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投稿します。
栞里と龍は今日も姫、王子と呼ばれている。既に定着しているし、この様子じゃあ元に戻すのは大変だろう。
「あ〜 鬱陶しい。いい加減俺を王子って呼ぶのやめろよな〜」
龍が愚痴る。
「今日で休みに入るんだからいいじゃないか。我慢我慢」
龍を宥めながら栞里を見る。
「それにあっちのほうが辛そうだよ?」
2人とも呼び方の訂正を求めているが改善は先だろう。だが龍はともかく、栞里の方は何か手を打つ必要が出てくるかもしれない。龍の方は茶化した、良く言えば親しみを持って呼ばれているからまだ余裕があるが栞里の方は酷い。栞里は以前から人気があったが先の一件で更に人気が増え、元の容姿と話題性から男女問わず姫と呼ばれるようになった。問題は栞里に寄って来る人が爆発的に増えたこと。男子の方はわかりやすいし俺たちで何とかできるが女子のほうはめんどくさい。人気を妬み、栞里に悪意を持って来るやつは澪たちに協力してもらい遠ざけてもらっているが、純粋に仲良くしたいと集まってくる女子たちはどうしようもない。そういう子は栞里本人が対応する必要がある。だが栞里はあまり人と関わるほうじゃない。そのくせ波風を立てないよう話しに乗ってしまうからどんどん栞里が疲れていく。二学期に入ってもこの調子なら栞里は持たないだろう。俺や龍なら分かるが、今も他のクラスの子の対応をしている栞里の顔は辛そうだ。
♪〜♫〜♬〜
「これから休みに入るがあまり遊びすぎないこと、宿題はちゃんとやっておくように。では、屹立、礼」
進藤先生の号令で一学期は終了した。これで夏休みに入る。先生が教室を出ていってから皆に声を掛ける。
「よ〜し皆〜 来月の予定覚えてるか〜 海だぞ海〜」
「わかってるって」
「9時だったよな、起きれっかな〜」
改めて海に行くことを周知しておく。さて、このチャンスをどう活かすか。普通に行くなら今の龍や恭弥の協力が確約されているから栞里に迫っていくことが正解だと思うのだが。クラスを見渡しながら栞里や龍を見る。
栞里は今以上に俺たちとの接触を避けようとするはずだ。龍はもちろん俺や他の男子が声を掛けただけで皆から姫が姫がと注目されてしまう。姫と呼ばれる現状では一緒の時間をつくることが難しいかもしれない。もう栞里への遠慮を捨てた俺なら強引にいくことに躊躇いはないが、そうなると以前とは違う俺に龍が焦りを覚えて早まったことをするかもしれない。
一応、普通じゃない方法で龍の動きを抑える手はある。更にこれが成功すれば栞里の負担も減らせるだけでなく、栞里との時間をつくることができる。ただこれは賭けだ。失敗したら俺が龍の背中を押すことになり、卒業まで栞里に手が出せなくなるかもしれない。だか成功すれば、今後俺が龍を抑える必要が激減して栞里に集中できる。
やるとすれば今ここしか無い。やるか。やらないか。
「皆遅刻するなよ〜 あと、龍」
「ん? なんだよ」
「お前の異名を外すいい案が浮かんだぞ」
「おっ、あんのかよ。言ってくれよ」
「簡単だ。龍、お前彼女つくれ」
「は?」
難しく考える必要はない。龍と栞里が噂されるのは両方とも相手がいないから。栞里には断じて提案できないが龍になら別だ。相手をつくってしまえば解決すると。ここまでは俺が言ってもそう不自然ではない。
「いや、彼女がいればもう王子様とか言われなくなるだろ? お前モテるのにいっつも俺たちと遊んでばかりだし、いっそのことこの機に彼女つくっちまえよ」
「はぁ? 巫山戯んなよ。なんで俺が彼女なんかつくらなきゃいけねえんだよ。テニス一筋つったろ」
「いや、せっかく海に行くんだし彼女いたら楽しいし、変な異名も消えるしでいいこと尽くめだろ」
「アホか、海に行くのこのクラスのやつだけだろ」
そう、当然海に行くメンバーはこのクラスだけ、それも女子は更に半分程。これで彼女つくって、というのは無理がある。龍が正しい。だが当然これは龍に彼女をつくらせることが目的じゃない。
「だよな〜 もしこのなかに龍の好きな相手とかいたら一気に解決できるんだけど」
「つ〜か、もし居たとしてもこんなところで言うわけねえだろ」
ここが勝負所だ。
「えっ? もしかして本当に居るの?」
「おい弘、いい加減にしねえと」
龍の言葉を遮り続ける。
「もしかしてお前、実は本当に栞里のことが好きなのか?」
「怒るぞ。ってえ?」
「どうなんだ?」
先程まで成り行きを面白そうに見ていたクラスが静まり返っている。普段の俺なら人に対して本当に嫌なことはしない。クラスの皆もそれをわかっているから今の俺にどういう反応をしていいのか分からないのだろう。何で龍にこんなに強く当たるのか、もしかして糸巻弘和は栞里のことが好きなんじゃないか。クラスのほとんどは、恐らく栞里もそう思ったかもしれないが、俺が質問していることを龍は正しく捉えているだろう。
お前は俺を裏切ったのか。龍にはこう聞こえただろう。前回は日和って逃げたが、今回は俺が逃さない。クラスも普段とは違う俺に戸惑い、または質問にどう答えるかという好奇心からか動けないでいる。唯一この空気を変えることができるのは栞里だけだが、このなかで栞里が前に出られるわけがない。俺が龍を逃さない以上、龍はまた何かしらの答えを出すしかない。
一応とはいえ龍は栞里に対して幼馴染以上には見ていないとクラスの前で言った。前回と同じ答えをいうのなら更に畳み掛けるつもりだ。
この作戦は諸刃の剣だ。前回とは違い、龍は日和った結果学校中の注目を今も浴び続けている。栞里との距離も離れ、自分の答えが失敗だったと理解している。その上今のやり取りで俺に誤魔化しが効かないことがわかっただろう。それを踏まえた上で、龍はどう答えるのか。前に進み栞里に告白するのか。また逃げるのか。ここが賭け。
一旦ここで切ります。
次回はこの続きからです。




