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幸せな家族だったのだと思う。
父さんはいつも遅くまで仕事に行っていてあまり家には居なかったけど、その分休みが取れた日には一日中遊んでくれた。
母さんは仕事が終わってからいつもご飯を作ってくれた。
休みの日は疲れているのに色んな所に連れて行ってくれた。
たまに母さんに連れて行かれてお爺ちゃんの家に行ったときにはお爺ちゃんはいつもたくさんのお菓子をくれた。
寂しいときもあったけど、振り返るとやっぱり幸せな家族だったのだろう。
とても微笑ましく、薄っぺらく、反吐が出そうな家族ごっこだと知るまでは。
♪〜♫〜♬〜
目覚ましのアラームが鳴り響く。
「う~ん」
自分の手を伸ばしてアラームを止める。
まだまだ眠っていたいが、今日からはこの時間に起きなければならない。ベッドから出て1度伸びをして部屋を出る。
隣の部屋は静かだ。もう父さんは仕事に行ったんだろう。階段を降りてリビングに向かう。
朝食の食パンをトースターにセットし、冷蔵庫からパックの牛乳を取り出しコップに空ける。パンが焼けたら手早く朝食を取り、食器をシンクに置き、水に漬けておく。
洗面所で歯を磨き、顔を洗った頃にはもう眠気は収まっていた。
部屋に戻って学生服に着替えて鏡の前に立つ。鏡に映る自分の姿にむず痒くなり苦笑する。これも慣れるのだろうか。傷一つない新品の鞄を手に持ち、リビングに戻って手を合わせてから家を出る。
「行ってきます」
誰も返事を返してはくれないが、玄関を出る時にはついつい言ってしまう。鍵を掛けて、新しい通学路を歩いていく。
前は全く通らなかった道だけど、難しい道でもなかったために問題なく学校に着く。下足箱から自分の名前を探し、先日置いていった内履きに履き替えると、記憶を頼りに教室に向かう。
ガラガラと扉を引き教室へ入ると、教室内にいた皆の視線が一斉に向くが、少しするとその視線は散り散りになる。
既に何人かで話をしている子もいれば視線をあちこちに移して縮こまっている子や席に座ってじっと待っている子など、様々な子が教室の内にいた。たまに視線を感じるものの、それを無視して自分の名前がテープで貼られている席に着席する。
「おはよう」
「おはよう・・・」
前に座っていた男子に声をかけられ、こちらも挨拶を返す。その後は自分も相手も無言になり、居心地が悪くなってしまった。どうしよう。
「今日お前ん家で〜」
「いいよ〜 お前も〜」
小学校からの友達なのか、人が集まっている席からは楽しそうな声が聞こえてくる。いいな〜友達がいて。
何人かの子が教室に入ってくるたびに視線を向けて、直ぐに黒板や机に逸らす。自分が入ってきたときも皆こんな感じだった気がする。
しばらく時間が経つと学校のチャイム音が鳴り、初めて大人が教室に入ってくる。
「皆さんおはようございます。ちゃんと遅刻せずに学校にこれたわね。偉いわ〜」
綺麗な女の人が教室を見渡して声を響かせる。
「昨日の入学式でも言ったけど改めて言うわね。槙島薫です。この1年3組の担任として1年間、皆と勉強を頑張っていく先生です。宜しくね」
昨日は入学式だけだったからまだ皆の名前も知らない。友達ができるかもわからない。大丈夫。ちゃんと準備はしてきたんだ。頑張っていこう。父さんとは違う強い人間になるために。