真っ当ではない
光利はコートから銃二挺、ワルサーPPKとS&W M10を持ってきて机の上に置いた。初めて見るその黒々とした造形に、ググルスは何とも言えない表情を浮かべ、S&Wを手に持って観察する。
「これはなんだ?」とググルス。
「拳銃と呼ばれる兵器だ」光利は答えた。「いくつか種類があってな。俺がよく使うのはその二挺だ」
「二挺……『挺』とは単位の事か?」
「ああ」
「……私達も、手にしてみても良いですか?」
その様子に興味をひかれたのか、ルイが光利にそう尋ねた。
「もちろん」
光利は銃を手でさしながら言った。
「ありがとうございます!」
嬉しそうに感謝したルイはワルサーを取り上げ、マルと共にそれを見ていた。
「手にして大丈夫なのか?」
「弾は抜いている」
ルーアンの小声での問い掛けに、光利は答えた。
「こいつはどう使うんだ」
ググルスはS&Wを光利の方に差し出して言った。光利は少し実を前に乗り出して、
「その尾に当たる所……撃鉄というんだが、そこを指で引いた後、そこの……引き金というんだが、そこを押すと、その先端、銃口と呼ばれるところから弾が出るんだ」
光利は各部分を指でさしながらそう解説した。
「その飛び出た球の威力はどれ程の物だ」
「人間の身体なら簡単に貫通するな」
ググルスはその言葉を聞いて、光利の方を見た。その顔には、不信感に加え、僅かな恐怖があった。
「……貴様はこれを使って何をしていたんだ?」
「俺の仕事道具だ」
光利の淡々とした口調に、ググルスは激昂した。
「リグリスト! なんだこいつは!」
ググルスは立ち上がりながら叫んだ。
「落ち着け、ググルス」
「落ち着けだと!? 落ち着いていられるか!!」ググルスは手にしていたS&Wを机に叩きつける様に置いて、「こんなものを使って遂行する仕事が真っ当なはずがないだろう!! 明らかに危険な奴だ!! こんな男をリュナ様と旅をさせていたのか!!」
ググルスは大げさな身振りで怒号した。
「……ググルス様、さっきから初対面の方にどうしてそんな……」
そう言って主に向かおうとしたルイに向かって手を差し出して静止させつつ、
「良いんだ」光利は言った。「真っ当でないのは間違いない」
「ああそうだろうな、察しが付くよ」ググルスは言った。「貴様はろくでなしのクソみたいな男に違いない。その妙に落ち着いた態度もさることながら、その顔つきも気に食わん。人間味の失せた冷酷な人間の顔だ。そんな男がリュナ様と共に旅なんぞ……」
「ググルス」
ググルスの激昂を遮るように、リュナウィッシュが口をはさんだ。虚を突かれたような顔をして、ググルスは彼女の方を向いた。リュナウィッシュは、その状況に不釣り合いな微笑みを浮かべていた。
「……貴方の言う通り、彼が決して真っ当な生き方をしていないというのは分かっています」リュナウィッシュは言った。「私も彼から似たような説明を受けました。この世界に来る前、元の世界でどのような生活をしていたかを、です。彼は今の様な説明をしましたが、彼の戦い方や度胸、立ち振る舞いから、決して真っ当な生き方をしてきた人でないことは……いえ、あえて正直に言えば、反社会的な生き方をしていたということは、察することが出来ました」
リュナウィッシュはそう言って、光利の方を見た。光利もまた微笑みながら、軽く首を一瞬だけ傾けた。リュナウィッシュはそんな彼に、ある種の信頼の様な微笑みを浮かべた後、
「ただそれを踏まえた上で、私は彼を信頼しています。彼は私達の為に、それこそ命を懸けて戦ってくれました。彼がいてくれたおかげで、私達は初めて都市を取り戻し、バグテリスに痛手を加えることが出来たのです。彼のおかげで、長い時間動かなかった運命が動き出したのです。彼は強い人です。実力だけではありません。強い信念を持って、彼はことに臨んでくれるのです。ググルス。私は誰に何と言われようと、彼と旅することをやめる気はありませんよ」
リュナウィッシュの静かな、それでいて決然とした物言いに、ググルスは言葉を詰まらせた。正直、言いたいことはたくさんあった。言うべきこともたくさんあった。しかし、皇王への敬意が、彼に口をつぐませた。
彼が今浮かべている、分かりやすい程の懊悩とした表情は、そのまま彼の内面を表しているようだった。
「──別に良いじゃないですか」
「何っ!!」
ルイの呑気な物言いを聞いて、ググルスは鋭く問い質す。
「別に悪い人って感じでもないし、こう……リュナ様がここまで推薦されるんですから、とやかく言わずに一緒に行ったら良いじゃないですか」
「黙っていろッ!!」ググルスは机を右手で叩きながら叫ぶ。「だいたい貴様ら、俺の言動はいちいち一個一個とやかく言うくせに、本物の悪党には何も言わんのか!!? それとも何か? 顔が良いから気に入られたくて黙っているつもりか?」
最後の言葉は怒りというより嫌味をたっぷり含んでいた。
「もし光利様がその拳銃? とやらで今この場で暴れ出すおつもりなら、あたしらで一も二もなく叩きのめしますよ」ルイは微笑みながら言った。「しかし今、光利様はリュナ様達と一緒にいて、ここに来るまで特に大きな問題は起こしてないみたいですよ。もしその元の世界とやらで何かやらかしていたとしても、それはこの国の、ひいては世界の法律では裁くことは出来ませんし。何より! ググルス様の問題は、何の悪気も無く、だからこそ質の悪い言動を普段から吐き出していることです。光利様の、あえて言えば悪質さとは別問題です」
「減らず口を……!」
ググルスは歯ぎしりをする。そのまま彼が何か言い返そうとするのを、
「ググルス」リュナウィッシュは言った。「どうしても難しいですか? 彼と共に旅をするのは」
「う……うぅ……」
ググルスはまた言葉に詰まる。と、
「──正直、そこまで懸念する必要は無いかと思いますが」マルが口を開いた。「別の世界から来たというのは正直よく分かりませんが、もし光利様が実際にそうなのだとしたら、リュナ様に危険を及ぼす可能性はほとんど無いのでは無いでしょうか。既に都市にいるバグテリスの配下と敵対しているのであればなおさらです」
皆がマルの方を見た。
「右も左も分からない、どういった法則や決まりがあるか分からない世界に来た時、そこにどんな危険があるか分からない状態で、果たして元の世界で反社会的といわれる行動を取るでしょうか。先ほど、光利様がリュナ様と同行を決意する理由を述べておられましたが、それを聞く限り、彼は非常に冷静に物事を判断できる方ではないかと思います。現にここにいることが、彼の言葉の裏付けにもなると思います。光利様の真意は私にはわかりません。しかし少なくとも、リュナ様と共にいることが、今現時点で彼にとって損はないはずであります。今彼がこうして、リュナ様達と平穏無事に座っていることが、何よりの証明ではありませんか?」
「色々得はしてるよ」
光利にそう言われて、マルはそっと微笑んだ後、またググルスの方を向いて、
「どちらにせよ、リュナ様方が旅をする上で、光利様の同行は必須なのです。ググルス様、もしリュナ様と共に旅に出られるおつもりであれば、光利様と共に旅を認めねばならないでしょう。そして、その旅の中で、彼が信用に値するか否かを見極めてもよろしいのではないですか?」
「貴様は信頼するのか?」
ググルスにそう問われ、マルはまた光利の方を見た。ひじ掛けに両手を置いた彼は、顔を横に向けて彼女の方を見ていた。その目付きはあまりに静かで落ち着いていた。もっと言えば、何かを見極めようと、観察しているようにも見える。マルは微笑み、
「信頼するか否かはともかく」マルは言った。「私見では、非常に聡明で隙の無い方ではないかと思います。敵とするなら大変ですが、味方としてならこれほど頼りになる方もいないかと」
マルの言葉を聞いた後、ググルスは一瞬間をおいて小さく舌打ちをした。
態度こそ未だ悪いが、先ほどの様に熱してはいなかった。苛立ちと不快感に捕らわれながら、熟考せねばならぬという態度で、椅子の背もたれに寄り掛かって右を向いて、ひじ掛けに肘を置いた右手で下唇をいじっている。
光利達は、ググルスの次の反応を待った。やがて、ググルスは大きく息を吐き出すと、
「……分かった。良いだろう」ググルスは言った。「貴様の旅の同行は許可しよう。それがリュナ様の希望であり、為となるならな。しかしだ! 少しでも怪しい動きをしてみろ。即座に俺が貴様を捻り潰してやる」
最後の方が語気を強めに、まるで押し付けるようにして言った。
まるでさも自分に光利の旅の同行への決定権があるかのようなその口調には、もはや苦笑が漏れるばかりだった。