高校入学時点で彼氏持ちということで話題にはなりましたがそこまでです。栞里が人を遠ざける性格も相まって高校での新規友人はおらず、知り合い止まりです。クラス内だとぼっちです。外に自分を発信することも出来ず、頼れる人は頼れない。親に相談出来なかった時点で詰みになります。
こんな目にあっても誰かに相談できず1人で抱え込んでいるのでそのうち感情が爆発します。
ただ先に言ったように本編は2年生までの括りで書いているので、不完全燃焼ですがここで栞里の視点は終了させてもらいます。
次が本編最後になります。
これを読んでくれた方、評価してくれた方、本当にありがとうございます。




