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投稿します。
終わりが近づいて来ました。
何も考えられない。でも、家には帰ってきたようだ。寒い。でも本当に寒いのか分からない。何をしよう。何をすればいいんだろう。分からない。
いつまでそうしていたかも分からない。リビングの扉が開いて、父さんの顔が見えた。
「弘和っ、お前、どうしたんだその格好は!!」
父さんに言われて自分の身体を見下ろす。俺は水気を吸って濡れた制服のままソファーに座っていた。制服には血が付いている。俺の鼻と口からの血だろう。
父さんに腕を引っ張られて脱衣場に連れてかれる。制服を脱がされタオルを巻かれる。俺は抵抗する気もなく、されるがままになっていた。
「今風呂の準備をするから、沸いたらすぐに入れよ。弘和。おい、聞いているのか弘和」
何もしたくない。業を煮やした父さんに風呂場に連れて行かれる。この歳になって父さんに風呂に入れてもらうことの羞恥心すら抱くこともなかった。
「飲みなさい」
ホットミルクが置かれる。口をつける気力もない。あと父さん。口の中切ってるから飲んだら痛いんじゃないかな。と、どこか他人事のように思った。
「何があった。話しなさい」
父さんに話しを促される。何があったか。それは俺も知りたい。
どれだけ時間が経っただろう。出されたホットミルクは既に冷めている。父さんは何も言わずに俺の言葉を待つ。何か、何か言わないと。
「栞里に、振られた」
何が起きたのか自分でも分からない。ただ、あの時起こったことは、こんな感じだった気がする。
「そうか。その傷は?」
「龍に、殴られた」
「喧嘩か?」
「違う。栞里を、取られた」
ただ起きたことを淡々と話す。
「それは・・・」
父さんも衝撃だったんだろう。何も言えなくなってしまった。
沈黙が生まれる。何か言わないと。そういえば、思ったことがある。
「父さん」
「なんだ」
「俺も父さんと同じになったよ」
「同じとは、どういうことだ?」
「もう、生きる意味がないや」
「は? 何を言っているんだ弘和」
前まで思ってたこと、いつからか思わなくなったことを思い出した。言う必要の無いことだとは分かってるけど、口に出した言葉は止まらなかった。父さんを生きる気力をなくした弱者だと、そうならないために生きてきたと、栞里に会って父さんの生き方も正しいと思ったと、栞里を失って同じになったと、全てを父さんに伝えた。
「そうか、そんなことを思ってたのか」
話し終えたあと、父さんは大きく息を吐いた。
「ごめんな、弘和。こんな情けない父親で」
父さんが頭を下げる。
「いいよ。俺も気持ちは分かるし」
俺も、全てがどうでもいい。生きる力が持てない。
「違うんだ弘和。そういう意味じゃない」
「なにが?」
「お前の言う生きる意味、というなら私は生きる意味を持っている。今もそのためならどんな事でも出来る。頑張れる。そんな強い目的を私は持っているんだ」
「なんで、目的なんてどこに」
「お前だ弘和。お前が、私の生きる意味なんだよ」
俺の目を真っ直ぐに見て父さんが言う。
「お前に失望させてしまった。情けない父親だと思わせてしまった。本当に済まなかった」
言葉を続ける。
「だが勘違いしないでくれ。私はお前という生きる意味を持っている」
「俺が、生きる意味」
「そうだ。和葉が亡くなってから、お前には辛い日々だっただろう。仕事ばかりで碌にお前と遊んでやれなかった。頼れる親戚も居ない環境は苦しかっただろう。だけどな弘和、お前を蔑ろにした訳ではない。私はちゃんとお前に愛情を持っている。お前のために、私は今生きている」
それは、父さんの初めての告白だった。
「私には和葉だけじゃない。お前もいるんだ。お前も、私の生きる意味なんだよ」
自然と目に涙がこみ上げる。
「じゃあ、俺は父さんと違うね。俺はもう、栞里しか、栞里だけだったのに」
「弘和。聞きなさい」
父さんに言われ、意識を向ける。
「1人のために生きる。辛い生き方だったろう。苦しいだろう。それだけの想いでいた彼女を失って、全てを投げ出したくなったんだろう」
そうだ、だからもうどうでもいい。
「だがな、お前はまだ17だ。人生を諦めるには早いだろう」
諦めるには。そうか、俺は今栞里を諦めてたのか。
「お前が彼女とどうなっているのか、私には分からない。これからお前がその彼女とどうなりたいのかも分からない」
俺は栞里とどうなりたいのか。
「お前は彼女とどうしたいんだ? 先のことは考えるな。今どうしたいか、ただ思ったことを教えてくれ」
一緒にいたい。誤解を解きたい。龍と別れてほしい。俺とまた付き合ってほしい。
「聞きたい」
思ったことは色々ある。だけど俺の口から出た言葉は、それらとは違うものだった。
「栞里の声が聞きたい。話したい。どんなことを話せばいいか分からないけど、ただ栞里の声が聞きたい。栞里の声が聞けたら、俺はどうすればいいのか分かる気がする」
「そうか」
「変だよね。栞里が好きだ。絶対諦めないって、ずっとそう思ってたのに。どうすればいいのか分からないんだ」
不思議だ。心が折れてしまったのだろうか。あんなに栞里を諦めないと決めていた筈なのに。
「大変なことが続いて疲れてるんだろう。少し遅くなったが夕飯にしよう。そのあとゆっくり休めば、少しは元気がでるさ」
「うん。ねえ父さん」
「どうした弘和」
「ありがとう。それと、今まで誤解しててごめんなさい」
何故か涙が溢れてきた俺を、父さんは優しく撫でてくれた。
「いいんだ。私も悪かった。お前の気持ちに気付いてやれなくて」
その後、口の中が痛むが我慢して夕飯を取る。体に悪いがすぐにベッドに入った。
(栞里)
明日になって、どう話せばいいのか。公園で去って行った栞里を思い出す。そもそも話しが出来るのだろうか。目の前で何を言っても反応してくれない栞里が思い浮かぶ。
(だめだ、今は寝よう)
父さんの言う通り疲れてるんだ。明日になればまた前向きな気持ちになれる。栞里に真っ直ぐに向かっていける自分になれる。
不安に押し潰されそうになりながら、眠りについた。
♪〜♫〜♬〜
翌朝。身体が重い。上手く歩けず頭がふらふらする。壁に寄り掛かりながら下に降りると、リビングに父さんが居た。
「なん、で」
父さんは今日も朝から仕事だった筈。
「昨日の今日だ。心配だから会社は休んだ」
父さんは家の救急箱から体温計を手に取る。
「休んで良かったよ」
俺の熱を測る。38度を越えている。
「今日は学校を休め。学校には連絡しておく」
栞里と話しをしないと。そう思っていても体が上手く動かせずソファーに倒れ込む。意識も朦朧としてきた。父さんに手を引かれて部屋に戻される。そうして俺は学校を休むことになった。
目が覚めると部屋が暗かった。外は夜なのだろうか。何度か目が覚めたような気がするけど、よく覚えていない。テーブルにはスポーツ飲料が何本か置いてある。父さんが買って来てくれたのだろうか。
まだ頭も痛いし、父さんにも迷惑が掛かるかもしれない。スポーツ飲料を飲んで、また眠りについた。
「体調は大丈夫か弘和?」
部屋のドアを開けて父さんが顔を出す。今度は部屋が明るい。もう朝になったのだろうか。
「大丈夫。おはよう父さん」
今日こそは栞里と話しをしないと。ベッドから起き上がる。まだ体が重いけどこれくらい。
「おい、本当に大丈夫か? 熱は」
父さんに体温計を渡され熱を測る。昨日より下がったが、まだ37度以上ある。
「弘和、大事を取って今日も休め。学校には来週から行きなさい」
「でも父さん」
「そんな体で行って悪化したらどうするんだ。学校の皆にも迷惑が掛かるだろう」
父さんの正論の前に俺は何も返せず、2日続けて休むことになった。
昼過ぎには大分熱も下がり、体調も良くなってきた。体がベタつき気持ちが悪いので今日も俺のために会社を休んでくれた父さんに一言伝え、風呂場で汗を流す。さっぱりした後、部屋に戻ってこれからのことを考える。
(誰が栞里を騙したのか)
先ず栞里は騙されている。これは言うまでもない。では誰が、と考えたところですぐに思い当たるのが志保だ。
栞里に振られる原因となったこと。それを突き詰めれば志保が俺に乱暴されたという嘘が発端のはずだ。
(なんで俺を使って栞里を騙したんだ?)
志保が俺と栞里を別れさせて何か得があるのか。まさか俺と栞里が別れれば自分が付き合えるとでも思っているのか。
(そんなわけがない)
別れれば付き合えるなんて短絡なことを考えるほど馬鹿じゃないだろうし、その為にこんなことはしないだろう。
(目的は栞里)
となると目的は当然栞里になる。そして俺と栞里が別れたことで得をするのは龍。
(2人が共犯だったら)
栞里を騙すことは可能かもしれない。志保に得が無さそうなところが引っかかるが、龍と志保が組んでいると考えるとしっくりくる。
(どうやって志保に白状させる)
素直に答えるのか。いや、栞里を騙すなら隠すはずだ。答えさせるのも一苦労だろう。だが栞里の誤解を解くには志保に騙してたと白状させるしかない。龍は絶対に答えない。栞里も聞く耳を持たない以上、どうしても志保に吐かせないと。
無駄だと思いつつメールを送る。
(見たら連絡してくれ、と)
期待はしていない。明日、明後日は学校が休みだ。向こうが逃げに徹すれば会おうとしても難しいだろう。こんな目に遭ったがあいつの家族に迷惑を掛けるのは違う気がするし、家に乗り込むのは流石に憚れる。来週学校で会った時にどう捕まえるか。いや、学校には龍がいる。絶対に妨害してくるだろう。
どうしたものか考えているとスマホに着信がきた。まさかと思い電話に出る。
「こんにちは先輩。もう風邪は大丈夫なの?」
いつも読んでいただきありがとうございます。
あと数話(多分4話ほど)で完結予定です。
良ければ完結までお付き合いしてもらえれば嬉しいです。




