10 浅沼龍之介
投稿します。遅筆の自分が憎い。
「え〜 でも弘くんは私と遊んでくれるよ?」
そう聞いたとき、つい力が入ってしまい栞里の手を強く握ってしまった。
「ちょっと、痛いよ龍くん」
「っと、悪い」
慌てて手の力を抜く。
「もう大丈夫だから、手を離していいよ」
もう栞里は落ち着いているようだった。家も近いし、これならもう1人でも大丈夫だろう。
「龍くん?」
さあ、ここからだ。
「栞里は俺と手をつなぐのは嫌か?」
今なら、もう一歩栞里に踏み込める気がする。
「えっ? 別に嫌じゃないけど」
嫌じゃない。栞里が、俺を嫌がってない。
「じゃあこのまま家まで送らせれてくれ。心配なんだよ」
そう言いながら手が離れないよう、少しだけ力を入れて握りなおす。
「うん、わかった。良いよ。ありがとう」
栞里の家はすぐそこだが、そこまでは俺が隣にいる。あれだけ頑張って栞里の気を引こうとしてる弘だって、まだ手もつないだことがないって愚痴ってたのに。弘じゃない。俺が、栞里と手をつないで一緒に歩いている。
栞里を家に送り、優越感を胸に自分の家に帰る。
「ただいま〜」
「お帰り、今日は遅かったな」
「ごめんごめん。テスト明けの部活だったから力が入っちまって」
帰ってきたことを伝えてリビングに入る。いつもより遅くなった理由を父さんに伝えていると、キッチンで夕飯の仕度をしていた母さんに、
「お帰り龍之介。ご飯の準備してる間にチャチャッと風呂に入ってきなさい」
と言われて風呂に入る。
体を洗い、湯船に浸かりながら左手を見る。栞里と手をつないで帰ってきたことを改めて思い出す。
(栞里・・・)
栞里はかわいい。初めて会った時はどこかおどおどして変なやつとしか思わなかった。父さんから、友達の子だから仲良くしてやってくれと言われたから、仕方なく遊んでやるくらいで、他の友達と遊んでいるほうが楽しかった。
中学生に上がってからだろうか。入学式で制服を着た栞里を見て初めて女の子なんだと思うようになった。弘たちと友達になってからは登校中や一緒の時間に部活が終った時くらいしか会う機会がなくなり、その間に栞里はどんどん女の子らしくなっていった。短かった髪も今では長く整えられ、綺麗な黒髪を靡かせる姿にドキドキすることが多くなった。
精通を迎えたころには、もう栞里を好きな人としてしか見られなくなった。栞里は俺をどう思っているのか、告白したら付き合えるのだろうか。栞里と付き合ったあとのことも想像し、栞里でしたこともある。翌日の登校で顔を見たときは顔が赤くなり、心臓の音がうるさくてまともに挨拶することもできなかったことを覚えている。
栞里が好きだと自覚しても、俺は栞里に告白はできなかった。栞里にどう思われているのか、ただの友達だと言われたくない。告白するのが怖い。振られるのが怖い。他に好きな人がいると言われたら耐えられない。
怯えた毎日を過ごし、2年に上がった頃に、その恐怖は現実に迫ってきた。
♪〜♫〜♬〜
「龍、栞里、今日はテニスないんだろう。帰ろうぜ」
2年になった初日。今日は部活も休みで弘が帰ろうと誘ってくる。
「えっと、ごめんね。ちょっと今日は用があるから先に帰っていて」
いいぜって返そうとしたとき、栞里は用があるからと言って教室を出ていってしまった。
「どうしたんだあいつ?」
「さあ?」
弘に聞いてみるが、思い当たる節がある。弘も言葉ではとぼけているが、同じことを考えているんだろう。付いて来るかと聞かれ、
「念の為に行く」
と答えてしまった。これじゃあ栞里が気になると弘に教えるようなものだ。好きだとはバレないはずだが、失敗した。
栞里は図書室に入っていった。告白かと思ったが違ったのかと考えていると弘から人が居なくなる時間まで待ってるのかもと言われ、俺は廊下で恭弥たちと話をしながら栞里が出てくるのを待ち、弘は外で告白に向いてそうな場所に誰かいるか探しに行った。よくそんなことを考えつくもんだと感心する。
恭弥たちと話していると図書室から栞里が出てくる。恭弥たちにちょっとトイレに行ってから帰ると伝えてその場を離れる。弘に連絡を入れて栞里が向かった方向に遠回りで向かう。見られないか注意しながら栞里を探すと、ちょうど音楽室に入っていった。弘に音楽室と伝えて待ち、合流して階段の脇に隠れる。
もしかして告白が成功したのか。相手が無理矢理栞里に迫っているのではないか、だったら早く助けにいかなくていいのかと不安にかられていると栞里が出てきた。
栞里に駆け寄って結果を聞きたい衝動を堪えて弘と音楽室の扉を少しだけ開ける。もし告白が成功していたらそいつの顔をぶん殴ってやると思い、相手を確認し、直ぐにそんな気が失せた。1年の時に一緒のクラスで遊んでいた拓真が泣いていた。こっそり見ているのもあるが、周りを気にする余裕もないくらい、顔を手で覆いながら泣いていた。
凄く悪いことをした気になって、弘が扉を閉めた後、学校を出る。
「マジか〜 拓真がな〜」
栞里が告白されたことにムカつきが止まらない。栞里を誰かに取られてしまうのではと焦る。栞里に俺以外のやつが告白することにイライラする。
拓真が栞里に振られたことに俺は安心するかと思ったが、そんなことはない。今も何故かイラつきが収まらない。
「龍はどうなの? 1番栞里に近い男として」
一瞬心臓が止まったかと思った。弘に栞里が好きなのがバレたのかと思ってしまったが、違う、ただ話の流れで聞いてきただけだと思い直し今はテニスが大事だと、お前はどうなんだと言って誤魔化す。
「僕は、どうなんだろう? 凄く可愛いと思うけど、う〜ん」
今までの付き合いで弘が栞里を好きだとは想像できない。こいつはなんか1年のときから友達を増やすことに夢中だからな。なんかガキっぽいし。
いや、待てよ。ならなんで今の告白に付いてくるんだ。こいつなら友達の応援とか言って俺の邪魔をしそうなのに。
考えてみればおかしい。栞里が告白されるかもって頭がいっぱいになって今まで何も思わなかったけど、こいつ、なんで告白の邪魔するんだよ。
「おっ、結構乗り気か? だったら応援するぞ、頑張れ」
弘が栞里を好きではないと思っていたので準備していた言葉を吐いたが、もし弘が栞里を好きだったなら。
「ははは、もしその時が来たら頼むよ」
俺は弘をどうすればいいんだ。もし弘も誤魔化してるだけなら。そう考えながら家に帰った。
次の日、俺は弘が栞里をどう思っているのか時間を見て聞き出そうと考えた。もし弘が栞里を友達として考えてるなら、俺は親友の弘にだけは栞里のことが好きだと伝えて協力してもらう。でももし好きな子だったら、弘には悪いが諦めてもらう。協力すると言ったが、協力する振りをして邪魔してやる。
「おはよう龍、今日は龍に相談があってね」
いつもより早い時間に来た弘を見て、弘は栞里を好きなんだと確信した。予想通り協力を頼んできたから、俺は予定通り協力する振りをしよう。
♪〜♫〜♬〜
風呂から上がり、弘から着信があったことを思い出したが掛け直すのはやめる。言い訳を考えておかないと。夕飯を家族と食べて部屋に行く。
弘に協力する振りをしてからもう3ヶ月以上経ったのか。弘は俺が栞里との時間を作ってやってると勘違いしている。学校では人の目があるから弘も動けないし、少し腹が立つが弘が栞里を見ていれば、他の男たちも寄ってこないから俺は自由に動ける。毎週のように充たちと遊びに行き、弘にはデートに行けと、どう見ても俺は弘を応援する親友だ。その場所の近くにいつも俺たちが遊びに行ってなければだが。もし弘が栞里に直接的な動きをすれば直ぐに邪魔できるようにしていた。それでもずっとは見てられないし、間に合わない可能性も出てくる。不安はあったが、それは全くの考えすぎだった。
栞里は弘を友達としてしか見てない。これまで弘に協力する振りをして2人を見ていたが全く進展していない。ここまでくると何もしなくても良かったのではと思うほどだ。栞里は男を遠ざける節があるから弘に自分を指すときに僕から俺に変えさせることで栞里に弘も男だと意識させた。男と2人っきりになることは栞里にとって嫌なはずだから弘と2人で出かけさせた。
出かけても弘があまり積極的な行動をしないせいで栞里のなかで弘に対しての苦手意識は生まれなかったようだが、行動されたら困るし、これはこれでいい。
弘がずっと停滞しているなか、俺は今日大きな一歩を踏み出せた。栞里には悪いがあのナンパ野郎には感謝したい気持ちだ。
♪〜♫〜♬〜
女子テニス部が今日校外で活動することは知っていた。男子テニス部が終わり、帰りに時間を確認するとそろそろ女子も終わる時間だったから帰り道で偶然を装って一緒に帰れるようコンビニで買い物に寄って栞里を待ってた。これまでも部活終わりに栞里やその友達と一緒に帰っていたから、そこまで変でもないだろう。
この道までは何人かでくると思ってたから栞里が1人で歩いてきたときはびっくりした。しかもその時に男が栞里に声を掛けやがった。急いで栞里の元に走り、
「おいっ!!」
栞里と男。多分ナンパだろう。に向かって声を上げる。
栞里が俺に気付き、走ってくる。そのまま並走して逃げていると、なんと栞里が俺の手を握ってきた。中学生になってから初めて、栞里を意識してから初めて手をつないだ。俺は弘がまだ栞里と手をつないだことがないことを思い出し、今なら俺の方が先にいくことができるのでは、もしかしたら今なら、栞里と付き合うことができるのではと思った。
♪〜♫〜♬〜
いつも通り3人で登校する。最近は常になった栞里と弘とは一歩引いたところから歩いて登校する。
あの日から俺は栞里にこの気持ちを伝えようと心に決めた。今の俺ならいける。今ならやっと栞里に受け入れてもらえる。漠然と、しかし確信に近い思いがある。前まで感じていた恐怖はもうない。
弘には悪いことをした自覚はある。協力すると言いながら、実際は邪魔をしていた。その上栞里が好きだという気持ちを知りながら俺が栞里と付き合うことになったら、弘は怒るだろう。絶交されても文句は言えない。でももし、こんな俺をまだ友達だと言ってくれるなら、俺は親友としてどんなことでもする。
いつ2人に伝えるか、休みに入る前か、弘のために海に行った後のほうがいいかと考えながら教室に入る。
なんか変だな、と思っていると浜田が、
「ねえ三島さん。浅沼くんと付き合ってるって本当?」
と栞里に聞いた。
はっ、どういうことだよ、まだ俺たちは付き合ってねえぞ。聞かれた栞里のほうも驚いている。
「えっと、なんでそんなことを聞くの?」
栞里の質問に浜田は、
「あんた達が最近2人で手をつないでいて歩いてたところを見た人がいるって話が回ってきたのよ」
と栞里と俺を見て言う。あの日のことを見られてたのか。はっ、として弘を見る。弘は驚いたような悲しむような、そして責めるような目で俺を見る。
不味い不味い不味い、今はまだ弘に協力していることになっているんだ。どうする。今ここで言うか。いや、馬鹿か、先ずはここをどう乗り切るかだ。
「栞里がナンパされてたところを助けに入っただけだぞ」
つい、言ってしまった。
「えっ三島さんナンパされたの?」
「マジかよそういうのあるんだな」
「三島さんならありえる。てか何そいつロリコン?」
言ってしまってから、やってしまったと思った。目立つことを嫌がる栞里にとっては話してほしくないことだったはず。
しかし言ったことは取り消せない。俺は皆に変な誤解を与えないよう、何より弘に不信感を与えないよう、全てを話した。
「すまん弘。本当はお前だけには話すべきだったんだけど、栞里が嫌がりそうだと思って」
一旦落ち着いた後、俺は弘に謝る。
「いいって、そういう理由なら仕方がないよ。あのとき電話に出れなかったのはそういうことだったんだね?」
「ああっ、本当にすまん」
くそっ、これじゃあ栞里に告白する予定が台無しだ。弘にこれ以上不信感を与えないよう、しばらくは弘にちゃんと協力しよう。
また遅くなりました。どんどん遅くなる未来が見える。
言うまでもないですが今回の龍くんかなり調子に乗ってます。
栞里があのとき1人で帰らなければ待ちぼうけ食らうはずだったのに。




